44 * 厄介者かそれとも?
大きさも形も不揃いの真珠は使い方次第、というのが私たち作り手の認識として定着している。
まん丸の選別された物に比べるとかなり格安な不揃い真珠。 《ハンドメイド・ジュリ》と 《レースのフィン》ではこの不揃い真珠は重宝している。
あえてその不揃いな真珠をいくつも使うことでそれがデザインだと見せることが出来るので、安いとは言え真珠を使用した小物は安定的な売り上げを出すアイテムとなっている。ただ逆に言えば不揃い故に扱いは難しい。まん丸でサイズも揃った真珠が連なったブレスレットやネックレスの上品さと気品あるその見た目や雰囲気と比べるとどうしても見劣りしがちだし、何より粒の揃った物を見てしまうとそちらに心惹かれる人はどうしても多い。
(やっぱり…… トルファ侯爵が私に会いたいと言っていたのはこれを相談したかったってことね)
養殖技術が確立している地球とは違い、この世界の真珠はファンタジー要素が満載で私の知る基本的な真珠の養殖技術は応用出来ない事が分かって早々に諦めた過去がある。
あのねぇ、びっくりするくらいファンタジーなのよ。まず、まん丸で形の揃った真珠が勝手に出来てしまう水性魔物がいる。ベイフェルア国内では殆ど発生しないため、その魔物から取れる真珠は高額で取引されるんだけど、その他にも貝じゃなく特殊な海藻の根元に出来るグリーンパールなる物ややっぱり水性魔物を倒すと入手出来るんだけどそれが貝じゃなくトビウオのような姿をした魔物の淡いピンク色の魔石だったりと、環境や生態系がよく分からない状況下で真珠もしくはそれに酷似したものが出来る。
つまり、養殖しなくても真珠が手に入る世界。
でもまあ、地球との共通点もある。
それが不揃い真珠が多いということ。地球の真珠だって養殖してもまん丸にはならない場合も多い。自然任せのこの世界なら尚更、ということになる。
目の前にある箱には大小様々な、形も様々な真珠が沢山。
これは穏健派トルファ侯爵領を流れる川で採取される淡水真珠という。
よく知るオフホワイトの光沢ある色と見た目に混じり薄っすらと水色かがった物がいくつか含まれていて、どうやらそれはその川特有のものらしい。個体差のようなもので、変異種や希少種扱いにはならず色違いとして選別対象になるんだとか。
(これは、たしかに……扱いは難しいのかな?)
私はそれをじっくりと観察しながら、ちょっとだけ首を傾げる。
確かに地球にいた頃も不揃い真珠を何度か見たことがあるし、あえて小粒のそれを並べてブレスレットを作ったりしたこともある。
でも不揃いとはいえ、それなりに大きさが揃っているってことを案外意識しないと気づかなかったりする。扱いやすさ売りやすさを考慮して最低限の選別が当たり前の世界だったから。寧ろ全く選別されずにまとめて売られているのは見たことがないんだよね。私が知らないだけかもしれないけれど。
ところが目の前のものは、みごとにバラバラ。
これが真珠の取れる貝を開けるとランダムで取れるらしい。数粒もしくは多いものだと十数個、形が不揃いなだけでなく大きさもかなりランダムで本当に不揃いの状態とのこと。
え……? 選別しないの? すればいいだけじゃん? そしたら使い道なんていくらでもあるし、揃ってなくたって素敵なデザインになるけど?
なんて一人で考えながら手袋をした手に真珠を乗せてひっくり返してみたりしながら観察している私ですが。
なんです、この妙な緊張感は。この部屋、息苦しいですよ?
そんな私の隣にはリウト君とご隠居が陣取って座っている。
そして更に連なるようにさっきからずっと一緒にいる長老会の人達が並んで座っている。
そして遠く離れた私の正面にいるのがトルファ侯爵。
初対面。
その前に挨拶してないんだけど大丈夫そ?
後で『してもらえなかった』って文句言うついでに嫌がらせもオマケで付いてきたりしない?
