43 * 特別とは
ネルビアガーゴイルの翼。これ大きすぎる。加工する以前に動かせない。
なので。
「グレイ、これちょっとだけカットして?」
と言えば躊躇いなんて微塵もなく、【スキル:一刀両断*グレイセルオリジナル】で、一瞬で二十センチ四方にカットしてくれた。
今更たけど、この【スキル】の使い途が非常におかしい時がある。【肉の選定】と合わせるとブルさんの肉をしゃぶしゃぶ肉にもスライス出来るのよ、すっごい助かってるけど、時々これでいいのかと思う私。
「しゃぶしゃぶは美味いから好きだが?」
本人がそれでいいならいいんだけどね。
ふむふむ、なるほど。
これは面白い。
薄い部分をカットしてもらったけど、その断面も見事にグラデーション。場所によって白と灰青色の割合に違いがあるようで、いま持っているのは灰青で濃いめが多く占めている。断面を見る限り内側の質が違うなんてこともなさそうなのと、そしてやっぱり石に類似の性質だからかずしりと重い。そして改めて翼全体を見てみると、先端等はわりと薄くて厚みは三センチくらいかな。翼なので湾曲しているし、骨格部分は正に骨の形がくっきりしているので部位によっては中のグラデーションがどうなっているのかわからないので細部まで確認しないとなんともいえないけど。
確かに面白い素材。
腰に下げていたシザーバッグから金づちを抜き、それ目掛けて叩きつける。
「うーん、 流石に硬い」
「ジュリには無理か?」
「どうかな? っと、割れた」
叩くこと三回、バキン!という音と共に歪ながらも割れてくれた。
「許容範囲の硬さと見てオッケー。ネルビアにしか発生しない魔物となれば今回は私じゃなくこの国の職人さんたちが主に扱うことになるから問題ないでしょ」
「不活性魔素も出ていないな」
「うん、これなら私みたいに魔素抵抗力が低い人でもいける」
二人でしゃがみこみそんな会話をしていたら。
あ、ごめんなさい……皆さんいらっしゃいましたね。プレタ様とソランさんを先頭に皆で私たちのことを見てた。真剣に話してたから声かけられなかったのね。そして皆でソワソワしてたの丸わかりですよ。
ソランさんの工房はとてもいい雰囲気で、道具は丁寧に扱われているようだし、清潔で全てのものを大事にしているのが伺えるいい所。流石国が認めた職人ってことかな。作りかけの木像もそれはそれは美しい曲線が彫り込まれて完成が楽しみだなと思える程。
そんな場所をお借りして、ソランさんに作業台に案内してもらう。プレタ様がすぐ近くで見たそうにしていたけれど流石に刃物を使うので遠慮してもらい少し離れた場所に椅子を用意してもらってそこからなら、と座ってもらった。
「私の持ってきた物でもこの子相手に立ち向かえるかな?」
「何をするんですか?」
「まあ、見ててください」
何本か持ってきていた木材用の彫刻刀の刃を当て、グッと押し込む。
「恩恵のお陰で簡単に削れてる感覚がある……」
バールスレイド皇国で向上した、工具を扱う時限定の力補正が働いている感覚が指先にある。つまり本来ならこの彫刻刀はこれを削るには向いておらずネルビアガーゴイルの翼は木材用彫刻刀の刃を傷める可能性が高い硬さや摩擦があるとみていい。
「……ソランさんの彫刻刀って」
「私のは木材専用ですから、あまり向いていないかと」
「ですよね……。ここに石材加工に使える彫刻刀か刃物はありますか?」
「申し訳ない、石材彫刻をする職人は今回参加しておらず。探してみますがあったとしてもさほど良いものではないかと……あ、しかし魔法付与された強化刀もあるのでそれなら使えるかと」
「……うーん、魔法付与された刃物……」
頷かない、煮え切らない私の態度にソランさんが困った顔をする。どうしようか? 魔法付与されたものでもいいんだけど、私がここにいる意味を考えればそこに直ぐに手を出すと言うのは抵抗があるわけよ。
うーんと唸り悩んでいるとそこでとある人物が大声で笑う姿が頭を過った。
「……ヤゼルさんなら」
そこまで呟いてハッとした!!
「連れてこよう」
グレイに聞かれた!!
「行ってくる」
「おあぁぁぉおうっ! グレイ! 転移しすぎ! ハルトとやってること変わらない! わざわざ馬車で来た意味!!」
グレイは長距離転移が出来るようになってからその使用頻度がエグいの。便利ですけどね、ありがたいんですけどね。物事には限度というものがありますよね……。
「こ、腰が抜けた……」
七十歳超えたじい様をいきなり他所の国に転移させないで。ほら、声ちっちゃくなっちゃったじゃない。声が大きいのはヤゼルさんの長所なのに。
「長距離は浮遊感が強いからな、慣れないと足元が所在をなくす感覚に陥る」
そういうことじゃないグレイ!!
