43 * グレイセル、元妻と職人について語る
今回後書き(裏話)含めて文字数多めです
あの後、ソラン氏たち職人について聞かされた内容にジュリもヤゼルもただ肩を竦めるしか出来なかった。
ネルビア首長国の今回ジュリと会った職人たちは大首長と直接話す機会を与えられたそうだ。
ヤゼルと自分たちの違い。
それを『ジュリがいたかどうかの違い』と言った職人がいたらしい。
それを聞いたレッツィ大首長がでは何故ヤゼルは魔法付与されていないもので昔から、いつでも作れるのか、と問いかけたそうだ。そしてそれについても『恩恵があったはず』と返したという。
ヤゼルは元々腕のいい職人だ。確かにジュリが来てから恩恵も少なからず受けているだろうが、その前から魔法付与されたものは殆ど使わず作品を作り上げていたしヤゼルが好奇心と探究心の塊で出来た性格なのである。おそらく、ジュリがいようがいまいが、私たちがもっと努力し環境さえ整えていたなら今の状況に自力で到達していただろう。つまり、この国お抱えの職人とヤゼルでは根本的な部分で違うのだ。
大首長はそれを言いたかったし気づいて欲しかったはずだ。
それなのに言い訳をしたとなればそれは当然怒るだろう。『精進します』『一からやり直します』『必ず変えてみせます』と言えたなら。そうすれば、その職人はその場で『技匠』の称号を剥奪されることはなかったのだが。
「ま、そういう人もいるでしょ」
ジュリはあっさりとそう締めくくった。
「そんなやつの弟子は可哀想だぜ」
ヤゼルも憐れみの目をしつつ、淡白な物言いをした。
「そりゃジュリが来てから劇的に環境は変わったがよぉ、だからって『人に負けたくねぇ』とか『一番になってやる』って勝負魂みたいなもんは失われるもんじゃねぇからな。俺は弟子にいつか俺を超えろ! って言って育てはするが超えさせる気はねぇしな」
「あ、ないんだ?」
「あるわけねぇだろ!! 俺はいつだって最高のものを作ってんだぜ、若いもんに追い抜かれちゃ死んでも死にきれねぇだろ」
「ああ、ヤゼルさんは長生きするタイプ」
「俺は長生きするぞ、酒をやめる気はねぇが」
そんな会話からもわかるように価値観も考え方も人それぞれ、職人といえど皆ヤゼルのような気質とは限らない。
そしてこのネルビア首長国は国自体が職人の扱い方が少し『間違っている』とヤゼルが言った。
「だいたいねぇ、侯爵家やグレイセル様みたいに補助金出したり領令を改めてくれる、そして俺たち職人をいい意味で平等に扱ってくれなきゃ駄目なんですよ。ローツ様とそう歳の離れていない職人が何のきっかけで何を作って『技匠』になったか知らねぇけど、当時二十歳かそこらのガキが大首長の家に部屋もらって、道具から素材から何でもかんでも与えられて。そんなんで職人として周りと切磋琢磨するなんてできやしねぇんですよ」
確かに、ククマットでは毎年領に貢献した者はそれを称えることにし、そこには職人たちも含まれたりするが、何らかの褒賞は与えるもののそれ以上のことはしない。金銭的にそれ以上のことをすると維持するのが大変という問題があるがそれよりもジュリがそれでいいと言ったのだ。
「そこから更に領に貢献したり自己研鑽するかは本人次第だもん」
と。
今後、ネルビア首長国で『技匠』になれる条件は極めて厳しくなるだろう。場合によっては過去『技匠』として名を残した者もその称号を剥奪され名を抹消されるかもしれない。
「それでいいんですよ、職人なんて芸術家みたいに死んでからその価値が出る位遅く評価された方が良いもの残せるんですから。ま、俺はいつだって最高のものしか残しませんけどねぇ、がははははは!!」
「ヤゼルさん、もうちょっと音量下げて。給仕さんがビビってお茶こぼした……」
