43 * 大首長の欲しいもの
GWスペシャル三日目です。
「頼みがある、欲しいものがあるんだ、言い値で構わないので売ってくれ」
「へぁ……」
「……」
「……」
「なんだその馬鹿みたいにすっとぼけた返事は。いや、返事なのか、それは?」
「すみません、一体どんな重大な話かと思ったら凄い普通のこと言われて一瞬頭が理解できませんでした」
レッツィ様が改まって話がある、なんて言うから私とグレイだけでなく同席しているエイジェリン様とマーベイン辺境伯爵まで身構えて緊張してたのに。
「……すごいふつうの、こと」
レッツィ様が若干カタコトになりかけ私の言葉を復唱した。
「はい、最早挨拶と同じくらい普通のことですね」
「お前に欲しいものがあるという輩はそんなにいるのか」
「いますね。手紙が毎日届きますし、アストハルア公爵様とかツィーダム侯爵夫人のエリス様は堂々とアレが欲しいこれが欲しい価格は、と貴族の社交辞令の代わりに言いますよ」
「図々しいな」
「親しくなると皆そんな感じです。ちなみにナグレイズ家のご隠居は最近私の手紙の書き方を真似して欲しいものだけどん! と記載したメッセージカードのみ送ってきます」
「お前はそれをどうしているんだ」
「ほぼ気分で処理します。ちなみに手紙は邪魔なので燃やします」
「気分? 気分次第なのか?」
「じゃないとストレスで心が腐るしグレイがブチギレて宝剣抜くので」
すっっっっごい微妙な顔された。それよりも、レッツィ様も時々手紙送ってきてましたよね? と思ったけれど、それは言わないでおく。
マーベイン辺境伯爵はぎょっとした顔をして真偽を確かめるためエイジェリン様に顔を向けたけれど向けられたエイジェリン様が真顔で頷けば今度はスンとした顔になっていた。それはどういう心境なんだろうか?
「ああ、構えて話しを持ちかけたのがバカバカしくなった」
「本当に申し訳ありません、自分でも慣れって怖いなとは感じているのですが如何せん毎日だと嫌でも慣れて相手のように図太くなるものらしくて。なのでうちの店の一階にある小さな暖炉は手紙を燃やせるよう夏でも毎日火種程度に薪が焚べられて燃えてます」
それは要らぬ情報ではないか? とグレイから冷静なツッコミされたわ、確かにそうだね。
で。
気になる。
レッツィ様が態々場を設けてまで欲しいものがあるというんだから。
一体何が欲しいのか。
「額縁だ」
ほう、額縁。
なるほど、額縁は王侯貴族の権力と財力の象徴としても扱われるから確かにレッツィ様が欲しがるのに納得。
「ジュリが『カメオ』と呼ぶアレを収める専用の額縁だ」
……。
そう来たか。
私の作ってきた、提案して現在進行形で製作が進んでいるものは三つ。
『侯爵家の額縁』『ロビエラム王女依頼の額縁』『ティターニア様への賄賂紛いな額縁』の三点。
呼び名どうにかしろよとハルトから言われているけれどそんなん所有者の好きにしてくださいって話なのでスルーしている三点。
共にこの世界では無かった『透明感を活かした』額縁となっていて、素材を活かすとか地球にあった物を再現するとか、総合的判断にて作ってきたし作られている。
「レッツィ様は私が作って来た額縁と共通点があるものがいいですか?」
「共通点?」
「はい、一つ『立体感を楽しむ為に透明な素材が使われること』二つ『今までに無かったデザインであること』三つ『魔物素材を使用すること』、この三つですね」
レッツィ様が目を閉じ熟考を始めたらしい。その場を静けさが覆う。
そもそもの話、普通の高価で希少性が求められる額縁が欲しいならば今まで通り額縁製作に定評のある職人に任せた方がいい。
だって、私額縁専門で物を作っているわけじゃないのよね。
極端に言えば専門知識がないままに単にイメージして作りたいな、完成品が見てみたいなと思うものを作っているという自分の欲求ありきのもの。
……結構自由にさせて貰っている分野。
うーん。
うーん?
