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『ハンドメイド・ジュリ』は今日も大変賑やかです 〜元OLはものづくりで異世界を生き延びます!〜  作者: 斎藤 はるき


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43 * 『正しい』が正しいとは限らない

本日文字数多めです。

GWスペシャル最終日。

 




 グレイ、ヤゼルさん、そしてクラリス嬢と共に私が通されたのはネルビア首長国の一握りの職人しか入ることを許されないという倉庫だった。

 厳つい感じの扉番二人につい頭を下げつつ、厳重な扉を二度通るため持ち出し出来る人も限られているという鍵でその扉を開いたのはエメリアナ様だ。

「私の実家もこの倉庫に納められる素材を大首長に納めております。その関係で鍵の使用を認められています。本来なら大首長、プレタ様、ビルダ将軍や大臣の数名のみ。ここにある素材を使う職人ですら勝手には入れません、必ず鍵の使用者の同行が必要です」

 この倉庫にあるものは大首長への献上品含む希少性の高いもの、既に手に入らないいわゆる絶滅した動植物から採れる物、国外でしかも入手が難しい地域限定のものなど。

 ヤゼルさんは大興奮、勝手に触らないのを条件にしたら直ぐに一人でふらふらしだしてしまった。

 ちなみに、エルフの里で押し付けられそうになった物そっくりのものが視線を掠めグレイと顔を見合わせたけれど二人で無言を貫きスルーした。スルースキル大事。


「ひえっ、エボニーがこんなにっ……!!」

 理路整然と並ぶ棚の奥、広い倉庫の奥には大きな素材が置かれているという説明を受けながらたどりついて私はその光景に声がひっくり返った。

 しっとりとした艶めかしささえ感じる黒い木材。エボニーが何と天井に届くほど積まれていた。しかもそこそこ大きな板状のものが二列に並んだ状態で。

「ネルビアのどことは申し上げられませんが、エボニーが比較的安定的に採取出来る地域があります。毎年極少量ではありますが大首長への献上品としてこうして届くものの一つです。そして……」

 エメリアナ様はその隣に同じように積み上げられている白い木材を指さした。

「こちらは白雪椿というネルビアとバールスレイド皇国にまたがる大森林にのみ樹生する椿の大木から切り出された白木です。エボニーと同程度の価値と思っていただいて結構です」

「……触っても?」

 確認を取ると実に優しげにエメリアナ様が微笑んだ。

「ジュリ様でしたら是非とも」

 表面は研磨されツルツルしている。艶がけしたかのような僅かな引っかかりさえないその表面と年輪の目立たなさにちょっと驚いた。

「これ、年輪は特殊な方法で消してるんですか?」

「元々ほとんど見えません。薄く削って光にかざし透かしてようやく、といった感じです。なのでこの白雪椿の樹齢を板材から見極めるのは困難で、切り出す前は根に近い幹の周囲の太さから推測します」

「切り出す条件は?」

「指標となります長さの綱を根から高さ五十センチのところに巻いて測ります。それで樹齢が百年以上かどうかある程度正確に測れますから。切り出すのは百年以上と確定したもののみですね」

「この板材として切り出される部分は決まってますか?」

「特に決まってはおりません、根に近いあたりは動物や魔物によって傷つけられ変色していることもありますので、例えば木像にしたい場合は高さ二メートル以上の丸太に変色や大きな傷がない部分に限られたりしますが、運びやすさのため殆どが板材にされますので部位で選別されるということはありません。ただ樹齢百年を超えると幹がなかなか太くならない性質があるようで、今あるこの幅以上の大きな板材の確保が非常に難しいんです。幅のある板材という点だけで言えばエボニーよりも集めるのが難しいです」

