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『ハンドメイド・ジュリ』は今日も大変賑やかです 〜元OLはものづくりで異世界を生き延びます!〜  作者: 斎藤 はるき


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42 * エイジェリン、 (ジュリ限定)穀潰し外交について語る。

 



 レッツィ・エダ・ネルビア大首長は気性が激しく気分屋で有名であるが、その反面、愛国心と自国の発展への意欲は並々ならぬものがあり、事実彼の発案による土壌改良や大陸中から種や苗を集め、痩せた土地でも育つ植物の調査や研究に力を入れて、戦争による略奪だけではなく国家発展を自らの主導で行う賢王としてネルビア国では世代問わず支持を集めている。

 一癖も二癖もある十四にも及ぶ自治の首長たちを掌握し、そして敬われていることは、政治に詳しく常に危機管理を怠らない聡い有力者ならば誰でも知っている。


 レッツィ大首長が十数年前に歴代最年少の若さで大首長の座に就いたのはその聡明さやカリスマ性だけではない。

 彼は【称号】と【スキル】を保有する。


【称号:戦王】

【保有スキル】

 鑑定、戦場掌握、補正弱体化、士気向上など


 国を治める者ならば、王と呼ばれる者ならば誰もが欲する【称号】である【帝王】に並ぶそれを、このレッツィ大首長が保有していると世に大首長就任の宣言と共に発表された時、大陸中の有力者たちが戦争の、暗黒時代の幕開けではと警戒した記憶は鮮明に残っている。


 それでも今、こうして私たちが敵としてではなく交渉相手として招かれ大首長邸にいることは、ベイフェルア国の一貴族の私的な外交だとしても歴史的なことであるだろう確信はある。


「へ、へへへへへ」

 私が感慨深い思いでネルビア国の外交長官が今回の協議内容と日程の確認、そしてそれに関わる人物の名前を読み上げているのを聞いている私の隣でジュリは相変わらずである。

 一応、一応我慢はしていたのだ。彼女は確かに我慢していた。私がそれは保障する。

 だが、事前にこちらから穀潰しの処理を伝えておき、現物をすぐジュリが確認出来ればその場で製作可能の旨を伝えていたことで、ネルビアではベイフェルアで発生しない色合いの穀潰しを色、大きさ別にちゃんと揃えてくれていたことが仇となった。

 この会場の一画にこれ見よがしに美しい台に美しいカゴを並べ、その中に山盛りにされているのを見てから、ジュリの素材愛はその時点で爆発仕掛けていた。

 レッツィ大首長は、ジュリの様子にかなり驚いており、奇っ怪な笑いをこらえ切れずに声に出して不敵に笑う度にジュリに視線を取られるし、大首長の後ろに控える夫人たちは最初の笑いからずっとジュリに釘付けだ。


 今回ジュリの護衛として同行している後ろに立って控えるグレイセルをチラと見れば、達観したような、穏やか極まりない顔をしている。弟は最早感覚が麻痺しているだけかもしれないが。


 ……放っておこう。

 うん、【彼方からの使い】だからな。













 今回、穀潰しの処理の他に事前にお願いしていたのはお針子の同席だ。

 万全の体勢で我々を迎えてくれたことがここでもはっきりと伝わってきた。

 大首長が用意してくれたのは大首長の第一夫人と第二夫人それぞれの専属お針子だ。二人のお針子は熱心にジュリの手元を見つめて指示を待つ。


 本来の予定としては同じ空間で停戦協議とジュリのための茶会が催されるという、その時点で極めて特異な状況なのだが、ネルビア側がジュリの同席を強く求めていることからそれが最初から組み込まれていたので、場の雰囲気や出席者の人数によっては臨機応変にジュリ本人が好き勝手に動いてよい、となっていた。

 しかし、ジュリの様子があまりにも怖かっ……いや、ネルビア側が困惑し協議どころではない様相を呈しはじめていたので私とヒタンリ国第二王子殿下とで大首長に進言し、取り敢えずは穀潰しことハシェッドボンボンを使った製品等のお披露目会を優先する流れとなった。勿論文官レベルではその横で既にピリッとした雰囲気が起こる瞬間があったりする話し合いはされており、そちらはそちらでネルビア側の女性たちの視線を度々奪う。この場にいる女性たちは気になることが多くて大変そうである。


 それにしてもジュリの度胸というか適応力には心底感心させられる。

 普段から 《ハンドメイド・ジュリ》で人に囲まれ見られながら作品を作って、打合せして、客と会話をして、グレイセルやローツたちと事業を回す、とあらゆることを先頭に立ってやっているが、他国の会談の場で大首長というお目にかかることも難しい人物やその国の重要な人物、その夫人たち、実に百人近い人々に囲まれていても緊張をしていない。

