42 * エイジェリン、 (ジュリ限定)穀潰し外交について語るの続き。
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そして4月に入りましたので週二更新再開致します。火曜日、土曜日となります。
次回更新日は4月5日土曜日です、よろしくお願い致します。
私たちが『誰か通訳を……』と少し困りながら過ごす場所から離れているところでは、ついに抑えきれない歓喜が沸き上がった。
グレイセルが出してならべる側でルドルフが説明を続けていく。
全面レース張りの施されたストールの端に穀潰しをぐるりと縫い付けた一番手間の掛かる、 《レースのフィン》で殆ど人目に触れず高貴な方が買うだろうそれは感嘆のため息すら聞こえる程に惹き付けたらしい。
「こちらは大変手間が掛かる一品で 《レースのフィン》主宰のフィン製の一点物となります。なのでこちらは第一夫人プレタ様へお納め頂きたく」
「私に?」
「はい、【彼方からの使い】ジュリ様からそのようにと承りました」
プレタ夫人がジュリに向き直る。するとジュリは手を止め、立ち上がった。
「似合うと思いますよぉ? プレタ様美人だから」
と、何とも社交術に欠ける、気の抜ける発言。しかしそれが良かったのか、プレタ夫人は笑顔を見せ、そして笑い、扇子で口許を隠した。
「ジュリ様にそうおっしゃって頂けるのなら、そうなのでしょう。頂戴いたします。大首長、よろしいでしょうか?」
「いいも何も、【彼方からの使い】がそう言ったのだから貰っておけ」
「ありがとうございます」
そして、ルドルフは『では早速』と一声掛け、大首長にそのストールを両手で恭しく差し出す。大首長は満足げに頷き、それを手にして広げ、プレタ様の肩にそっと掛けて差し上げると、また歓喜の声が沸き上がる。
その理由は一つ。
なんともプレタ様に合っているからだ。
今回のレース張りのストールは実はフィンが普段からオークションへの出品やジュリが堂々と賄賂だと言って高貴な身分のお方に渡すため用に常備しておくもので外交に合わせてわざわざ作ったものではない。
ジュリはフィンと相談していくつか完成していたものと未完のものを含めたストールの中から一枚、二番目の価格のものを選んだ。
「金額だけ見ればこの白地に銀糸のレースでもいいけど、物としての価値を考えると紫の生地に黒糸のレースって、人を選ぶと思いますよ。こういう重厚な色合いって、高貴な身分の人が好みますけど、似合うかどうかは別の話じゃないですか。でも、第一夫人の好みが濃い色という情報が嘘でなければ、こっちを選ぶだろうし身分的にも合うし、なにより本人にしっくりくるって周囲も思うんじゃないですか?」
その通りになったのだ。
今日着ているプレタ夫人のドレスはまるでストールに誂えたかのように、滑らかで艶やかな黒地に銀糸で刺繍を施した贅のかぎりを尽くしたドレスだ。それに濃い紫の生地に、艶よい糸で編まれた黒レース、そして黒の小さな穀潰しを周囲に隙間なく連ねて縫い付けたストール。ところどころ光が当たるとキラリと光るのは小粒でも最高級の濃く照りの良い紫のアメジストと黒のオニキスだ。ストールとレースの間に配置されたアメジストとオニキスが動きと当たる光の加減で強弱を付け煌めく様は毎度ストールの表情を変えるようにと工夫が凝らされた証拠だ。
「おおおっ! 格好いい、似合う!」
と、これまた女性に格好いいという褒め言葉はいかがなものかと思う賛辞を送るジュリだが。
しかし、本当にとても似合っているのだ。
正しく高貴な身分の女性。そのものだ。
「おお!! プレタのためにあるようなものだな!!」
大首長が長年最も寵愛するプレタ夫人。その夫人の為にあるようなストールを羽織る姿を見てこの上ない上機嫌な大首長を見てプレタ夫人も嬉しそうだ。
そしてまだまだ。
簡単な作りのストールをグレイセルが並べ終われば、今度は帽子。こちらも数種用意した。そして一際目を引く大きな穀潰しを加工して革と組み合わせて作られたバッグには驚いて、身を乗り出し何度も瞬きする官僚もいて、これには笑いを堪えることになった。
そして、ついに大物だ。
コートとドレス。
ルリアナと母、そしてドレスを着る機会がめっきり減ったジュリの着なくなった物を加工したのでこれはさすがに献上はできないがそれでも見本としては充分だ。
