43 * それは翼
職人さんたちとの顔合わせは恙無く。
うん、恙無く……だよね?
『じゃあ始めますか』と声をかけたら全員が頭を垂れてきた。ドン引きだよ、やめて。
「これ、止めてもらえませんかね?」
自分の顔が引きつったのは分かってて、その顔が怒ってるように見えたのかな? ちょっとびっくりした顔をしたリーダー的な人だけが頭を上げて急にその場から走って何処かに行ってしまい。
「ええ?」
と、情けない声を出してしまったりグレイがその人を追いかけたり、私の隣に控えるクラリス嬢も困惑気味に首を傾げたりと気まずさマックスな空気が漂って、再び会話がなくなって数分。
どうやら対応について確認に行ったらしく、優雅ながらも足早にやって来たプレタ様が扇子で口元を隠しながら『以後、ジュリ様にはこのようなことでお心を煩わせないように』と言って皆の顔を上げさせてくれた。プレタ様の後ろでグレイがホッと安堵の息を吐いてたわ。
職人であっても優先すべきは大首長のお言葉なのかも。おそらく私に従え、みたいなことを言われている気がするこの流れ。悪いことではないよ、従うって大事なことだから。
でもねぇ……。
ちょっとばかし引っかかるものがある。
まあ今はその事は隣に置いておくだけにするわ。
難しい作業はないし、特別販売占有権に登録しているものは既に材料も揃っていたし、やっぱりものつくりのプロたちだからレシピからは伝わらないコツや微妙な表現が必要なことをやってみせれば直ぐに理解して習得していく。淡々としたやり取りで進むけれど、そこには反発など一切感じずやれているので物を作ることに関しては素直になんでも受け入れているのかもしれない。
こうして接してみるとやっぱり職人さんだな、とようやく思えてホッとしたのは内緒。手を動かし始めて三十分、その時には妙な距離感ややり難さは全くなくなっていた。コミュニケーションもスムーズに取れるようになって、表情筋が動き出したというか、柔らかくなったというか、ここにきてようやく人らしさを感じれるように。
あの無表情、職人さんには似合わないし要らないよね、やっぱり。
そして休憩になれば案外気さくに話せる人ばかりと知れて、お互いの苦労話で笑い合い親近感さえ覚えるまでになった。
そして私が【彼方からの使い】だから、という訳ではなく、未知の新素材をアクセサリーなどに仕上げるそのアイデアに感銘を受けたということも直に言葉にして伝えられた。
(やっぱり、レッツィ様から余計なことは話さない、とにかく従え、そう言われてる気がする)
そんなことを思うくらいには今は隔たりがなくなっていた。
「今まで見向きもされなかった、しなかったものに着目できるその目が羨ましいです」
そう言ったのはネルビアの職人でも一握りの人たちだけが許された大首長から直接『技匠』という称号を与えられこの王宮に住まうことを許された職人でリーダー的なあの人、木工職人のソランさん。白髪髭もじゃで体つきのがっちりとしたいかにも職人って感じの人。ちょっと気難しそうな笑顔の少ない人だけど話してみると自分の仕事に誇りを持っているとよくわかる。その上で、新しいものを見つける私を羨ましいというのだから、やっぱり『環境』にちょっと問題があるような気がしてきた……。
休憩後は、一通りの質問時間などを設けたりして言われた通りやってみてまた何かあれば都度声を掛けてもらうことにして、私たちはソランさんと他数人の職人さん、そしてプレタ様とそのお付きの人たちと共にとある場所に向かう。
「ここが今回ジュリ様がお越しになるのに合わせて集めました魔物素材です。殆どが討伐後有益な素材と魔石を回収したあとの、土に埋めるなどして廃棄するものです」
「わーお」
説明と共にソランさんたちが開けてくれた扉の向こうを見た私が出した色気もなにもない声にプレタ様がクスクスと軽やかに笑う。
「旦那様がはりきりましたの。何が新素材として見いだされるかわからないから、と」
「これ、集めるのにレッツィ様も?」
「嗜めましたのよ? 国の長がそのように一番はしゃいでどうするのです、と。なのに全く聞く耳もたずで、国の長がそれですからお陰で遠慮しなくてもいいのだと各首長も持ち込んで来ましたの」
『首長たちもか……』と、呟くくらいには、私が引いたのを察して。
この部屋、いや、倉庫。なにこの広さ。例えようがないけど、大きな工場の大きな棟一つ分はある。そこにね、床に布を敷き詰めて、ズラァァァッと並んでる。魔物素材だそうです、全部。
ネルビアで廃棄される魔物素材。
え、これを見ろと? 一人で? 使えそうなものを見いだせと?