 確かにそれは隣り合わせに並ぶエボニーの板材よりも幅が狭い。目視ではあるものの、エボニーが約四十センチあるのに対して白雪椿の板材は四十センチ以下で細いのがわかる。

 この世界には様々な、カラフルな木材があって、それは白も例外ではない。

 中でもこの白雪椿は綺麗だ。

 まるで白く塗装したかのように真っ白で、でも温もりを感じるのは植物らしい繊維質な見た目が僅かながら見て取れるから。

 エボニーのような独特の質感と高級感。

「ヤゼルさーん!」

「おう?」

「これ、白木の候補だって」

「どれどれ」

 どこからともなくやってきたヤゼルさん。私が手にしている一枚の板を見て直ぐに足早になって。

「貸せ」

 半ば奪い取るようにして私から板材を受け取ったヤゼルさんは一瞬じっと見つめたかと思えば眼球が飛び出しそうなほど目を見開いてエメリアナ様に向けた。

「これ、は……」

 流石はヤゼルさん、この木の事も過去に一度だけ見たことがあるそう。というか一度見ただけで覚えられるってやっぱりこの人凄えな、と感心。しかも数十年前の話っていうんだからもう驚くしかない。


 一枚の白雪椿の板を抱きかかえたら離す気がなくなってしまったヤゼルさん。

 エメリアナ様が困る私たちを尻目に面白そうに笑った。

「大首長からは好きにせよと言われておりますからその一枚でよろしければ差し上げます」

「ジュリ、ここに女神様がいらっしゃったぞ」

「それはヤゼルさんが単純に面倒くさいジジイに成り下がったせいだよ。こんなことが許されるなんて奇跡だからね、他では絶対に無理」

「そん時はオメェ連れてけばなんとかなるだろ」

「己の欲求のために私を連れ回す気か、このジジイ」

「年寄りは大事にしろや敬えや」

「自分でそんなことを言う人を大事にしたくない」

「あ? なんだって? 最近は耳が遠くなってな」

「都合の悪いことが聞こえなくなるような耳なら職人やめちまえ」

 私の暴言なんてなんのその、ヤゼルさんは直ぐに切り替えて『これから女神様とお呼びしても?』とかエメリアナ様に本気で言ってて笑われていた。ちなみに終始無言で護衛に徹していたグレイとクラリス嬢は。

「ヤゼル氏は、不思議な方ですのね」

「はっきり言っていいぞ、図々しいし面倒くさいと」

「……え、っと。そう、なのでしょうか」

「そうだな」

 私たちの後ろでそんな微妙な会話をしていた。当然ヤゼルさんは全く気にせずガハガハ笑った。













 半ば強引に貰った板材はご丁寧に布にくるんでもって帰ることにしたので、もう一枚別に用意してもらった超貴重な白雪椿の板材になんの迷いも躊躇いもなく細い黒炭でヤゼルさんは一気に下書きを済ませると、ノコギリとノミで豪快に余計な部分をカットし始めた。

 ソランさん達見学する職人さん全員がぶっ倒れそうだ、うん。

「切れ端は彫刻でもして飾っときゃいいんだよ」

 切れ端も無駄にしない、というか切れ端だから出来る彫刻があると暇さえあれば彫刻をしているヤゼルさんらしい一言で周りに文句を言わせず、彼はどんどん進めていく。ある程度の形にしたら今度は粗目のヤスリでゴリゴリ削り、何度か持ち上げて全体を眺めてからまた削るを繰り返す。この間僅か十五分。如何にヤゼルさんの作業工程に迷いがないかがわかる。作りたいものが頭の中にあり、それを忠実に再現する技術があるからこそのこの速さだ。芸術家として駆け出しのユージンもこの迷いのなさに感動と共に羨望の眼差しを向けてたっけ。

 そして見え始めたのは木の枝。

 何の木の枝にしようとしているのかは分からない大まかさだけど、ヤゼルさんはある程度の形になったそれをソランに向けた。

「これをちゃんとした枝に仕上げたあと、ネルビアガーゴイルの翼を使った鳥の彫刻をネジや何らかの留め具で固定するんだ。この翼そこそこ重さがあるからな、大きいものなら固定箇所も増えるだろう、その固定も考慮してデザインする必要が出てくるがまあこの白雪椿もネルビアガーゴイルも硬度は十分だ、それなりの太さの留め具を使っても大丈夫だろうな」

