44 * 希少石
レッドベリルにフォスフォフィライト、グランディディエライト、世界三大希少石となるとアレキサンドライト、パパラチアサファイア、パライバトルマリン……。地球の希少石はほかにも沢山ある、ホントに魅力的な希少石は多いのよ。
ダイヤモンドが高価なので希少石だと思っている人もいるかもしれないけれど、実はカラーダイヤモンドは希少石として扱われる反面カラーレス、つまり私たちがよく見かける無色透明のダイヤモンドは一部鉱山が枯渇しているもののまだまだ地中に眠っている。これは単なる噂や予測ではなく、実際にロシアだけでも相当な量のダイヤモンドが未だ日の目を見ることなく地中にあるとのことで、採掘技術や探知技術が向上したらもしかして価格も下がる? なんてことを思いながら図鑑を見ていたことがある。しかも近年はラボグロウンダイヤモンドをはじめとしたラボ(読んで字のごとく研究所)製のものもあり、希少性という観点からいくと宝石の価値は微妙に時代と共に変化していくのかもしれないなんてこも考えてみたり。
気が向いたときにのらりくらりと独り言のように記憶を言葉にして、それをグレイや限られた人たちが聞き取って書き、ってことを図鑑を作ります宣言をしてから何度かしている。今日もそんな日で、休みなのを良いことに朝からブツブツ独り言を発しながら書いていたらグレイが無言で隣に座り書き取りし始めてくれたので淡々と語りながら時々脱線してグレイを困らせたり、喉が渇いて休憩したりしていた。そこへクノーマス侯爵家から使いの方が来たと使用人さんが伝えに来た。私がピタリと語りを止めるとグレイが確認しに行ってくるからジュリはそのまま続けていて構わないと言ってくれたのに甘えて一人再びブツブツと語りながら紙に文字を書き殴ること暫し。
「あれ、もう帰ったの?」
「もうって、私がこの部屋から出てすでに一時間は経っているぞ」
「おう?! そんなに?!」
夢中になっていたせいか時間感覚が麻痺してた。
そんな私を笑いながらグレイは隣に座る。
「珍しいものが手に入った」
「ん? 侯爵家からの使いの人ってそれを持ってきたの?」
「ああ。図鑑に載せられるかな? これもジュリの世界にあったものだといいんだが」
小さな箱だった。
グレイはその箱を大事そうに包むようにして持ち、蓋を開けた。
「ベニトアイトだ」
「うそやん」
反射的に出た言葉にグレイは目を丸くして私を凝視。ごめん、私関西人じゃないです、でも時々出ちゃいます、許して。
「その反応からみるに……あるんだな?」
「あったよ。しかも超希少石。え、本物? ベニトアイトなの?」
「私も【解析】で確認済みだ。間違いなくベニトアイトと出た」
バリウムとチタンの珪酸塩鉱物で、ダイヤモンドに負けない分散率とファセットカットにすると虹色のファイアを見ることができるサファイアのような美しい青の発色が特徴の宝石。そして多色性の性質を持っているため、見る角度を変えると紫味を帯びたりと表情豊かな面もある。そして複屈折率が高いため、カットが二重に見えるダブリングという性質もあり。二十世紀初頭までサファイアのカラー違いと思われていた程純度の高いものは美しい反面、実は希少性でトップクラスのサファイヤよりもなお珍しく、アメリカの三大希少石の一つとなっている。
実は日本やアーカンソ州でも僅かに採掘されるけれどジュエリーに使える品質のものはアメリカのサンベニト鉱山からの産出しかなかった。しかし既に閉山、これ以上新しくかつ透明度の高い美しい原石の採掘はほぼ絶望的、そのためすでに幻の宝石となりつつある。
それが目の前に。
しかも七つ。原石のままが三つとカット・研磨済みルースが四つ。
サファイアブルーに似た美しい色合と透明度。何よりその大きさ。ルースのものでも少なく見積もって一カラット以上、原石に至っては最大五カラットはあると思われる、地球ではまずお目にかかれない特大サイズと言っていい。
「ふぉえぁぁぁ……」
あまりの感動に変な声出ちゃった……。
「え、これ、どうしたの」
自分から出た声にちょっと驚き我に返りグレイに質問すると彼はきょとんとした顔をして。
「消したい人間がいないから代わりに石が欲しいと言っていただろ」
「あ、保留になってた誕生日プレゼントね!! その前に消したい人間がいない代わりって、違うよ、それ他所の人が聞いたら誤解するから止めて」
消したい人間がいないんじゃなく、そういう事言われると困るから原石や宝石欲しいって言ったんだよ! そこは何度でも訂正するからね!
