42 * 女の集団は素晴らしくパワーがある
前回の前書きにも記載しましたが週二更新再開しております、よろしくお願い致します。
火曜日、土曜日です。
私の発言に首長も伯爵も、エイジェリン様も目を点にして、お針子さん二人がぎょっとしたけども。
【彼方からの使い】は好き勝手していいと言われてわざわざ人が沢山居る中で作成していてもこれでは居る意味がない。放置されるなら別の場所で静かに作るけど? て話よ。
「失礼した、決して蔑ろにするつもりなどは無かったのだが」
クレベレール首長がハッとして、直ぐ様控えていた執事さんに指示をしてくれて、そしてそれに伴って侍女さんたちも一斉に動き出してくれた。お茶を淹れ直したりお菓子の追加を用意してくれたり。お菓子の追加は嬉しい、これ美味しいから帰る時大量に買う。
で、そこからまた空気がガラリと変わったのでここで私も辺境伯爵様を援護しておこうと思うのよ。
「クレベレール首長の奥様は一人ですか?」
「え? あ、あぁ、一人だが」
「それは良かった。来る前に作った新作は数が少なくて」
そして私は、パーツや道具がぎっしり入った私専用の道具箱の引き出しの一つを開け、取り出した。
「これを、奥様に」
小さいラッピング袋にリボンを付けたものを、クレベレール首長に差し出した。
「これ、は?」
「イヤリングです。今作っているアクセサリーの完成した状態のもので、せっかくなのでこちらは独断と偏見で私が最初に差し上げる人を決めておきました。アクセサリーはその場で作るというお約束でしたからね、滞在中にここにいるご婦人皆さんの物を一つずつは作れると思いますが、今後穀潰しを仕入れすることを考えれば、このイヤリングは首長の奥様が一番でいいんじゃないですか?」
「しかし、大首長の奥方様を差し置いては」
「【彼方からの使い】の希望と、命令といえば、大丈夫でしょ!!」
笑って押し付けた。困った顔をしたクレベレール首長に、マーベイン辺境伯爵が穏やかに微笑んでみせた。
「ジュリ殿のお気遣い、是非お受け取りいただきたい。その穀潰しは我が領のものでしてな」
「……光栄です、有り難く頂戴します」
辺境伯爵様からも促されたことで躊躇いを滲ませつつも必要以上に遠慮することなく受け取ってくれたのでこちらとしても自然と笑顔が浮かんだ。クレベレール首長は侍女の一人に指示を出し、自分の奥さんを騒がしい輪の中からこちらへと呼んだ。
「お呼びですか? 旦那様」
ビビった。
初老のクレベレール首長の奥様がまさかの私と同世代みたいな?!
しかも私がこの中でめっちゃ綺麗な人だなぁ、と第一夫人の次に目に留まってた人なんですけど。
大首長の第一夫人プレタ様に負けず劣らずの美人で、正直、他の夫人達より華やかで、目立つ。
……決して口には出せないけども。
うん、年の差婚、いいんじゃないでしょうか。
「ジュリ様からお前にと」
「えっ」
美人が目を丸くして、手渡された物を眺めてから私に視線を向けてきた。
「賄賂です」
「はい?」
「権力者は、本人より奥さんや恋人をたらし込んだ方が事が進めやすいことも多いので」
エイジェリン様が遠い目をし、辺境伯爵様がぎょっとしたわ。
本心よ。奥さんの何気ない一言で動く権力者だっているでしょ。
「新作ですよ、《ハンドメイド・ジュリ》の穀潰しを使ったイヤリングです」
「まぁっ」
うむ、いい反応。
戸惑って目を泳がせる奥様に、クレベレール首長が優しく肩を叩く。
「今日のドレスでも合いますけど、おすすめは濃い赤やシルバーですね、そういうドレス、お持ちですか?」
そう問いかければ大きく彼女は頷き、笑顔を見せてくれた。
恐る恐る、奥様はリボンをほどいて袋を広げ中を確認するとパッと目を見開いた。手のひらに、そっとそれを出して、クレベレール首長も驚いた顔をしてくれた。
今回用意したのは、すでにシルフィ様とルリアナ様にも渡したものとほぼ同じのキリア渾身の最新作。
こちらは黒の穀潰しに、銀色の三日月と星の形のパーツを細いチェーンで垂らしたロングイヤリングよ。賄賂なので小粒ながらも最高級真珠も付けてある。アクセサリー用パーツは常に試行錯誤ありきで今回のも定番といいつつ改良済みの最新のものであえて艶消しタイプの金属パーツとなっている。より精密に、より立体的になったパーツたちはどの角度からも見えるイヤリングなどにとても重宝するものとなった。
奥様の年齢が分からないのがネックだったから、若々しくなりすぎないよう、だけど最新金属パーツの宣伝も出来るよう、ちょっと高級になるよう、ということでこうなったの。
この奥様なら白の穀潰しでこちらではまだ知られていないハート型のパーツでも良かったな。
「穀潰しが、アクセサリーになってる」
美人のポカンとした顔って可愛い!!
