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『ハンドメイド・ジュリ』は今日も大変賑やかです 〜元OLはものづくりで異世界を生き延びます!〜  作者: 斎藤 はるき


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44 * その場で作れる実力

 



 瞬き程の短い時間に、唇に力を入れて真一文字になりそうなならなさそうな僅かな変化をトルファ侯爵が見せた。


 アストハルア公爵様は関係性から知っていただろうし相談されていた可能性は高い。でも公爵様から私に一切そんな話しは来なかったしロディムもしたことはない。

 それだけこのトルファ侯爵様は厄介な人物である、私に会わせるのは危険である、と判断されていたのかもしれない。だいたい、私が召喚される前は中立派筆頭家のクノーマス家とツィーダム家ですら持て余すような人で、グレイが騎士団団長を辞任するきっかけとなった国境線紛争への兵や資金提供の追加措置命令にも大きく関与していたことはその事を私が知った時点で分かっていたことで、それに関してはアストハルア公爵様も関与を認めてそれに大いに加担させたとも言っていた。というか、あの時のクノーマス家への圧力は強権派ベリアス家だけでなくトルファ侯爵家もかなり手を回していたそうで、故に中立派筆頭家二家は未だトルファ侯爵家を警戒している。それは穏健派筆頭家アストハルア公爵家に中立派筆頭家のクノーマス侯爵家からシャーメイン・クノーマスが嫁ぐことになり関係性が大きく変化しても変わらない。

 とにかく、このトルファ侯爵というのはあらゆることに首を突っ込んで引っ掻き回して心から楽しむという悪趣味と言っても過言ではない厄介者。しかも今見せている姿は演技の可能性もあるわけで。


 となれば私が取れる手段は一つ。


「私はこの不揃い真珠を扱いに困る素材とは思いませんよ」

 厄介者が私に手出し出来ない『大恩を売る』。

「買い手が殆ど付かないこの真珠、私なら買います。希望価格があればどうぞ」

 真珠といっても大きく分けて三種類ある。まずここで挙がっている淡水真珠、こちらは日本円に換算するとサイズが大きく色がいいものは別として高くても一粒百円前後で一粒売りではなく数十から数百粒を一つの単位にして値段をつけたほうが早い。

 そして私たちが真珠といえば一番に思い浮かべるであろうものがあこや真珠。これになると一粒数百~一万円前後と言われていて、これに近いものがこの世界でも多く出回っていて宝飾品として幅広く利用されている印象がある。もう一つ南洋真珠というものがあり、こちらは安くても一粒千円以上の値が付けられものによっては数十万円にもなる。これに近い真珠はこの世界だとほんの一握りの王侯貴族が所有する魔物から取れる希少な真珠が該当する。

 実際にうちのお店関連で扱う真珠は淡水真珠系のものが八割を占め、キロ単位で買い付けしている。残り二割が 《レースのフィン》で一点物や特注品、セミオーダー品に使われていてこちらは一粒もしくは数十粒単位で都度買い付けしている。


「無選別で構いません、キロ単位で買い取りします」

 ちなみに、うちで仕入れる不揃い真珠は海洋性魔物であったり淡水に生息する貝だったりと特に決まりはない。あれ、じゃあトルファ侯爵家のだって今までに仕入れる機会はいくらでもあったんじゃ? と思うでしょ。派閥とか縦や横のつながりとか、忖度とか、色々、色々あるんですよ……。というかね、こっちに何か仕掛けてくるんじゃないかって人を相手に取引なんてしたくない、それが本心。

 それに今まで真珠が足りなくなって困ったなんてこともない。つまり、こちらとしてはトルファ侯爵家にたどり着かなくて当たり前。真珠の仕入れに困ったことがないわけよ。

 だから恩を売るわけ。

 トルファ侯爵様は少しの真珠を買って欲しいわけじゃないんだから。

 私にここでキロ単位で買うと言われてもそんなに嬉しくないんじゃないかな、と。

「そうではない、と仰るのなら」

 トルファ侯爵様が欲しいのは【技術と知識】。


「この真珠を活用する方法を、今後本気で考えますのでそれをお売りすることも可能です」













 トルファ侯爵様は当然として、ご隠居と長老会の人達、そしてリウト君が唖然としている。

 ロディムがあまりにも慣れた手つきで真珠に穴を開けるから。

 専用の万力に似た形の固定する道具に真珠をはめ込み、真珠にこれまた専用の極細ドリルのような工具で穴を開け、またまた専用の刷毛で真珠の粉末をはらい、最近便利で使う頻度が高まったヒタンリ国産で魔物の隙間ネズミのベルベットっぽい革の上に並べていく。

