43 * 色々大変だぁ
新章です。
大変だった。
本当に大変だったのよ!
何が大変だったかって?
【大変革】となるプロムナードが事の発端といえる。
【彼方からの使い】である、ネルビアの地を未踏だった最後の私が来なければ起こらなかったその【大変革】はまさにレッツィ様が望んだ【真の恩恵】の一端だろうと結論付けられ。
お陰で穀潰し様の新しいアクセサリーのデザイン含め細かな製法に至るまで私に『これでいいですか?』っていう確認がお針子さんからくるようになった。そんなの特別販売占有権に登録されてるから見れば分かるよってことまで確認にくる。
あまりに大変で『この人もぜーんぶ理解してるので!!』ってグレイも巻き込んで。
主に大首長とロズベル首長、そこに各長官と、他にも穀潰しが発生する地域を抱える首長さん二人がね、エイジェリン様とハシェッド伯爵とマーベイン辺境伯爵とテーブル挟んで色んな取引・交渉したり、まともに使える山越えの道が一本しかないことを今後どうするかの議論したり、クレベレール首長区とマーベイン領だけの超限定的な停戦協定を結ぶための細かな擦り合わせとか、白熱する議論をしているんたけど、そこでなぜか物を作ることもなくお誕生日席に座らされ時々賛否を求められる私とグレイ。
私必要ないよね?! 政治は政治家やれよ?! そして私は役立たず上等の立場を崩す気はねぇぞ?! もの作らせろや!! と言動で示している。
なのに、聞かれる。なんなんだ。
「どうかな?」
「どうでしょう?」
「どう思います?」
って。
なんでも私に『いいよ』『大丈夫』と言われたいらしい。だから政治的なことでは責任取れないし取らないって言ったら【彼方からの使い】の恩恵には『肯定』することでさらなる効果があるらしいから、という本当か嘘か分からない言い伝えもあるそうで。
それを教えられて気づいたことが一つある。おばちゃんトリオの『なんとかなる』能力。あれってその最たる例じゃなかろうか? あのトリオがゲラゲラ笑いながらなんとかなると言うならなんとかなるんだろうと実のところ私も適当に放置して来た。つまり、それは『肯定』というわけで。私が彼女たちの言動を許す、つまりは『肯定』しているからこそ本当に『なんとかなる』能力が凄まじい強さで発動するのでは?
「……あっぱれを通り越して怖いわ、あのトリオ」
恩恵という目に見えないものまでフル活用出来る三人。やっぱり最強説ある。
なんてことを一人で納得したので、ここは仕方ないと諦めることにした。ネルビアに来てる時点で【彼方からの使い】という特殊な存在として期待されてるしね、たまには良いでしょう。ただしうんいいよと軽々しく言える位まとまった話だけ持ってきて下さい。
ただ、それでも私が一つだけはっきりと口出しと念を押したことがある。
これはあくまでも私個人のことですので賛成とか反対とかではなく聞いてください、と前置きをしっかりして。
「ご存知だと思いますが、私は残念ながらベイフェルアでは【彼方からの使い】という扱いにはなっていません。あくまで一領民という扱いに過ぎないんです。なので、例えば今後ベイフェルア相手に何らかの交渉や取引が開始されたとしても、私の名前は意味を成しません。おそらくネルビア関連のことであっても、クノーマス侯爵家、マーベイン辺境伯爵家、穀潰しの加工の主軸となるハシェッド伯爵家だけだと今の時点ではっきり申し上げておきます。ベイフェルア王家に対し、私の名前は通用しません、信用材料としては価値がないのです。ですから、くれぐれも名前は出さないでください。ネルビアにとって、私の名前がネックになる可能性が高いことを重々ご承知下さい」
と。
これにはネルビアの人たちがざわついた。
信じられない、という様子だった。
ただ、それに対しエイジェリン様もマーベイン辺境伯爵も、そしてハシェッド伯爵も何も口出ししなかった。なにより、グレイが黙っていることでネルビアの人たちはそれが噂ではなくベイフェルアの実情なのだと理解するしか無かったのかもしれない。
「【彼方からの使い】としての扱いを受けていないとは聞いている、ヒタンリ国の後ろ盾を得てからも特に変化はない、と。しかし、それでも水面下での接点なりなんなりあるものだろ? それすら、ないのか」
