44 * 離婚後のエスコートは
アストハルア公爵家から招待状が届いた。
前公爵夫妻の結婚五十周年記念パーティー。三日掛かりの大々的な記念パーティーで、初日の日中のお茶会と夜会どちらもお呼ばれされた。
この記念パーティーは以前私とグレイの結婚式でグレイと 《ハンドメイド・ジュリ》によるプロデュースという一風変わった賞をビンゴで手に入れたアストハルア公爵様が、その賞をついに使うことになったパーティーでもある。
半端な貴族の結婚式よりも遥かに上回る予算を充てがわれたグレイは驚きつつもいい宣伝になると静かに意気込んでいたその周囲でグレイ直属のコーディネート部門所属の女性陣たちはおかしなテンションになってしまい宥めるのに結構大変だった、という過去があったりする。
今回私は個人で招待された。
離婚してるしグレイがプロデュースを一手に引き受けその責任者のため。
「誰かエスコートしてくれる者を探さないといけないぞ」
「だよね」
気兼ねなく参加できるお茶会なら一人で問題ないんだよね、でも今回は大規模だしドレスコードもあるし、何よりアストハルア公爵様が穏健派の中でも私に対して友好的な意見や態度を見せてくれているという、穏健派の長老会と呼ばれる爵位を返上もしくは譲位した人たちによる穏健派内の秩序の維持などをする集まりがあるそうでその重鎮の方々や、比較的私と歳が近い若い当主やご夫人も紹介してくれることになっているので手抜きは出来ない。
特に長老会はあのナグレイズ子爵家のご隠居もその中心人物の一人。ご隠居もこの人ならと太鼓判を押している人ばかりなので今後 《ハンドメイド・ジュリ》をさらに拡大していくならば彼らが必ず力になってくれるだろうと頼もしいことを約束してくれている。そしてもう一つ。
「あのトルファ侯爵がちょっかいを出しにくい相手が望ましいな」
「……ベイフェルアのグリフォン、ね」
ベイフェルアのグリフォン。
それは、穏健派でアストハルア家に次ぐ発言力と財力を有するトルファ侯爵のこと。
この人は度々名前が挙がるのだけど、中立派筆頭のクノーマス家とツィーダム家どちらもずっと『会わなくていい』と徹底的に私から距離を取らせていた程にちょっと問題がある。
問題、というか……。
「人様のトラブルに自ら首を突っ込んで引っ掻き回すだけ引っ掻き回して笑ってるような人、だっけ?」
「ああ、グリフォンは風魔法でも厄介な竜巻を自在に操る。グリフォンが暴れた所はその竜巻で全て巻き上げられ目茶苦茶になることからそれになぞらえてあの方に付いた二つ名だな」
「すっごい二つ名だね、本人どう思ってるんだろ?」
「『ぴったりだ!』と喜んだそうだ」
「……」
そんな人が私にどうしても会いたいとアストハルア公爵様に駄々こねたそうで。
いい歳して駄々こねるって言い方……それ合ってる? と疑問に思うけど。
それでアストハルア公爵様だけでなく、ナグレイズ子爵家のご隠居を筆頭に穏健派長老会の面々がわざわざ矢面に立って私のガードマン的な役割を果たしてくれることになりましたとさ。
そこまでしないと私に会わせられない人なの? という恐怖がありつつも、兼ねてから名前だけは聞いていたので興味があるのもまた本心。
「そんな人が絶対に手を出せないかつエスコート出来る方々のリストを貰ってきた」
「グレイ流石! 出来る男大好き!!」
と言うわけで、さらにガードを固める為に私のエスコートをしてくれる人はそのリストから選ばれる事となった。
しかしまぁ流石は大陸有数の資産家、つまりは富豪であるアストハルア家は何もかもが他と比べて群を抜く。
クノーマス侯爵家だって相当広いお城みたいな屋敷と広大な美しい庭園だけど、そのクノーマス家がすっぽり入ってしまう一回り以上は大きな屋敷と庭園。
「……色々押し付ける地下倉庫、もっと作って貰えそう」
そう呟いてしまったのは許して欲しいわ。
「何か?」
「ううん、何でもない」
私をエスコートしてくれる紳士が不思議そうにしたので私は笑顔で返す。
その紳士はリウト・アストハルア。
ロディムの弟、御年十一歳。
誰にも文句は言わせない! 子供でも社交界デビューしてるなら紳士扱いになるんだぞ! 穏健派筆頭家の息子だからどこの家の子供よりも立場が上なんだぞ! そして何より独身だから独身の私をエスコートしても問題ないんだぞ!