遡ること十分ほど前。
リウト君の牽制、ではなく完全に喧嘩売ってるよねそれ、な発言に目を丸くして驚いたのは勿論トルファ侯爵。
中肉中背の憎めない愛嬌のある顔をしたオジ様、トルファ侯爵はリウト君からの血が吹き出しそうな噛みつきっぷりに。
「え、え?」
と、声を上擦らせていた。ご隠居も唖然としていたから、おそらくアストハルア公爵様から事前にリウト君だけその許可を貰って黙っていた可能性が。
「行きましょうジュリさん。皆様もよろしければ母の希望を取り入れてクノーマス伯爵がコーディネートしてくださった温室にご案内致します。この会場とは雰囲気が異なりとても鮮やかで華やかですよ」
思っても見なかったリウト君からの噛みつきに一瞬戸惑いを見せつつもその場を何とかしようと言葉を発しようとしたトルファ侯爵にリウト君は思いっきり言葉をかぶせた。
それでいよいよ本気で焦ったトルファ侯爵が私たちを引き連れ去ろうとするリウト君を説得するという奇妙な状況に陥り今に至っている。
アストハルア公爵様から私に絶対に会わせるつもりはない、と言わせるほどの曲者トルファ侯爵。
こうしてみる限りは害のない人の良さげなオジ様。
(リウト君からの先制攻撃がよほど想定外……あとやっぱり長老会の面子。これは流石に手出し出来ないって判断かもね)
怖いんだぁ、ジー……とトルファ侯爵様を見るその目が、皆さん怖い。爵位は既に譲った身といえ、こうしてアストハルア公爵様のお声がけで集まる面子ともなれば穏健派の中ではそう簡単に籠絡できないしちょっかいもかけられないだけの影響力は持つと考えていい。
とまあ、ここまで一人真珠を眺めてついでに考え事をしたけれどこのままでは何も進まないので私は隣に座るリウト君、おそらく状況から彼を中心に物事を進めると良いような雰囲気があるのでそっと話しかけてみる。
「あのさ、トルファ侯爵ととりあえず挨拶したほうが良い気がするんだけど、どうかな?」
「しなくても問題ないかと」
はい、はっきりしててよろしい! と褒めたくなるくらい滑舌よく返された。
でも流石に、と言い募るとようやく、本当に渋々と言った感じでリウト君はトルファ侯爵様に『ジュリさんを紹介します』と声をかける。そして待ってましたと言わんばかりの笑顔を浮かべたトルファ侯爵様を睨む長老会。
順番も何もかも滅茶苦茶……。いいの? これ。
「いやぁ、皆そんなに警戒しないで下さいよ」
暢気な語り口調は『わざとか?』と思わせる陽気さも含まれていた。
「私は単に相談に乗ってもらえたらと思っていただけですよ? 公爵にもその旨は伝えていたんですがねぇ、なかなか彼も頑固で」
この人には二つ名がある。
それが『ベイフェルアのグリフォン』。
グリフォンは強力な風属性魔法を操る強い魔物で、竜巻を発生させてあらゆる物を巻き上げて破壊する事もある。それになぞらえて付けられたトルファ侯爵の二つ名。要するにこの人は自他ともに認めるトラブルメーカーで、好んでやるもんだから社交界では非常に警戒されているらしい。ただその悪趣味な日々の言動がアストハルア公爵家と穏健派の助けになることも事実、そしてアストハルア公爵家には手を出さない事もあって公爵様も悪友として認めていると教えられている。
この人に関してはクノーマス家もツィーダム家も『敵になると厄介』とはっきり明言していて、あまり関わりたくないという本心を全くその話を隠さずされた時は笑うしかなかった。
さて。
微妙に微妙を上乗せしたような挨拶を済ませたので改めて。
トルファ侯爵家で扱いかねているというこの淡水パール。
意味がわからん! と言いかけて我慢して飲み込む……。だってさ、もうこの世界特有の『怠惰』が見え隠れするんだもん。
魔法が飛躍的に発展した百年以上前に魔法付与というものが誕生して。その便利さから硬い物、品質の高いものを加工しやすくなってそれ以外の物は後回しにされる傾向が強まったんだと思う。そこに階級制度や格差が絡んで高額で希少なものがステータスになっていった。地球の比ではないレベルで。
だからこそこの不揃い真珠は日の目をみることがない。不揃いイコール品質が悪い、と決めつけられてしまった。かろうじて形の似たものを集めてそれなりの価格を付けたとしても、今度は不揃いでも真珠はそれなりのお値段がするため庶民には手が届かない。お手頃価格、という範囲にどうしても入り込めないしなにより利益を追求するせいで入りこませる気もない。
もうこの感覚が大陸全土である程度抜けない限り、不揃い真珠のような不遇な扱いを受ける素材はこれからもずっとこのままな気がしている。
でもね。
これも使い方次第だと思うわけよ。
そしてこの不揃いだからこそ楽しめる使い方もあるわけよ。
よし。
呼ぼう!
「呼ばれました」
ロディム召喚!!
後ろにはお淑やかにシイちゃんが控える。二人とも、さりげなくお揃いな装いは素敵だね!
