42 * 戦う令嬢の実情
「そういえば」
「なんだ?」
「マーベイン辺境伯爵家のお嬢さんがネルビア大首長の側近だか護衛だが……なんかそんな感じの人と婚約するとかしないとか、それホントに実現するの?」
「物凄く曖昧な表現が多かったな。一言で言おう、する」
「マジかぁ……私がネルビアに行くことより、停戦協議より、凄いことの気がするのは私だけ?」
「凄いことだな。もう一つ教えよう、求婚は令嬢からしたそうだ」
「令嬢ぶっ飛んでるね!!」
極秘でしかも非常にデリケートな話があると侯爵様からグレイが呼び出され、そして私にその話が齎されたのはシイちゃんとロディムの婚約式の頃。
「戦場で見かけて見目は勿論その戦いぶりに一目惚れしたらしい」
「……ちょっと待って? 辺境伯爵令嬢って戦場に行くの?」
「行くぞ、しかも後方支援とは言え辺境伯から兵を率いることを任せられることもあると聞いている。そして剣術はシイより遥かに上だな。魔法を併用した場合と状況次第ではシイでも互角に戦えるかもしれないが、それでも力技で押し切るだけの実力はある」
「うん、今更だけどシイちゃんヤバいよね。そしてその上を行くってもっとヤバいよね?」
「そうだな、上級魔物一体なら一人でも相手に出来るから国境線の衝突が激化する際は戦況維持のため周辺の魔物一掃を任されるそうだ」
「そんな人が……ネルビアに嫁ぐの? いいのそれ?」
「自分より強い男にしか嫁がないと物心つく頃から言っていたような令嬢らしいな。ルリアナ曰くそのせいで婚約者が決まらずご両親は売れ残るのを覚悟するほどだったと」
「ツッコミどころ満載の令嬢だね……」
そんな話をしたのが懐かしく感じる今日このごろ。
ネルビアに向かう馬車は厳戒態勢の中進む。
このただならぬ雰囲気が馬車の中からでも感じ取れる一方で。
「「……」」
私は目の前の令嬢にどうしていいかわからずとりあえず笑顔で相槌を打ち、グレイは、ぐったりしている。
「ジュリ様から頂きましたコサージュですけれど友人達からとても褒められましたの! あのように鎖を垂らしてその先に小さなチャームを付けるコサージュなんて今までありませんでしたでしょ? あれのお陰でシンプルで小さなコサージュでもとても華やかになるのには私もとても驚きましたわ。あそうそうシンプルといえばクラッチバッグ!! 黒にシルバーのベルトだけですのにどうしてあんなに素敵なのかしらと思ったらあの黒の布地にも銀糸が織り込まれているからですわよね?!」
マーベイン辺境伯爵家の娘、クラリス・マーベイン。
マシンガントークとはこういうことを言うんだね、きっと。
ずっと喋ってる。そりゃもう上機嫌に、ノンストップで喋ってる。
見た目ホワァっとした柔和でとても可愛らしいのに、ギャップが凄すぎる。ギャップ萌えとかそういうレベルではない。
しかも、え、これでヤバい位強いの? シイちゃんより強いって?
詐欺レベルのギャップだよ、これは。
グレイがいるのでそもそも護衛は不要なんだけど、女性しか入れない場所というのも存在するわけで、そんな場所に共に入れること、マーベイン家の直系であり信頼がおけること、そしてその実力そのものが抜擢された経緯となっている。元騎士団団長の伯爵であるグレイに褒められて恐縮ですみたいなことを照れながら言ったのを見て私はホントにこの子強いの? と不安になるほど奥ゆかしく見えたけども……。
馬車に乗り込んだ途端。
「ジュリ様、私ジュリ様とこうしてお話するのが夢でしたの」
と身を乗り出してきて。
そして今に至る。
グレイは彼女の素を知ってはいたけれど。マシンガントークが始まった瞬間『ああ……』て、ちょっと気の抜ける声を出してしまい。しかも、いやその目失礼極まりない! って遠い目もした。そして、まともに返しもできない彼女の喋りっぷりに、現在は完全に参ってしまい最早体裁など知るかと言わんばかりに馬車の揺れに体を完全に任せてグラグラ揺られるままに脱力し項垂れている。
「あら伯爵様、どうされました? 馬車酔いでしょうか、私酔い止め持っておりますわ、普段馬車にあまり乗らないというジュリ様にと母から持たされましたけれどお飲みになります?」
「いや、そうじゃない、そういうんじゃない……」
「大丈夫ですの?」
「ああ、うん、構わないでくれればそれで」
「かしこまりました、ではジュリ様とお話しておりますから伯爵様はお休みになってくださいませ」
この子、凄い。グレイの扱いが雑。うん、大物!! 結構好き (笑)!!