「し、しかしっ」

「なんだ?」

「白雪椿をこんな使い方……」

「今までどんな使い方をしてきた?」

「もちろんエボニー同様家具や室内の板材としてだ」

「俺等と一緒だな。だがジュリは違う」

「ん、私?」

「いい意味で俺等の凝り固まった概念を壊してくれた。あんたらも、今すぐ壊せ。こいつらは調度品になるためだけに生まれてきたわけじゃねぇだろうよ。可能性は、無限大だ」


 そういえば、ヤゼルさんは早い時期から私のやることに賛成してくれていた一人だった。面白い、次は何だと驚くほど好奇心旺盛に何でも聞いてきて真似てそして自分のものにしていった。

 職人としてのキャリアのない私のことを訝しむ人が少なく無かった中で、アンデルさんやこの人たち経験豊富な職人さんが私のやることに一緒に一喜一憂してくれたのはククマットの急成長にとっても大事な要素となったのは確かなこと。


「職人がやることで『これこそが正しい』ってことは、実は限りなく少ない。実直に一つのことを丁寧に繰り返すのと、自分が正しいと考えを貫くのは違うってことだ。俺等がやることは、正しいかそうでないか、そんなことじゃねぇんだよ。俺等は死ぬまで、自分の腕を、技術を、信じてあらゆる事に挑戦するのみ。追い求めるものは正しさじゃねぇな」


 ソランさんがハッとした顔をして。


 対してヤゼルさんはニカッと快活そうな笑みを浮かべた。


「エボニーだから、白雪椿だから調度品にする。それは間違いじゃねぇ。でも他のものにしちゃいけねぇなんて誰も言ったことはねぇはずだ。こんなふうに大胆に切って削って駄目なんて、法律で決まってもねえしな! それに失敗してなんぼだろ職人は。失敗は糧だ、間違いじゃねぇ、そこは履き違えちゃ駄目だぜ!」


 それから彫刻刀やヤスリを駆使して、ヤゼルさんは形をどんどん整えて美しい自然な枝そのものに見えるまでに白雪椿を理想の形にしていった。

 そしてそこに。

「オメェのその大胆さ嫌いじゃないぜ。度胸はククマットのババア共よりある」

「いや、ほら、だってガーゴイルの翼で鳥を作るとなるともっと時間がかかると思って。これなら結構たくさん作ったし、売り出すときにこういうのアリだなあってちょっと試すのに良かったし。ただ飾るより雰囲気あるでしょ」

 試作でありクラリス嬢にプレゼントすると約束していた『御当地キーホルダー』を白雪椿の板から作り出した美しい枝にぶら下げたらヤゼルさんが唸り、グレイが後ろで爆笑するのを必死で堪えて肩を震わせる。


「可愛くない?」

「か、可愛いです、が」

 クラリス嬢が非常に困惑している。うろたえる彼女可愛いな。

「この白雪椿……非常に、高価なものですよね?」

「それは置いといて、こういうふうに飾ったらどう?」

「それは勿論可愛いです! 真似したいくらいですわ!!」

「だよね、よし、ククマット戻ったら良さげな枝拾ってこよう」

 またソランさん達に唖然とされてしまった。

「枝、拾ってきたものでいいんですか?」

「だってタダじゃん?」

 サラッと答えたら一瞬の沈黙の後、クラリス嬢が笑い出した。

「ふふっ、あははっ、そうですね!! 私も帰りましたら屋敷の近くを散策してみますわ。枝分かれが綺麗になりやすい広葉樹がありますの、今の時期なら葉も落ちてますしちょうどいいのが見つかるかも」

「え、そうなの? その木私も見たいな」

「帰りに是非とも立ち寄って下さい、父も御礼の為にささやかですが晩餐会をすると言ってました、その手紙を母に既に出しているはずなのでお忙しいとは思いますが二・三日滞在してください、その時にでも私がご案内いたします」

