1 * あれ、もしかしてこれ売れる?
フィンのためにレースを編んで、あれから一ヶ月。
本格的な冬がやって来た。この世界に来て初めての冬、初雪をみてちょっと感動。したのもつかの間。
私とフィンは忙しかった。
何が忙しいって?
レース編みですよ!!
フィンの帽子のレースが、近所のおばちゃんどころか年頃のお嬢さんや若奥様たちにも噂になったんです。びっくりです。
おまけにライアスの帽子のリメイクもしたんだけど、それがまたお洒落だし見たことないからっておじさんたちもチラホラ興味を持ってくれたし何より若い男性たちが凄く羨ましそうにライアスを見てたとかで、ライアスが笑ってた。
とにかく、あっという間に地区の外れののどかな土地で、毎日必ず誰かが糸を持って作ってほしいって訪ねて来るようになっちゃった。
レースって、簡単にできるものも多いし、皆ワンポイントで使えるものでもいいって言ってるから今はそんなに困りはしないんだけど、これはちょっと大変だってさすがに焦ったわ。
それで、結んで編んでいく『マクラメ編み』っていうのをフィンに教えたの。この世界の人たちは服は大事にするし、古着やリメイクするのが圧倒的に多いから、裁縫に関しては基本がバッチリなのよね。手先が器用なのよ。
フィンはレース編みにすごく感動して興味を持ってくれて、自分でもできるか? って聞かれた瞬間、一緒にやろうよ!! って言ってました私が。
カギ編みは針になれないと大変だから取り敢えず『マクラメ編み』を覚えてもらったの。
私がカギ編みで、フィンがマクラメ編みを担当して、編み続けること数日。
糸持参だから製作料は安くしとくってフィンが値段設定してくれた。こちらの相場知らないし、フィンならライアスの仕事の勘定係もしてるから、任せたら安心だし。
それで、町の仕立て屋とかで刺繍を入れるのよりちょっと安い設定にして、大きさによって値段に差をつけて、明確化して。下手に違いが出ると後で揉めるかもしれないっていうのと、安過ぎると簡単に作れるものだと勘違いして遠慮しないで大量にお願いしに来る人もいるかもしれないってフィンとライアスのアドバイスをそのまんま受け入れておいた。
そしたらね。
お金、けっこう貯まったんですよ。
材料費は掛かってないから、いくら手元にあるのか明確でしょ?
「下手な仕事より、儲かるね」
って、作ってるフィンもびっくりのお金、貯まってた。
コースターよりちょっと小さいくらいのレース三枚、もしくはリボン状の帽子を一周余裕で回せる長さのもので、平硬貨って呼ばれる日本ならたぶん百円くらいの価値の硬貨で二十枚、二十リクル(リクルは貨幣の単位ね。大陸共通なんだって)、これを基準に枚数少なめ、多め、小さめ、大きめ、リボンタイプは幅の太め、細め、短め、長めでけっこうしっかり設定。
フィンがつくるマクラメ編みもある程度金額を設定して。
作成料として高いのか安いのかわからなかったんだけど、お針子さんでも一ヶ月でここまで稼げる人は少ないって額を二人で家事の片手間でやってのけてた。
途中からは片手間じゃなくなってたけど。
冬の季節。
地球とは全く違う世界。
この国ベイフェルア王国クノーマス侯爵領のククマット地区は、馬車を半日走らせれば海岸線に出られる。ベイフェルアでも有数の港町を抱える侯爵領の中で、ククマットはその港にも近く、そして農業も盛ん、他の地区はもちろん他領からの人の流れが集まる旅や移動に便利な整備された道路もすぐ側を通っている。
そのため活気に溢れ、物流、交流も盛んで土地としては非常に豊かな恵まれた所だろう。
しかし、冬はその様子が変化する。
荒れる確率の高い船での移動をする人や物が減り、人の行き来そのものが停滞してしまう。そこにそれなりの積雪をもたらす気候のせいで、さらに活気は失われてしまう。
それでも魔物が生まれてくるというあちらこちらにあるダンジョンへむかう冒険者は後を絶たないため、その人たちの休息の地となりある一定数の人の流れはあるが、農家は当然のこと、客足の鈍る宿屋や飯屋などで商いの規模が小さい所は内職をして暇を潰しつつ収入を何とか得ることも少なくない。