「ロディム手伝って、今から作るよ。エプロンある?」
私の唐突な問いかけにロディムは一瞬トルファ侯爵の存在を気にして視線を向けたけれど、私が全然気にしていないこと、弟のリウト君が何も言わないこと、何より長老会が黙っていることから全員了承済みなのだと瞬時に判断したらしい。
「エプロンはあります。他に何を用意しますか?」
上着を脱ぎならロディムは私にそう確認してきた。
「この真珠をビーズにするから穴を開けられる工具一式、そして極細のワイヤーで可能ならカラーは数種類。それと……つぶし玉、エンドパーツ、留め具系はあるだけ」
「直ぐに用意します。輝石、魔石類はどうしますか?」
「ビーズにしても問題ない低価格のものはある?」
「 《ハンドメイド・ジュリ》で取り扱いがあるものは揃っています、既にビーズ加工の済んでいるものも数種類あります。色の指定はありますか?」
「ない。用意できるだけしてもらえるといいかも」
「わかりました。使えそうなものは全て用意します」
「うんお願い」
頼もしいぜロディム! アストハルア家にはロディム専用の作業部屋が作られた話しは聞いていて、時間があったら後で見せて貰おうと思ってた。そこにはうちの工房並みの道具、工具、そして素材があるとシイちゃんからの手紙でも教えられていたので何でも揃うとは思っていたけどここまで躊躇わず言えるとは、あっぱれ。
シイちゃんとリウト君にはロディムのお手伝いをお願いした。
「……大丈夫ですか? 伯爵を呼んで来ましょうか」
「平気、ご隠居たちもいるし」
「ジュリさんがそう仰るなら……。でも何かあれば直ぐに駆けつけますし、父と伯爵を呼びます」
「ありがと、大丈夫よ。グレイは今コーディネート部門のトップとしていろんな方とお話ししてるからそっちを優先してもらいたいのよ、それを邪魔したくないし。心配ならすぐ用意して戻っておいで」
ロディムだけじゃなくリウト君も終始黙っていたシイちゃんも去り際にトルファ侯爵を見ていたんだよね。
どれだけ曲者なのでしょうか、このトルファ侯爵は。
「さて。お目付け役がいなくなりましたので手短にお話ししましょう侯爵様」
三人が出て行く姿を眺めていたトルファ侯爵にそう声を掛けるとびっくりした顔を向けてきた。
「ロディムが戻る前に確認があります。ああ見えてかなり過激な性格してますので発言によってはこの場が荒れると思いました」
「……は、はははっ!」
私の言ったことがどうやらお気に召したらしい。体を反らせてトルファ侯爵が笑い出す。それを見てしかめっ面をしたのはご隠居。
「ジュリ、この男をあまり調子付けるなよ。こうやって笑いながら掌を簡単に返す」
「大丈夫ですよ、こうして扱いかねている素材を持ち込んでいる時点でこの方は私に変なことは仕掛けられませんから」
一瞬呆けた顔をしたご隠居はその後直ぐに小気味よく笑う。
「くくくっ、そうか」
「長老会の皆様もいますしね、私としては全く不安はありません。いざとなったらお願いします」
「よかろう、好きにするがいい」
するとため息をついたのはトルファ侯爵。
「はぁぁぁ、勘弁してください、長老会を敵にする度胸は流石にないですよ」
「ですよね」
「え?」
「だって、下手なことをしてこの真珠を私が一切扱わない、相談にすら乗らないと言ったらきっと侯爵様は一気にこの場で敵を増やしますから」
「……」
その驚愕の表情は素なのか、それとも演技か。
「先にお話ししてしまうとですね……グレイとローツさん、そしてルリアナ・クノーマス夫人に色々調べてもらっていたんです。トルファ侯爵領のことを」
「え」
「私に会いたがっている、と聞いていましたがアストハルア公爵様からは飽きっぽい面もあるからほとぼりが冷めれば大人しくなると言われていました。でも、ずっと私に会いたいと仰ってたそうですね。何でだろうと気になるじゃないですか。それで私つながり、つまり、素材関連ではないかと予測を立てたんです。そこで……出て来たわけですね、この不揃いの真珠が」
トルファ侯爵様は目を見開いた。
「そして、この真珠……トルファ侯爵領を流れる川で取れる貝から採取されています。でも、これ、トルファ侯爵領だけじゃない。この貝が生息する川が流れる複数の領で、かなりばらつきはあるものの生息していますよね?」
息を呑むのが聞こえた。それはトルファ侯爵ではなく、長老会の方から。
「トルファ侯爵領だけじゃなく、この真珠の価値を全く高められず無駄にしていることを憂いている複数の領から、侯爵様は何度も相談されていますよね、それこそ……お父様、お祖父様の時代からどうやったらこの不揃いの真珠も正真正銘真珠であると堂々と世に送り出せるのか、と」




