43 * 巻き込まれた人と宝物を得た人
献上はあのネルビア大首長の象徴ともいえる大広間で無事に行われた。
「お、おお……? ほ、お?」
終わって直ぐ、レッツィ様が回転する万華鏡が乗ったカラクリオルゴールを覗きこみ、外側から確認できるオブジェクトと影を楽しみ、謎な声を発しながら自分の世界に入ってしまったのでその場はプレタ様とエメリアナ様、そして各部門長官などネルビアの上層部の方々が引き継いでくれた。
『これは後で中身を確認してください』と渡した箱の中身を一応危険物ではないかどうか確認する立場のビルダ将軍は、その中身を見て、中に一緒に入っていた小さな紙に書かれたことを交互に何度か見た後、真顔になって箱を閉め、ものすごい勢いでグレイに詰め寄っていた。
「これはまずいだろう!」
「と言われましても……ジュリの判断で持ってきましたから」
「君が回収してくれれば問題ない!」
「何も付与されていませんからそこまで価値はありせん」
「カットされているだけでも価値があることを知らないとは言わせないぞ!!」
「ですから苦情はジュリに直接お願いします」
「【彼方からの使い】がくださったものを本人に返すなんてできるわけないだろ?! だから黙って持って帰ってくれ!!」
「大首長がいらないと仰ってはおりませんから。お納めください」
「あのお方は万華鏡を見てから心ここにあらずだろうが!! あてにならん!!」
『黄昏』が返品されかけてる。ウケる。持って帰りません、返品不可。
グレイとビルダ将軍の面白会話を他人事のように聞き流しながら、私はもう一組献上という形をとってもよい方々のための品物をクラリス嬢に持ってもらいその方々がいるところへと向かう。
「色々と助けてくださりありがどうございました。今後もきっと助けて貰うことが沢山あるんだと思います、なので感謝と今後への賄賂を合わせた気持ちがふんだんに含まれたものですが是非お納めください」
賄賂という単語に笑ったのはヒタンリ国第二王子殿下と妃殿下ヨニス様。
「陛下に妬まれそうだが、私たちへの賄賂だと言うのなら喜んで受け取らせてもらう」
「ぜひぜひ。ただこちらとしては巻き込む要素が頗る強いものなんですけどね」
キリア特製のカルトナージュが施された箱はさほど厚みがない。受け取った第二王子殿下は傍のテーブルに置いて蓋を開ける。
先に白状してしまうと中身は算盤とその作り方と生活・道徳の教科書だ。
お二人は言葉に詰まったままの顔を私に向ける。そして殿下はチラ、とクラリス嬢にも目を向けた。その理由は分かっている。
「クラリス嬢には話してあります。特に教科書、これに関しては今後たくさんの人の意見を取り入れて改訂を繰り返していくことになるもので、クノーマス、ククマットだけではなく、既にツィーダム家も数名学校から教師を派遣して体制を整えて行く計画に入っています。そこに国も習慣にも違いがあるヒタンリ国が入ることで視野が広がると思っています。ヒタンリ国にとっても悪い話ではないはずです」
そう『生活・道徳の教科書』。
ずっと意見の食い違いなどで形になりかけたまま中途半端な状態から完成に至っていなかったこれはひとまず内容を絞り込み、何とか完成させた。多少強引な所はあるものの、そこはあえて今後は修正と追加を繰り返していくということにし、まずは最低限の『知っておくべき知識』を主としている。
そっと教科書を手に取った殿下は一枚一枚丁寧にページをめくる。ページ数がたったの三十ページという教科書の最後に到達後は一番最初の見開きにある目次のページに戻り凝視する。
「……防災、衛生に特化し、人との関わり方についても少しだが触れているのだな」
教科書を作る話しは既に知っているヒタンリ国もこの『生活・道徳』の教科書にはとても期待していると言葉をもらっていた。
「はい。いじめ問題はデリケートなことなのでそれこそどういう風に解決するのかというのは今後立場を越えて大人子供で隔たりなく話し合い決めていくべきという判断ですね。その代わり、その手前、基礎となる人との関わり方で挨拶をしようとかそういう本当に基本的なことをするといいのは何故か、というのを皆で考えられるといいなと言う気持ちで―――」
殿下がそっと手を前に突き出すような動きをして私の話を制止する。
「ジュリ殿、これはまだ、ヒタンリ国は受け取る事は出来ない」
ヨニス様は傍らで珍しく動揺した表情をしクラリス嬢も『なんで?』と物言いたげな顔をする。
「今でもジュリ殿の【技術と知識】に浮足立ち、時折統制が難しくなる面もあるほど我が国は小さく、そして未熟だ。そんな状況で……こんな……きっと足を引っ張ってしまう」
見たことのない苦悩や葛藤に苛まれる顔だった。
国の防衛も任される国王陛下の実弟であり国王陛下の嫡子が成人し正式に王太子となるまでは第二王子という国で二番目の権力を有する、いつも落ち着いていてでも気さくで、何よりも何事にも正面から受け止める強さのようなものを滲ませる第二王子殿下が初めて見せる顔だった。
「これを教える教師を育てるにしろ、教科書を改訂するにしろ、我々はきっと何も出来ずただジュリ殿に『教えてくれ』『助けてくれ』というだけで、恩恵を搾取するだけになるだろう。ヒタンリ国の王子として、国を守る王族として……それは許されない、許してはならない」
「いや、それは殿下、ヒタンリ国という後ろ盾を得た私からの」
「そうではない」
「え?」
「これは、王族としての矜持だ」
「矜持……」
「後ろ盾になっているから、だからその代わりに。……それでいいのだろう、本来はそのための後ろ盾なのだろう、ジュリ殿はそれでいい。だが、これは、この教科書に書かれていることは国が、王家が、国民の命と生活の向上を目的とし、そして豊かになるための知識を身につけるきっかけとなるように、国がやるべき事だ。それを他力本願、第二王子として国を統べる一端を担う物としては決してやってはならない事だ」
ほぇぇ……。
こんなこと言う人、いるんだ。
たぶん、今の私の顔は史上まれに見るアホ面!