クラリス嬢のマシンガントークがある時不意に終わる。
「間もなくです」
「え?」
「……危険区域か」
ぐったりしていたグレイもいつの間にか体を起こしていて、窓の外を見つめていた。
「はい。ここから国境線危険区域に入ります。現在は臨時停戦期間となっておりますが念の為ご用心を。勿論、万が一のときは私が外に出ますので伯爵様は決して外には出ずジュリ様をお守り下さい、よろしくお願い致します」
「ああ、そうさせてもらう」
思わずえっ、と声を出してしまった。それに反応してクラリス嬢がニコッと微笑む。
「私は護衛として同乗しております、当然の事ですわ。そして伯爵様はジュリ様の護衛として同行されておりますが、全員が無事に全てを終えてマーベイン辺境伯爵領に戻るその瞬間までマーベイン辺境伯爵家が『命』の責任を負う立場です。ですから伯爵様が剣を振るうような事態が起きるとすればその時私が何者かの手によって倒れる時のみですわ」
柔らかな優しい笑顔がとても素敵なクラリス嬢。彼女の生まれ、育ちがどういうものなのか私はこの瞬間初めて理解した。
国境線を巡る争いを強いられ続ける家に生まれた令嬢。
この国で一番過酷な環境で育つことを余儀なくされてきた。
「たとえ、万が一のことが起こっても……無茶はしてほしくない、かな。クラリス嬢が傷つくのは、見たくないから」
私が言えることはそれだけだった。気の利いたことが思いつかなくて、うまく言葉に出来なくて。
「ありがとうございます、そのお気持ちだけで十分です」
屈託なく笑うその笑顔は、とても素敵だ。
「それに私タダでは倒れません」
「……ん?」
「倒れる時は近くにいる敵を手当たり次第に道連れにすると決めてますの、骨が折れていようが腕や足が一本ちぎれていようが、口が無事なら敵の首を食いちぎることはできますでしょ?」
「は? あ、うん……え?」
「最後の武器は己の身であることを忘れるべからず、我が家の家訓ですからそうするつもりです」
「あ、はい、家訓、そうですか」
訂正。
過酷な環境で逞しく生きてるみたいです!!
「それに」
「ん?」
「私は戦況が悪化し辺境伯爵領が侵攻により奪われた際ネルビアに土地と共に渡される事が決まっておりましたから」
「……え?」
「我が家の戦いに長けた女児はその覚悟を持つよう教育されます。戦場に向いている私がそう育てられたのは必然ですの。ネルビアの首長や将軍への戦利品として下賜され子を成す事を強いられるのか、ベイフェルアに対し見せしめとして人権を奪われて戦の奴隷として扱われるのか、行ってみなければわかりませんわね。まあ、私の能力をしっかりと見定めてくださるのであれば、子を成すことになったでしょう」
「え、待って」
「ジュリ様」
さっきと何一つ変わらない優しい笑み。
「それがマーベイン辺境伯爵家です。いつでもこの身一つで領民を一人でも多く生かすため、家に帰すため、万が一の時は自分の命と引き換えに領土を荒らす者を一人でも多く道連れにするか、物同然の扱いを受けながら屈辱に耐える生涯を送るか、その覚悟を持っておりますわ。その家格と立場から令嬢などと呼ばれておりますけれど、辺境伯爵家の女児に生まれたその瞬間から私の人生は死や屈辱と隣り合わせ、人並みの幸せを夢見る事が難しい生き方です。それでも辺境伯爵家に生まれたことを誇りに思っております」
「クラリス嬢……」
「ですからジュリ様には心から感謝してしております」
「え?」
「希望を下さった」
彼女は言った。
「初めてジュリ様のお作りになったものを見た時、心がポカポカしましたの。なんて綺麗、なんて可愛い、目移りして口から出る言葉はそればかり。自分でもよくわからない高揚感が抑えられず眠れぬ程でした。そして穀潰しが領の財源となる、新しい職を生むと聞いて、また心が温かくなりました。そしてそれらが紡いだ此度のネルビア国との停戦協議、不可能と言われ続けたネルビアとの話し合い、それが可能になったんです。心が震えました、こんなことが起きるのかと、それをこの目で見ることを許されるのかと、心が、揺さぶられ、泣きましたわ……。ジュリ様がいてくださらなかったら、私は遠からず己の心を閉ざし覚悟のみを抱えてネルビアに渡っていたでしょう。それだけ、辺境伯爵領は疲弊していました。父が己の首を差し出してでも停戦しなければと思い詰めるほど、我が領は、ギリギリでしたのよ……それなのに、どうでしょう。こうして私はジュリ様の護衛としてネルビアに入ろうとしております、歴史的なその場に立ち会えるのです。本当に、感謝申し上げますジュリ様。この感謝は言葉ではお伝え尽くすこと等出来ません、ですから態度で、示させていただきたい。何があろうとも私があなたの盾となりましょう、傷はおろか、一滴の返り血すら浴びることなくジュリ様が無事ククマット・クノーマス伯爵領へお帰りになれるよう、全身全霊を持ってお守り致します」