「こうして見るのは初めてだ……」

 その人は長老会でもアストハルア家の血筋の方でロディムの事を子供頃からよく知る人だという。

「本当に、作っているのだな」

 目の前の事が信じられないのか不思議そうにそう呟かれ、本人はちょっとだけ苦笑混じりに笑う。

「兄上、凄いですね」

 リウト君は興味津々って感じかな。公爵家に戻っている時は殆ど物を作る暇がないのでこの姿を見れるのは家族でも稀のことなんだろうね。

 そしてもう一人。

 完全に無言なのはトルファ侯爵様。それどういう感情? とツッコミ入れたい顔してるわ。


 全員がロディムの迷いなく作業する姿に何らかの感情を抱く隣。勿論私は通常運転。

 ロディムが作ってくれたパールビーズと色の綺麗なさざれ石の小さな天然石、そしてつぶし玉と極細ワイヤーを選んでいく。

 パールとさざれ石を一列に並べてバランスを考えながら入れ替えて、ワイヤーを三本適当な長さにカットする。

「こんなものかな」

「パールはもう少しビーズに仕上げますか?」

「うんよろしく。その後ロディムも同じもの作って。長さは……ブレスレットになるように。ワイヤーの長さに気をつけて」

「わかりました」

 そこまでやり取りしたら私は早速作ることにする。

 まずワイヤー片側端を三本纏めてつぶし玉で留める。これでビーズを通しても抜けてしまうのを防止できるからね。次に三本のうち一本にだけ小さなパールを通す。そして次にパールを通したワイヤーと別のワイヤー二本にも別のパールとさざれ石を通す。次は三本纏めて少し大きめのパールを通す。それを繰り返す。この時パールとさざれ石をどう組み合わせるかは自由で、今回は分かりやすくさざれ石を組み合わせたけれどパールだけでもいい。色合いやビーズの量は作り手の裁量で好きにしていいと思う。

 あまりギチギチに通してしまうとワイヤーが歪んだ時に直すのが大変なのと一度捩れてしまうとワイヤーはそのまま跡が残ってしまうので、ビーズ同士の距離は自分が思っている以上にゆとりを持たせながら作るのがコツ。そして三本のワイヤーにランダムにパールとさざれ石を通し終わったらビーズの位置を改めて微調整して見た目に偏りが出ないよう左右のバランスをとっていく。

 今回はゆとりを持たせて作ったけれど、パールやさざれ石のサイズがある程度揃った選別されたものを使用し、更に出来上がり予想図となるデザイン画がちゃんとあるのならばその際は正面となる部分から作り、ビーズのズレを防止するために決められたポイントごとにつぶし玉を入れて固定してしまうのもあり。そうすることでワイヤーの寄れも起こりにくくなるし、摩擦によるビーズとワイヤーの劣化も遅らせられるからね。


 そうしてある程度の長さになったらワイヤーの両端を整える意味で揃えてカット、つぶし玉を二つほど使ってワイヤー抜けの防止を施しそこをエンドパーツで挟む。

 そこまでする間にロディムも私よりも短くカットしたワイヤー三本にビーズを通し始めていた。私の作ったものを何度も見ているのは作り方をみるのではなく、ビーズの大きさや色味を揃えるため。私の作った物とセットになるように配慮したらしい。

 そしてその事を言葉にせず心で『成長したなぁ』なんて思いながら私はエンドパーツにネックレス用の留め具を繋げる。

 作業時間は数十分。

 デザイン画がない上に行き当たりばったり、ビーズを選びながらだったのでちょっと時間がかかってしまったけれど、この時間に関しては経験と下準備次第でもっと短縮可能。

 ロディムがサクサクと慣れた手つきで作業する隣で私は完成したそれをテーブル中央に置いた。


「これ、形の揃ったパールやカットルースを使わないからこその見た目です。使った留め具含む材料もさざれ石も低価格のものばかりで作りました。不揃いパールの卸値にもよりますが……このネックレスなら 《ハンドメイド・ジュリ》なら数十リクル、高くても百リクルで販売可能です」

 ガタリとトルファ侯爵様が椅子から立ち上がる。

「そして加えて言うならば。今ロディムが作っているブレスレットの他に、ロングタイプのイヤリングにも応用可能ですね。他には……金属パーツの花や葉っぱを加えれば花冠のように使えるヘッドドレスにもなるかと」

 ゴクリと唾を飲み込む侯爵様には更に驚いてもらいましょうか。

「このワイヤーを駆使したビーズ作品ですが。アクセサリーだけではなく他にも転用できますよ。例えば透明ガラスのキャンドルホルダー、アレに何らかの手段で固定出来れば巻き付けてキャンドルの光でキラキラした見た目の物に出来ますし、トミレア地区で予約だけでも一年待ちになっているガラス暖簾、パーテーションですね、アレの天然石とパールバージョンとして応用可能です。もっと言えばパールの上品さや天然石の自然な美しさは花と相性もいい、室内コーディネートの小物にもなります」


 これ、本当は透明テグスがあればもっといいんだけどね。そうすると更にパールの天然石のよさが際立つから。でもそこは無い物ねだりで地団駄を踏むくらいならせっかくある極細ワイヤーを駆使して代用すればいいわけよ。