ほら、ネルビアの人たちもドン引きしてるからね?! そもそもの話として普通ネルビア国とククマット領を往復出来る魔力量と正確な座標への転移はこの世界の元からの住人だと獣人のアベルさんたち突出した能力持ちとか、最高峰と言われる魔導組織を持ってるリンファの旦那セイレックさんとそこの序列上位や側近とか数えるほどしかいないからね?!
「アストハルア公爵も得意だろう?」
そういう問題じゃない!!
人生初の長距離転移で突然地面が無くなって落っこちる?! と錯覚するあの衝撃体験で腰を抜かしたのは彫刻職人のヤゼルさん。
「ご、ごめんヤゼルさん」
「お、おう」
「私は道具を借りられたらそれでよかったんだけど、グレイが先走ってね……」
「ああ、だろうなとは思ったよ……」
後で美味しいお酒とおつまみを工房の皆で楽しめる量をグレイに差し入れさせるからね。
怪我の功名とは言えないけれどヤゼルさんが来てくれたのはありがたいわ。
この人は『いつか俺に彫れないものはねぇ!って言える職人になるのが夢だ!』って言ってるんだけど、すでに彫れないものはないんじゃないの? ってくらいなんでも彫ってる。それに比例して刃物は何本あるのか正確な数を把握していないっていうくらい所有してるし、自分で開発もしてる。最近はなんか面白いのないのかってうるさいから『フルーツカービング』っていうのが地球にあったよって教えたら、螺鈿もどき細工とか透かし彫り細工とかお弟子さんたちにぶん投げ……いや、任せてフルーツ彫ってるよ……。楽しそうでいいねとだけ言っておいたわ。
そんななんでも彫れる、なんでも彫りたがるヤゼルさんがいるなら話は早い。
「で? 何をすりゃいいんだ?」
「お得意の彫刻を」
「ん? 石にか? それなら俺じゃなくても」
「これ、ヤゼルさんが来るまでに私が彫ったもの。彫刻刀が合わなくて刃こぼれさせるのが申し訳なくて一本線で終わらせたけどね」
「お前がよく使うのは木工用だろ ……おい、これ」
「柄は、任せるよ」
ガーゴイルの翼を切り出した一枚の石板めいたそれにある不格好な一本の線。それを目にした瞬間、両手で私からそれを奪い取り、その線はもちろんひっくり返したり真横にしたりしてヤゼルさんは隅々まで目をこらして観察しだした。特に断面を見たときの驚きから歓喜が滲む目になったその姿にソランさんはもちろんネルビアの職人さんたちは鋭い目を向ける。
ヤゼルさんには私がやりたいことが瞬時に分かった。それも私が作った一本線と断面だけで。ソランさんたちはそのヤゼルさんの閃きの速さに嫉妬をしたのかも。
ヤゼルさんの素材から『可能性』を見いだすその能力に。だからあの目。同じ職人として敗北感を感じそして認められない故に。
指で撫で、指の間接で叩く。それを繰り返して、グレイに『硬いものを彫れる彫刻刀を出来るだけ多く借りたい、一緒に来てくれ』と言われて慌てて道具箱に詰めたという約四十本の彫刻刀や小刀を眺めるを繰り返す。
「お前なら、この白を活かすのがいいのかその下の灰がかった青色を活かすのがいいのか知りてえな」
「迷うとこだよね、彫るものにもよるし。あとは大きさにもよる」
「そうだな、まあ、そんなに時間をかけられねえからこれの四分の一サイズのをくれ、そこに彫ってみるさ。『濃淡』が分かりやすいのがいいな?」
この会話で、グレイも確信を得たのかフッと軽く笑うとヤゼルさんにこうリクエストした。
「先日スイカに彫って騒ぎになったあれがいいな」
ここに来る前、遡ること数週間前。ヤゼルさんがハマりにハマったフルーツカービングのフルーツを求めていると知った侯爵様がスイカをあげたの。季節外れなのに南の国から仕入れたという高級な立派なスイカを。そりゃもう喜んだヤゼルさんが侯爵様に彫ったのを渡すって意気込んで彫ったのが、シルフィ様の顔。リアルだったよ、物凄く綺麗なあのお顔がスイカに。あ、そっかフルーツカービングも種類によっては綺麗に濃淡出るわ、そりゃすぐにピンとくるわね。
で、その完成度に侯爵様がいたく感動して、それをシルフィ様にも見せて、シルフィ様が照れたりルリアナ様が私のもやってみてとヤゼルさんにお願いしたり、そのヤゼルさんもやる気でどのフルーツがいいのか聞いたり。それを私とグレイが微笑ましくみていたりとかなり和気藹々となってたその時。
何を血迷ったのか、エイジェリン様が。あれは一体何だったのか。
スイカに彫られたシルフィ様のお顔にフォークを。
