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『ハンドメイド・ジュリ』は今日も大変賑やかです 〜元OLはものづくりで異世界を生き延びます!〜  作者: 斎藤 はるき


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43 * その頃ククマットは

 



 停戦協定締結という歴史的な出来事は直ぐに大陸全土に通達されることとなった。

 ここからが本番、とエイジェリン様筆頭にマーベイン辺境伯爵様の補佐をする人たちはベイフェルア国へ帰る予定日までぎっしりと話し合いのスケジュールを詰め込んでいて私たちとは完全別行動、ハシェッド伯爵様やヴァリスさんとは顔を合わせないで一日が終わる日もある。

 まあ、あと数日でここを発つからね、仕方ないといえば仕方ない。私は難しい話し合いには入れないし。

 てゆーか、私は停戦協定締結のオマケだった、ホントにオマケ (笑)。同席したのは最初の頃のみ、後は大首長邸で好きにさせてもらってたから!

 いいんだ、最初から役立たず上等で来てたし。

【彼方からの使い】を招くという大首長の願いは叶ったわけだからそれで良しとする。負け惜しみではないわよ!!


 さて、どこにいても私は変わらないなぁと思うほどには穀潰し様を集めて色々作ったりネルビアガーゴイルを使った額縁を自分ならこんなの作りたいっていうデザイン画を起こしたりしている最中に。

「ローツから手紙が送られてきた」

 グレイが大首長邸の執事長さんから呼ばれてから暫くして戻ってきたらそんな事を言いながら御当地キーホルダーを勝手に量産中の私にローツさんからの手紙を差し出してきた。

「わざわざ通信魔導具を使って? 何かあったの?」

「停戦協定締結の事などをしたためて私が送った手紙への返信のようなものだ」

 それならよかった。何かあったのかと一瞬ドキッとしちゃったよ。

「ただ、ちょっとな」

「え」

「読めば分かる」

「読みたくない!」

「商長には知る義務がある」

「うわ……」


 で、私は手紙を読んだ。

 読んで目を閉じ、ちょっとだけ現実逃避をする。

「これ、事実?」

「ローツが私たちに嘘を伝える意味がないだろう」

「そうだよね、わかってる。ローツさんは嘘を書かない。うん、分かってるよ、でもね、これが事実とはちょっとどうなんだろうって思っちゃうわけよ」


 停戦協定締結について祝辞のような文言が書かれた後に、それらはククマットの近況報告という形で書かれていた。

 まず、セティアさんのおじいさんとおばあさんにお願いした『監査役』。こちらは非常にいい感じに機能しているという報告だった。第三者による査定はやっぱり必要で、今まで私たちが見逃していたような細かな点にも気づいて貰えて今後のお店のルール作りに大いに役立つだろうという内容にホッとする。

 次にキリアとフィンでコカ様の骨を使ったアクセサリー作りも順調、そこにケイティも加わって意見を出し合っていてたくさんのデザインが生まれていると。

 そしておばちゃんトリオやウェラたち自由人。こちらは案外大人しいらしい。

「私がいないと『しっかりしないとね!』ってなるのはありがたいけど、普段からもう少しそういう気持ちで私をフォローしてくれたら助かるのに……」

 監査役の目があるとはいえ、余計な事はせず皆の模範となるような言動を心がけているそうでローツさんも『やればできるのに』と思わされたと書いてあった。

 ただし、それはそれでちょっとした問題を起こしていた。

「まあ、きつい言い方になったりオブラートに包まず言っちゃうからね」

 模範的な言動をするおばちゃんトリオ。しかし彼女たちは元来気質が強く逞しくよほどのことがなければ動じない。なので物言いは基本キツめで場合によっては喧嘩腰と捉えられてしまうことも。

 それが今回、監査役へ相談という形で上がってきてしまったと。

『ジュリさんがいないのをいいことに商長の真似事をして上から目線でこちらに言ってくる』という内容が数件。全員、若い女の子で準従業員やアルバイト的なポジションの子たち。

 そしてそれに巻き込まれたのが友人のシーラとスレイン。彼女たちはうちのお店のアルバイト要員として一番キャリアがあるし何より私のやり方を把握しているのとおばちゃんトリオやウェラたちの性格も知り尽くしている。なので 《ハンドメイド・ジュリ》と 《レースのフィン》では若い子達とキャリアが長くなった中堅組どちらからも彼女たちの扱い含めて色々相談されてはいた。

 いたけれど、今回監査役という新しい試みを始めたら監査役には大人しい丁寧な言葉での相談をする一方で、勢いがついてしまったのかその子達はシーラとスレインには暴言交じりの愚痴をこれでもかと聞かせるという、最早『本人たちと直接喧嘩しろ』といいたくなるような事を散々聞かされて二人が参ってしまったという。

