表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『ハンドメイド・ジュリ』は今日も大変賑やかです 〜元OLはものづくりで異世界を生き延びます!〜  作者: 斎藤 はるき


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

579/638

43 * 新素材に認定です

今回文字数多めです。

 



 わずか二十数分。

 いやぁ、流石ヤゼルさん。

「こいつは先に大まかに刃物で削りとったあとは彫刻刀で彫って、そのあとヤスリで削って模様を出すといいな。微細な曲線を整えるためにも特に極細のヤスリが複数必要になる、それにこの質感だからあえて艶がでない仕上がりがいいかもしれねぇ」

「いいねいいねぇヤゼルさん!!」

「いいだろ?! 俺にかかればこんなもんよ! わはははは!!」

「うははははっ! 最高よヤゼルさん! 天才! 巨匠!」

「照れるぜジュリよ!!」

 声がデカい二人ですみませんって感じです。二人で笑いが止まらない止まらない。


 実はヤゼルさんと知り合い、透かし彫りを提案してから私がずっと模索していたことがある。それを聞いたヤゼルさんもそれを試したいって代用品を一から作ろうとしていたくらい。その鬱憤が溜まりに溜まってうるさいから黙らせるのにフルーツカービングなんてものを教えたんだけども(笑)。


 カメオ。


 日本の現代で見かけるそれは、人工物を含めて貝殻、石などと使われる素材に恵まれていた。

 当初私はこちらの世界にも同じもの、類似するものが魔物を含め、そして未知のものを含め、多様に存在しているので簡単に見つかるだろうと甘く見ていて。

 まず、かじり貝様では出来なかった。オーロラカラーとパールカラーのあの濃淡を活かせるかと思いきや湾曲させれば簡単に層に分離してしまうその性質により早々に挫折をさせられ。そのあと瑪瑙(めのう)を含めて模様が層もしくはグラデーションになっているものを探しては手に入れてヤゼルさんにお願いしたんだけど。

 大理石はあるけれど彫刻よりもその色味や質感を大いに活かした大型のものや床材としてすでに定着してしまっているために今更これを宝飾品にするのは難しいだろうという意見が出て諦めたし、瑪瑙含む天然石や魔石も彫刻となると地球と違い何故か綺麗な彫刻に出来る割合が極端に少なくて (ハルト曰く魔素の影響らしい)、ヤゼルさんの反応も悪かった。貝殻類も入手出来る範囲では全て何かしらの理由で不合格。

 それで木材を扱う職人さんに声をかけ、木材をグラデーションになるように染めてもらう実験をしてもらって結果を待ちそれらしいグラデーションの入った素材に仕上がったけれど、どうしても個体差というかムラが出やすいのと思った色に仕上らないなどの問題が起きやすく半ば諦めかけていた。

 そんな中、新しい素材として見出したコカ様の骨。エメラルドグリーンとピンクのバイカラーが美しい高い透明度ある素材が見つかった。

 けれど。

「これは、透明感と色を両方活かす方がいい。彫刻で良いものが出来上がるとは思うけどよ、透明感と色を活かすと彫刻が目立たなくなる。小さければ尚更だな。人によっちゃ凸凹してるとか傷がついてるって見えちまう」

 ということでやっぱりヤゼルさんの反応は芳しくなく、これはもう今後の素材や原料と言った研究や製造技術が進歩するのを待つしかないとほぼ諦めるに至っていた。


 縞模様とその濃淡を活かし、立体的に彫刻することでその彫刻が繊細であればあるほど、実に美しい芸術品として楽しめるのがカメオ。

ちなみにカメオとは宝石や適した素材に浮き彫りという技法を施した装飾品のことを言い、素材の価値よりもどれだけ細やかで美しい彫刻が施されるかで大幅に価格が変わるとされ、正に職人の腕が試される宝飾品といえる。


「これが『カメオ』か」

「厚みがあるし縞模様ではないから本来はちょっと違う部類になるのかもしれないけど、浮き彫り技法で作るならカメオと呼んでも差し支えないんじゃないかな。これをそのままアクセサリーに仕上げるともしかすると濃淡を上手く活かすのは難しいか技術がかなり要求される。裏表を削るとかして調整するにしても限界はあるし。もしこの羽の薄い所が同じように綺麗なグラデーションならその部分は使えるけど、詳細を調べない限りは希望的観測でしかないしね。そこは今後次第でいいと思う。ただ、このサイズ感は活かせたら最高だよね、ダイナミックな彫刻で翼の湾曲すら活用出来たらそれこそ大型の彫刻品としてイベントにも引っ張りだこになるかも」

