5 * 妙なタイミングでたまごが‥‥‥
本日二話更新です。この後、イベント物の単話更新あります。
こちらが本編です。
ウィニアさんとイサラちゃんが着々と実力を付けてククマットの女性たちに羨望の眼差しを向けられるようになった頃。
ちょっと考える。
『ネイリストの専門学校』。
……だけじゃ人が集まらないよね。侯爵様やエイジェリン様は投資だからと全く気にしていないみたいだけど、でもなぁ、せっかく気合い入れて侯爵家が学校にとものすごい勢いで改装してくれてる立派な建物があるし、デカイ建物なのでいくつか部屋が無駄にあるわけで。
勿体ないよねぇ。
なんてことを考えていたとき、とある人が 《ハンドメイド・ジュリ》に来た。来たといってもいつものことでいつもの光景。それは侯爵夫人のシルフィ様とルリアナ様からのからの差し入れ。
定期的に持ってきてくれる人が何人かいて、今日は執事さんの一人で、休みでゆっくりお店の商品を見たいからとここへ来るついでに差し入れのパイを持ってきてくれていた。
(執事……)
執事さん。
いつも礼儀正しいよなぁ、所作が綺麗だよなぁ、そしてお話しするとなんでも知ってて博識なんだよなぁ、なんてぼんやりと思って。
ついでにこんなことも。
侯爵家で事情があってやめた執事さんとか侍女さんって退職金を貰ってはいるけど、結局途中で辞めることになったから将来のために、生活のために出来る仕事ならなんでもしてるっていってたなぁ、なんてこともぼんやりと。
あれ?
博識の、すぐに即戦力になれる人たちがいる?
あれ?
色々増やせるんじゃない?
「おあっ」
「は?」
あ、変な声が出たからグレイがびっくりしてしまった。
いや、だってね? 考えてみると、侯爵家で働いていてしかも退職金を貰える人ってさ、優秀な人だよね? ククマット編みで自警団の腕章作りを手伝って貰ったときにも思ったけど、真面目で勤勉、さすが侯爵様が雇っていただけのことはあるって感じの人たちばかりなわけで。
「いた、凄い近いところに人材いた!」
「ジュリ?」
「しかも皆通える範囲の人じゃない! 下手な内職とか作業してもらうよりいいじゃない! あれ、もしかして私物凄くいいこと気づいたかもしれない?!」
「ジュリ」
「あい?」
あ、また変な声になった。
「話が全く分からない。そしてそれは独り言なのか私に話しかけているのかも判断しかねているんだが」
あ、ごめんなさい。
若干暴走してしまった……。
「教養やマナーの基本が学べる授業か」
グレイはとても熱心にその話を聞いてくれる。
執事や侍女がそういうのを学ぶ場所は限られている。この世界だと、代々爵位のある家の使用人として召し仕えられてから出世する、執事の父親を持ちその下で執事になるべく幼い頃から仕える、高級な飲食店で接客の経験を積み、スカウトされたり自ら売り込んだりする、そして縁故や学校で好成績を修め王宮で働く資格を得た人が王宮で経験を積み他の家へ執事として推薦されたりして仕える、大まかに言うとほぼこの四つの経歴からしか執事と侍女にはなれない。
どうしても身元のしっかりした、経歴が明白であることが条件になるからね。
執事や侍女になるならないは別にして、興味があってどういう職業なのか知りたくても体験する場所もそれを知るための教材も存在しない。
そしてそれらは庶民でも身につけたら必ずどんな職業でも参考になる役に立つ知識が多いはずなのに富裕層、貴族というある種限定的な環境が確立されていてしかも閉塞的な面もあるせいで入り込む余地がない。
自由に、好きに、スキルアップのために基本的なことや簡単なことを学べる場所があれば。
「確かに門戸が広がることは良いことだが身元の確認が取れないと働ける者は結局限られ」
「そうじゃなくてですね」
「?」
「選択肢を広げるだけでいいんですよ」
「どういうことだ?」
「教養やマナーだけを、しっかり学びたいと思う人って多いはずです。大人になってから、仕事をするようになってから、沢山の人との関わりで不得意だと気づいたことがあっても、それを学び直す場所がこの世界にはないんです。だから、色々な科目を作って、好きに選べるようにしたらどうですか? 学校だからその先の就職を見据えている人のため、っていう概念は捨てて、誰でも学びたい事があれば、好きなものを選んで好きなときに、なにより気軽に誰でも勉強出来るようにしたらいいんですよ」
私が考えついたのは、元いた世界だと市民センターとか○○会館とか人が集まれる施設で行われている『講座』に近いかな。
あれって、色んな形態があって一回限りのものもあれば、毎週決まった曜日に長期間行われているものもあるし、中には全○回と受講数が決まっているものもある。
それをネイリストの専門学校として使う建物で空いてる教室を有効活用するためにやれるんじゃない? ってことよ。
元執事さんならテーブルマナー、季節や場所に合わせた服装のマナー、それから貴族と接するときの挨拶や社交辞令の会話、とにかく博識だから上流社会に生きる人たちとの社交術を教えられる。難しい事ではなく基本でいいの、難しい事は恐らく執事や侍女になりたいという本気の人だろうから、その人たちはその人たちの学べる場があるわけだし。