「しょうがねぇだろ、歳取って耳が遠くなってきてよぉ、比例してデカくなってんだから」
「じゃあこれからもっと音量のマックス値が上がるんだね」
「そりゃそうだろ、耳が遠くなると同時に腕前も上がるなら問題ねぇよ」
「まあそれならいっか」
この当たり前に交わされる会話を、ネルビア国の職人たちがもし聞いていたらどんな言葉が、言い訳が返ってるのか少し興味があるということは私の心の中に留めることにする。
「誰だぁ! これ捨てたやつ!!」
ジュリが突然叫んだ。
それは偶然見かけたものだった。
ジュリでもどうにもならない廃棄素材と共に埋め立て処分を待つだけの素材の上にこんもりと乗せられていたそれ。
「え、しかしっ、ジュリ様これは」
「なんで言わない!!」
「はひっ?!」
「穀潰し様にウエーブヘアがこんなにいることをどうして言わないぃぃぃ!!」
この大広な首長邸宅の敷地の一画の倉庫から素材を運び出す為に集められた兵士たちはもちろん、指示を出していた官僚たちがオロオロしている。
「なんだ、こりゃ、縮れ毛の穀潰しか?」
ヤゼルと共に私はワナワナ震えるジュリの手にあるそれを覗き込む。
ネルビア国特有の、濃い赤毛のものだが我々の知っている物とは色以外も違っていた。
ヤゼルの言ったように毛が縮れている。そのせいであの柔らかさと艷やかさが半減しているのだが、ジュリは見事なキレっぷりだ。
「このモコモコした可愛さを理解できないなんてっ、酷い酷すぎる! あぁぁぁ穀潰し様ぁ、お可哀想にぃぃぃ! これを捨てようとしたヤツ、捨ててきたヤツ! 全員正座で反省会しろぉぉぉ!!」
とりあえず縮れ毛の穀潰したちは即座にかき集められることになった。それはもう魔法や尽くせる限りの手段を用いてその場が戦場になったのか? と錯覚する程の速さで。
……決して、私とヤゼル以外の者はジュリのとんでもないキレっぷりが怖くて震え上がっているからではない、と信じたい。
「ふふふふーん、ふふん、ぬふふふーん」
その後、謎のご機嫌な鼻歌を歌いながらジュリは縮れ毛の穀潰しにブラシを入れて整える。
その隣ではジュリの指示で集められた、それこそ捨てるだけになっていた小さなカラフルな木片からヤゼルはジュリが描いたデザイン画を元に何かを削り出している。
ちなみに、穀潰しには何箇所か目打ちで穴をあけ、内側に白土を詰めていた。軽さを求めて何も詰めない使い方が殆どの穀潰し。非常に興味深い。
「これでいいか?」
「流石ヤゼルさん! かわいいかわいい!」
ジュリは満足げにヤゼルが削り出した何かの裏に接着剤を塗ると、そこにTピンを貼り付けた。それをヤゼルが何かを完成させるたび繰り返す。
そして。
「穀潰し様はこのままキーホルダーにしても可愛いけど、このモコモコ感の穀潰し様は別の活かし方をしたら面白いと思うのよね」
接着剤が乾きTピンが接着された何かをジュリは目打ちで穴を開けた所に差し込んでいく。
「はい」
そして、まだちゃんとくっついてないから優しく持ってねと私の手のひらに乗せられたのは。
赤い毛の猫の顔だった。
耳、目、鼻は黒の木から削り出したもので、それが縮れ毛故にやたらと毛が密集した事で持っても丸みを維持する弾力ある硬めの穀潰しに僅かに埋もれ、何ともひょうきんな、愛嬌ある顔になっている。
「髭は、糸を短く切って貼り付けるといいかな? 針金とか危ないしね、細くて弾力があって安全な物が見つかるまではこれでいいでしょ」
私の手からヒョイと摘んだそれにジュリは迷いなく短く切りそろえた糸を鼻の側に三本ずつ接着剤で貼り付けた。
まさしく、猫の顔である。