無理だよ!!
ということで。グレイにも手伝ってもらう。
この男も何気に素材になるものを見出してきた経験があるのでね。頼もしい限りよ。そしてクラリス嬢には使えそうな物とその特徴について私が喋るのを聞き取り書き取ってもらう、いつもならセティアさんにお願いしているようなことをお願いした。初めての経験だとウキウキする姿、可愛い。
「私でどうにかなるのか?」
「私の素材として扱う条件理解してるでしょ?」
「……この膨大な量を、篩に掛けるのか」
「一個でも見つかればそこで終了でいいと思うよ」
「見つかれば、な」
「そう、見つかれば」
私たちとクラリス嬢は、一様に遠い目になった。
そして始まった新素材探し。
とりあえず私が扱わない素材の最低条件に一つでも当てはまるものは除外してもらうのは今ここにいる人たちは全員が出来そうだから手伝いますとソランさんが申し出てくれたので職人さんたちにもお手伝いをお願いしその条件を教えて端から片付けていくことに。
「これが……条件ですか」
邪魔しないので見学させてくださいな、と私たちと行動を共にすることになったプレタ様は私が紙に書き起こしたそれを見て非常に関心を持った様子。
「理由をお伺いしても?」
「いいですよ。要するに『誰でも可愛いもの綺麗なものを持っていい』を邪魔するんですよ、そこに書かれてる条件は」
私が書いた素材として『扱わない、又は扱いが困難』な条件。
*保存に必ず冷暗所などの特定の設備を必要とするもの
*使用・消費期限が三ヶ月未満のもの
*魔法付与による強化もしくは補正が入る道具でなければ切断もしくは破壊できないもの
*定期的な入手が確約出来ないもの
この四つは一つでも該当するとどんなに見た目が綺麗な物でも素材として扱うことが難しい。
保存に条件があるものは原則その保存に費用がかかる。特に温度や湿度、日光に敏感なものはその設備投資から始まってしまうのでどんなに格安素材でも原価を跳ね上げる原因に。消費期限はね、輸送がそもそも馬車か人力か、船。運ぶだけで時間が掛かるのに、劣化するまでが早いと大量に買い付けが出来ないから輸送費が嵩んでしまう。そして特殊な道具を使うものって基本硬いか癖がある。そんなものは扱えないのよ。そして魔法付与された道具は高いしメンテも特殊な場合が多くて量産品を目指すには現実的じゃない。
そしてね、四つ目が結構大事。色付きスライム様で今でも焦れったい思いをされられてるのですよ私は。紫様 (アメジストスライム)が四か月入荷してこなかった時はイライラを通り越して泣きそうになったからね。
そんな素材がこれ以上増えるのは精神の健康に全く良くない。それはね、私だけじゃなくものつくりする人たち共通のことだと思うのよ。
勿論、この条件は悪いことだけを齎すわけじゃないからね。
「その条件で篩にかけていくとおもしろい物を見つけたりするんですよ」
「そうなのですか?」
「それが使えるかどうかは別として、条件をクリアして残りますよね? そうすると、人って考えるんですよ、『これ、何かに使えないかな?』って」
「……」
「その『何かに使えないかな?』って疑問を持つことを私大事にしてるんです。そうするといつでも頭の隅っこにその存在が居着いているから、ふと目についたもの、誰かのいつもの行動、何気ない言葉に引っかかることが稀にあるんですよね。そして何より【彼方からの使い】の証でもある【技術と知識】、つまり私の召喚前に積み重なっていた記憶や経験に引っかかるんです。『使えるかも?』『代用できるかも?』って。そうすると試したくなるわけで、そして成功すれば御の字、失敗して訳のわからないものになってもそれがまた今度は新しい何かのヒントになったりもして。私の場合、自分が欲しい、使いたいっていう欲望が先行するので余計にそういう見方をする癖があるのかもしれませんけど」
プレタ様が黙り込んでしまったけど? どうしました?
「己の無知さに恥じるばかりです」
ん? 何が?
