42 * 前日くらいは落ち着ついて
新章です。
文字数ちょっとだけ多め。
「ネルビアに行くそうだな」
「情報源はアズさんですか?」
「それもあるがあいつと同じで俺たちにもいくらでも欲しい情報を得られる手段はある」
「ああ、まあ、そうですよね」
「気をつけろよ」
「ネルビアにですか?」
「ネルビアではなく。ジュリ個人に対してはそう構える必要はないだろう。それよりもクノーマス侯爵家やツィーダム家、そしてマーベイン辺境伯家の今回の動きを面白く思わない奴らの妨害が飛び火するかもしれないからな」
「そうですね、それはグレイも警戒していて、行き帰りを特に注意する必要があると言ってました」
「そうか、あの男がそう言っているなら大丈夫そうだな」
「はい、てゆーか、普通に寛いでますけど、人魚は暇なんですか?」
「今日の俺は暇だ。優秀かつ信頼できる一族と仲間ばかりでな、長でもこうして暇な時間を作れるんだよ」
自ら暇を認めた人魚の長カリシュタさんはうちの店の二階でのんびりお茶を飲んでいる。
たまたま今日の店当番の一人である友人のスレインが突然やって来たカリシュタさんをどう扱って良いのか分からず二階に案内してきたら、彼はそのままなんてことない顔して椅子に座った。で、今に至る。
「頼まれている礼装の引き渡し期限までまだまだ時間がありますけど?」
「ああそっちは良いんだ、期限までに出来れば問題ない、信頼しているしな。純粋に明日出発するジュリを心配して顔を見に来ただけだ」
そう。
ついに。
ネルビア首長国に行きます!!
来てほしいって言われたので行ってきます、停戦協議では座ってるだけが仕事な私だけども。
周りはこの件でだいぶバタバタしていたけど、私は至っていつも通り。
うん、協議で座ってるだけだからね。
なんじゃそりゃ、と何度も何度も首を傾げることになったけれど、それについてはカリシュタさんが太鼓判を捺してくれた。
「気にするな、あちらは本当にジュリに来てほしいだけだ」
「それ、何でですか? どうやら【彼方からの使い】が行くことにとても意味がある、言い伝えでそれがネルビアにとって吉兆の証しだ、的な説明はされてるもののなんかよくわからなくて」
「アズに聞かされたか?」
「いえ、停戦協議の話が本格化した辺りにクノーマス家やマーベイン辺境伯家から間接的にです。アズさんはそのことには殆ど触れずって感じで。行けばわかるよ、みたいなことしか」
「そうだな、行けば分かる。あちらにとって新しい素材の提案をするんだろう? 【彼方からの使い】として正しく役目を果たすために招く、神の思し召しにネルビアは従ったまで。ヒタンリ国が良い前例だな」
「はい?」
「レッツィは言い伝えが自国のものだと信じ切っているが実はネルビアに限らず【彼方からの使い】が神の思し召しの通りに役目を果たす事で恩恵が齎されることはどこでも起こり得る。ただそれだけのことだ、存分に物を作って来い。しかも予定しているもの以外もな」
「えっ」
このときの私、相当驚いた顔をしたらしい。カリシュタさんがめっちゃ笑った。
「え、私ネルビアで穀潰し様以外でもなんか作るんですか?」
「そりゃそうだろう。まあ、作らなくてもどうせヒタンリ国に行った時のように今までなかった考え方やアイデアを撒き散らすくらいはペラペラ喋るだろう、それで囲まれ忙しくなるんじゃないか? あまり構えなくていいぞ」
「ええ……。私今度こそ、のんびりゆっくり観光出来るかと思ったのに」
「人間の国でジュリはそういうのは推奨しないな。なんせ最弱だろ」
あ、はっきり言うんですね。そうだ人魚は見た目に反して口悪いんだった……。
「そのうち人魚の島に来い、またエルフの里でもいいぞ。その時は俺もつきあってやるし」
「いや、そのへんは遠慮したいです……またなんか変なもの厄介なもの押し付けられる未来しか見えないので」
人魚の島は興味あるけど ……なんか押し付けられるのだけは、本当に困るのよ。だから行かない。
