43 * のんびり暢気なお茶会のはずだった
GWスペシャル二日目。本日はこの後11時にも更新します。
本編の補足となるネルビア編登場人物紹介となりますので読み飛ばしても特に問題はありません。
※こちらのお話が本編です。
ベイフェルア国ヤベェなと口に出しそうになって、でも頑張って飲みこんで。目の前にその犠牲になりかねない、いつでも絶望と挫折との隣り合わせを余儀なくされるクラリス嬢がいることを考えると軽々しく言えることではないと思えた。
それでも彼女はニコニコと嫌な顔一つせず辺境伯爵令嬢らしく振る舞っている。
「……クラリス嬢には欲しいもの何でもあげるからねぇ!!」
突然私が叫んだのでヤゼルさんに『うるせぇ!』と怒られたけどスルーする。
「ほ、本当にいいんですの?」
「いいよ! 時間のかかるものは難しいけど応相談!!」
「あの、あのっ、じゃあ『御当地キーホルダー』を沢山!!」
「え、そんなんでいいの?」
まさかの物にちょっと肩透かしを食らったけれど彼女はそれはそれは素敵な笑顔を見せてくれた。
「だってジュリ様の最新作ですわ、それをルリアナ様やシャーメイン様よりも早く、ベイフェルアのご夫人ご令嬢の中で一番に手にできたら最高です!」
なるほどそういう考え方か、と笑ってしまう。
ヤゼルさんも乗りに乗って沢山パーツを作ってくれたので。
「よっしゃ! いっぱい、思いつく限り作ってあげる!!」
と約束した。
約束したら、それを聞きつけたプレタ様、エメリアナ様、そしてウィルマ様等ご夫人達がお茶会を開くのでお二人揃って参加くださいねと素敵な笑顔で伝えに来た。
「お前、『ご夫人ホイホイ』だよな」
何故かこのタイミングでハルトに以前そんなことを言われたのを思い出した。
あながち間違いではないと思う今日このごろ。
流石のクラリス嬢もちょっと緊張気味なのは、ネルビア首長国の大首長第一夫人を筆頭に各地の首長夫人にヒタンリ国の第二王子妃殿下ヨニス様もいるから。
今ここで女性を差別するような発言をする男性がいたら秒で袋叩きにあう未来しかないなと非常に物騒な妄想をしながら私はクラリス嬢とヨニス様に挟まれる形で座った席から夫人たちを失礼にならない程度に見渡す。
『御当地キーホルダー』についてはどの地域でどの程度縮れ毛の穀潰し様が集められるのか全く分からないので、グレイが安定供給出来る量を確保できる場合とそうでない場合の二体制について簡単に纏めてくれている。
これは元々新しい素材が見つかった時に行っている私の事業関連の基礎計画法に基づいている。希望的観測で物事を決めない、それを徹底するため。
なので、万が一、素材の確保が非常に不安定な場合は『御当地キーホルダー』は諦め『限定品』扱いの素材にすべきである、という計画書となる。
「ですので今ここで安易にお話は控えます。計画書ができ次第プレタ様から順に皆様でご確認いただければ。今回私の確認した限りでは極めて数が少ないということはなさそうですが、量産品にまで出来るかは判断できませんでしたのでどちらでも可能なようにパターンを二つ用意していますので時間を少し頂戴します」
「わかりました。こちらこそ先んじて計画書を用意していただけるとは思いもよらず。心から感謝申し上げますわ。もし採用と成りましたら私が責任をもってネルビア首長国の恥とならぬお支払いをいたします」
すると隣に座るヨニス様がフフ、と小さく笑ったので見ると扇子で口元を隠している。
「ごめんなさい、流石ジュリ様、と思いましたの」
「え、何でですか?」
「こちらが追いつくのに必死になるほど軽々と前を進みますでしょ? このようなことを申し上げてはネルビア首長国の皆様のご不興を買ってしまうかもしれませんけれど、ジュリ様に振り回される上にそのまま引きずられて大変なことになるのはこれからが本番だと思いましたの」
「あー、言い得て妙」
私がしみじみ納得して頷けば軽やかにヨニス様が笑った。
「すみません、自分から先に伝えておきます。私は思いっきり場当たり的言動が多いので慣れていない人たちは大変なんだそうです。ヒタンリ国では視察の時に私の話しを聞き逃さないため書記さんが追加になった過去があります」
正直にそんな事実を伝えると今度はプレタ様が愉快げに笑った。
「まあ、では心して今後は書記官も育てなくては。クノーマス伯爵に鍛えて頂くのもいいかもしれませんわね」
その場が笑いに包まれクラリス嬢の緊張も解けたようで一安心。
ちなみに私の場当たり的言動、しかも色んなことに目移りするせいで脱線しまくりな事業展開について来れるのは現在グレイ、ローツさん、そして秘書セティアさんだけで、私の補佐や話聞き係はやろうと思っても簡単に出来ることではないらしい。後にこの事が本当にネルビアでは由々しき問題となり、ククマットに派遣されてくる文化交流担当者が『人が足りません!』とレッツィ様に泣きつくことになる。『ジュリ様恐るべし、甘く見ていたわ』とプレタ様とエメリアナ様が唸り適任者を三人も送り込んでくるのは割と近い未来だったりする。