大首長の、ひどく驚いた顔での質問。それにはぎこちない笑みを返すしかなかった。
「先ほど申し上げた家からは、手厚い対応をして頂いてます。他にも、交流をさせていただいている貴族の方もだいぶ増えましたが、それでもです。王家が認めていないのです、私のことを。【称号】【スキル】がない、そして魔力すらないことで、そこに、価値はないという判断なのではないでしょうか? もし少なからずの価値を見いだしていたならば、ヒタンリ国からの後ろ盾を得た時点で最低限の反応は見せたはずです。それに、現在私は王妃殿下との手紙の直接のやり取りすらなくなりました。全てグレイセル・クノーマスに対応が移行しており、私宛で手紙が来ることすらありません。それが全てを物語るかと」
「……愚かにも程があるな」
大首長は、こめかみに指を当てて、酷く顔を歪めてそう吐き捨てた。
「私が出来ることは最大限尽力するつもりです。ですが、ベイフェルアの中央ではここでどれだけ私が尽力しても影響することはありません。決して、それを忘れないで下さい。私の名前は【英雄剣士】のように名前だけで納得させられる力は一切ありません」
グレイが、テーブルの下で手を握ってくれた。
必ず言わなければならないことだったから。
ネルビアでは【彼方からの使い】はどんな能力であっても例外なく手厚く保護されもてなされる。だから私もその例に漏れない。少なくとも【知識と技術】があり、それによって争いが沈静化するきっかけを持ち込めたから。
けれど、ベイフェルアの中央、王家にとってはそれは意味がない。力こそ全て。私のような人間は無力のレッテルを貼られている。そして搾取できるものは搾取し、それで終わり。
グレイから伝わるのは悔しさ。
ありがとう。
私のことを誰よりも慈しむ人。その人が私の現状に心を痛めている。どうすることも出来ないジレンマにこの人も苦しんでいる。
だからこそ、皆の前でしっかり伝えておきたかった。
私のせいで、私を受け入れてくれた人たちがバカにされたり信用を失うなんてことはあってはならないから。
「……承知した」
一言、レッツィ様が強く私に向けて発した。
「それでも構わん。ジュリの持つ【知識と技術】にこの国の未来の一端を見る。お前は隣国の人間のままでいい。隣国が認めていなくてもいい。それでもネルビア首長国はすべての首長たちも総意で認めている。この国での自由な発言、行動を死する瞬間までお前には許す。それが未来に繋がるはずだからな。だが、ジュリの名前は望むよう伏せておく。いずれ然るべき時に、知られる瞬間は必ず訪れるだろう、その時まで我々も名前は、出すまいジュリよ」
「ありがとうございます」
「だが忘れるな」
真っすぐ私を見つめる目は偽りも揺らぎもない強い芯を持つものだった。
「いつか必ずお前の名はこの大陸に残る。ベイフェルア国がどんなにお前を認めないとしても、【彼方からの使い】として正しく真っすぐに生きるお前の名をたかが一時代の王族が押さえることも消すこともできるはずがない。歴史は、この世界はその名前が刻まれることを望んでいる。神が望んで召喚した【彼方からの使い】なのだから、それが自然の理だ」
停戦協議は一日では当然終わらず、取り敢えず正式に組まれた予定の十日間で整うかどうか、といった感じらしい。それでも異常な速さとのこと。今後はクレベレール首長とマーベイン辺境伯爵のそれぞれの屋敷を使者と本人達が行き来をして一番の問題である国境線や関係性をどうしていくのか、を話し合っていくそう。
というか、現段階で完全な停戦状態に入ったとグレイが断言した。
そして対立してきた両トップが話し合いのために行き来することが正式に決まった、それだけでも非常に重い意味がある、と。
「まさに歴史的だ」
「私でもそれは理解できるわ」
私とグレイは用意された客間で就寝前の一時を過ごす。
「非公式とはいえ、完全に停戦に持ち込まれた。今まで不可能とされてきた停戦に。しかも今日の大筋の話し合いだけを聞いていても、数年後には他の国境線でも停戦協定に向けての話し合いの道筋を整えやすい基礎が出来上がっている。もしかすると停戦範囲が拡大するかもな」
「……それでも、数年。そして『するかも』なのよね」
