43 * 差し出すものは
朝からバタバタ、そりゃもうバタバタ。ククマットに帰る直前だというのに、なんとこんな日でもマーベイン辺境伯爵とエイジェリン様にヴァリスさんとハシェッド伯爵はクレベレール首長さんたちネルビアの人たちと話し合っているし、そんな主たちがいつでも帰れるようにと執事さんや侍女さんたちは最後の最後まで確認を重ねる勢いで、そして往復の護衛担当をするエンザさんやセルディオさんたち冒険者パーティーも馬車に馬にその調整とチェックに余念がない。
そんな中で私とグレイとクラリス嬢はのんびり……な分けがなく、むしろバタバタを一番体現しているのは私たち。特に初めて私のお手伝いをするクラリス嬢は一生懸命こちらの足を引っ張らないようにと真剣そのもの。
「リストと箱に貼ってある名称と、中に品物と一緒に入っている名称と説明書きの紙が合ってるかどうか確認してね。もし間違ってた場合はリストの名称前にバツ印を入れて、品物はグレイのいるところのテーブルに移動してほしいの」
「わかりました」
「箱を開けるだけでもうちでは手袋をするから今のうちにしておいてね」
「はい」
クラリス嬢に説明をする傍ら、グレイは次々転移で沢山の箱を運び込む。
今回、最終日に御礼と献上品を渡す予定を組み込んでいたんだけど、何せ行きの馬車は穀潰し様の製品でギッチギチだったし、長距離移動と山越えだったので極力荷物を減らすため馬車も最少限だった。だからこちらに到着後ビルダ将軍とハリム副将軍に相談、グレイの転移でこれらを持ち込めるかどうか、その日程はいつがいいかなどを調整して貰っていた。転移は非常に便利だけど、その転移で起こる空間の歪みや突発的に発生する魔力風は敵の侵入とみなされてもおかしくない現象で、他国でありしかも停戦協議が行われるデリケートな問題を抱えた状況下でグレイが何度も転移を繰り返して良いものかどうかの確認はどうしても必要だったのよね。ちなみにヤゼルさんをその場の勢いで転移で迎えに行ったことは流石に後からレッツィ様にお小言を言われまして、グレイも反省した。でもこの男はまたおんなじことをやらかすよ、そのうち。
で、朝から転移で何度目かの荷物運びを終えたグレイは私たちと同じように手袋をはめて品物の確認をしてくれている。
増員してやってもいいんだけど、私が割とそういうのが苦手でして。知らない人に触られたくないのよ、壊されるとか傷付けられるの前に遠慮なしにベタベタ触る人やあれは何これは何と質問しだしてお喋り優先になる人とかいるのでね。
なのでこういう時は時間がかかっても構わないので最少人数で信頼おける人のみで作業する。
「私がお手伝いなんて」
とクラリス嬢は若干戸惑っていたけれど、ネルビアに入ってから私の護衛をする時は顔に出さないだけで常に気を張り詰めていたのは気づいていたの。仕事は仕事ときっちり熟してくれる子なので安心してこちらはお願いした次第。
今回そんなに数はない。
非公式であること、メインがクノーマス家とマーベイン家であること、そして何より私はオマケ。大っぴらに御礼だの献上だのとするような立場ではなかった。でも一応ね、待遇良かったし面白い事も多かったし、今後もどうぞよしなに、という過分な下心を込めてやっておいて損はないから。
その中で、真面目に仕事として確認作業を熟していたクラリス嬢がつい声を出してしまったものがある。
「あっ、申し訳ありません」
「いいよいいよ、むしろ反応が良かったことは私としても嬉しいし」
クラリス嬢の隣に立ち、彼女の目の前にあるものを私は動かしてみせる。
「いいんですか?!」
「ちょっとだけ。どういうものか分からないままは嫌でしょ」
それは、上に万華鏡が斜めに乗ったオルゴール。
でもただのオルゴールじゃない。
キリキリ……とネジを回して手を離せば軽やかで品の良い音が奏でられる。
オルゴール自体が縁起物とされる六角形の形をしていて、特漆黒塗りの螺鈿もどき細工が施されている。そして上の面は真っ白、その上に金属で出来た筒状の螺鈿もどき細工と同じ模様が彫刻されたオブジェが二本の精密な部品がたくさん付いた支柱に支えられるようにして乗る。
「!! これ、万華鏡が回転するんですか?!」
「そう。オルゴールの回転を利用して、万華鏡が回転するの」
そう、実はこれ万華鏡。
オルゴールの回転と連動させた、ライアスとお弟子さんたち渾身の最新作と言っていいカラクリ仕掛けの万華鏡。
万華鏡の美しさの要と言えるオブジェクトが入る部分はガラス製になっていて、しかも通常のものが筒の十分の一だとすると、この万華鏡は五分の一近くがそのガラス製のオブジェクトとなっている。大きくした理由がちゃんとあって、それは外から光が当たると白い面にも回転しながら色鮮やかな光が映るようになっているから。覗くだけでなく楽しめる工夫といえばいいのかな。