「私は、ジュリ様が新素材を見つけるのは使えるものを見極める能力があるのだとばかり思っておりました。けれど違うのですね、全ての物を、『可能性』で見ておられる」
「ええ、まぁ、格好よく言えば。どうせ使うなら少しでも良いものを使いたいじゃないですか? 全く違う世界から来たので、私にとって未知のもので溢れてますから、自分にとって有益な物を探すことはとても大変なんですよ。だからまず、最低限の篩にかける必要があって、そしてそれをクリアしたら、ワクワクしながら探します、面白いものないかな、使えそうなものないかな、綺麗なもの、可愛いものはないかなって」
「聞きましたか? ソラン」
「……はい」
「その歳になっても、誉を授かっていても、ものつくりをする者としてお前はそれを後輩に、弟子たちに語ったことはありますか? ジュリ様のお言葉は、ものつくりに携わる者にとって、得ていなければならない心構えかもしれません。この大首長邸に、国に、その心構えで物を作っている者は、少ないでしょう……。これだけ可能性を秘めた物で溢れる国にいながらそれは少し残念な気がします」
窘めるとか、咎めるなんてことはない、諭すような、そして自分にもいい聞かせるようなプレタ様の言葉にソランさんは顔を強張らせ頭を垂れた。
「……返す言葉もございません」
重い会話は止めて欲しい……。
微妙な空気になっちゃったなぁ、と思いながらも次々と片付けられていく落選した素材たち。しかし、うん、カオスだわ。見た目とか色とか、あとやっぱり音とか。
「さすがにこれはない」
ってグレイが見てすぐ断言してたのは禍々しい黒い色した骨。あれはなんでしょう? 魔力がない私にも見える濃い紫の煙みたいなものは一体。どうみても、ヤバいです。
「ダークドラゴンの骨だ」
わぁ、お名前の時点で怖いの確定です。
「骨の髄まで闇属性の魔力が流れていてな、しかもこの紫の煙のようなものは毒素で、魔力が霧散するのに混じってこうして出てきている。致死性ではないがひどい眩暈を起こす毒だ、ジュリはこれ以上近づくなよ」
グレイ、そんな冷静な説明いらないから! 即撤去! 廃棄! でも、簡単に廃棄できるものなの?
「マイケル様にご連絡するか」
「ああ、欲しがるからな。あの方はこれを何に使っているんだろうか?」
「さぁ? でもあの方には使い途があるものらしいから」
厳重そうな大きな箱に禍々しい骨をしまう人たちよ。その話は、聞きたくなかった……。そしてマイケルが使うってことは、呪系。
背中がゾワゾワしたわ。
マイケルってやっぱり怖いと再認識させられつつ、不要な素材を運び出してもらうのを眺めていて、ふと目についたもの。それはグレイの後ろ、壁に立て掛けられている大きな何か。
「あれ、なんですか?」
やたら大きいので気になるそれを指差ししてソランさんに質問。
「ネルビアガーゴイルの翼ですね」
「えっ! ガーゴイルの翼?! あんなに大きいんですか!!」
私の声が大きくてグレイが振り向いて。その視線を追ってグレイも立て掛けてあるそれを眺める。そしてグレイはほんの数秒、眺めた後に突然、他の素材を無視してそれの前に行った。
「……ジュリ」
手招きされた!! ピンときたよ!
何かある、グレイがガーゴイルの翼なるものを指で撫でている!
「滑らかだ」
その一言に促され、グレイの指のすぐそばに私も指を滑らせる。
「!!」
マットな見た目とは裏腹の、指の滑りがよい硬質な表面。これは今までにない質感。摩擦を感じさせない、引っ掛かりのない滑らかさ。
「面白いね、これ」
「ガーゴイルは討伐後硬化して石に近いものになるはずだが、これは……少し違うな」
「ネルビアガーゴイルはそのような質感が特徴ですよ」
ソランさんが教えてくれた。ネルビアの一部の地域にしか発生しないガーゴイルで、大陸各地に分布するガーゴイルに比べると速さも強さも上で初級の冒険者パーティーが出くわしたら逃げるしかない上級魔物だそう。そしてその大きさ。目の前にあるのは片翼。これ、グレイが上に手を伸ばしても届かないんだけど。これで片翼? ちょっとデカ過ぎない?
しかも、翼といっても石のようなものに変質するだけあって羽毛なんて一切なく、骨と膜のようなものだけで構成されている構造なのに、その分厚さ。膜じゃない、肉か? これ。だって厚みが結構ある。……あれ?
翼だから当然胴体と繋がっていたわけよ。その部分かな。石を割ったような不規則でありながら鋭利さを感じる断面のある箇所があった。その断面なんだけど。
「……綺麗にグラデーションかかってる」
そう呟くとグレイも顔を近づけて。
「ん? こちらは反り具合から外側か? 内側は白いんだな」
「うん、見えてたのがこの灰色がかった青で気づかなかった」
胴と繋がっていた箇所だからか、そこは十五センチ以上の分厚さ。そこの見た目が私のフィルターに引っ掛かる。
白から灰色がかった青へのグラデーション。これ、翼全体がそうなのかな?
「グレイ、これちょっと試したい、かも」
私の言葉に目を細めてグレイが微笑んだ。