 テグスはまだまだ開発から脱却できずにいる。ハルトのチート知識を借りるのも手だとは思うけれど、そこに頼りすぎるのはこの世界にとっては良いことではない気がしている。この世界に定着しても、発展の助けにならずに埋もれているだけの物が多すぎる。そういった物を沢山見て至った結論は『順番』。いきなり便利なものを開発してもそれで満足してしまって改良や別物への派生を目指さない。

 だからテグスは地道に開発している最中。ついでにクラーケンから取れる甲の繊維の強度を上げる素材も探し続けている。何事も地道な努力ありきってことよね。

「すまぬ、聞きたいことがある」

 ふと顔を上げるとなぜか長老会の一人が顔を青ざめさせている。

「なにか?」

「……人前で、このように作っていいものなのか? 簡単に、このように自身の案を最初から最後まで、見せていいものなのか」

「いいですよ? これに関してはトルファ侯爵家に安く譲るつもりですし、版権登録するような技術でもありません。単にこういうデザインがあるよ、応用しやすいよ、というものですから」

「そ、そう、なのか……」

「それと」

 私は続ける。

「人前で作れて当たり前、私たちは少なくともそうやって人を育てています」


 技術や伝統を守るのは大事だよ。

「人前で、作る?」

 疑問符を浮かべたトルファ侯爵様の問いに私は頷く。

「はい。人前で作ることに慣れないと、そもそも人に技術を教えるなんて到底無理なんですよ」

 大事よ、途絶えたら全く無意味。何のための技術か、継承か、伝統かって話になる。如何に人に、次に繋げるかを考えると結構あっさり答えは出る。

「人に物を教えるためには、教える側が『誰にでも』教えられるようにならなきゃいけないな、と思います。 《ハンドメイド・ジュリ》を始めてから、それを嫌というほど考えさせられます。立場とか階級とか、そんなの無視して正しく根気よく教えられないと駄目なんですよ。……私たちの場合、その手段の一つが人前で作れる事です。誰にでも見せらる、見られてもいつも通り作れる、その気持ちと技術がなければ出来ませんが、あれば人を育てられます。人を育てた先に、安心安全な物を沢山世に送り出せると信じてやってます」

 そしてロディムが遅れてブレスレットを仕上げた。私はそれを受け取ってネックレスの隣に置く。

「隠すような特殊な技術でもなければ、難しい技術でもない。そしてこれは素材を私が見つけたわけではなく単に活かしただけのこと。そういうものを私は既得権益のために独占しようなんて思いません。そんな事ばかりしていたら技術競争も起こらないし起こしようもない。そんなことではいつまでたっても技術も知識も人には根付きません。勿論、私は私の保身のためにこういった物を交渉に使うし優位に立つために利用するんですが、それだけです。偉くなりたい、人を傅かせたいならとっくにしています。でも私はそんなことじゃなく、物を作って、それで自己満足したいだけです。そのために周りを巻き込んでいるだけです。だから、秘匿するようなことでなければあえてこうして人前で作りますし、真剣に向き合う人には、教えます」


 ロディムが私の隣で道具を布で拭いている。これも教えている。道具の扱いも人に見せて教える。手入れを怠れば欠けるし錆びるし使えなくなる、と。

「私たちがこうして人前で作ることは、何一つおかしいことではありませんよ。寧ろ、これが出来なければ、ククマットでは働けないと思っていただいても問題ありません。領民講座の講師も 《レースのフィン》の作り手たちも、皆、人に見られながら作ることを前提に働いています。教える側は、人に見られてなんぼですよね、一人じゃなきゃ集中出来ない、誰かがいると気が散る、そんな事を言っていたら人なんて育てられません。それが言えるのはそれこそ秘匿するに値する物を作る時、残す時だけでいいんじゃないでしょうか。あのユージン・ガリトアですら、それを理解し講師として沢山の人に絵を描く楽しみと技術を教えてくれています。彼の性格から時には大変だと思うことが私たちより遥かに多いと思いますが、それでも彼は大切なことだと理解してくれましたし自身の成長のためと受け入れて続けてくれています。物を作って人に伝えて成長する。そのために、大事なことなんです」






ジュリの製作時の向き合い方、とでも言えばいいでしょうかね。

恩恵もあり彼女は人材に恵まれていてそこまで努力する必要はないのかもしれません。

でも彼女なりに【彼方からの使い】の自覚があって

責任があって、それを全うしようという気持ちがある。それが今回のお話で伝わっていたら嬉しいです。

やる時はやる女なんですよジュリは。

ダメダメな時も多いんですけどね。

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― 新着の感想 ―
なるほどなぁ
真珠さんたち、スライム様と組み合わせてちょっと贅沢なコースターとか、ハーバリウムとか作るのもありかなぁと、ふと思いました。色スライム様では出せない味があると思うんですよね。 応用力というか、アレンジ…
 割と真剣な場面なのに、脳内BGM&フィルターが子供番組の簡単工作系になってしまって(笑) ごめんロディム、あなたの立ち位置着ぐるみ(笑)(笑)  この世界で文化技術を残しておこうと思ったら、晒す姿…
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