セティアさん、そう考えると本当に貴重な存在よ。
それでも『御当地キーホルダー』が欲しそうな顔をするプレタ様だったので、ヤゼルさんの出来る範囲で作った物はお渡ししますね、と約束しておいた。他の夫人たちにも渡るように私も後で作業しよう。クラリス嬢の分の確保は忘れない。
そして話題は『プロムナード』と『ネルビアガーゴイルの翼』の話に自然と変わる。
プロムナードについてはウィルマ様が気になることがあったようでわざわざプレタ様とヨニス様に発言の許可を取ったほど。そして何故許可を取ったのか、その質問で納得した。
「プロムナードですが……例えば私が主宰となり、マーベイン辺境伯爵家との交流を目的として行うことは出来ないでしょうか。様々な点で非常に有意義なものに出来ると思うのです。勿論、そう簡単な話ではないと理解しているつもりではありますが『非公式』を押し通せば可能ではと思うのです」
これにクラリス嬢が非常に困った顔をし、プレタ様とヨニス様は……若干、若干よ? 雰囲気が変わった。いい意味なのか悪い意味なのかは分からないけれど。
【大変革】にまでなったプロムナード。私との関係性と意思疎通のしやすさを考えれば適齢期のクラリス嬢がベイフェルア国側の、マーベイン辺境伯爵家側の主宰となれば何かと効率がいい。何より停戦協議が合意に至ろうが残念ながらが不合意になろうが、プロムナードという肩ひじ張らない交流目的の社交なら今後も水面下で調整をしていく両者にとってはこれほど堂々と会う機会として都合のいいことはない。
そして『非公式』。これが実に時として役に立つ。今回の停戦協議もそう、国が公的に認めないリスクも大きいけれどその裏で多少のトラブルは両者でもみ消せる。国が関与しないので何らかの追及を受けても知らぬ存ぜぬを通せると、ウィルマ様はおそらくそこまで思い至った。
ただし。
ここでマーベイン家の実情が絡んでくる。
マーベイン辺境伯爵家は、王家から様々な特権が与えられていて侯爵家に匹敵する発言力や影響力があるとされている。
けれど実際には書面でそれが認められているだけで、ベイフェルア王家は制限をかけている。マーベイン辺境伯爵家から西側への出資が嵩み仕方なしに支援が減らされていると世間では周知されているけれど、それも嘘で単純にマーベイン家の影響力を削ぎたい家々があの手この手で妨害を重ね、それの対処に追われているのを辺境伯爵家として実力不足だの、王家からの命令を思うように進められないことへの罰だのと無理矢理理由を付けて資金はおろか人材、細かな物資に至るまで徹底的にマーベイン家へ渡らないようにしている。
元来マーベイン家に底力があり、ハシェッド家という信頼できる領が隣接し、そしてそのハシェッド家がルリアナ様をクノーマス侯爵家に嫁がせたことで間接的に資金がマーベイン家に入るという条件があるからこそ今の辺境伯爵家は自力で立っていられる状態だ。
そして辺境伯爵という地位は魅力的らしい。
派閥無関係に、マーベイン家を邪魔に思う家がアストハルア家やクノーマス家の調べでそれなりの力がある家だけでも少なくとも片手分はいる。
これは根深い問題も絡んでいて、王家が恩賞として貴族に与えられる土地が既にないことが挙げられる。貰えないなら奪え、ってことなんだと思う。
マーベイン家が何らかの大失態を犯す時があれば。
糾弾し自分こそ国境線を守れると名乗りを上げようと、その機会を伺う貴族がいる。ネルビアからの侵攻なんてどうにでもなる、それよりも肥沃で広大な領地と辺境伯爵という特権が認められる地位を手に入れたい、と。
そんなマーベイン家がベイフェルア側のプロムナードの主宰になった時のリスクが高すぎる。
マーベイン家を貶めるため、ネルビア側の人に危害を加えたりトラブルを起こしたりする輩が送り込まれる。よほどの人選と下調べをしなければならない。それではプロムナードの意味はなく、大人だけが集まる通常の夜会や晩餐会をするほうがよっぽど安全と言える。
その事を掻い摘んで説明するとウィルマ様だけでなく他の首長夫人の何人かも神妙な面持ちとなった。多分マーベイン辺境伯爵家の極めて不安定な足元を今知ったのかもしれない。
「ごめんねクラリス嬢」
「え?」
「家のこと話されたくなかったよね、でも下手に隠して知らないところで話しが進んでいて止められない事態になったら大変なのは私たちだから」
「……こちらこそ、ご配慮痛み入ります」
クラリス嬢がほんの少しだけ眉毛を下げて微笑んだ。
自分からは言えないよね、足元すくわれかねないのでできません、なんて。
「もっ、申し訳ございませんでしたっ」
ウィルマ様だ。
「なんて浅はかな事を私は」