「良さげな枝だったら持って帰っていい?」

「勿論です、お好きなだけどうぞ」

「ヤゼルさんもどう?」

「マーベイン領の広葉樹、枝分かれが綺麗ってことは北山栗の木か?」

「まあご存知ですの? 我が家の栗を使った菓子や料理は北山栗でしか作らない位にはたくさん自生していますから枝なら取り放題ですわ」

「栗、いいなぁ。アストハルア公爵家からはマロングラッセ貰うけど、ククマットとクノーマス領って案外栗の木が少なくて栗のお菓子ってなかなか食べ放題出来ないんだよね」

「でしたら来年時期になりましたらお届けしましょうか、うちの料理長のつくるマロンクリームは絶品ですよ」

「うおっ、ヤバい、想像だけでヨダレ垂れそう……」

「栗はいいぞ、シンプルに焼栗も酒に合うしな」

「焼くと香ばしいのがたまんないよね」

 すると我慢の限界に達したグレイが吹き出すように笑って前かがみになり体を震わせた。

「あっははははっ!! ジュリ、それは、ないっ」

「なによ?」

「私たちはなれているがっ、ふはっ、話が脱線する癖はっ、あははは、ここではちょっと」

 そう言われたので周りを見渡した。


 エボニーとか白雪椿とか、ネルビアガーゴイルの翼の話はどこへ行った。そして焼栗の話は今必要なのか。

 ソランさん達は、何とも言い難い表情で、心の中でそんなことを呟いていたのかもしれない。












 こういうことだよね、と一人思いに耽る。

 国が認めた職人『技匠』。凄いこと、これは絶対に揺るがない真実で技術が飛び抜けている天才の集まりということになる。

 けれど彼らは『大首長がいるからこその職人』だ。彼らにとって物を作ることは『命令』によって大きく左右される。はっきり言ってしまえばその命令にさえ従えば地位は安泰。買ってもらうために素材の価格から見直すとか、不具合のクレームが入ったから再考と改良するとか、おそらくそういう経験が極端に少ない。そのせいで『これでいい』『これが当たり前』、そしてヤゼルさんが言った『これが正しい』に繋がって行く。


 自分の技術と作るものに自信があるのはいいこと。自信のないものを売り出されても買い手は納得しないしそんなもの売るなよと思う。だから『技匠』という地位は必要だと思う。それを目指し認められてこそネルビアで職人として自信に満ちて称賛に値する物を堂々と世に送りだせるなら必要なこと。でもその先がとても曖昧なものなのだと今回接することで知った。

 なったらなったでその先の目標が全く定まっていないんだよね。満足してしまって、安定した環境に慣れてしまって。

 試行錯誤、切磋琢磨、そんな言葉と無縁の守られた環境に置かれそのまま。


 職人だけを悪くはいえない。

 この状態はネルビア首長国そのものも悪い。

 少なくとも彼らを『技匠』でいさせるためには大なり小なりの試練を与える環境を維持しなければならなかった。

 そうしていれば、あれだけある魔物廃棄素材はもう少し減っていたように思う。長い時間をかけて溜まりにたまった廃棄素材からたった一日でネルビアガーゴイルの翼を見つけられた事を考えると、考察と研究に本腰を入れたら片手分くらいは何か役に立つものが見つかりそうな気もする。


「環境って、大事」

 自由に、我儘に、そして苦労と苦悩を一緒に。

 ククマットの普段の緩くて適当なものつくりの環境は、案外理にかなっているのかもしれないと今さら思わされて感慨深い。

「ほーんと、大事、自分が置かれる環境は」

 負けてたまるか、俺こそ一番いいもの作ってやるとちょっと喧嘩腰の人たちが追い求めているのは『職人として何が正しいか』じゃない。

『職人として納得出来るかどうか』。

 それに尽きる。


「私も慢心しないように気をつけないとね」

 作るだけじゃなく、今ではその環境を整える側の人間にもなった。


【彼方からの使い】として将来のビジョンがまた少しはっきりとしてきた経験となった出来事だった。





次回更新から通常に戻りますのでよろしくお願いします。


ネルビア編、思いのほか長くなっているので連日更新でちょっと消費できて良かったかもしれません……。

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― 新着の感想 ―
慢心ダメ!ゼッタイ!
 錬金術師系の金字塔とも言える某漫画の国家錬金術師の様に毎年成果を提出しないと称号と特権を剥奪、というルールが必要かもしれないですね、ネルビアの『技匠』制度。  栗はモンブランしか勝たん。栗御飯の良…
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