いや、びっくりしたのよ、リストの一番上にその名前見つけた時二度見するくらいには。
でもグレイが相談したアストハルア公爵様、クノーマス家、そして穏健派の重鎮であるご隠居から共通して何人か名前が挙がった中の一人で間違いないそうで。
勿論。
「年齢がな、離れているから普通はありえないというか、わざわざその組み合わせになるようにしたりしないんだが。……ただ、下手に歳が近いと余計な憶測を呼ぶ可能性がある、その点を一番に考えると……」
という煮えきらない説明付きではあったとのこと。憶測という点が一番の問題なので、ロディムのすぐ下の弟で独身、しかも婚約者が内定しているものの公表されていない次男のレオン君はリストに名前がなかったのよね。そういうところにも気配りしなきゃならないって、ホント貴族って面倒だと思い知らされたわ。
と言うことで本日私をエスコートしてくれる紳士はロディムによく似た少年。少年といってもね、堂々たるその立ち振舞いは安心感抜群。流石はアストハルア公爵家のご令息って感じ。私は完全に十一歳の少年に引率されるダメな大人と化している。
「あ、そうだ。リウト君は本当に私で良かったの? 気になる令嬢とか、そういう話になってる令嬢がいたら申し訳ないなって」
「あ、僕は……」
急に言い淀むリウト君。顔を覗き込むと彼は少しぎこちなく笑った。
「僕は三男なので」
「え?」
「レオン兄上がいますから。兄上のことが優先です、そういう話は僕にはまだ早いです」
「……そういうもの?」
「はい、何れレオン兄上はロディム兄上と一緒にアストハルア公爵領を支えていく人です。兄上二人が無事結婚するまでは僕の婚約や結婚といった話で負担になってはいけませんので」
僅か十一歳。
巨大な権力を有する公爵家の子息となると、こんなことを考えるのかと、考えざるを得ないのかと思うと切なくなる。学力や生まれ持った能力よりもまずは生まれた順番が優先されるベイフェルア国の貴族社会。そしてリウト君の場合上二人の兄が学力も生まれ持った能力も非常に高く、何より歳も少し離れていて。
埋められない差が今の彼にそんな発言をさせるのかな。
それでも悲観した様子は見せないリウト君を尊敬する。
ベイフェルア国含め基本的に平民と結婚しても問題ないとされる反面、良い相手がいれば即時その人との縁を最優先するというのが貴族社会。勿論、生まれながらに魔力が豊富とか【スキル】持ちとなれば良血を残したいと思う貴族はそっちにすぐに靡いたりもする。
そういった背景を踏まえて。
結局犠牲になるのは子供なんだよなぁ、という気持ち。そんな中でもアストハルア家はマシなんだろうけどね、無理に決めたりしてないから。
「……いつか、良い人と出会えるといいね」
つい口から溢れた言葉は憐れみにしか聞こえないかもしれないけれど、それでもリウト君はちょっとだけ目を見開いた後笑顔を見せてくれた。
「はい、僕もそう願っています」
さて、少年にエスコートされ入場したのが先日離婚し平民と変わらぬ年増の女ということで会場がザワッとしたのはもはや想定内(笑)。
気にしてもしょうがないし、リウト君が堂々としてる、いや、全然気にしてないので割り切って私も会場の中に足を踏み込む。
すると予定通り、と言っていいのかな? ナグレイズ子爵家のご隠居が数名の同年代の男性や夫婦を引き連れやって来る。
穏健派の長老会に所属する面々のなんとキャラの濃いことか、という人ばかりなので完全にその場で名前と顔を覚えられた。いやその前に皆がリウト君に礼儀として黙礼して、それに対しリウト君が頷いてから話しかけるのを見ると本当にアストハルア家すげぇ、と実感するわ。
「しかしコーディネート部門は凄いな」
一通りの挨拶と談笑を終えたタイミングでご隠居がそう切り出した。
「グレイを筆頭にうちの女性陣は勤勉で努力家ばかりが揃っていますから。完全独立まではもう少し調整する必要はありそうですが、何れは予約制でこのような会場設営専門の事業展開をしますのでご贔屓にしてもらえたら嬉しいですね」
本当にグレイ達は頑張ったよ。
この話を持ちかけられたのは結婚式後のそう時間を置かずの頃。
丸一日任せたいと言われた時は流石にびっくりしたけどね。
記念パーティーと言っても結婚して五十年のもうすっかり落ち着いた夫婦のパーティー。
アストハルア公爵様からの一番の要望は『公爵家』ではなく『アストハルア家』らしいパーティー、というものだった。
ムズいです、と開口一番ポロッと言ってしまったのは仕方ない。