私のしたことなんて、大したことじゃない。
そもそも、自分の欲望のため。
可愛いものを作りたい、その素材がネルビアにもある。それが欲しいから。
そして停戦協議に利用されるなら私も利用してやろう、これを機にネルビアが私の後ろ盾になるかもしれないと周りに知らせ、守りを固めようという打算。
真っ直ぐと無垢で純真な笑みを向けられて、恥ずかしくなる。
「……そんな、大層なものじゃ、ないから」
自嘲し呟いた。
「いいえ」
芯のあるはっきりとした通る声での否定。
「大層なものなのです。ジュリ様、ジュリ様がなさっていることは、些細なことですら、私達マーベインの人間にとっては、大層なことなのです。ジュリ様がどう思おうが、正直に申し上げますと私達には関係ありませんわ。私達にとって、ジュリ様は希望そのもの、誰がなんと言おうとも、それは揺るぎないことなのです。私達のこの思いはきっとご負担になるでしょう煩わしく思うでしょう、そんなことは百も承知、押し付けがましい迷惑な一方的な思いであることなど私達はちゃんと自覚しております。その上で信念と尊敬、敬愛でジュリ様をお守りする、命と引き換えてでもお守りする、私にとってそれは当たり前のことで名誉ですわ」
「クラリス嬢……ありがとう」
ぎこちない、私自身が納得していないのが伝わってしまう笑顔だったと思う。でも彼女は満面の笑みでそれを受け止めてくれた。
「そして何よりも。穀潰しを売り込むことで私自身を売り込めましたから」
……ん?
その驚くほど軽やかな笑みは一体。
「バビオ様にプロポーズ出来ました! そして既に婚姻に向け話が進んでおりますの!!」
「……えっと?」
「ふふふふっ、ジュリ様聞いてくださいまし! クノーマス伯爵様には及ばずともバビオ様は強いんですのよ、私より強いんです、是非バビオ様にも会って下さい、素敵な方でしてね、ちょっと寡黙そうな雰囲気と冷静沈着そうな面立ちが良いんです……―――」
はい。
ここから再びマシンガントーク。
危険区域を通過する緊張感はどこへ……???
「今の私、無敵な気がします。バビオ様に嫁ぐためにも死ねませんから。ジュリ様の敵はぜーんぶなぎ倒せますよきっと」
「あ、うん、今のクラリス嬢に勝てる人、いないよ、うん」
可愛らしくウフフ、と笑うその顔が、やけに頼もしかった。
わりと情報多めそして濃いめでこの馬車の移動も飽きずに済んだので良しとする。
この子だけじゃない。
家のために、と教育され我慢を強いられてきた令嬢は無数にいる。それこそこの世界で大陸中に階級制度や格差が生まれ定着してからどれだけの女の子たちが犠牲になってきたか。
理不尽だと思う。
不条理だと思う。
国のために? 家のために?
だからなんだと言い返してやりたい。
そんなの大人の身勝手な都合じゃないか、そんな身勝手のために子供を犠牲にして正しいと正義だと言えることが理解出来ない。
育った世界が違うからそんな事を言うと言い返されるかもしれない。
それでも私は、真正面から否定してやる。
子供たちを犠牲にして手に入れた名誉や地位なんて。
誇れるものじゃない。
栄華の礎になんてなるわけない。
(ま、好き好んで悪者になるつもりはないけども)
それでも今回の停戦協議が女たち、女の子たちの憂いのほんの少しでもぶっ壊すきっかけになるかもしれない。
目の前の女の子が決して悲観せず背筋を伸ばし前を向いているんだから。
(手助けとかお節介くらいは、やってあげてもいいよね。余計なことするなって言う奴はいるだろうけど)
マシンガントークを聞きながら、そんな事を考え馬車に揺られる私は結局はいつも通り好き勝手に勢いで我が道を行く未来しかないんだな、なんてちょっと苦笑した。
「それでねジュリ様!」
うん、マシンガントークも終わらねぇ……。
笑顔を返しておく。
クラリスについて書いておきたかったので (笑)。
シャーメインといつか戦わせてみたい気もするのですが、ロディムとバビオの心労が大きすぎるのでやめておきます……。
次回更新は3月4日です。
(※初回更新時3月1日と記載してしまいました。申し訳ありません)