「だ、旦那様、これ、本当に私が頂いてよろしいのですか?」
「ああ、ジュリ様がお前にと」
そして、美人妻の嬉しそうな笑顔の破壊力!!
「ああ……ジュリ様、私感激しております。本当にありがとうございます」
「うへへへへ、美人に言われると嬉しいです」
私の笑いに一瞬二人が固まったけど。
「あのっ、付けてみてもよろしいでしょうか?」
「ぜひ」
ぱあぁぁぁっと笑顔が。あうっ、目の保養。この人持って帰りたい。
でね。
一つ、こんな時しかも他所の国で自覚したことがある。
私とグレイも人様からこう見られてるんだろうなぁという。
「どうですか?」
「ああ、よく似合うよ」
「本当に? イヤリングに負けてしまってはいませんか?」
「そんなことはない、実によく似合う」
甘々です。砂糖塗れになりそうです。イヤリングも首長が付けてあげて、奥様はそれが自然なことなのか照れずにでも嬉しそうに。ちょっとはしゃいでいるようにもみえる奥様の腰に手を回して、首長はやさしい笑顔で。
似たようなこと私とグレイもしょっちゅうやってるよ。
ああ、人様から見ると、こう言いたくなるのね。
よそでやれ!!
と。
言わないけども。
反省したよ、人の振りみて我が振り直せ、だね。
用意されたお茶をすすりつつ、私は作業続行。
さっきの無理矢理ぶった切りした空気をきっかけにマーベイン辺境伯爵様とクレベレール首長、そしてエイジェリン様は別の席で談笑からの流れをそのままにさっそく会談を始めた。三人真剣な表情で、後ろではそれぞれの側近が控えひっきりなしにメモをとっている。一度その席に大首長のレッツィ様が行ったけれど、少し言葉を交わしただけですぐに女性陣の輪に戻っていってた。
恐らく自分が口を出すより話が円滑に進み、腹を割って話せると踏んだのかもしれない。クレベレール首長が深々と頭を下げていて、そんな彼の肩を労うように叩いてたからね。
一方私は。
お針子さん二人相手に指導しながらアクセサリーを作ってるんだけど、隣にはエイジェリン様の代わりに今度はクレベレール首長の奥様、ウィルマ様が陣取っている。私が作るのを邪魔しないから見てていいかと言われたので、断る理由もなく快く了承すれば、そそくさとイスをずらして隣にピッタリ張り付いて本当に無言で私の作業を見ている。そして私がお茶を飲んだりお菓子を一口食べればすぐに侍女さんに指示を出し、新しいのに変えたり足してくれたり。至れり尽くせりで、邪魔もしない。周囲の騒ぎと緊張感とは無縁なエリアになっていた。
大騒ぎの集団では、ドレスを着替えたりコートを羽織った夫人たちも戻って来て、さらに賑やかに。
これ、外交なのかなぁ。
なんて呑気に思いながら私の元旦那はどうしてる? と視線を向ければ。
助けてくれ。と顔が訴えてた。
あ、救助要請きたよ (笑)!!
では助けましょうか。
「すみません、大首長にアクセサリーの見本がいくつか出来たと伝えて貰えますか?」
と侍女さんに声を掛ける。
「凄いですね、あっという間にこんなにも」
私がヤットコを置いてアクセサリーを並べ始めたのが作業終了だと理解して、ウィルマ様が声をかけてきた。
「慣れた作業ですからね。パーツも鎖も、この丸カンと呼ばれる金具で繋ぐだけでいい状態のものを今回は持ってきたんです。穀潰しも事前に伝えておいた処理を丁寧にして下さってたので、とても助かりました。お陰でほとんどヤットコ一本で出来ましたよ」
「それでも凄いわ」
「ありがとうございます。ウィルマ様の耳に揺れるそれは少し手間がかかっているので自慢して下さって結構ですよ」
「そうなんですか? ……でも、自慢は止めておきます。妬まれそうなので。あの人数を一人で相手するのは無理ですから」
「確かに!!」
お針子さん二人も一緒に、四人で笑ったところへ大首長がぞろぞろと女性陣を引き連れてやって来た。遠くではグレイとルドルフ様がようやく開放されたとあからさまな態度で椅子に座ってるわ。お疲れ様ー。
「私はこれが欲しいです」
「ならばこちらは私が」
「この花の形の金属がついたものは私ね」
「どれがいいかしら?」
「迷いますね!」
「ああ、どうしましょう、目移りしてしまうわ」
……うーん、女の集団は強し!!
大首長が追いやられてない (笑)?!。え、良いの? 大首長だよ? 微妙に疎外感出てます!