「耳とか目、鼻の形を工夫すればもっと色々作れるよね、ウサギにクマにオオカミ、それ系の魔物も沢山いるし。あとは……紐も使って後ろに付ければ尻尾にもなるし。この縮れ毛が発生する地域って決まってるのかな? ネルビア全体で発生するならうちとフォンロンで出してる神様キーホルダーみたいに沢山の種類あったら面白いんじゃない? 動物や魔物をこんなふうに形が統一されてるものにしちゃって、『ご当地キーホルダー』なんてのも出来るね」
「『ご当地キーホルダー』?」
「そう、メインテーマやキャラクターが統一されていて、県ごと……こっちだと領や郡、区かな、それぞれの特色を活かしたデザインに仕上げるのよ。分かりやすく言うと……例えば今作ったこの赤の毛に黒い目や耳のものはこの中央首都オリジナル、目や耳を白くしたら隣、毛が黒くて目や耳の色が茶色なら南部とか。形は一緒なんだけど各首都でしか買えないオリジナルキャラを作ったら案外冒険者さんとかは各地を転々とするからコレクションの一つにしてくれたりしそうだよね」
「コレクションならアストハルア公爵家のご夫人も白土のちっせぇ動物集めてるもんな」
「そう、お金持ちならどこで売られていても欲しいものは集めるよね。そこから話題になって他の貴族も集めるきっかけに繋がる可能性もある。庶民は好みの物を手に入れる楽しみを、金持ちはコンプリートする楽しみを、そういう違いくらいなら差別とかにならないし金額的にも高額にはならないからいいと思うわけよ」
実は、ここ最近になってかなり広範囲に『キーホルダー』が世間に浸透し、そして売上を飛躍的に伸ばし始めている。
元はといえばジュリや白土開発部門担当のウェラたちがつくるカラフルで可愛らしい『食べたくなるシリーズ』、つまりスイーツデコのキーホルダーが発端だ。あれが労働者や冒険者といった肉体が資本の仕事に従事する者たちにすぐさま受け入れられた理由。
カバンや背荷物に付ける事で一目瞭然、目印になるのだ。不特定多数の人を集めて行われる土木工事などでは荷物をまとめておいて置き、監視役を立たせてまとめて盗難防止をしたりする。その時外側にキーホルダーがぶら下がっていると探す手間がぐんと減り、しかも間違って他人の荷物を開けてしまうというトラブル回避になるそうだ。そして冒険者たちも似たような理由の他、似たり寄ったりのデザインばかりが目立つカバンやリュックを少しでも人とは違うものにしたくて付けているようだ。中にはパーティー同士で同じものを付け、仲間意識を強めたりするのに一役買っているという話もある。
それによって驚異的な速さで今なお売り上げを伸ばす神様キーホルダーと食べたくなるシリーズキーホルダー。
その人気の下支えに最近加わりつつある存在がジュリの言った『コレクター』である。
コレクターと言えば、今まで珍しいもの、希少なもの、高額なもの、そして変わったものといずれにせよ金にゆとりのある道楽者がなるものであった。
しかし、ククマットでは冒険者たちがお土産としてだけではなく、『これなら買える』とコレクションをしだしたのだ。その最たる例が今回の旅の護衛に雇ったエンザパーティーとセルディアパーティーにいる女冒険者たちである。
彼女たちは新作が出るたびに必ず購入、仲間とお揃いで鞄に着けているもの以外は未使用のまま箱にしまっているのだそうだ。
時々出して眺めてはニマニマするのが癒し! と皆同じようなことを言っていた。
「移動が多いだろう、荷物になるのに持ち歩いているのか」
「荷物じゃありません、癒しです。必要な物です」
「……」
あまり触れすぎると別の何かに触れて大変なことになりそうだったのでそこで話しを打ち切った過去がある。
何かを集めるという事に興味があるものは多いと言うことだ。それが低価格で出来るのが神様キーホルダーと食べたくなるシリーズや眠り動物シリーズ。
そして今回ジュリが言い出した『御当地シリーズ』。これはまた何か別の意味でコレクターを、刺激しそうだ。