グレイから聞かされた詳細はこうだ。
ツィーダム侯爵家ではスネークストーンというバイカラーの美しい宝石が採れるダンジョンで魔素の発生源である魔核の変動によるダンジョン内の生態系や地殻の変動が起きており、それが原因でこの世界特有の宝石であり人気の高いスネークストーンの採掘率と品質が確実に下降傾向にある。
そこで最近採掘の大半を占めるようになったクラックから金属質が浸透したことでメタリックな質感を有するようになったスネークストーンを使ったアクセサリー開発をエリス様からお願いされて進めているんだけど、ツィーダム侯爵家はそれと並行して自領のダンジョン全てを他に変動が起きていないか再調査している最中だった。
その過程で、最下層に結構強い魔物が発生する冒険者でも立ち入りがランクによる制限がされているとあるダンジョンがあり、その最下層も詳しい調査が数十年ぶりに行われた。すると青色の鉱石らしきものが含まれる鉱脈が発生していることが判明したらしい。
そのダンジョンの最下層は形状が特殊で、無数の小さな窪地に染み込む冷たい水が溜まって出来た池が点在し人間にはかなり移動が大変な地形となっている。そのため長らくダンジョン最下層の魔物討伐とその魔物から採れる魔石や素材以外に目を向ける冒険者はいなかったとのこと。
で、その無数の小さな池も調査の対象となった。グレイ曰くダンジョン内の池や水が絶えず流れる滝などはその底にかつて訪れた冒険者の落とし物や遺品などが沈んでいることもあり、本当なら定期的に調査するべきだけど如何せんファンタジーな世界なわけで。その中に水性の魔物が発生していたり毒を含む死の水になっていたりと危険度はかなり高いそうで本格的な調査をしない限り放置されるのが常とのこと。半面、池などの水場は冒険者の貴重な飲水確保にも繋がるためツィーダム家はこれを機にそのダンジョンに限っては新しい鉱脈調査というよりも安全な場所の確認や遺品回収、水質調査優先……のつもりが。
「鉱脈調査は二の次のそのダンジョンから見つかったってこと?」
「しかも特定の池の底限定で鉱脈が出来ているそうだ、鉱脈らしき青みがかった筋は見えるがベニトアイト自体は表面には露出しておらず、実際に採掘してみないと分からないらしい」
「へー!」
「ダンジョン最下層でしかも中級クラスの魔物が住み着き、全てを倒せても翌日には随時魔物が再発生する」
「鉱脈は池の底……。水をある程度抜かなきゃ採掘出来ないし、採掘してみてあるかどうかも賭けになるってことね。これだと見つけるのも大変でしょ」
「ああ、今回の調査がなかったらおそらくこれからもずっと気付かれずにいた可能性がある。もっと言えば、他の鉱石と違って鉱脈から自然と零れ落ちたり押し出されることも一切ないらしい。鉱脈表面に僅かに露出しているというものすらなく、全ての池を確認したが自然に宝石質の部分が鉱脈から剥がれもしくは押し出され池の底に沈んでいるものは一つもなかったそうだ」
「うわ、希少性はこの世界でも変わらないね」
「そうなのか?」
「うん、理屈は全然違うけど地球のは高品質のものが採れる産地はたった一箇所、しかもその鉱山は既に閉山してるの。事実上新しいものはもう手に入らない本当に超希少石」
「そうだったのか……。要因の本質は違えどこちらのベニトアイトも超希少石だ。採掘出来るダンジョンは現在大陸でもたったの数箇所、どちらも壁面に鉱脈が露出していて採掘は容易だが発生自体が稀だ。原石は然程大きくならずそのせいで希少石でありながら社交界でも出回ることは滅多になくコレクターは喉から手が出るほど欲しがる者もいる」
「でも今回、ツィーダム領で発見された、と」
「そういうことだ。今後どの程度の周期で発生するかなど長期間の調査が必要だろうし、無数にある池の底を大規模調査で詳しく調べてもなお、採掘できた原石は今手元にあるこの七つを含めて僅か十九個。他は小さすぎて採掘を断念せざるをえなかったそうだが……それらを鑑みてもこのベニトアイトがツィーダム領で採掘が可能になったことは、国内を暫く騒がせるだろうな」
そこまでで、私は一瞬で顔がスンとしてしまった。
「そんな話題性十分のものが、十九個のうち七個がここにあるってことは、それもまた話題性が高いのでは?」
「そうだな」
なんてことない顔して頷いてるけどね、グレイ。
「トラブル一緒にくっついて来たりしないよね?」
私の心配の裏で、ツィーダム家は意趣返しとしてクノーマス家を通し私にこれを『押し付けてきた』と発覚。グレイはカット・研磨済みのルースと原石一つの計二個売って下さいと言ったのに、代金は二個分だけ、残り5個は『いつものお礼だ』と押し付けられたらしい。