感動通り越して思考停止しそう。
「あのう、そう言われましても、実は……既にクノーマス家とツィーダム家にはヒタンリ国も巻き込みますって宣言してまして……」
私の発言に、第二王子殿下とヨニス様が唖然とし、クラリス嬢は苦笑しながらも私が勝手に話を進めていたことを知っていた、というか私はこういう人だと理解したからこその落ち着いた笑顔とも言うべきか。
「たぶん、そのぅ、そのつもりで既に調整に入るんじゃなかろうかと……」
「……」
「……」
「ジュリ殿」
「はい?」
「エイジェリン・クノーマス卿と話がしたい」
ちなみに話をしたものの、『え、そのつもりで計画を進めようかと思っておりました……』とエイジェリン様にそれはそれは申し訳ない顔をされて言われた第二王子殿下が遠い目をしながら『分かった』と答えるのはわずか五分後だったりする。
「殿下はジュリ様との関わりが深くなることで自分の立場が重要度を増すのを懸念しておりますから」
エイジェリン様と話し込むことになった殿下に代わりヨニス様が頑なに拒否しそうだった理由を教えてくれた。
「数年もすれば陛下の御子様が正式に立太子となり、その時、第二王子としての地位が強すぎると色々と不都合が起きる可能性があります。特に私達の長男の存在が、そこに無理やり引き込まれるかもしれません」
「悪いことではないと思いますが……」
「ジュリ様もご存知のように、王宮というのは色々な柵がありますし、人を落とし落とされの醜い部分もありますわ。そして利用し利用され……荒れては困るんです、今のヒタンリ国はまだ不安定ですから」
少しだけ哀愁のような雰囲気を漂わせたヨニス様。
「でも私、第二王子殿下には今を維持して貰いたいと思ってます」
「え?」
「不可欠です、絶対に、今後の私たちククマットの全ての人たちにとって、後ろ盾の国の第二王子殿下という存在は、まだ先のはっきりしていない幼い王子より、ずっと大事で重要で不可欠です。……正直に言います。巻き込まれてくれないと、困ります」
ヨニス様は目を伏せ思案顔になった。僅かな沈黙。
「わかりました」
顔を上げたヨニス様の目は、決意の目だった。
「お前、王族を自分から巻き込む庶民なんぞ聞いたこともないぞ」
「ですよねー」
「聞いてるこっちは面白いからもっとやれ! と思うが」
「ですよねー」
一瞬呆れた顔をした後すぐにニヤリとほくそ笑みそう言ったレッツィ様の後ろで虚無な顔をしている第二王子殿下とニコニコしているヨニス様の対比がすごくてつい笑ってしまう。
「大丈夫だから、巻き込むんだろう?」
「もちろんです、あの国王陛下と第二王子殿下なら、背中を預けられますから」
「だそうだぞ?」
振り向いたレッツィの顔がニヤニヤしているのが余程腹が立ったのか、第二王子殿下は虚無顔から一変、ひくっと口端を片方引きつらせ目を細めた。その顔に満足したらしいレッツィ様はまた私へと振り向き、今度はちょっと戯けた顔をする。
「鱗は本当に貰っていいんだな?」
ここには『黄昏』の鱗を加工できる私がその加工済みの鱗を献上したことを知っている人しかいないことを把握済みのようで、一切の配慮など考えず単刀直入にそう問われた。もちろんです、と答える代わりに頷けば、レッツィ様は表情を変えて満足気な笑みを浮かべた。
「うちには魔法付与に長けた者がいる。マイケル殿のお墨付きだ、その者が付与に成功しても構わないんだな?」
「手放したものをレッツィ様がどう扱っても私にはどうこう言う権利はありませんし、言うこともありませんので」
「そうか。ならありがたく使わせて貰う」
そう言えばロディムが以前こんなことを言っていた。
「『黄昏』もそうですが……そもそも癖が強く加工する職人との相性さえ重要となる取り扱いの極めて難しい貴重な素材は、過去に効果の高い付与が付いた記録以外残っていません。それは付与できる内容に偏りがある可能性だけでなく、そもそも加工が極めて難しく、付与が出来る状態にまで不活性魔素を抜くことが出来ないためです。そうなると、まず研究対象として扱う事自体が出来ませんので自ずと『不明な点が多い素材』『未知なる素材』等に分類されてしまうんです。そうなれば尚更研究対象から外れますよね、しかも付与出来る魔導師は一定数いますが全員が得意という訳でもなくむしろ付与できる内容はそれぞれの属性に偏りがちですから付与の研究がなかなか進まないのは当然なんです」