ライアスとフィンもその影響を少なからず受ける。
冬になって明らかにライアスの工房を訪れる人が減ったからだ。
冷たい風が吹き付ける、雪が積もる、そんな日にわざわざ来る人はいない。
この時期はライアスが工房をいつも通り開きつつ、掃除や洗濯といった家事を請け負って、フィンが近所のおばちゃん数人と共同で内職をしていたそう。
内職といっても必ずしもお金になる、というわけではないと知ったとき私相当驚いた。
だって、日本ならあり得ない。内職は職業、した分だけお金になる。
でも、ここでは違う。
「『代理』をしなくて済むなんて信じられないわねぇ」
フィンのいったこの『代理』。これが内職に当たる。
なにをするかというと、中央市場地区と呼ばれるククマットで一番賑わいのある場所で商売をやっている人に、頼まれたものを作って卸す、というもの。
海が荒れ、雪が降る季節、物流は滞りがちだ。
そこで、その期間は作れるものは作ってしまおう、というもの。これはこの領地だけでなく大陸全土の仕事の形態の一つとして定着しているものらしい。
例えば、去年までフィンたちのやっていたことは皮製品の皮を鞣すこと。普段なら他所から港町を経由して仕入れられる魔物の皮の数が激減するから、近辺で活動する冒険者から魔石の他に普段は利用されない安価な魔物の皮を持ち帰ってもらってそれを買い取り、皮製品や武具、服屋が直接鞣すことができる人たちに任せるというもの。
本来の職人さんが作るものが手に入らないから『代理でできる人にやってもらう』というシステム。
私のなかで『代理』というのがいまいちしっくり来なかったので例えるなら内職という感じかな。と思ってたんだけどね。
でも、この『代理』システム。
結構ひどい。
依頼側が気に入らないって言うとお金が全く入って来ないんだって。
成功した分だけでももらえないの? って思うでしょ? 規定に満たない、って判断されると違反と見なされて収入なし。
だから実は、トラブルも多いんだって。
そりゃそうよねぇ。依頼主のさじ加減ひとつで決まっちゃうんだから、難癖つけて良い出来のものもタダで取り上げることも可能なんだから。
でもそれが一般的常識なんだから、私がどうこう言えることではない。
フィンたちは長く付き合いのある皮製品を扱う店の『代理』をしてるとかで、信頼関係もあるしお互いの意志疎通がしっかりしてるから、仕上がりはいつも満足してもらってるようで収入なしってことはないらしいけど、他に請け負った代理でちゃんと正確に仕上げたのにお金にならなくてショックを受けたことはあるんだって。
(うーん、生産者をバカにしてるよね。職人じゃなくても仕事が丁寧で完璧ならいいと思うし、難癖つけてぼったくり続けてたら長い目で見れば後々商売に響くと思うけど)
そんなことを考えてたら。
あれ?
これ、売れてる。
結構良い稼ぎしてるよね。
せめて、フィンとライアスが安心して冬を越せる、蓄えもできる、それくらいの収入になるんじゃない?
私の中で、なにかがぼんやりとでも形になる気配がしてきた。
「フィン」
「なぁに?」
「昨日から雪で、レース買いに来る人も落ち着いたよね」
「それがどうかした?」
「かぎ編み、覚えない?」
「ええっ? まだマクラメ編みも基本しか出来てないんでしょう? そんな私が」
「やってみようよ、これからもっと雪深くなるんだよね? 人の足も遠退くでしょ、その間に練習して、冬の間に作れるものは作って、覚えられることは覚えてみない?……レース編み、この世界にはないのよね? これって、きっと、私の【知識と技術】なのよ」
そう、これは直感。
「えっ?」
「たぶん、これらを、ここから、ゆっくり少しずつ広めていくのが始まりなんじゃないかって思ったの。そのためにもフィン、協力してほしいの。そして、代理なんてしなくてもいいそんな環境でフィンやライアスとのんびり生活できたら、素敵だよ絶対!!」