私はそういう人ではなく、興味や好奇心を含めてもう少し勉強したいな、知っておきたいな、という人の為の学校になればと思う。
人材も場所も恵まれているこのクノーマスならやれるはず。
「……すごいことを考えるな」
「そうですか? 勿論、タダでやれなんていいませんよ? 『講座』も回数や内容によってそれぞれ決まった受講料をもらうんです。難しい事ではなく基本的な事をしっかり丁寧に教えるのがいいですね、それが好評で人が集まりそうなら上級講座を開設して内容をもっと幅広くしたり、応用したものにしたり講座回数を増やしたり。やり方は無数にありますよ。興味あるけど、習う場所がないとかそういう機会に恵まれない人って我々庶民の中には多いはず。それに、今後このクノーマスが活性化するなら、訪れる貴族は増えますよね? そのときに一人でも多くの領民が安心して接する知識を持っていたらお互い便利だと思いますよ。そういうのを学べる場所があってもいいと思うんです。働いてる人たちでもちょっと時間を見つけて、気になること、不安なことを学べる場所ですよ」
「……例えば、テーブルマナーだけに特化したものだと、飲食店で富裕層が来ても会話に困らないし、対応もしやすくなるか。食器の並べ方や出し方を知っているだけでも印象はよくなるな」
「そうです、そういうことです。自分の職業や興味にあったものを選べるようにするんですよ。挨拶や姿勢、歩き方に特化した『女性の嗜み講座』なんてのも出来ると思うし人気が出ると思いますよ」
「それなら、ダンスのステップや姿勢を習うだけの『ダンスの基本が学べる講座』も? あれは私の周りで苦労していた男が多かった、騎士やギルドの職員は正式に習う場所がないのに社交場に出る事が度々あるんだ、そういう者が何度か通う場所があるだけでも気持ちは変わるだろうな」
「いいと思いますよ!! あとは……接客に必要な挨拶や言葉使いが学べたり、冒険者になるための心得とか、変わり種があっても面白いと思いますよ。それこそ基本的なククマット編みが習える講座とか」
「それなら、武器や防具の種類や扱い方、選び方『講座』があれば、自分にあった物を見つけたり正しい知識がつけられる」
「ええ、凄くいいと思います」
「……面白いな、考えるだけでワクワクする」
「ですよね?」
私とグレイは同時にほんとうに面白くなってきて笑ってしまう。
「ちょっと二人で考えてまとめてみませんか? 私がいた世界ではそういうのを『講座』っていうと思うんですが、その講座が開設出来そうか、教室になる部屋の割り振りや講座の期間や回数も大まかなものなら決められそうですよね? ネイリストの専門学校はまだ開校は先ですから、その前に開ければ宣伝効果もありそうです」
「ああ、そうだな。やってみよう、ジュリの言うとおりまずはうちで働いていてくれていた者たちが出来る『講座』中心がいいだろう。それと冒険者ならあてもあるし、ククマット編みの基本的なものなら既に先生は何人も確保できるしな。それなりの『講座』を初期から用意出来そうだ」
こういうことを話し合える私は、とても恵まれていると思う。
この人はクノーマスの発展のため、領地領民の為にいつでも心を寄せている。
優しい人。強くて、心の広い、優しい人。
この人をみていると出来ることをしてあげたい、手助けになることをしてあげたいと思えるから不思議だ。
「グレイ」
「うん?」
「ふふっ」
「ジュリ?」
「ふふふっ、グレイは優しいなぁ、と」
「そうか?」
「優しいですよ」
「それは、ジュリ相手だからだろうな」
「そうですか?」
「そうだろう」
くすぐったい会話も、きっとこの人だから出来ること。
心は軽い。楽しくて会話は弾む。
「やってみましょう、『領民講座』を」
「はははっ『領民講座』か」
【変革のたまごの進化を開始します】
ん?!
【無事、変革へと進化しました】
……。
………。
…………。
今、グレイと二人でベッドに並んで寝てるんですけど。久しぶりに仕事が早く終わってのんびり二人の時間を満喫した後だからいいけど。
寝る前に来るか。
そうきたか。
「このタイミングでか」
グレイが苦笑した。
「……寝ようと思ってたんだがな」
「びっくりして、目が覚めました」
「同じく」
二人で並んで天井見つめて、やっぱり苦笑したわよ。
頼むから眠いときには勘弁してください。
気になって寝れなくなるじゃないの!!
話をしたくてウズウズして寝れないじゃないの!!
こういうのは日中お願いします!! 神様!!
いや、寝る前に話していた私たちが悪いのか。
そして【変革】。
謎。
謎過ぎる。
ネイリストから講座の流れでたまごが進化とか。
神様の裁量なのか、これも。うん、分からないものは放置。それがいいわ。
以前、とある料理教室に通っていたのですが、結構な額かかるのと、仕事の関係で都合のいい時間に通えなくなったことが重なって退会した経験あります。
そんな時、見つけたのはまさしく情報誌に載っていた『○○講座 (とか教室)』で、短期間でしかも回数が少ない、多種多様な講座がある、という魅力から興味を持った覚えがあります。
ちなみに、『今ならお試し無料』とか『ワンコイン講座』という謳い文句なら、全く興味のないものでも一通り広告を読んでしまうのは作者だけでしょうか?