そう聞くと『黄昏』なんて加工出来る人が歴史上殆ど存在しなかっただろうし、出来てもたぶん私同様何らかの条件があり、私なら攻撃系は全く付与できないものになってしまうとかの問題がついて回ることは避けられない。
それでもなお、レッツィ様が雑談を楽しむように軽い感じで言える理由。
(たぶん、付与に自信があるんじゃなく、研究の機会を得たことを喜んでる、って感じよねこれは……)
この方は他の権力者と見ている世界が少し違うのかもしれないと思える。
それはこの国の独自の文化や権利を持つ独立した首長たちがそれぞれの土地を治めているのを更にその代表となり国を導くという王族や貴族で成り立っている他の国とは違う首長国の国主ならではの価値観が影響しているかもしれないし、レッツィ様はどうやら大首長になるまでの経緯がちょっと複雑らしいので、その特殊な環境が影響しているかもしれないし、とにかく、ちょっと何かが違うのは確かだと思う。
「あの」
「なんだ?」
だから聞いてみる。
単なる好奇心。
「もし、付与に成功したらどうするんですか?」
レッツィ様は実に愉快げに笑った。
「成功したら、か。そうだなぁ、どうするか? 大陸中に向けて『ネルビアは出来たぞ!』と自慢するのもいいが、俺としては……くれてやる素振りを見せて寄ってきた奴らを争わせて賭けをするかな。きっと面白いぞ!」
権力誇示のためなのかそうでないのか判断しかねるその答えこそ、レッツィ様らしいのかもしれない。
そしてレッツィ様からはもう一つ、こっそり教えてくれたことがある。
「俺は生まれた家がちょっと面倒な家でな。家督争いで二人の兄は俺が物心つく頃には既に兄弟らしい情など互いに持っていなかった。それでも五歳下で自由奔放な俺にはどっちも優しかった。単に家督争いには入ってこないと判断されたのか、それとも無害と思われたのかは分からないがな。そんな兄たちは俺が一度だけ、草むらで見つけた魔物の魔石を『綺麗だろ!』と自慢げに宝物だと言ったことをずっと覚えていてな。……片方の兄がいない時、もう片方の兄が色の綺麗な魔石をこっそりとくれたんだ。いつの間にか溜まっていく魔石や天然石は部屋の棚に隠していた箱に入れていた。……時々、親にも見つからないようそれを眺めるのが好きだった。キラキラしてて、ワクワクして、殺伐とした争いが常日ごろの環境で、俺の救いだった。だからジュリから万華鏡を献上された時、クルクル回す度に表情を変えながら色とりどりの輝きを放つからか、子供の頃の記憶が蘇り……ああ、悪い記憶ばかりじゃなかったと、気づけた。万華鏡は、俺の子供時代の記憶に色を付けてくれたようだったよ。今度の万華鏡も、不思議だな、今は兄二人と笑い合った記憶を思い出させる。ありがとう、ジュリ。どんな高価なものよりも、オレにとって万華鏡は、大事な過去と記憶を蘇らせる最高の宝だ」
レッツィの子供のころが少しだけ垣間見えるお話しでした。
そしてヒタンリ国第二王子殿下が今後無遠慮に巻き込まれていくんだろうなぁ、というお話しでもありました(笑)
ジュリとしてはどちらの反応も予想外だったわけですが、結果『まあいいや!』ですでに次の事を考えていると思います。
『生活・道徳』の教科書。作者は小学校の頃学校であまり活用された記憶がなく、やたらと綺麗なままで一年が終わっていたのが未だ印象に残っています。担任がプリント派といいますか、生活・道徳の教科書を自作で見やすくまとめ書き込み欄などまであってかなり手の込んだものだったんですよね。
そして当時は全て手書きのものです、それをコピーして生徒が貰う。でも先生ごめん、作者その裏に毎回絵を描くのが楽しかった!!だって他のプリント類より大きな紙だったから!!先生の労力よりも絵が描けることが嬉しかったんです、本当担任スマン……。そして息子が全く同じことをしているのでゾッとしたのが最近。血は争えんとはこのこと。




