44 * 帰ったらそれなりに解決してた
新章です。
ククマットに到着したのは夕方だった。
殆どの従業員は既に帰宅、残っていたメンバーに出迎えられてホッとして笑顔でただいまとお帰りを互いに交わし、帰ってきたことを実感する間もなく。
「なんだよもー、辺境伯爵家に滞在楽しみにしてたのにすぐに帰って来いとか酷くない? 遊んでなかった、私は遊んでなかったからね! そしていつも通り観光してねぇわ!!」
「それは知ってる」
いつものメンツとの久しぶりの再会を喜び終えた私はキリアと二人きりになると不満をぶちまける。そんな私の前でキリアが腰に手をあてがい苦笑した。
「ヤゼルさんが依頼のこと黙ってネルビアに滞在し続けたのが悪いんだからその不満は本人に言ってよ」
そう。
あのジジイ!! ネルビアで発掘したカメオっぽいネルビアガーゴイルの翼とかネルビアの工芸品に気持ちが持っていかれ、作ってみたいという衝動を押さえきれずなんと嘘ついてやがったの。
「別にいいじゃねぇかちょっとくらい!」
ガハハハと本人は笑ったけどね、お弟子さんたちがヤゼルさんしか出来ない仕上げが必要な特注品を受けていたのに帰ってこないとローツさんに泣きついて。しかもその特注品ってのがあのバミス法国のウィルハード公爵様からの依頼だって言うじゃん!!
「その、ご到着早々ではございますが取り急ぎ伯爵様とジュリ様にと手紙が届いておりまして」
マーベイン辺境伯爵家の屋敷に到着した瞬間に執事長さんから渡されたんだから。
「納品期限二週間後!!」
どんなに魔法で強化された馬車で帰っても辺境伯爵領からだと十日潰れるじゃないの、とその場で大騒ぎになったのに当事者は『一日で仕上げる』とか『そんなにカッカするな』とか言いやがり。
で、グレイによる転移で強制送還となったヤゼルさんと私。慣れない転移でヤゼルさんはまた腰を抜かしてたけど同情はしない。
因みに問題が起こっていることを手紙で知ってちょっと逃げようとしていたことは、グレイと二人で黙っておくことにした。
「でも朗報もあるよ」
「えぇぇぇ。マーベイン家の特産とかお酒に勝てるー?」
「……」
「……」
「それはちょっと微妙かも。そしてマーベイン家のお酒ってなに、気になる」
「そうでしょうとも。売ってもらえるか手紙書くから」
私たちの間に奇妙な空気が流れたのが飲んだことのない酒への未練ということはスルーして。
「ローツ様から先に手紙で知らせてたおばちゃんトリオたちのことだけど、あれ解決済」
不貞腐れテーブルに顎を乗せていた私の身体は反射的にぐいっと持ち上がる。
「え、そうなの?」
「うん、見事に」
「はあ?」
それはおばちゃんトリオ最強説を裏付ける、力技だった。
キャリアが長くなっていたおばちゃんたちに対して不満を持ち始めていた若い子たちを相手に、なんと目の前で一点物のフィン編み総レースのテーブルクロスを編んでみせたとのこと。しかも。
「凄かったよ、鬼気迫るものがあってさ。目で追えない速さで編みながら隣に編み物で稼ぎたい熱心な若い新人に指導するっていう神業を三人してやって見せて。ついでにルールとか規約とか暗記してることを披露して『あんたら言えるのかい』って追い詰めてた」
「それ解決してないね? 追い詰めるって解決じゃないよね」
「それがね」
キリアはなんとも言い難い複雑そうな顔をした。
「熱心な新人の子たちが、『私言えますよ』って」
「ん?」
「まさかの新人たちがトリオの味方についたのよ。トドメに『別にデリアさんたちは間違ったことは言ってない』ってね」
「そうなの?」
「まあ、新人たちからしたらデリアたちに噛みついてた人達に思うところがあったってことよ」
聞けばなるほど、と言う内容。熱心で真面目な新人の子たちからするとデリアたちとトラブルになった人達は怠慢に見えたし、内輪ノリとでも言えばいいのかな? 数人がグループになり同じネタで否定的な事や人の悪口を言ってるうちに誇張され増長され、聞いていて気分の良いものではなくなっていったわけだ。それが輪をかけるように仕事そのものの質を停滞もしくは低下させて。そして個々の感覚になってしまうけれど他人のそういうのを全く気にしない人もいれば、逆に目に付くだけで不快に感じる人もいる。
真剣に少しでも多くお金を稼いで家のため自分のためと頑張る人にしてみたら、人の悪口を言って手が止まったりただ何となく働いてるような人と一緒にされたくないし一緒にいたくないってこと。
「で、『じゃあ辞める』って三人が辞めた。ローツ様もデリアたちもはいどうぞって感じでそこからは揉め事もなくあっさり三人が去ったわけ」
「ま、そうだろうね。遅かれ早かれその子たちは浮いた存在になっただろうし、給金の定期査定の時にはきっと据え置きにされて文句を言い出してただろうし。そうなればやっぱり去ることになったと思うよ」