 私はヤゼルさんがやったように指の関節でその表面を軽く叩く。音の軽やかさは硬質な証し、そして見かけに反して翼部分だからか思ったほどの重量感はなくて、むしろ同じサイズなら確実にゴーレム様の白土の方が重い。これくらいの質量感ならば、それなりの大きさのものでも金具や額縁がしっかりしていれば壁に飾ることも可能なはず。


活かせる範囲は狭くなく、将来性を感じさせる。


 そしてそれをグレイの手に乗せる。

「こうして人物や景色を彫ると絵画に負けない陰影を楽しめるでしょ」

 グレイはじっくり隅々まで観察するように暫しそれを眺めてから、ようやく振り向いてプレタ様に向かって一礼した。

「どうぞ、こちらをお納め下さい」

 プレタ様に両手で差し出した。ゆっくりとした動きで、プレタ様はそれを受けとる。

「……絵のような……不思議な見た目だわ」

 ポツリとそう呟いて視線をヤゼルさんへ。

「私、この彫刻程美人かしら?」

「誉めすぎだな! 本物の方が百万倍美人だ! 時間もらえれば本物と同じ最高の美人に仕上げられるんだけどなぁ!!」

 ちょっとヤゼルさん? 相手が誰か忘れてない? プレタ様は気にしていないみたいだけど、職人さんたちが顔色ひきつらせてるからね。

 あ、そうだ。こんな機会は滅多にないからヤゼルさんにやってもらおう。

「ヤゼルさん」

「なんだ」

「あの彫刻の裏に今日の日付と名前彫っておいてね」

「あ? 何でだよ」

「ヤゼルさんの名前が将来残るかもしれないから」

「………おおおおおおお?!」

「ククマット領の巨匠の名前が他所の国で残ったらカッコいいわよ」

「わははは! 流石だぜジュリ!!」

 声でかいっ。












 後に、ネルビアカメオと命名されるガーゴイルの翼。技法を指す面が大きい名前が物に付けられる事に後に苦笑することは置いておく。


 そしてプレタ様の顔が彫刻されたそれはネルビアカメオ誕生の初の彫刻品としてネルビア首長国の国宝指定を受けることになる。

 そして何故か、何故か。私がたった一本だけ付けたあの傷が入ったネルビアカメオまで国宝指定を受け、プレタ様の顔の隣に恭しく飾られてしまうことになる。ネルビアカメオが発見された瞬間の証として。

 ちなみに、私がその異常に恥ずかしい事実のせいで悶絶するのを時同じく、レッツィ様が『それは俺のだ!』と喚き散らし文化財保護に勤める部署の人たち、プレタ様、そして各首長たちと揉めに揉め、困り果てたクレベレール首長がグレイに相談、ヤゼルさんを今一度ネルビアに連れていき今度は一回り大きなネルビアカメオに時間を掛けてプレタ様の美しさを存分にそして正確に彫刻させて、裏にやっぱり日付と名前を刻ませようやく事態の収束となり、その謝礼としてネルビアカメオとなるネルビアガーゴイルの翼とクレベレール産含むネルビアファーボンボンを各首長からタダでたんまり頂くことになる話は非常に長くなるので割愛。


 物凄く近い将来そんな事が起こるなんて知る由もなく、プレタ様の顔が彫られたネルビアガーゴイルの翼は直ぐ様レッツィ様の側近の方々によって停戦協議中のその場に立ち会ってことの成り行きを見守るレッツィ様の下へ運ばれた。その厳重な取り扱いにヤゼルさんがポカンとしている。