こっちも助けた方が良さそうだわ。
「大首長、感想をお聞かせ頂ければ嬉しいです」
そう声をかけたら、女性陣を押し退けて意気揚々とやって来たわ。
「おお、これは本当にアクセサリーになっているな、いいじゃないか!」
よし、こちらも上々。
実は、今回私たちベイフェルアの人間は誰一人として 《ハンドメイド・ジュリ》の物を身につけていない。これはエイジェリン様の提案で、私が初めてコースターやハーバリウム、アクセサリーを侯爵家の人たちに見せたときの感動を味わって貰ったら効果覿面だろうとなったから。
実際その効果はあった。少なくとも私位は擬似レジンや螺鈿擬きのアクセサリーを身につけて来るだろうというこちらの人たちは肩透かしを食らっていた。そして、始まった穀潰し様のファーボンボンの展示会? のあの反応。女性陣どころか男性である首長や長官たちもくぎ付けだったから。
「あらあなた。それは」
「はい、畏れ多くもジュリ様から頂いた物でございます」
第一夫人のプレタ様が目敏くウィルマ様のイヤリングに気づく。
「ウィルマ様はマーベイン領とこれから直接関わる可能性がある首長の奥様ですから、お近づきの印に。正真正銘 《ハンドメイド・ジュリ》の商長からの賄賂です」
私がそういえばプレタ様は笑って扇子をパチン! と閉じた。
「叶いませんわねジュリ様には。こうまでされては、私もウィルマも旦那様に差し出がましいと分かっていても助言をせざるを得なくなりますもの」
「そのつもりで今回来ましたから。こちらの意図を汲んでいただき恐縮です、流石は大首長の第一夫人として首長邸を統治なさっている貴婦人」
そう言えば実にプレタさまは満足げに笑った。
「この国であなた様の敵となる女はおりません、誰にでも買い物を楽しむ権利はある、可愛いもの綺麗なものをもっと沢山の人に届けたいというあなた様の想いにすでに感銘を受けておりましたが、その中に他の可能性を見いだす聡さはもはや私たちでは到達できぬ領域。敬い従いこそすれ決して逆らうことはありません。私は大首長のほかの夫人たちを筆頭に、首長たちの妻、有力者の妻たちを纏め上げ、必ずやあなた様のお力になるよう精進いたしますゆえ、何卒長きに渡る善きお付き合いをお願いしとうございます」
うん、なんかすっごい重いこと言われた。
「お疲れ様」
「ジュリもな」
「うちの女性陣とはまた違う大変さだったでしょ」
「ククマットなら雑に扱って問題ないからなぁ」
手で髪を解きほぐし、ラフな部屋着に着替えたグレイはドサリとソファに座って笑う。
「初対面でしかも全員が断交していた国の位の高い女性、そんな女性たちと一堂に会するというのもなかなか貴重な経験だ、ということにしておくよ」
「女の集団の圧はどこでも怖いけどね」
たしかに、と面白おかしく笑ったグレイは腕に着けていたブレスレットを外す。
「これに興味を持った長官がいた」
「お、センスあるかも。グレイと同じでシンプルなものが好きなのかな?」
テーブルに置いたグレイのブレスレットはグレイとローツさんがオーナーの金属専門宝飾品店の新作。
男性物でも宝石や魔石をあしらうのが一般的な貴族の宝飾品。それを完全に無視して一切宝石を使用せず、宝石の代わりに本体とは別の色の金属をはめ込んである。銅色の菱形のそれは艶消しにして落ち着いた雰囲気になっている。でも貧相にならないように幅が広めで華奢さを無くしてあるしブレスレットの側面にも小さな菱形の模様が入っていて手の込んだ作りになっている。
さり気なく、ハンドメイド作品以外にもありますよという宣伝に持って来いなのがグレイとエイジェリン様なのでエイジェリン様にも今回は色々と渡してあってお譲りするので好きな時に身に着けて下さいとお願いしている。
ついでにクラリス嬢とヴァリスさん、そしてルリアナ様のお兄さんのルドルフ・ハシェッド伯爵、辺境伯爵様にもいくつか渡してある。最初辺境伯爵様からはタダでは貰えない、代金を払うと言われたけれど私の投資だと思って下さいと言えば納得して納めてくれた。
年齢問わず性別問わず。ククマットでは 《ハンドメイド・ジュリ》と 《レースのフィン》じゃなくても沢山魅力的な物が売ってるよ、って皆に知って貰いたいからね。
「まずまずのスタートということで」
私の一言を聞いてんのか聞いてないのか、グレイは明日身につける服に合わせてアクセサリーを吟味し始めていた。
それにしても。
気になるのは、『穀潰し様を扱う職人』を今の段階で紹介されないこと。
この日を迎えるまで、かなりの期間はあった。穀潰しの処理方法だけでなく、服飾品への応用だって特別販売占有権に登録してあるんだから、簡単なものは製品化出来ていてもおかしくないのに。
何らかの圧力が働いてる、とは考えにくい。レッツィ様のお膝元、レッツィ様抜きで圧力をかける行為は反逆ともなりかねないから。となれば、考えられるのは。
(……穀潰し様を扱うために職人やその手の人が自分がやりますと名乗り出なかった、かな)
まあ、仕方ない。
あくまで私の憶測だから。
でもちょっとね。
気になることトップスリーには入るよね。