とまあ、後味が悪いというより人がたくさん集まればこういう事もあるよね、って形で解決していた。
去るもの追わず。案外この気持ちがスムーズな運営を支える大事な要素なのかなと思ったりした。ククマットと周辺は好景気、職種を選ばなければ仕事は比較的見つかりやすい。ただ、うちのお店でそういう事をしていた子達が他のまだまだ過去の習慣やルールが残る所で満足出来るお金を稼げるか、継続して働けるかは疑問。
そしてもう一つ。
こっちが重要で重大だ。なので速やかにグレイとエイジェリン様とネルビアに滞在中今後の対策をしておいた。
「折りたたみコンテナ、アレに関してはグレイとクノーマス侯爵家、ツィーダム侯爵家に任せることにしたから安心して」
「情報が漏れないようにしてもらう感じ?」
「ううん、クノーマス侯爵家とグレイが共同開発したことにしてギルドにその権利を全部売ることにしたの」
「えっ?」
「その証人としてツィーダム侯爵様がなってくれる。ライアスはあくまでも技術者で開発に携わったって位置づけにして私の名前は一切出さないことになった」
「もったいないよね?!」
キリアが納得いかない顔をして声を張り上げる。
「でもそれで今後ギルドに折りたたみコンテナのことで不本意な『借り』も作らなくて済む」
「……それって、どういう?」
一気に意気消沈し、今度は首をかしげるキリア。
「ギルドに名前を伏せてほしい、折りたたみコンテナの事が漏れないようにしてほしいってお願いは『大きな借り』として後でこっちが不利になる可能性があったの。あの折りたたみコンテナはグレイがすぐに気づいたように戦場で重宝することに侯爵様たちも気づいたって。そんな物を名前を出さずにしかも漏洩しないようお願いしたらギルドにこちらをいざという時利用する機会を与えてしまうし、折りたたみコンテナを戦場で使うことを前提に私の名前で売り出すっていう脅しのネタにされかねない。 《ハンドメイド・ジュリ》の名前は今それなりにブランド化していて利益を生みやすくなってるし。だったら欲しいと欲を見せている内にあっちには安く売る代わりに私の名前を伏せろと言える。それで互いに貸し借りやいざという時の交渉材料にされることもないから」
「エエ? ……納得いかないわぁ、でもそれよりギルド、まだそんなことしてるの?」
「してる。寧ろ今は各地のギルドに厳しい目を向ける反面 《ギルド・タワー》本体が内部でその動きを見せてるらしいよ」
私とかつてククマット地区ギルド長をしていたグレイの幼馴染であるダッパスさんとの確執をきっかけに表沙汰になってベイフェルア国内のギルドの上層部が粛清されて以降、民事ギルドも冒険者ギルドも双方が各地の領民の厳しい目に晒されていることもあり正常化しつつある。
その裏で、 《ギルド・タワー》内部は奇妙な動きを見せていた。
「『覇王』騒ぎで混乱したままのフォンロン国と粛清したベイフェルア国内では目立った動きを見せてはないけど、ギルド総帥とテルムス公国の大公の癒着が酷くて本来なら公正な選出と投票で決まる総帥選が次の総帥は今の総帥がそのまま続投になるだろうって噂があるみたい」
「……それ、公正じゃないね」
「うん、そもそも選出自体がまだまだずっと先で自薦他薦の候補者の名前が出るのはこれからだし、ついでに言えば最近のお金集めに力を入れて色々と値上げをしている 《ギルド・タワー》の評判はあんまり良くない。なのに総帥が続投するなんて話がおかしいわけ。……バミス法国がヒタンリ国に圧力をかけられたのもギルドが絡んでるって話だったし」
「は?」
「ヒタンリ国のダンジョンに冒険者を大量に送り込んで魔物を狩り尽くして近隣の冒険者の稼ぎを奪ったり。小さいダンジョンだとちょっとの地形変化で魔素の流れが変わるでしょ、そんなところで威力のある魔法を連発して地形を変えてそのまま放置して一部のダンジョンで今まで安定的に手に入ったポーションの素材になる魔物の発生が不安定になるようなことをさせてるって。いくらバミスが大国だとしても間に他の国を挟んでいるし距離が物凄く遠い時点で冒険者を送り込むってかなり難しいらしいんだよね、グレイの話だと。そりゃそうだよね、だって転移出来る人自体少ないし長距離転移となれば尚更。……それなのに、いくら小国相手とは言え、打撃を与えるほどの事が可能なほど冒険者を送り込むなんて手間がかかりすぎる」
「つまり……その手間を必要としない手助けを、ギルドが?」
「そういうこと。ギルドは民事も冒険者も各地にあるでしょ、依頼という形で懇意にしている冒険者や一部のお金目的だけの冒険者を集めるのはシステム上何処よりも簡単だよね」
「うわ、さいっあく……」
キリアはそのやり方に素直に嫌悪感を示したけれど、グレイは別の面を懸念していた。