「たった一枚、たかが二十分で彫ったもんを布で覆って箱に詰めて。警備する奴が四人も必要か?」

「ヤゼルさん、ヤゼルさんが彫ったのはプレタ様のお顔だからね」

「おん?」

「大首長の第一夫人。ベイフェルアで言えば王妃と同じ立場と言ってもいいわけよ。その人の顔が彫られた物が何かの拍子に傷ついたり、割れたりしたらどうなると思う?」

「そんなんしょうがねぇで済むだろ」

「ちなみに。昔、ベイフェルアで王宮にある国王と王妃の肖像画に傷を付けた酔っ払った王子が追放処分を受けてるんだって。王子でそれ。それより地位の低い人なら?」

「……まさか処刑とか言わねえだろうな?」

「実際に処刑になった、って話はないらしいけれど、そういう事態を防ぐためにも修復師とか専門の清掃員が王宮に常駐してるし大事な美術品がある部屋は厳重な警備がされていてお酒を飲んだりした後は立ち入りが許されないんじゃないかと思うけどね」

「おっかねえ世界だなぁ」

 怖いといいながらヤゼルさんは呆れた顔をした。

「でも、それだけの物をヤゼルさんはたった二十分で作っちゃったわけよ」

「そういえばそうだな」

「自慢できるよ、『俺の作ったものが仰々しく運ばれたんだぜ』って」

 するとヤゼルさんがニヤリと素敵な笑みを浮かべた。

「そいつはいいな、弟子たちに俺もまだまだでかい顔が出来る」


 ろくなことを考えてなさそうな顔になったヤゼルさんはこのままネルビアに滞在したい! と言い出した。困ってバビオ君に相談したら直ぐ様レッツィ様にまで伝わって簡単にオッケーが出たのには驚かされたけれど、バビオ君からその許可と共に伝えられたレッツィ様の話になるほどと納得もする。

「そりゃお前、向こうは国が認めた職人なんだろ? なのに今まであのガーゴイルに気づかなかったんだ、大首長様だって腹が立つだろうよ」

 そう、レッツィ様がプレタ様の顔が彫刻されたガーゴイルの翼をみた瞬間、私たちと一緒にいたソランさんたち職人さん全員を強制招集したのよ。そして現在お説教中らしい。

「いくら武具や生活に役に立たない廃棄物だとしても散々目にしてきたものだ、しかも加工が難しいものじゃねぇ、ネルビアだって長い歴史があるんだろ? それでも今まで誰も加工してみようと思わなかったってことは、それだけこの国の職人達はその立場にあぐらをかいてたわけさな。言えば高い素材が簡単に手に入るだろうし、加工が難しい素材には魔法付与された道具を用意してもらえる。俺たち平民には絶対に出来ない環境でやって来たのに……探究心が無さすぎるな。人に負けたくねぇ、もっといいもの作りてえ、何かないか、そう思ってたら、ガーゴイルじゃなくとも何か素材発掘なり芸術が生まれてた恵まれた環境さ」


 どんなにいいものを作っても、結局自分たち平民には限界がある。国や貴族に直接目をかけてもらえなければ、今作っているもので一生を支えることになる。自分の足で素材を、道具を探す手段もお金も極めて限られているから目の前の手の届くところにあるものでやるしかない、そんなことを職人たちは話していた。

 だから少しでもいい素材を使うために吟味するしすり減っていく道具を何度でも手入れして少しでも長く使えるように維持する。全部自分で用意して仕上げる。そこに保証なんてない。いつも懐も心もカツカツでここで止まったら生活が出来なくなるかもしれないという恐怖に負けないように自分を鼓舞し続ける。貪欲に、実直に、いいものを作ろうとするのはそれらが根底にある。人を感動させるために、なんて綺麗事だけじゃ生きていけないから、そこまでしなきゃならない。


 それが、職人たちを取り巻く実情だ。


 だからこそ、螺鈿もどき細工を侯爵家が全面的に支援する、ククマットの職人たちのための領令や制度を作りバックアップを充実させるとグレイが爵位を得てからそう日を置かずに伝えられたとある日。ヤゼルさんは一人背を丸めて泣いていたと彼のお弟子さんから教えられた。

「ここまでやってきて良かった」

 と。

「これで弟子たちももっと技術を身につけられる」

 と。

「俺にもまだやれることがある」

 と。

 以降のヤゼルさんの年齢から考えられない行動力と創作意欲は、培ってきた技術と経験をようやく、ようやく、世に送り出せる環境が整ったと、夢見た舞台に立てたと、そんな気持ちからだろうな、って思った。