なんてことを考えていたら。
「おめぇ、これ、コウモリじゃねぇよ」
「コウモリだよ。翼がそうでしょ」
「穀潰しにコウモリの翼を付けただけだろうが」
「うん、翼をつけたからコウモリ」
「顔に直接翼が引っ付いてるコウモリなんていねぇだろ」
「うんいない、でも可愛いならオッケーでしょ」
「そういうもんか?」
「そういうもんだよ」
「……なるほど、んじゃぁ鳥の翼もいけるな。作ってみるか」
「それならドラゴンの翼も欲しい!」
「おお、いいじゃねぇか」
「あとさ、ククマットとクノーマス領とか海辺の土地で大人気のシーサーペントも何とかなると思う?!」
「それはならねぇな!!」
二人で大きな声でギャハハと笑いながらも手は止まらず。コロコロとした見た目の実にユニークで可愛らしい動物と魔物達が作業台の上に山となっていく。
これがジュリと、ククマットの職人達の普段の姿と言えるだろう。
騒がしくもいつも真剣で楽しげで、完成した時の達成感は私では計り知れないこの光景こそ日常で。
「ジュリ、馬は作れるか? 黒炎号をイメージしたものがあったらいいなと思ったんだ」
ふと思った事を口にすれば。
「いけるいける!面長からかけ離れたまん丸だけど耳と尻尾で何とかなる!」
「黒い縮れ毛の穀潰しもさっきあったと思うぞ、そこら辺に埋もれてるはずだな。俺は耳を作るぜ」
「尻尾どうしよっか? ただ長いの付けても何か変だよね」
「そうさなぁ、ジュリは危ねえから紐とか布でいいって言ったけどよ。小さいなら耳と同じ木材でもいいんじゃねぇのか? むしろ分かりやすい形にして付けた方がはっきりと何の動物か分かりやすいだろうしな」
「あー、確かに。そこは素材に拘らず色々試してみていいかもね」
―――とにかくやってみる。―――
やらなきゃ何も始まらないし生まれない。
それを自然に当たり前に。
失敗するのは当たり前、それの繰り返しで何かが出来上がり、そして次へ進むことに抵抗がなく。
一領主として思う。
なんて恵まれた領主だろう、幸せな領主だろう、と。
「この案、ネルビアに買い取って貰おう」
「え、本気で言ってる?」
ジュリが驚いた顔をしてヤゼルの手が止まった。
「勿論。その金でククマットの補助金制度を更に充実させようと思う。それにネルビアにとって悪い話ではない、ククマットやクノーマス領のように職人以外にも職を手にする事ができる者も増える。だから妥協はしない、それ相応の金額で買い取ってもらうことにしよう」
ヤゼルの顔がパァと輝いた。ジュリは目を細め嬉しそうに笑った。
こんな彼女たちのために、私に出来ることをしよう。
縮れた毛の穀潰しに囲まれながら、私も一緒に笑顔になった。
本当に、私は幸運だ。
その後。
「本当に正座反省会してる……。は? 大首長とプレタ様たち夫人も加わってるのはなんでですか?! てかクレベレール首長もいる?! え、他の首長もいるじゃん!ちょっとやめてくださいよ! はい、反省会中止! 直ちに反省会は中止して下さい! 皆さん立って下さい!!」
珍しくジュリの胃がキリキリ痛んだ出来事となった。
「こんなこと、絶対に歴史書に残さないでね……私の黒歴史どころか不敬罪による犯罪歴になりそうだから、本当にマジでやめて」
「嫌か?」
「嫌に決まってるでしょ!! 書き残したらグレイと別れるからね!!」
「それは嫌だ絶対に残さない。……だが、流石ジュリだと思うのも駄目だろうか? 誰かに自慢したい」
「記憶を抹消しろ、そしてその価値観もどうにかしろ」
勿論、彼女を慮りこのことは箝口令が敷かれることになるが歴史書には残らないものの『大首長に正座をさせた女』としてネルビアでは密やかに後世に語り継がれることになる。