それにこれには『リメイク』という重要な要素も含まれている。新品のドレスならいくらでも穀潰しを使ってデザイン出来るだろう、しかしこの穀潰しの利点はそれ自体が特徴的な形だったり特殊な裁断や縫製を必要とせず、穀潰しさえ手に入るなら誰にでも活用が可能なのだ。
だからあえてドレスは使用済みの、穀潰しとは無関係にデザインされたものを使うとジュリから言われた時は私も驚いたが、今この場の反応からその判断は正しかったのだと確信した。
縫い付けられていたレースや飾り、刺繍が取られた裾や襟に、ふんだんに穀潰しをあしらいふんわり温かみのある見た目になったそれらは、夫人たちの声を一段高く明るくさせる。
どの国でも柔らかく毛量豊かで艶やかな毛皮は高級。少しでもその高級感を取り入れる為に切れ端を縫い合わせ使うことも多く。
それが今、色も質も統一された上質な柔らかな毛皮でもって彩りを与えられたドレスやコートなどが『格安で美しく彩れる物』『使わなくなった服の再利用』として目の前にあるのだ。勿論穀潰しは一つ一つが小さいため、一枚の大きな毛皮のような豪華さは出せないが、寄せ集めだからこその柔らかさは他にはないだろう。
あの穀潰しが。
人を喜ばせ期待をさせる。
「ハシェッド伯爵、こちらは見本ということですが、着られませんの?」
そう発言したのは第二夫人のエメリアナ夫人だ。
「はい、あえて使用済みのドレスを使用し仕上げたものでございます。侯爵家及びジュリ殿より使用済みのものを提供して頂きましたので素材は当然縫い付けも一級品ではございますがこの度はあくまで見本、展示品として用意いたしました」
「そうですか。大首長、プレタ様、私これに袖を通してみたいのですがお許しいただけますか?」
義弟はエメリアナ夫人の雑談でもするような軽い口調とは裏腹の高貴な身分の夫人としては驚きの発言に一瞬理解が追いつかなかったのかポカンとした顔をした。
「……えっ?! それはご勘弁を! こちらは既に袖を通した物です、大首長夫人が身につけるに相応しくありません!!」
慌てたルドルフが弁明したが、それを遮ったのは他ならぬ大首長だ。
「いいじゃないか、本人が気にしないなら俺も別に気にしないしな。ほかにも来てみたい者はいるか? サイズが合えば侍女と共に隣の控え室の使用を許可するぞ。俺が許可するならかまわないだろハシェッド伯爵」
そう振られたルドルフが私に助けを求めて凄い目で見てきた。貴族なんだからあんまり感情が読み取れる表情をするんじゃない。
「大首長のご許可とあればいかようにも」
私がそう応えれば、大首長と夫人たちは満足げに笑った。
「大変なことになりましたねぇ」
ジュリがぼやく。
今、アクセサリー作りをしているテーブルを囲んでいるのは、私とマーベイン辺境伯爵、そしてお針子二人だけである。完全に放置されている。停戦協議は一体どうなってしまったのだと言いたい。
「良いことではないか、こういう場での女性の明るさは良い方向に進める力になってくれる」
私とジュリの複雑な心境を察してマーベイン辺境伯爵は穏やかに微笑む。
「いや、そういうことでなくて」
「うん?」
「なんか、想像以上に盛り上がってて、むしろ状況が良すぎて読めない感じになってきてません?」
「……それは、否定しない」
お針子二人は立場上このような会話に入ってくることは許されないため黙ってはいるが、私たちの視線は大騒ぎの集団に向けられた。
向けた視線を私と伯爵はジュリの手元に、お針子二人は自分の手元に、ジュリは自分の手元に戻す。
「誰が止めるんですか、あれ」
「大首長も楽しんでおられますからな、ジュリ殿にお願いしよう」
珍しく戯けた調子で辺境伯爵がジュリにそう声を掛けると彼女はお返しとばかりにあからさまに目を細めた。
「絶対嫌ですよ」
「ジュリ以外に止められる人はいないよ。【彼方からの使い】の言うことには従ってくれるみたいだから、よろしく」
私も少しふざけて辺境伯爵を援護するように言葉をかけると今度はさらに顔をしかめて椅子に寄りかかり天を仰いだ。
「一番嫌なよろしくだぁ」
呆れを通り越して虚しい雰囲気の声でそう言ったので私たちは本気で声を出し笑う羽目になった。
頑張れ、ジュリ。
そんな時だった。真っすぐこちらに誰かが歩いてくる気配を感じ私は振り向くが一瞬先に辺境伯爵が反応していた。