しかも、万華鏡を回転させるための精密パーツはあえてむき出しになっていて、オルゴールがなっている間はキリキリと小さな音を立てて動くその様子も見られる、実はこれ、試作の段階で男性陣から特に好評だったのよ。
「綺麗……」
零すように呟くクラリス嬢の目は子供みたいに輝いていて、私はクスッと笑ってしまった。
「綺麗だよね。小さなパーツがそれぞれ連動して動いているだけなんだけど、こういうのを普段は目にしないから珍しいし、何よりやっぱり磨き込まれた金属そのものって、綺麗だから」
何で金属ってこんなに綺麗なんだろうね? 艷やかに輝くパーツは同じ角度から光が当たっているのに、それぞれが独自の光を反射して。そういえば学生の頃友人の彼氏が金属マニア? で一度語りだすと止まらない奴がいた……。金属の何がそんなにいいんだとあの頃は思ったけれど、こうして改めて見ると金属は綺麗だ、今ならちょっとだけあの友人の彼氏の気持ちが分かる。ちょっとだけね。
かつてレッツィ様には万華鏡を渡している。なので別の物にしようとも思った。
でもレッツィ様はなんだか万華鏡に思い入れがあるようで、ネルビアに来るまでにエイジェリン様たちが仕入れた情報では私が贈った万華鏡を一人覗き込む姿を何度も見かけられるという事だった。ならばと万華鏡だって見せ方を進化させられるという意味でこれに決めた経緯がある。
ちなみに精密パーツがむき出しの部分は普段使わない時は専用のスライム様製のカバーを掛けておけるので、そのままお部屋の飾りとしても置いておける。
そんなに巻かなかったので直ぐに終わってしまったオルゴール。ちょっと残念そうクラリス嬢の顔は年相応の可愛さがあった。
「クラリス嬢が結婚したらネルビアからそう簡単には出られないだろうから、このカラクリオルゴールを結婚祝いにプレゼントしてあげる」
「えっ」
「献上品とは同じ物には出来ないけど可愛い外装のオルゴールと万華鏡にしてあげるからね」
「ジュリ様ぁぁぁ……」
「それくらいでいいならね」
「私、シャーメイン様のようにドレスのデザインもお願いしたいです」
あ、ここでそういうおねだりぶっこんでくるんだ、やっぱりこの子大物だわ、好き (笑)。
レッツィ様用の万華鏡付きカラクリオルゴールよりも一回り小さい物も二台用意してある。こちらはレッツィ様が誰に渡すか決めればいい、流石にこちらでは決められないのでね。
個人的なものと言えばプレタ様用。
何がいいかとシルフィ様とルリアナ様に相談した時、二人揃って挙げてきたのが耐熱ガラスだった。耐熱ガラスのティーセット、これはまだベイフェルア国内でも所有する人は少なく珍しい部類に入るし何よりその珍しさが高貴な身分の女性には喜ばれるだろうという意見だったのでそのまま取り入れた。プレタ様レベルともなると大規模なお茶会を開くこともあるだろうしガラスなので欠けたり割れたりもするだろうとティーポットだけで五台、総数三百ピースにもなってこれがグレイが転移を繰り返す原因だった。
他には細々としたものでシルフィ様からご配慮頂き侯爵家御用達の製造過程でホイップし、固めると軽くて脆いけれど使い切りで泡立ちの良い石鹸も多めに用意することができた。これは夫人達が優先して入手出来るだけの量はあるのでプレタ様がきっといい具合に采配してくれるはず。
いつものごとくキリアがテンション高めになった時につくるハーバリウムも数十本持ってきた。押し花、ドライフラワーの種類が今は初期の数倍にも増えたためそのカラーバリエーションは実に豊富、好みのものを色んなところに飾ってくれたら嬉しいね。
キリアといえば代表作になりつつあるのがランプシェード。リザード様の鱗を使いまくりつくるそのランプシェードは人気で店頭に並べるとその日のうちに売れてしまうことも多い。それを今回良さげなのを三台確保し持ってきたんだけど……。
「待って、時間ちょうだい、もっと大作つくるから!! 予算気にしないで作れるなんて滅多にないからぁ!!」
と、他の仕事をぶん投げて凄いの作ろうとしていたのをグレイが止めていた。仕事最優先で頼むよ制作部門主任。
あと、箱を開けて確認する時グレイが『あ?』といつもは出さないちょっと変に上擦った声を出した時があった。
「え、なに、どうしたの? え……」
「伯爵様、どうしました? あらまぁ!!」
グレイが両手でス……と取り出したものを見て私はスンとし、クラリス嬢がにこやかに微笑み声を出したその温度差。
「やりやがったな、おばちゃんトリオ」
コテコテ、特盛のヒロインなりきりセットが四セットも入っていた。その箱には『レース・ドイリー』と貼られていたのに、中には『ヒロインなりきりセット』の貼り替え用の紙がちゃんと入っている時点で確信犯である。