「あの」
「なんだ?!」
「いっそのことあのガーゴイルの翼を使って額縁作ったらいいんじゃないですか?」
個体差があるので完全に同じ色合いの表面というのは難しい。そもそもグラデーションが特徴であり長所なのだから、全体が均一な色を求めるなら他の素材にしてしまえって話になる。
「固定をどうするか、その問題は置いておくとして」
「デザインに合わせて一つ一つ彫刻すればいいってことか」
私がざっくりと描いた絵を見てヤゼルさんが直ぐに理解する。
私が描いたのは非常に単純だ。猫が何匹も色んな姿勢で繋がっているもの。猫は単に描きたかっただけなのでこれは花でもいいし他の動物でも何でもいい。
とにかく、この猫を一匹ずつ掘り出し、それを留め具で裏から固定するなり板に接着するなりするのはどうかと。
これなら一枚の翼から態々切り出す必要はない。寧ろ微妙な色の違いが立体感を強調するのに役に立つ。翼がいくら大きいとはいえ、そもそも湾曲しているので一枚板としての活用は不可能。カットして色味を吟味するからこそネルビアガーゴイルのグラデーションはその良さを発揮するのではと思う。
「お前お得意のスライムで固めるってのもアリだな」
「手法としてはアリだね。でもあれ気泡を取り除くのと、表面を真っ平らに仕上げるには根気とコツ、一枚板のガラスがいるから。ガラスがネックかな、ククマットとクノーマス以外ではまだあの手のガラスは作るのが難しいし」
「となると、一個ずつ裏に固定用ネジを埋め込むのがいいか?」
「多分ね。ネジの大きさ重さなら開発次第で何とでもなる筈だし。今のところガーゴイルの翼が宝石の劈開みたいな性質を見せてはいないから硬度も十分なことを考えるとネジでの固定が現実的。もし、全面彫刻タイプに仕上げるとしてもネジで固定できたら楽になるよ、裏面の補強板は何でもいいからね」
ヤゼルさんとそんな話しをしながら、私は思いつくだけの使えそうな留め具や補強板の名称を紙に羅列してく。ヤゼルさんは私の描いた簡単なデザイン画を見ながらインスピレーションを感じたらしく、紙に絵を描き始める。
それを、ネルビアの人たちが少し離れた所から見つめている。
いつの間にかプレタ様たち夫人方や職人のソランさんたちまで集まっていた。
「ジュリ」
「うん?」
グレイに名を呼ばれ顔を上げると、すっと顔を近づけてきて私とヤゼルさんだけに聞こえるように小さな声で呟いた。
「一旦手を止めてくれるか。皆、二人のやっていることが理解できていないらしい」
私とヤゼルさんは顔を見合わせた。
二人でやりたいことやってるだけなんですが。
お互い言いたいこと言ってるだけなんですが。
と、私とヤゼルさんの顔に書いてあったらしい。グレイがちょっと面白そうに小さく笑う。
「秘匿する気はないんだな」
「は? 何を?」
「ああ、合っていたか。じゃあ私から大首長たちに説明する」
「え、何の話ですかい?」
ヤゼルさんも堪らずと言った顔でグレイに質問した。私もさっぱり分からない。
「まあ、二人は私が説明する話しを聞きながらそのまま進めてくれて構わない」
通常ならば、何かを開発する過程はどんな職業であろうと技術や使うものの情報漏えいを防ぐために人前でやることではない。しかし今回の場合ネルビアガーゴイルはネルビア産の素材であること、ジュリはそれを利益目的で仕入れたり現段階で 《ハンドメイド・ジュリ》から商品を売り出すつもりはないこと、ヤゼルもあくまで新素材となるネルビアガーゴイルはどんな工具が適しているか、どんなデザインが最適か、どんな活用が出来るかを個人的に考察しているだけでそれを自分の工房から売り出したり世に広めるつもりはないこと。という説明をグレイが皆さんにしているのを聞いてようやく私たちは納得した。
「あー、そういうこと……」
「そういや、ククマットでのやり方に慣れちゃって、俺も忘れてたなぁ……」
二人で遠い目になった。
ククマットの場合、秘匿すべき技術は原則私が関わるため、開発はその時点でマイケル作の超強力な呪詛が発動する魔法紙を使った誓約書に約束事や条件を記載したものにサインしてもらう。そしてグレイの張る結界の中、ローツさんとセティアさんに書き取りをお願いしたり補助をしてもらい最小人数で進め、ある程度形になってからそれについてこのまま秘匿する範囲はどこまでにするかを決めていく。そして殆どの場合特別販売占有権に登録後は秘匿の誓約書破棄に至り、そのままククマットとクノーマス領に先立って公開、必要とする他の地域があればそこに占有権からだけでは伝わりにくい細かな技術を売買という形で売り込んでいる。
では、最初からそれに該当しないものはどうなるか。
こんな感じ。ふらりとやってきて相談されたり、私が逆に相談に行って、その場にいるキリアやフィン、おばちゃんトリオやウェラ、もしくは各工房の職人さんたちが自然と集まりガヤガヤとあーでもないこーでもないと意見を出し合って決めたりする。