「あ、エルフの里のものを大量に押し付けたのを根に持ってるわ」
「そりゃ、そうでしょうよ」
そのあたりのことを知っているキリアが呆れた顔をして、そしてロディムも苦笑した。
「ツィーダム家としては無駄な争いや圧力を受けないようにする防衛の意味も込めていると思いますよ」
ロディムは一つだけ美しくカットされた宝石として輝くベニトアイトを興味深く見つめながら説明してくれる。
「新しく見つかったダンジョンで発生する鉱脈から一番最初に採掘されたものは初物として王侯貴族が非常に好むんですよね。どんなものでも一番最初に入手出来る権力や立場というのはそれだけで社交界を動かすこともありますから」
「あー、それは身に覚えが。私の作る格安のものですらそうだもんね。シルフィ様とルリアナ様が社交界で安定して上位にいられるのは私が色々開発してくれるお陰だ、って何度も何度も今でも言ってもらえるし」
「ええ、社交界ならまだしもそれをお披露目するのが国主催の大きな式典や催事の場と重なれば尚の事。一気に沢山の貴族相手に自分の財力とコネクションと情報収集力を知らしめることが可能です。派閥の力関係にすら影響を及ぼしますよ」
それを聞いてゾッとした顔をし自分の体を両手で抱きしめたキリア。
「宝石一つでそんなことになるの? 王侯貴族、頭おかしいんじゃないの?! そんなことで派閥の構図が変化したりなんてしてたら生活自体が落ち着かなくて逆に苦しそうじゃない!」
「たかが一粒の宝石、されど一粒の宝石なんですよ。身につける者の現状を目視で確認できる手段になりますから案外無視できないですね。入手手段やそのルートがはっきりしていれば尚更です」
「ひえぇぇ……」
そのビビリっぷりに私とロディムは笑う。
さて、どうしようか。
「しかし、粒が小さいとは言え……明らかに地球のものより大きいのよね。これ、地球だったら高級車買えちゃうんじゃないかな」
一人ブツブツそんな事を呟きながら、美しいベニトアイトを見つめる。
「うーん……」
「ジュリさん?」
「クノーマス家にも同じく原石が渡されてるって聞いてるけど……あちらはあちらで宝飾品にするだろうから同じことしてもねー、って話よね。どうしよっか。うーん、迷う。何にして、何処に出そうか……図鑑用には二つあればいいし」
こういう高価な希少石の取り扱いは物理的にというよりも対外的に取り扱いが難しいのよ。
私としては図鑑のために今は二つあれば十分。一つくらいはそのうち気が向いたら何かにするのもありだけど、この石の背景にある様々なことを考えるとまだ私が身に着けないほうがいい。なので、結局このたった五つのルースをどうするかという話になるわけで。
「ロディム買う?」
軽く振ると彼は肩を竦める。
「私が買ったら両親に何を言われるか。ジュリさんの近くにいることで色々と優遇されていることを正直面白く思っていないんですからあの二人は。ましてやこのベニトアイトは男性も好む者が多いでしょうから、ジュリさんのデザインしたこれを使ったアクセサリーを手にしたら父に無駄にこき使われる未来しか見えません」
『そのうち自分で買います』と笑うロディム。
買うのか、そうか、こっちの世界でも希少石であるベニトアイトをサラッと買うとか言えちゃうのか。さすがアストハルア公爵の息子。そういえば大陸有数の資産家、富豪だった。
「で、これをどう活かすか」
本来この手の物は本職の人達に任せるべきものではあるけれど、グレイがせっかく私にと持ってきてくれたならやらないわけにいかないでしょ!!
「無難に行くなら宝石として最もその美しさが伝わるネックレスや指輪といったものに仕上げるべきなんだろうけど……」
「それでいいじゃん」
「面白くないでしょ」
「ひねくれてんね?」
「煩いよキリア」
ハハッと面白かおかしく笑うキリアの肩を軽く小突き、私は腕を組む。
「特別、希少……」
これをフルに活かせる宝飾品以外のもの。
魔法付与をするなんて無粋だよね、出来るらしいけれど私はそこに大した興味もないし。
この地球ではほぼお目にかかることは不可能なサイズで透明感も照りも最高級のベニトアイト。
やっぱりこれを使うに相応しい存在のために考えるべきよね。
「つまり、王侯貴族?」
「まさかぁ。王侯貴族なら欲しかったらロディムみたいに自力で手に入れて自分のためだけに仕上げることはいくらでも出来るんだからわざわざ私がやらなくたっていいのよ」
「んじゃ、相応しい存在って?」
「王侯貴族より遥かに尊くて別次元の存在がいるでしょ」
「ええ?」
「神様」
「……」
そう。
「神様ストラップとブレスレットも作ったし、また作ってもいいでしょ。特に既存の物を本当の意味で神様のために、ってね」