「少し、よろしいか」
声を掛けるには僅かに距離がある、警戒心が読み取れるそんな距離からの声に辺境伯爵はがたりと椅子の音を立てながら立ち上がり、ジュリもハッとした顔で手を止めその人を見つめる。
「クレベレール首長……」
それはまさしく、伯爵領を長きに渡り侵略しようとしてきた、不毛な地域を治める首長。
ロズベル・クレベレール本人だった。
マーベイン辺境伯爵がこうしてクレベレール首長と顔を合わせるのは今回の外交の始まり、自己紹介の時個室で行われた以来だ。しかも二人が顔を合わせたらどうなるか未知数でもあったので双方公的な挨拶は停戦協議開始の場で、とレッツィ大首長が配慮するほどだった。それだけ何が起こるか分からないというのがこの二人の対峙だ。
互いに険しい顔をして、目をそらさない。
二人とも戦慣れしている。そのせいかただ向かい合わせで互いに距離感を掴もうと気配を探りつつ言葉を発するタイミングを伺っているだけなのに、ただならぬ空気が一気にその場を包んだのでお針子二人の顔が青ざめる。
「……私は」
ロズベル首長は、真っ直ぐマーベイン伯爵を見据えた。
「そちらが領地と主張するスクルー山岳の向こう側も私たちの土地だと聞かされ育った。かつてその土地はベイフェルアが国として拡大するにあたり侵略し騙し奪った土地だと。だから長きに渡り、我々が奪還のために戦をしてきた。その土地については正式な取り決めの文書が両国に存在しないうえに、歴代の大首長も過去の出来事を史実として認めている。だから我々は奪還するために幾度となく戦を仕掛けた。あなた方にとっては侵略だとしても、国土を守る戦いだとしても、我々には奪還、祖国の一部として返還を要求するのは道理。こちらの事情だけでもまずは理解して頂きたい」
それは、今なお議論されるマーベイン領の位置付けそのものだった。
両国で真っ向から対立する主張。
しかし。
首長が言ったように、国同士での正式な、公的な取り決めを記した文書がどちらの国にも存在しないのだ。これがこの二国間国境線問題を長引かせそして拡大させてきた悪因だ。
「クレベレール首長区、つまり私が治める地域は、痩せた土地が多く、そして魔物でも比較的強い物が発生しやすく……。そして痩せた土地にも関わらず、穀潰しや田畑を荒らす魔物が毎年発生する。それは我が首長区の特異性としてネルビアでも頭の痛い問題であり、少ない収穫を脅かす脅威。……なのに、たった山ひとつ、さほど越えるに苦労しない山を越えた先には、かつての我らの土地があるとされ、そしてそこは肥沃な大地。それを得たいと、どうしても取り戻したいという思いは、理解して頂きたい。それがたとえあなた方にしたら悪以外の何物でもないとしても」
「……承知しています」
真っ直ぐと、マーベイン辺境伯爵も見据えている。
「乱世の時代に得た土地を、我が先祖が王家より治めるよう賜ったことを私も幼い頃から教育を受け、教え込まれました。歴史がどうであれマーベイン領はベイフェルア国の土地であり、我が辺境伯爵家の領地であると。マーベイン辺境伯爵家は国が繁栄する過程で大きくなりそしてあの土地を下賜され名誉を賜ったのだ、と。だから全力で、当家の歴代の当主たちは民のため、戦ってきました。……しかし今はもう。民はもちろん、土地すらも、疲れ果て。私は、戦が嫌いです。民と共に、平和の中で穏やかに健やかでありたい。それだけなのです。だからこそ、こうして出向いた次第です。ジュリ殿の存在を利用してでも、辺境伯爵として恥たる行いだとしても、少しでも、良い方向へ現状を打開できればと思いここにいます」
二人の男は真っ直ぐと、互いの瞳を見ている。探るでもなく、疑うでもなく。
「んじゃあ、話し合いましょうかぁ。突っ立ってても疲れるだけですから」
すっとんきょうな、気の抜けるジュリの声。緊迫した空気を纏う男二人もその空気を一瞬で消し去って。
「てゆーか、ですね」
ジュリはへラッと笑った。
「役立たず上等なのはいいんですが、だからといってここで作業してて誰にも触れられないのは役立たずというより単なる放置なので意味ない気がしてまして。それなら停戦協議、始めたほうが有意義ってものじゃないですか?」
役立たずは問題ないが放置は違うだろうとちょっと腑に落ちないジュリでした。
次回更新4月5日です。