描いてなんとなく違う、と思うものはそのまま放置されがちで、気の利く誰かが集めて処分するというくらい雑というか、適当というか (笑)。
要するに、何でもかんでも秘匿しないというスタンスなのが私であり、ククマットである。
それは特別販売占有権の多さからも分かってもらえるはずなんだけどね。他ならその技術から生まれる物で稼ぐために占有権登録などせず秘匿してしまう。でもそのリスクを背負ってまで秘匿する意味があるものって結構少ないと思うのよ。
だって私は世の中にもっとたくさんの選択肢が増えて欲しいんだから。かわいいもの綺麗なものが増えて欲しいんだから。秘匿はそんな私のリスクにしかならないという、考えなだけ。
秘匿するのは本当に難しい技術と知識が必要で、粗悪品が出回ると私の名前に傷が付きかねないものだけ。シュイジン・ガラスのようにね。
あれは下手な物が出回れば出回るほど一気に価値を下げてしまいかねない。一つ作るその手間から材料から技術から、そして施設に至るまで全てが『最高クラス』を必要とする。シュイジン・ガラスの職人になるには、ガラス職人として大成した、技術と知識プラス膨大な経験のある職人じゃなきゃほぼ無理だと言う事は任せているアンデルさんの言動からもはっきりしている。
その点、今回見つけたネルビアガーゴイルに関してはそれそのものが宝飾品や美術品の素材となる。この時点でそもそも秘匿は難しい。
後は美しく滑らかな表面に仕上げる為の道具と技術、グラデーションを活かすための美的センス、この二点に全てが集約されると言っても過言ではない。
そしてなにより。
このネルビアガーゴイルはネルビアでしか手に入らない。
魔物討伐のプロでもあるグレイ曰く、今まで討伐してきたガーゴイルでこんなふうに綺麗な青灰色と白のグラデーションに硬化する翼の種は他にはいないとのこと。つまりね、これ、ネルビアに全ての決定権がある。輸出するにしたって価格も量も時期も、細かいこと言えば関税とか誰がその交渉の場に出るのかまで決定権はネルビア。
そんなものについて私とヤゼルさんがコソコソしながらどうするか決めるなんてあり得ない。
というのが、私たちの認識。
しかし他ではそうではない。
すっかり忘れてたなぁ。
的なことを考えているだろうと推測したグレイがそこまでちゃんとレッツィ様達に説明してくれていた。ありがとう、出来る男大好き。
「ジュリよ」
「なんだいヤゼルさん」
「俺たちはこのままで、いいんだよな?」
「いいんだよ、今さらだよ」
「そうだよな!! ガハハハハッ!!」
開き直ったヤゼルさんが一枚の紙を私の目の前に突き出して来た。
「笑い声本当にどうにかならない? そしてそんなに近いと見れないってば」
「笑い声はどうにもならねぇぜ!」
目の前過ぎてボヤケている絵を見るために私はそれを顔から遠ざけた。
絵には一言二言説明が加えられていた。
「……面白いことかんがえたね?!」
「そうだろ?」
「流石ヤゼルさん!! よっ! 巨匠!!」
「照れるぜジュリ!! 酒ならいくらでも貰ってやるからな、うはははっ!!」
「あ、褒めたらなんかもらえるのは私じゃないんだね、そしてこの前上げたお酒気に入ったのね」
ヤゼルさんが描いた絵。
私の猫が様々な体勢をしているのが連なっているのから思いついたらしい。
木の枝が絶妙に全体的に連なっているそこに、鳥が翼を広げていたり寄り添って並んでいたり。
「これ、木の部分は『本物』を使うってわけね」
枝に矢印が向けられ一言書き加えられている。
『木材を切り出し枝にする』と。
「ああ。木材って言ってもその種類は見習いがまず覚えるのに躓くほど山のようにある。つまりな、その分だけ、値段もピンキリだ。お前、エボニーを贅沢に彫刻品にしたろ? あれが俺にとっちゃ画期的なアイデアだった。あんな高価で貴重な木材を削って彫っちまうなんて今まで誰もしてこなかった」
「まあね、エボニーをくり抜くって言ったら皆びっくりしてたのまだ覚えてるわ」
「だがアレでエボニーやネオステンドグラスの価値や使い方の幅が広がった。これにも使えるだろ」
コンコン、とヤゼルさんは手元にあるネルビアガーゴイルの翼の、切り出して手のひらサイズになった板状のその新しい素材を指の関節で叩いた。
「上品な黒のエボニーから切り出された枝はカッコいいね。それにエボニーに限らず……白木でも高価な素材あるよね、白木なら上品なだけでなく柔らか印象に、仕上がる。青灰色、しかもマットな質感。……自然な木材とは相性が確かにいいかも」
「そうだろ?」
ヤゼルさんがニッと自信たっぷりに口角を吊り上げた。
明日GWスペシャル最終日です、よろしくお願いします。