「あー!!」
ストーップ!!と言う代わりに叫んだ私。
「謝罪は受け付けません!!」
「えっ?」
「マーベイン家のことについては私だって最近知ったんです、しかも本来なら人前で晒すようなことでもなかったし、もしここにマーベイン辺境伯爵夫人がいらっしゃったら別の言い回しで皆さんに周知出来たはずなんです。私はそういう貴族の言い回しの勉強はもうやめましたし面倒くさいと思うのではっきり伝えただけなんです。何より、クラリス嬢にプロムナードの件での決定権はありません。国交となれば私は関与しません。どのみち私たちはお断りするしかなかったんです」
「しかし……」
戸惑うウィルマ様がさらに何か言い募ろうとしたのを止めたのはヨニス様だ。
「これから知れば良いことです」
美しい自信に満ちた笑み。
「私にもそういう時期がありました。でも悲観ばかりしていては本当に時代の流れに乗り遅れてしまいます。人によって伝え方は千差万別で、私たちのような立場の女はほんの一握り、全てのことをこちらの考えや意思で決めつけてはならないのだと思います。私たちももっと外へ目を向けなければ、もっと学ばなければ。ですからね、ジュリ様が謝罪はもう良いと仰るのであればそういう考えであり、それを受け入れるのも一つの手段であり、最善の言動にもなり、その場を上手く纏めることになるのだと今知ったと、学んだと喜んだ方がきっと良い方向へと繋がりますわ」
ありがたい。私が言っても説得力がないというか、納得してもらえないこともあるから。
こういう時、位の高い人の言葉は本当に力になると思い知らされる。
しかもこうして私の意見と考えを尊重してくれることで私の立ち位置も安定する。勿論ヨニス様にも思惑はあってそれに沿っての言動の部分は必ずある。でもこういう時は『持ちつ持たれつ』というべきか。
「先ほどはありがとうございました。私だけではきっとあの場を締められなかったと思います」
ヨニス様と私、そしてプレタ様だけのお茶会。
先のお茶会はあの後無事に和やかに終わり、今はクラリス嬢の護衛もなく、更には完全人払いをした状態でとなっている。
プレタ様専用の応接間は大首長邸の外観や大広間とは全く違う柔らかな雰囲気で落ち着きと懐かしささえ感じられる居心地の良さがある。
「ジュリ様は大変ですわねぇ」
私がヨニス様に感謝を伝えると頬に手をあてがったプレタ様が若干の憐れみを含んだため息を漏らした。
「何かあるたびにあのようなことになっているのでは?」
その問いに乾いた笑いと共に軽く頷くと『やっぱり』とつぶやいて、そしてヨニス様も何故かため息を漏らす。
「ジュリ様に感謝するのは当然のことですし、敬うのは良いことではあるのですが、『知らない』ことを悪い事と捉えて直ぐに謝ってしまう方は私の国でも多かったですわ、その度に私たちが先程のような事で諌めなくてはならなくて」
「ヒタンリ国訪問時もそういえばそうでしたね。事あるごとに謝られることが続いたりして、流石に居た堪れなくなったりしましたから」
「ジュリ様の持っている【技術と知識】を私達が知らないのは勿論、ジュリ様の周りで起こる事も知らないのは当たり前ですもの。一言『知りませんでした、勉強になります』と言えば済むんですけれど」
ヨニス様の言葉に、プレタ様が軽やかに笑う。
「ウィルマはまだまだ、首長夫人として未熟者ということですわ。私も大首長夫人としては未熟だと自覚はありますけれど、それでもウィルマに少しお小言を言えるくらいの経験はありますから」
あれ。もしかしてこの後ウィルマ様がお説教される? その事が顔に出ていたらしい。今度は愛嬌ある笑顔でプレタ様は笑う。
「クレベレール首長区はこれから重要な国境線区になりますもの。いくらウィルマがまだ若いとはいえ、『若いから』では許されない立場にいるのは間違いないですわ。誰かがちゃんと導いてやらねば。クレベレール首長は夫人と子供たちには甘いようですから、ね」
「あ、はい」
私が少々怖い、と思うそばでヨニス様も愉快げに軽やかに笑ってる。
あ、分かった! ウィルマ様が発言した時お二人の雰囲気が変わった理由が!!
要するに、クラリス嬢が困ることと私にも大なり小なり迷惑がかかる可能性がある話だとお二人は最初から分かっていたからプロムナードの話になっても一番最初はどこがやるのか、誰が主催するのか、そういうデリケートな部分には触れずに進めていたのに、ウィルマ様が言っちゃったわけだ!!
だからあの変化。あれはお二人が『余計なことを……』なんてことを思ったからだ。
うん、怖い。
のんびり和やかなお茶会、だよね……?
お茶会、うん、そう、ああネルビアの高級茶おいしいなぁ〜。
前書きにも記載しましたがこの後1話分使って人物紹介更新します。
本編には出てこない設定なども含まれていますので暇つぶしにはなるかもしれません。