「これ、シーラとスレインが……ローツさんは二人のお休み増やしてくれたらしいけど、後で女だけの飲み会開いてやらないと」

「その飲み会にロディムを呼んだりするなよ、パワハラになるからな」

 グレイに釘を刺されつつも私はう~んと唸る。


 規模が大きくなるにつれてそういうことにも対処できるようマニュアルも作って来たし、ローツさん筆頭にキリアたちもそのあたりを指導できるようにはしてきた。けれどどうにもならないのが昔ながらの雰囲気を引っ張りがちなおばちゃんたち。悪気は全くなく、むしろお店を盛り上げようと頑張ってくれているんだけど、空回りしがちというか……。

 グレイも言ったけど地球ならパワハラだと訴えられる言葉遣いになりがちだ。

 そしてもう一つそこに問題が隠れている。おばちゃんトリオなどキャリアの長くなってきた人たちから注意を受ける若い子の殆どが、 《ハンドメイド・ジュリ》で働くことを周囲に自慢するのが目的で、物作りを頑張りたいという気持ちは低め。なので厳しいルールがあると判明した途端次の日から来ないとか、今まで何人かが後味が悪い去り方をしていたりする。困ったことに気まずくなるかと思えば数日後にはお客さんとして普通にやってきて従業員とお喋りしたりなんてこともある。

「やる気のある子がおばちゃんたちと衝突して問題提起するならこちらも真面目に真摯に対応出来るけど、そうじゃないなら……」

「ローツに任せるか?」

「そうだね……最終的にどうするかは私とグレイが決めることだし、それまではちょっと情報集めて整理しておいてほしいかも」


 こんな感じで人間関係のトラブルがあり、それだけでお腹いっぱいなりそうなのにまだ問題が。

「折りたたみコンテナのこと、どこから漏れたのかな……」

「ライアスの弟子だろうな」

「やっぱり、そうなるよね。ライアスが外部に漏らすことはないから……開発途中のものや保留になってる試作品や工具類の保管所に誰か入って見つけたってことよね?」

「そうなるな。あそこはライアスの弟子たちなら自由に出入りができるようになっているし。スパイによるものというは考えにくいな、クノーマスやアストハルアだけでなく今はツィーダムやウィルハード家、ラパト家からもククマットにその手の者たちが送り込まれている。開発途中のものと思われるものが盗まれたとなれば即座に動いて排除までやってくれるからな」

「グレイが『スパイは放置しておけ』って言ってた意味がようやくわかったわ、お互いがお互いを監視して出し抜く事が出来なくなるもん」

「案外役に立つんだよ、あれだけ複数のスパイがいるとな。それに……宝石図鑑を作るために主要な家を巻き込んだ事も良かった。あれでますます巻き込まれた家はこれから入ってこようとする輩に対して警戒をするようになった、だから外部からの侵入で漏れたという可能性はゼロに等しい」

「てことはつまり、やっぱりライアスのお弟子さん」

「ローツが調べてくれているから直ぐにも分かるだろう。だが、ギルドに持ち込まれライアスに問い合わせが来た時点でジュリの名前を伏せるのは難しい」

「あー……。ライアスが変に責任感じてなきゃいいんだけど」


 以前あったら便利だと開発に着手しようとして保留になった、折りたたみコンテナ。

 これが何故保留になったかというと戦場で非常に役に立つのではないか、とグレイの懸念があったから。そしてその時点で私たちのネルビア首長国行きが決定していた。もし、この戦場に便利な折りたたみコンテナを開発後にネルビア入国をしてしまうとこちらを陥れたい勢力に『コンテナ開発はネルビアのためだった、大戦犯だ』と攻撃手段を与えかねなかった。コンテナごときで? と思うかもしれないけれど一度便利なものだと知られれば、それが安価な材料でもそれなりの物が作れると知られれば利益のためにどんな手段を使っても物にしようとする人は出てくるし、作り手を利用しようとするもの。

 今回、その折りたたみコンテナについて突然クノーマス、ククマット領とは隣接もしていない他領の、今まで接点すら持ったことのない民事ギルドの職員がライアスを訪ねてきて特別販売占有権に登録する前に版権の購入価格や購入に関する約束事の内容について相談したいと言われたと。

 ライアスがその場で何故折りたたみコンテナのことを知っているのか、と問いただすと『その筋からの情報』としか言わなかったらしい。不審に思い直ぐ様ローツさんに相談、とりあえず急に来られても困るし、ククマット領内で開発される物のことは領主に許可を取らなければならないことも多いので一切お答え出来ないと追い返したんだって。で、ローツさんは侯爵様とツィーダム侯爵様にそのことを連絡、 《ギルド・タワー》が出て来ても対応出来るように守りを固めることにしたとも書かれていた。