「それだけの事を依頼するとなれば莫大な金がバミスからギルドに流れたはずだ。厄介なのはそれを正当化してしまえることだろうな。後からどこからその事を指摘されても横領や癒着ではなく正式なバミスからの依頼だったとギルドは言えるし、バミスとてこれは国家間抗争だ政治的判断で行ったことだと言える。下手に半端な金よりも国と巨大組織の正当な取引だと言い訳しやすくなるだろう。となればヒタンリ国があえてその事を表沙汰にしなかったのは当然だ。正面からバミスとギルドと戦うには自国だけでは弱すぎる、必ず支持国か支援国の協力が必要だ。そうなるとどこが出てくる? 間違いなくバールスレイドだ、あの皇帝とリンファが黙っているわけないだろう。そしてネルビアも便乗してくる……となると、一気に大陸内で巨大な対立構図が出来上がる。ベイフェルア国の国境問題など些末なものに見えてしまうくらいには、混乱と緊張をまき散らす。だからヒタンリ国は沈黙したし、その沈黙があったからこそリンファが皇帝の存在をちらつかせつつ個人でバミスに噛みついたりした。そういう必要最低限の外野の対立で済んだのはヒタンリ国王の判断あってのこと、なければ事態は深刻化していた可能性すらある」
もうさぁ、この何でもかんでも戦争につながっちゃうのどうにかならない? って何度思わされているか。
「つまりね、ギルドに変な借りを作るとそういう大陸を巻き込んだ事態が起きたときに『貸しを返せ』と利用されかねないってこと。しかも折りたたみコンテナはその事態、要は戦争に便利なもので私が開発したとなるとベイフェルア国からは確実に戦犯扱いにされるし、ギルドには名前を伏せるから膨大な量をタダ同然で作って寄越せと言われる可能性があるし、バミスも一枚岩じゃないからどう出てくるか分からない怖さがあるしってこと」
「最悪だし最低だわ」
冷めた声で吐き捨てたキリアは呆れたため息を漏らして微かに項垂れ額を押さえた。
「だから私の名前を伏せてくれるなら折りたたみコンテナの設計図や適した素材や金具、製作工程も売りますよってね。逆に莫大な利益を生み出す可能性がある物を差し出すんだから約束守れよ、守らなかったらこっちはもうギルドと魔石や宝石の取引しないぞってツィーダム様が、今登録している特別販売占有権の版権売買のギルド側が取れる手数料を引き下げるか版権そのものを取引停止するしクノーマス領で生産されているものを一切ギルドに売らないぞと侯爵様が条件を叩きつけたことで貸し借りなしに収めたわけ」
「……グレイセル様は?」
「私の名前で登録されている特別販売占有権全部取引停止させる、一切の関与をやめるって手紙書いてた」
「あの厳つい字で?」
「そう、こっちはもう占有権の手数料や売り上げがなくなっても困らないくらいには自力で利益出してるしね」
「……それは、脅しじゃん」
「あの男は正当防衛って言ってる」
「言いそう……」
まあ、そんなこんなで一応手を打ったわけだけど。
何となく、レッツィ様や人魚のカリシュタさんが心配してたのが繋がった気がする……。
なんだよもう、本当に面倒だよもう!
皆平和に暢気に生きようよ!
マーベイン辺境伯爵様、お酒売ってくださーい。今なら割り増しでも全然買います。
翌日。
「何にせよ無事に帰ってきてよかったじゃねぇか」
ライアスはヤゼルさんの納期ダンマリ事件を笑い飛ばした。フィンも呆れつつなんてことない感じで笑って。
「そうだよ。それにウィルハード家のご当主様も納期はあるけど急ぎじゃないからって言ってくれてたらしいしね」
「そうだけどさぁ。やっぱり知り合いが絡んでる事は秘匿案件じゃない限り話してもらわないと怖いわよ。ヤゼルさんには関係なくてもこっちは色々抱えてるわけだし。ましてや大国の公爵なんだから」
不貞腐れる私を二人はやっぱり笑う。
「それに折りたたみコンテナだって後味が悪い気はするけどよ、結果としてはよかったんじゃねえか? ギルドを牽制出来たんだろ? こう言っちゃなんだが、俺としては肩の荷が降りた感じもあるしな」
「ライアスがそれでいいならね。私としても折りたたみコンテナはどうしようか悩んでたところだったし。それでもなぁ、何となく引っかかる」
「ギルドのことかい? まあねぇ、なんだかあんまり良くない噂も出始めてるって侯爵様たちも言ってたからね、気になるのは仕方ないと思うけど、気にし過ぎも良くないよ」
「……ご尤もで」
フウ、と諦めた感じのため息を吐けば、ライアスが鼻で笑い、フィンは穏やかに笑う。
帰ってきて早々、落ち着く間もなくため息ばかりで確かにちょっとこれはいけないな、と気持ちを入れ替えていつもの日常に戻ることにした。
特に何かするわけでもなく、単にジュリが不貞腐れていただけのお話しでした。
これだけ大きく展開していればそれなりの面倒、厄介事は否応なしに付き纏うものですよね。