 緊張しているのを隠しているのではない、していないのだ。


「縫い合わせる必要はないですよ、連ねるだけなら糸を通した後、貫通部分を接着剤で留めるだけで充分です。その方が物に巻き付けたりするときに縫われていない部分が上手くずれたり寄ったりしてくれるんですよ、フワフワの毛で覆われてるので掻き分けて見ないと繋がっていないことが分からないんで」

「なるほど、無理に縫い付ける必要はないのですね?」

「そうですね。縫ってもいいですけど、その分時間がかかるじゃないですか? 一個単位なら縫い付けるべきでしょうけど、連ねて沢山使うなら断然こちらがお勧めです、それと今日持ってきたこれもお勧めですね」

「それは、何でしょうか?」

「潰し玉と呼ぶ金属パーツです。これを糸に通して……留めたいところでペンチで潰す、と。こんな風に接着剤とはまた別の使い方で留められます」

「まあ! そのようなものがあるのですか!!」

「私のいた世界ではよく使われていた物で、アクセサリー作りに重宝しますね。潰し玉の素材になる金属とその製錬方法は特別販売占有権にも登録してあるので材料さえ揃えば金物職人さんが簡単に作れるものです。今日はすぐ使えるように沢山持ってきたので後で試して見てください」

「「ありがとうございます!」」

 お針子二人はすっかりジュリに夢中だ。それに気を取られる様子もなく、ジュリはいつも通り。


「接着剤を使うより簡単だし時間もかからないんですがそれなりの欠点もあって、柔らかいので破損しやすいんです。ドレスやストール等に多用する場合は気をつけて下さい、ケガにも繋がりますしなにより引っかかって布を傷めたりする原因にもなりますから」

「「わかりました」」

「それとですね……―――」

 緊張していない理由はただ一つ。

『だって役立たず上等でいいんですよ! これほど気楽なことってないじゃないですか!』

 先日嬉々と叫ぶようにそう言ったジュリの肝の座り具合が目に焼き付いて離れないのは私だけではないだろう。


 そんなことを考えていたら。

 ジュリの視線が私に向いた。

 これからが本番だ。

 私は軽く頷き、グレイセルと義弟であるハシェッド伯爵に手を上げて合図をする。二人も黙って打合せ通りに動いてくれる。

 事の成り行きを特別席で静観しているレッツィ大首長のところへ行くため私は椅子から立ち上がる。それを見逃すはずもなく大首長は視線を私に固定した。

「御前失礼致します。エイジェリン・クノーマスに発言と提案の許可を頂けますでしょうか?」

 頭を垂れながらそう言ったのに被せるように。

「いいぞ」

 たった一言、けれど実に軽やかで期待のこもった楽しげな返答が返ってきた。ちょっと驚きつつ頭を上げると直ぐ様目が合った。


「大首長、こちらで基本的な作り方を実演していますが、そればかりでは穀潰しの製品としての可能性がまだはっきりとは見えないことでしょう」

 すぐに察したようで、目を見開き笑顔が溢れ、期待する様子が伺えた。

「停戦協議という際どい話ばかりではなく楽しませてくれるか?」

「ネルビア大首長ほどの高貴なお方を楽しませることが出来るかどうかは分かりかねますが、ご夫人皆様には少なからずの興味を持っていただけるのではと」

「ほう!! それはいいな! 妻たちは皆今回のことを大層待ち望んでいた、その期待に応えて貰えそうだな!! 官長、それから首長達、お前達の妻もこちらへ来る事を許す!! 近くで見せて貰え!!」

 快活な、威勢の良い声で大首長がそう後ろに声をかける。

(いやいや、大げさに仰いますが最初からそのつもりで女性を集めておいたでしょ)

 心の中で笑って顔に出ないようによそ行きな笑顔を貼り付けたら。

「あー、こんなにいると思わなかったから、揉め事になりそうで嫌だ……」

 と、糸を通すのをさっそくお針子二人にやらせ、アクセサリー作りに着手したジュリが遠い目をしてぼやいた。


 うん、わかる、ジュリ。

 大首長に妻が六人いることは知っていたが、まさか各官長、他の大首長の半数以上も一夫多妻だとは……。

「喧嘩になったら、大首長に止めてもらおう。もしくは君からじゃんけんしろ! とでも言えば言うこと聞いてくれるだろうから心配ない」

「それ、絶対嫌ですよ」

 小声での私たちのやり取りなどだぁれも聞いていない。

 大首長の一声で六人の夫人の後ろにワッと他の人物の妻たちが集まりあっという間にグレイセルとルドルフが部屋の片隅から運んできた大きな箱四つに視線を集中させる。

 ここからはルドルフの出番だ。グレイセルは事前に用意をお願いしていたテーブルに、ひとつ目の箱を開けて布を広げ、その下にさらにあるちいさな箱を次々と取り出していく。

「それでは、ジュリ殿がアクセサリーを作る間に現在我が領で製品化を進めている商品をお見せ致します。まず、ベイフェルアでは主に白の穀潰しが多く発生致しますので、見た目の印象はがらりと変わると思いますが作り方などは基本同じになると思いますので大変参考になるかと思います」