ただ、アストハルア家の事を歴史を遡って教えて貰えば然程難しい事ではなかった。
まず、アストハルア家は創立時から変わらぬ身体的特徴がある。
それがロディムや公爵様の光の加減で色が変わる摩訶不思議な青紫の瞳と日本人の私がとても親しみやすい黒髪。
これはアストハルア公爵家の紋章にもしっかり使われているいわばトレードカラーと言ってもいい。
そしてその紋章にはクノーマス家の特別な薔薇のように、アストハルア家を象徴する花であるスミレが使われている。
この時点で色は黒、紫、そして上品さと輝きをプラスするための金がいいだろうとなり、そして飾り付けに使う花は当然スミレを使うことも決まった。
ただ一つ、スミレはその形状からどうしても派手に飾ることが難しい。
そこで私とグレイは侯爵様とエイジェリン様、そしてルリアナ様に相談してとある物を用意してもらった。
それがルリアナ様の実家であるハシェッド伯爵領の特産の一つとなりつつある染色布。
元々は魔物の革製品が特産だったそこに、私から革の染色もお願いしたのが始まりで、今はそこから派生した布や糸への染色の他所謂プリント柄と呼ばれる柄入り布の生産体制も拡大し軌道に乗りつつある。
そこでアストハルア家のために特別に染色した布を生産してもらったの。
アストハルア家自体が布製品の一大生産地であるのでそちらにお願いするのが本来なら良いのかもしれないけれど、うちのコーディネート部門で使う布や糸の半数以上はハシェッド領から仕入れているのでね。
白から青紫へ、黒から青紫へと変わるグラデーションの布と、白地に銀、黒地に金のスミレ柄が入った布。
これを各所にふんだんに利用することで落ち着いた雰囲気とアストハルア公爵家らしいコーディネートが可能となった。
テーブルクロスは特にそれが顕著になっている。茶会用の丸テーブルにはまずグラデーションの布を被せ、その上から柄入り布が被せられた。晩餐会のズラリと並ぶ長テーブルは食事が映えるように白地に金で統一される。
他にもスミレをメインとした特大ハーバリウムを置いたりスミレの形をしたキャンドルホルダーなど、とにかく場面場面で統一感を大事にしたコーディネートとなっている。これは五十年夫婦として歩んで来たことの他に、アストハルア家を支えて来たお二人を称える意味もある。そのため前公爵ご夫妻には公爵家で唯一スミレ色を服に取り入れてもらい、その中心であると見て分かるようにしてもらっている。
「そういう気配りの仕方もあるんですねぇ」
長老会のお一人がのんびりとした口調でしみじみと言うのがちょっと面白くて笑いそうになったのを堪える。
「黒や白もかなり使われているのに暗く感じないのは不思議だ」
別の方も興味津々に辺りを見渡していて、それが不思議と子供っぽく見えてやっぱり笑いそうになった、その時。
「ジュリさん、あの方です」
ロディムによく似た、幼さがあるそのリウト君の顔は笑顔だ。
でも、目を僅かに細めた。
何かに警戒するような、そんな雰囲気だった。
そしてご隠居たち長老会の面子も笑顔だけれど、何となく、本当に漠然としたものなので私にはそれがどういう感情なのかは理解できなかったけれど、ご隠居が一歩前に出たのを見てその動きが確かに私の前に立つ、要するに守るような立ち位置になったことだけは分かった。
「これはこれは皆様お揃いで」
素が陽気なのか、それとも演技か。
「そして初めてお目にかかる方もいらっしゃる。ご挨拶させていただいても?」
おおらかな語り口調で、視線を私に向けたその人は一瞬隣にいるリウト君にその視線を移したけれど、直ぐにまた私に向け直してきた。
「父から」
まるでそのタイミングを待っていたかのようにリウト君が滑舌よく言葉を発した。
「この方をくれぐれも失礼のないようにエスコートするようにと言われています。ご挨拶ですが……後ほど父から許可を得てからお願いします。そして含みのある貴方の視線は不愉快ですのでおやめください」
……。
えーっと?
リウト君。
牽制どころの話じゃないね、それ。
え、ちょっと待って、それいいの? 大丈夫?
だってこの人。
「最近何かと話題の貴方がこの方に接触するなんて社交界で話題にしてくれ、と言っているようなものです。いつものように貴方の悪趣味に巻き込むつもりなら即刻お帰り下さい、当家はこの方を貴賓として招いていますので一切の無礼を許しませんよ、トルファ侯爵」
そうだよね?!
この人、トルファ侯爵だよね?!
それよりリウト君。
流石はアストハルアというべきか。
めっちゃ噛みついてるじゃん……。