「ベイフェルア王家が今後どこまで各領に認めるかどうかになる。現時点でもマーベイン領だけのこと。大首長も一番初めに言っていただろう? 今回はクレベレール首長とマーベイン辺境伯爵の判断に委ねるって。あれは、他の地域は含まれない、まだネルビアには他の土地を奪還するため戦う気持ちがあるしそれだけの力がある、という事だ」
「そっか。……あとはもう見守るだけだね」
「私としては……」
「うん?」
「ジュリの名前がこの停戦協定に残されないことが悔しいがな」
グレイは寂しげに笑って、私の髪の毛を指に絡めて絡めて遊ぶそこを、じっと見つめる。
名前が残らない。
そんなこと、どうでもいいのにね。
「侯爵家の歴史書にはいっぱい書いてくれるんでしょ?」
「それは当たり前だ」
「それでいいよ。グレイと一緒にいられる事実が書き残して貰えたら、それで十分」
「そんなことでは足りない、ジュリのことは少しでも多く残す、それがクノーマス侯爵家の使命でもあるからな」
二人でクスクス笑って、寄り添う。
「まだ七冊分しか書かれていないそうだ」
「多い!!」
「少ないだろう、ジュリについては書くことが山ほどあるんだから」
「多いから!!」
二人で笑った。
笑ったことで空気が変わりいつものように他愛もない会話をしていたらふと思い出した。
「あ、そうだ」
「なんだ?」
「明日と明後日は、私が特別販売占有権に登録した素材とその扱いのデモンストレーションを一通りするじゃない? そこにネルビアの国お抱えの職人さんたちがくるでしょ。挨拶くらいは最初にしないとだよね? 第一印象大事よ」
「それは、そうだが……」
グレイは少しだけ首を傾げる。
「私としては、真面目に話しを聞くのかどうかも分からない職人達を相手にするよりもプレタ夫人達のお針子に技術を教えることこそ有意義だと思う」
「まだそれ言うかい」
私は少々呆れ、わざとらしいため息をついてみせた。
「職人さんたちからしたら、私は物を作ってるだけの人だからねぇ、職人とはいえないから、仕方ないよ、下積み経験もなくたった数年しか実績がないし、おまけに手当たり次第いろんなことしてるからこだわりの強い職人さんたちにしてみればそんな女から習うことなんてない! って思って当たり前でしょ。いつまでも気にしない! 時間がもったいないから」
若干グレイを窘める目的を含めた言葉を返しつつ、なるようにしかならない、勿論少しでも友好的に穏便に顔合わせが済めば良いなと思いながらその日は終わった。
そして次の日私はほんの少し身構えてのこの国の職人さんたちとの対面を果たす。
「……」
自己紹介を済ませた感想。
よくわからないな?! と頭の中で叫んだわ。
皆無表情で。
一言で表すなら無。
緊張も不安も敵対心もなにもない、一切感情の読めない職人さんたち。
これは珍しい、と思わずにはいられない。職人といえば何らかの感情を表に出して自己主張が結構強めの人もわりといる。寡黙でもその表情から闘志や好奇心といった分かりやすい感情を出す人が多く、腹の探り合いを必要としないから。
なのになんだこれ、ネルビアの国お抱えの職人さんは皆こうなの? と首を傾げたくなる。顔合わせした職人さんは十名でうち六名はこの大首長邸に個人の私室を与えられた人もしくは近くに住まいを与えられた人と、他四名はネルビアの各首長区で有名な工房から招集した人らしいけど。
「……えーと」
であれば六人と四人で雰囲気も違うものではないのかと思うのに、一様に無。
挨拶後の社交辞令な会話すら出てこねぇわ、なんなのこの人たち。
「取り敢えず、自己紹介が終わったので早速穀潰しことファーボンボンの取り扱いについての説明を行いたいのだが良いだろうか?」
あ、グレイが耐えきれず前に出てきた。気に入らないんだろうなぁ、見方によれば私が蔑ろにされているようにも見えなくもないから。敵対心を向けられて距離を置かれたほうがまだやりやすい。それなら『黙って聞けぃ!』位の態度でこっちも行けるけど、この無の状態はまるで興味が全くないとも見えてしまう。
「それがよろしいかと思いますわ」
のほほんとした口調でクラリス嬢がグレイの判断に乗っかった。
「お喋りよりも、手を動かすのが皆様得意ですもの」
上手い言い方したなぁ。棘を感じるけど。
「では、そのようにいたしましょう」
職人さんたちの中でリーダー的存在らしい男性がそう返した。
うん、やはり無だ。
こっちはこっちで大変だぁ。