 うん、ルドルフもなかなか堂に入っているじゃないか。安心安心。

「まずは小物類からとなります」


 そして、グレイセルは無言で箱を開けた。

 わあっ!! っと歓喜ににも似た声が上がると、第一夫人のプレタ様がスッと手に持っていた扇子を掲げる。それによって声は収まったものの、女性陣の浮き足だった様子は全然消えなかった。さすが女の集団である。勢いがつくと手に終えない。

「こちらは直ぐにでもネルビアで製品化を進められる手袋です。袖口にぐるりと隙間なく縫い付けたもの、ポイント使いでシンプルなもの、リボンの飾りに付けてからそのリボンをポイント使いにしたものです」

 そしてグレイセルは並べ終えるとすかさず次の箱へと手をかけた。

「そして、こちらはマフラーです。端に小さなものを連ねて縫い付けたもの、四隅にのみつけたもの、そして端を絞り大きな穀潰しを縫い付けたものになります」

 これらはジュリの提案で多目に用意した直ぐにでも使える完成品だ。

 ベイフェルアよりも北に位置するネルビア。マフラーが冬の必需品である。それを知って直ぐ様ジュリは市販されている高級で厚ぼったい寒冷地用のマフラーを取り寄せキリアとフィンにデザインを提案し試作ではなく完成品として仕上げて貰ったのだ。

「マフラーに関しては縫い付けの工夫やデザイン次第でもっと楽しめるかと思われます。マフラーの色や素材の違いで印象が変わりますのでその違いを今回お楽しみいただければと思いますので後でお手に取りご確認ください」


 ここまでで、大首長を筆頭に見事に全員の目が釘付けだ。私は静かに元の席に戻る。するとジュリが少しだけ身をかがめるようにして顔を近づけてきた。

「あの人、ですよね?」

「うん?」

「辺境伯爵領に隣接する地域の首長さん」

 ジュリの視線の先に、誰よりも熱心に見つめている初老の男性がいる。

「ああ、そうだね。彼が侵略の主導をしていると言ってもいい。ネルビアで最も荒れた土地の首長だ」

「……大首長と、あの人次第で、変わるんですよね?」

 微かに揺れる、不安げなジュリの瞳。 そして、ずっと険しい顔で今の今まで沈黙していたその最たる当事者であるマーベイン辺境伯爵は、ここにきてようやく言葉を発した。

「大丈夫、大丈夫。変えてもらえるよう、私はこの国へと来たのだから」

 険しい顔のまま、けれどはっきりと辺境伯爵はジュリに向かってそう告げた。

「……そうですね」

 ジュリも力強く、うなずいた。


 ジュリは役立たず上等と言ったが、彼女こそこの停戦協議の緩衝材となるだろうとヒタンリ国第二王子殿下もおっしゃっていた。今はネルビア大首長の近くで王子妃と共に静かに動向を見守っているが、ジュリが自由に我が道を進める環境が整えば整うほど、【恩恵】を授かるように思えるとも言っていた通り殿下はこの協議の場をあえてジュリに好きにさせる環境に誘導した。

 そして今。

 マーベイン辺境伯爵の見据える先にいる男は熱心に穀潰しの製品を見つめていて。

 あの首長区もまた、荒野が多く占める土地にもかかわらず穀潰しによって田畑を荒らされる被害が常態化している地域。

 製品化に向けて体制が整えば。

 それだけで、職が生まれる。


 常々ジュリが言っている。

 少しでもお金が動く、人が動く環境を作り上げる事に意味があると。

 些細な事でも何かしなければ何も生まれないと。


 些細な事。


 ジュリは簡単に言う。

 それを成せる人間がどれほど少ないことか。


 しかしジュリは簡単に成し遂げる。


【恩恵】を生み出す。

【恩恵】を授ける。


 今まさに、それが起きようとしている。


 歴史的な協議が始まる前に、歴史に残らない『見えざる偉業』を成そうとしていた。


 ジュリ限定穀潰し外交によって。


「ぐふっ」

 奇妙な声に隣を見れば。

「あ、すみません、穀潰し様の色が……新色が……これ、持って帰れますかね? クフフフフ……」

 マーベイン辺境伯爵が虚無な顔になった。

 お針子二人が引きつり笑顔を貼り付けた。

「フェッヘッヘッヘッ……」

 色々台無しである。

 グレイセル、通訳をしてくれ。私ではこの笑い声から言いたいことを読み解くことは出来ないから。





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― 新着の感想 ―
通常運転なジュリw 肝が据わってますねぇ。それでこそジュリなんでしょう。 ちょっと気になる点が。中盤くらいでしょうか、「グレイセルと義弟であるハシェッド伯爵に」とエイジェリンが語っていますが、ルリア…
ジュリさん……w
 ジュリは通常運転でいい。政は為政者である義兄と辺境伯爵にお任せして、存分に『グヘヘ』してればいいよ。
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