 こんな話、一体どれだけしてきただろう。

 ククマットだけじゃない、この大陸全体の問題と言ったって大げさではない。

 いいものが、素敵なものが埋もれている。

 一体誰がそれを掘り起こせるのか。

 私一人では到底無理な話であって、結局この世界の年齢も立場も関係なく沢山の人たちが目を向けなきゃいけないこと。


 この手の問題解決は本当に皆にも頑張ってほしいと思う。


「さて」

 ここで私がネルビア首長国の職人さんたちの未来を憂いても仕方ない。

「ヤゼルさんもいてくれるならこちらとしては助かるからね、私は私なりに呼ばれたその役割を果たさないと」

 ネルビアガーゴイルの今後の取り扱いについてはこれから先はネルビアが考えて決めること、私は好きにさせてもらう。

「グレイ、あの倉庫に戻るわよー」

 その言葉にあからさまに嫌そうな顔をするグレイをヤゼルさんが不思議そうな顔をして目を向けた。

「今日で終わるわけがない! 何とか明日までに終わらせる!!」

「何があるんだよ」

「倉庫いっぱいに廃棄素材があってね、その中からネルビアガーゴイルの翼を見つけたの」

「……つまり、まだまだあるってわけか」

「うんある。ちなみにベイフェルアでは見たこともないものばかりだから案外ヤゼルさんも興味あるかも」

「まあ、せっかく来たからな。ちょっとくらい付き合ってやってもいいぞ」

 しゃあねぇなぁ、と重い腰を浮かせたヤゼルさんと、無言で立ち上がるグレイ。


 傷をつけると奇妙な香りを発する木材に、割ると『ゲコッ』とカエルの鳴き声のような面白い音を出す石など、面白いけど使い途はなさそうだというものを玩具にし、こちらの想定以上にドハマリしたヤゼルさんは、せっせと使えそうな素材を探す私たちの隣で、大きな声でガハガハと実に楽しげに笑う。その子供のような姿を、プレタ様達が複雑な表情で見ていたことに気づかずに、私たちはククマットにいる時と変わらずあーでもないこーでもないと文句を言いつつ騒ぎつつ廃棄素材の分別に勤しんだ。












 レッツィ様はヤゼルさんの滞在を直ぐ様許可し続けてこう言ったそう。


「その職人がネルビア首長国で国を代表する職人たちの戒めとなる。真剣に取り組みながらも笑いながら楽しみながらこれほどのものを僅かな時間で生み出すその実力は、俺の知る職人たちを遥かに超える時間ただただ実直に彫刻してきたからこそだな。長い時をかけて、彫る楽しみを、完成した喜びを、そして何より手の形が変わるまで修行に耐え続けた者だからこそ到達出来た。この国に、その職人のような者はいない。残念だが、会ったことがない。……ジュリと共にその職人が物を作り笑うその姿を見て、とことん苛立ちを覚えればいい、嫉妬すればいい、そして……絶望すればいい。国お抱えになったことで、有名になったことで驕ったことに死ぬほど恥じればいい。それで何かが変わるだろうからな」


(やっぱり、この世界の発展の仕方は歪な気がする)


 厳しい顔をしてそう言っていたという話を聞いて、私はそんなことを思ったけれどそれはあくまで私の感覚でしかないので心の中に留めるだけにする。





最後、自分たちが『技匠』なんてものにしておいて偉そうなこと言ってる!

と、思いますがレッツィが『技匠』として認定した職人はいない設定です。全部前の大首長時代からレッツィが大首長になって間もないバタバタしている時にそれこそその業界の人達による忖度で気づいたら承認してた的な……という裏話。

本編に書けよ!と言われそうです。でも書き終わってから気づきましたので補足としてこちらに記載した次第です。あしからず。そのうちこのお話は修正するかもしれません。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
年に一二回くらい今回の倉庫みたいに素材を集めてインスピレーションを競う祭典やったらよさそう
 これでククマットの『職人の都』にまた一歩近付いた感じがありますね。  でも、レッツィさんや。かつてあんたが裏で手を引いて献上品を盗ませた職人の師匠がヤゼルさんなんやで?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