 折りたたみコンテナについては侯爵様とツィーダム侯爵様にだけは話をしてあった。いざ開発となったとき、やっぱり同じ派閥で筆頭家が後ろ盾となっている物というのはそう簡単に外部は介入が出来ず、色んな面で安全に開発から販売に漕ぎ着けられるからね。


 にしても。

「油断したわぁ……螺鈿もどきの時にも似たような事があったのにね。これは私たちが悪い、完全に悪い」

「それはどうかな、ライアスにはかなりの数の開発に携わって貰っている。その中で今一番情報管理を徹底しているのは『宝石図鑑』の他に数点だが流石に全ての物を同じように秘匿するのは難しい。完成しそれがある程度安定供給できるものであれば販売することはいつものこと、販売と同時に情報が一気に拡散すると分かっているからこそ必要以上に隠す必要はないだろうと決めたのは我々だ、それに情報漏洩については守りに関して『良心頼り』な部分もある」

「そうなのよねぇ〜」

 私はテーブルに突っ伏した。

 そんなん全員魔法紙の契約書でガッチガチに縛り付ければいいじゃん、と思うでしょ? でもこれ、その魔法紙による契約自体が怖い物だと皆知っているからそこにサインしないと働けないよと知ると『じゃあいいです』って断る人が結構いるわけよ。それに魔法紙そのものが安いものではないからそう軽々しく使えない。

 だから一部を除いてはよくある契約で仕事をしてもらうことになるんだけど、やっぱりリスクはその分高まって今回のようなことが起こりやすい。

「にしても、なんでギルドに持ち込んじゃったかなぁ」

「そのあたりも帰る頃には分かるだろう」


 この折りたたみコンテナをギルドに持ち込んだ人物と動機は手紙を受け取ったとほぼ同時期にあっさりと判明、後から追加で受け取る手紙にその詳細が記載されてくることになる。

 その人物はトミレア地区のライアスの知り合いから紹介され数ヶ月前から働き出したまだ若い金物職人。

 動機は『ククマットは景気がいいから給金が上がりやすいって聞いたのに全然給金が上がらなかった』とのこと。

 お前、まだ一年も働いてないのにそれいうか、だよね。しかも『じゃあどれくらい貰えると思ってたんだ』とキレ気味にライアスが聞いたら十年は職人として働いて技術も経験もある人と同じくらいを言われたと。

 ちなみにその若者は特に悪怯れる様子もなく『じゃあ辞める』とその日に去ったとのこと。他に持ち出したものはなく、もし見た物を再現して売ろうと思ってもライアスが手掛けるものは精密過ぎてまず無理だから問題ないと判断されそのまま放置されることになる。

 その後の調べで、その若者はギルド職員に『これをこのギルドで登録出来るように俺がライアスさんに話してやるから』と言って金銭を要求したらしい。話を持ち込んだ相手もまだ若いギルド職員で、ククマットの景気の良さから少しくらい融通してやっても良いと思って安易に受けてそのギルドの上司に話を通してしまった、と。

「色々雑すぎない?」

 裏切られてショックというよりは、そんな疑問が先に出てくる事件? に流石に呆れることになる。


「私たちがいてもいなくてもいずれは起きてた可能性がある問題よね、これらって。となると対策は早いほうがいいってことだわ」

 私の言葉にグレイが眉間を指でグリグリと捏ねながら面倒臭そうにわざとらしくも感じるため息を漏らした。

「帰ったらこれらの対応をまずすることになるのか。そして今後は起きないようにするための防止策も考えなければないない。……ローツ達に土産話の一つもする暇もなさそうだ」

「大丈夫、そこは強引に時間を作るから。私だって帰って直ぐ面倒なことでバタバタさせられるのは嫌だからね。……ていうか、帰りたくなくなるわ、こういうのが待ってるのかと思うと」

「二、三日予定をずらすか?」

「あり。マーベイン家でお世話になった後、どっか寄ってく?」

「よし……どこにするか考えておく」


 とりあえず、心の安定のために数日逃げる気満々になった私たち。

 近況報告って、時として人間をダメにするものなのかもしれない。




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― 新着の感想 ―
自分の中で腑に落ちなかったこの話を読んだあと、納得してふと感想欄を覗いたのですが。 真偽はともかかく、昔は職人が罪を犯すと腕を切り落とされたり、小指と薬指を切り落とされたりしたらしいです。 どうしてそ…
その人と、ギルドの若者。二度と仕事できないね。 信用と信頼って、無くなるのは一瞬。積み立てるのは年単位。 ま、自業自得だよね、働けなくなったとしても。 情報漏洩は大事だし、職務違反したとして見せしめに…
まあ、そいつは情報漏洩の事が知れ渡るだろうから二度と同じ道では食っていけなくなるだろうな
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