ブサッ! っと。
鼻穴の辺りに、一突き。
え、どうした?! 何が??! って混乱する私の周りは氷点下。
「あ、いや、ごめん? なんとなく? 母上!! ちょっ、それ本物のナイフ!!」
「俺は、あの出来事を忘れたい……」
ヤゼルさんが遠い目をした。
「誰も怪我しなくて良かったわ」
私は、そう返すに留める。
「母に刺された位で兄上は死なないから気にするな」
ああ、そうですね、と真顔で返した私は悪くない。
ヤゼルさんは最初私の顔を彫ると言ったけど、今ここには美人がいるのよ、素晴らしい美人が。
「私が? なんだか恥ずかしいわね」
プレタ様が大首長の第一夫人だと紹介されたヤゼルさんはかなり驚きながらもいつもの調子を取り戻してガハガハと笑う。
「美人をじっくり見れるなんて役得だな! 腕の見せ所だ!」
陽気で大きな声のヤゼルさんだけど、その目は刃物に直ぐ様戻り。十本に絞り混み、さらにまた触って、五本に決めた。その五本、彫刻刀三本と小刀一本、そして先端が細く目打ちのような形状をしたヤスリ。それを利き手の右手近くに並べた。
「作業台、借りてもいいかい?」
ソランさんが快諾してくれて、用意された椅子に腰かけたヤゼルさんはなんの躊躇いもなくいきなり一本の彫刻刀をガーコイルの翼に宛がった。
スッ、スッ、と迷いのない刃先がどんどん削っていく。硬いものを削っているとは思えない音とその滑らかさにその刃物が特別なものだと職人さんたちだけでなくプレタ様も気づくほど。
けれどその特別が自分たちに馴染みのあるものとは違うと気づいたようで、ソランさんたちの顔はみるみるうちに曇っていく。
「それほど滑らかに引っかかりもなく彫れる刃とは、一体どんな魔法付与を? 隠蔽魔法もかけているんですか? どういったものか読み取ることが全く出来ないのですが……」
「付与はしていませんよ」
「えっ?」
「特殊だったり希少な金属も使ってませんね」
プレタ様まで私の言ったことが信じられ無かったのか目を見開いた。
「ヤゼルさんの使う工具のほとんどは工具の能力や耐性を上げるものは当然、負担軽減の補助系すら一切付与されてません」
「な、なぜですか?!」
ソランさんの声は上擦って、周りの職人さんたちにも動揺が走った。
「本人いわく、『刃物の切れ味や使い心地の変化に気づかない付与はするものじゃない』というんですよ」
「刃物ってのはな、目に見えない欠けや歪み一つで削る力、仕上がりに影響するんだ。付与で強化するとそれが分からなくなる。一定の仕上がりと力加減は確かに自分の理想の彫刻をするには便利だけどよ……付与の効果が切れて一気にガタが来てそしてパキンと目に見えて折れるまで、刃が限界を超えてもう使い物にならなくなってることすら分からず使っちまう。まあ、正直便利だからな、俺も金に余裕が出来てからはそれに頼りきってた。……けどな、その分それに頼りきって、手入れをしなくなる。過信して、一つとして同じ表情がないはずの木材を無理矢理同じにしてしまう。そして一番の問題はな、いざ魔法付与されたものが手に入らなくなったら、絶望するぞ。思い通りにならない刃物に翻弄されて、彫刻品だと自信を持って人に見せられる物が作れなくなるんだ」
ヤゼルさんはなんてことない顔してそう語った。
彼は自分自身でそこまで到達した。
それが如何に特別か。
「彫刻師ってのは、刃物と一心同体だ。魔法付与されたものを使い続けるってことは、魔法付与された物がなければ自分じゃない、自分とは言えない、そう言ってるのと一緒さな。俺は生まれが貧乏だったし、師匠も偏屈な奴で、ずっと付与品とはあまり縁がなかった。でもそれで良かったよ。職人として調子に乗る前に付与品の怖さと欠点を知ることが出来たし、俺の考えを理解してついてきてくれる弟子にも恵まれて分野は違うが仲間とも同じように苦労しながら今も切磋琢磨していられる。俺はどんな時でも胸張って彫刻師だぞと言うんだ、死ぬ瞬間までそうするって決めてるからな、だから彫刻刀一本ありゃいい。それが人から見たらなんてことないただの彫刻刀じゃねえかと笑われてもな。俺はそれで彫る、それだけってことよ」
ソランさんたちがゴクリと息を飲み込んだのが伝わってきた。
レッツィ様に忠実で協調性のあるソランさんたち国の職人さんたちが、私がここに来てから率先して私に会おうとしなかった理由が、ヤゼルさんの言葉に反応した姿からなんとなく垣間見えた気がした。