「これ、ヒロインなりきりセットですね? ルリアナ様から姪のお誕生日プレゼントにと贈られたのを見たことがあります。でもこんなに華やかではなかったと記憶してますけれど」
「クラリス嬢、優しい……華やかじゃないよ、これは盛りすぎというんだよ」
キラッキラのヒロインスティックにコンパクトミラーに、カチューシャ。
「……これは、フルオーダークラスの素材ばかりじゃないか」
グレイもスンした顔でそんな事をつぶやく。
「後で説教だ、どんなに喜ばれても説教決定……でも悔しいことに最高に丁寧で良い出来!」
私がウギギ……と唸る隣、クラリス嬢は軽やかに笑った。
金属アクセサリー専門店の新作とか、コースターとかとにかく小物もそれなりの数になったなぁ、と確認が済んで積み重なれる箱達を眺めていたら今度はクラリス嬢が『ひっ!』と悲鳴を上げた。彼女は慌てて口を両手で覆い目をキョロキョロさせてから私達に謝罪する。
「申し訳ありません、大きな声を出してしまいました」
「いや、それは別にいいんだ。それより何に驚い……」
グレイが彼女の正面にあるテーブルの上の箱に貼られた紙を見て一瞬固まって、でも冷静にその箱を手に取った。
「ジュリ、これはお前が確認して持っていろとあれほど言ったのに」
「え? ああ、なんだ、『黄昏』じゃん」
「なんだ、じゃないぞ」
「だってグレイがポケットに直接入れて雑に持ち歩くのは止めてくれって言うから」
「そういう問題じゃない、クラリス嬢の反応が一般的だと忘れないでくれ」
『黄昏の鱗』はまだそれなりの数がカットと研磨された状態のものが金庫に保管されている。研磨機の研磨盤用に粉砕しちゃおうか! と何度も言っていたらロディムが父親のアストハルア公爵様に『胃がやられるので一枚どうにかなりませんか』と相談してしまい、なんと私がカット・研磨した鱗を粉砕させないためだけに新しく一枚『黄昏』の鱗が届いてしまったのよ。なのでルースとなった鱗がまだそのまま残ってるわけよ。
なのでレッツィ様に献上品として渡してしまおうと二つ持ってきたのよ。
「いる?」
「い、い、いりません!!」
クラリス嬢からキレ気味に拒否られた。なぜ。
「この反応が正常だからな」
グレイうるさい。
全てを確認し終わって一息ついた時。クラリス嬢が非常に聞きにくそうな雰囲気で尋ねてきた。
「あの、ジュリ様」
「うん?」
「私、勝手に期待してしまったことをまず謝っておきます」
「え、なにが?」
「てっきり、献上品というので……シュイジン・ガラスがあるのかと思いましたの。一目みられるのか、と」
「あー、それね。……他言しないって約束してくれるなら教えてあげる」
「え?」
「あるよ、実は」
「そうなんですか!」
「約束出来る?」
「勿論です、命掛けられます」
いや、命はいらん。と言いかけてやめておいた。
「てゆーか、既に見てるよ」
「……え?」
「これ」
私は一つの大きな箱を手でぽんと叩いて見せた。
「カラクリ仕掛けの、万華鏡ですか?」
「中のオブジェクト、あれ全部、シュイジン・ガラスだよ」
「!!」
万華鏡の要となるオブジェクト。
中身をどうするかと話し合っている最中にガラス職人のアンデルさんからタイミングよく連絡が来たのよ。
色付きシュイジン・ガラスの試作が出来上がった、と。
配合の難しさからなかなか綺麗な色と透明度の維持が出来ず、試行錯誤が続いていたカラーシュイジン・ガラス。
赤、青、、緑、黄色、そして紫、何とかこの五色がほんの少しだけ良い具合にできたからと見せられていた。赤は少し暗め、青は濃いめとそれぞれアンデルさんが思う色からは離れてしまったものの、それでも透明度を確保したことを考えれば最早最高の出来と言って良い。色の幅に関しては今後調整することで鮮やかさや薄さも出せる用になるはずなのでそこはもう時間が解決してくれるとあまり気にしていない。
「今後いつ目にできるか分からないから、もう一度見ておくといい」
グレイは驚きでオロオロするクラリス嬢を目を細めて穏やかに微笑みながら見つめ、彼女のために箱の蓋を開けてあげた。
「そうそう、見ておきなよ、今だけだよ。今後いつ見れるか私にも分からないから」
クラリス嬢は『宝石じゃないなんて』と何度も言葉にしながら暫くその万華鏡を覗き込んでいた。
「信じられません、これがガラスなんて……本当に、なんて綺麗……」
ああ、いい顔するなぁ。
そう、私は誰かのこういう顔を見たい。
こういう幸せそうな顔がみたいんだ、と改めて思う。
「いい顔をする」
グレイも同じことを思ってくれたらしい。
「ね、いい顔だよね」
すると長い時間覗いていた事に気がついたクラリス嬢は顔を赤らめてパッと体を起こして頬を手で押さえ俯いた。
「申し訳、ありません……その、綺麗で、夢中になってしまいました」
年相応のなんとも可愛らしい恥じらった顔に、私とグレイは促されるようにして笑顔になっていた。