「ジュリが安心安全に観光出来ると言ったらその二箇所だぞ、他だと碌なことしない人間が溢れているから危ないし、最弱クラスの魔物に遭遇しても倒せないんだから。スライムを潰すのは得意と聞いてはいるが」
「なんでそこだけしっかり正確に把握してるんですかね」
遠い目になった私をやっぱりカリシュタさんは揶揄い混じりに笑う。
「まあとにかく。ネルビア国内に入っているときはあまり神経質にならなくていい。ネルビアもジュリの身辺には最高の人材をあてて警護にあたるだろう。グレイセル・クノーマスもいるし、他にも腕の立つ者を連れて行くなら大丈夫だろうし協議の時は役立たず上等とふんぞり返って椅子に座っていろ、それでも喜ばれるから。そして後はいつも通り、ネルビアの奴らが混乱し走り回るくらい好きに物作ったり喋りたいこと喋って来い」
「なにしに来たんだ、人魚の長は」
グレイ、そんなに嫌そうな顔しない。
「単純に心配になったから顔見に来ただけみたいよ。有り難いことよ。あ、グレイにも宜しくって言ってたわ、次は顔出せよ、また腕試ししような! って」
「私はもう会いたくないな」
だからそんなに嫌そうな顔しない。
「そんな事言わないの。お守り貰ったんだから」
「何?」
「グレイの分も貰ってる。グレイがいるなら大丈夫だろうけど、本当に万が一グレイと離れている時に緊急事態に陥ったら使えって」
私はカリシュタさんから渡された、綺麗な色の石が付いたシンプルな皮のネックレスを二本テーブルに置く。
すると突然グレイがハッと息を漏らし目を見開いた。
「気付かなかった……その石、普通の魔法付与ではないな?」
「そ、つまり」
「……『神具』」
「貰った、というか押し付けられた」
グレイがテーブルに突っ伏した。
【神具:海の回廊玉】
海底深くに時折発生する『深海の水宝珠』に海の支配者カリシュタが己の力を込めたもの。
持ち主の祈りに反応してその場に海の回廊へと繋がる入り口を発現させる。回廊玉の持ち主しか通れない。他の者が通ろうと足を踏み入れるとそのまま深海へと繋がり溺死する。
回廊は水のあるところならば如何なる場所にでも繋がるので入る時に強く念ずると行きたい場所へと導く。
持ち主は海の支配者が認めた者のみ。それ以外の者が手にすると壮絶極まりない悲惨な不幸が訪れる。
「って、ちょいちょい物騒な事が含まれる説明されつつ押し付けられた。使わずに済むならそれに越したことはないし、使わなかったら後で回収にくるって」
「はあ、そうか……」
「ついでにこんなものが世の中にあるって知られたら大変なことになるからいらないですって断ったよ、一応。でも『どうせ二人にしか使えないし奪われても奪った奴に不幸が訪れるだけだし』って。じゃあお守りとしてお借りします、って何とか納得してもらったのよ」
「なんでだろうな」
「うん?」
「厄介なものが手に吸い寄せられるようになってきた」
「うんごめん、それは私のせいだと自覚ある」
こんな会話するの私たちだけだよ、というボヤキにグレイは遠い目をした。
素晴らしく高性能な御守りを借りたと開き直り、今日は明日の出発前の最後の荷物の確認をしようと二人で庭に出る。今回は非公式とはいえ停戦協議という歴史的な事が行われることと、マーベイン辺境伯爵様とご令嬢にクノーマス侯爵家からはエイジェリン様、ツィーダム侯爵家からはヴァリスさん、そして私の護衛を主に全体の危機管理責任者としてグレイが、つまり伯爵家以上の高位貴族が他国に目的を持って入国するため、公的な礼儀を尽くした形にすべきだろうとなったため馬車での移動となっている。
そのためそれなりの荷物があるし、護衛としてお馴染みのエンザさんとセルディアさんたち二組の冒険者パーティーも同行する大所帯。更にマーベイン辺境伯爵領に入った時点でエイジェリン様率いるクノーマス侯爵家一行にはルリアナ様のご実家ハシェッド家からもルリアナ様のお兄さんである当主と、ツィーダム家も合流するため、護衛や侍女さんなど含め百二十人超えとなる大所帯。
「……国境越える時、壮観だろうね」
思った事を口にしたのに対し、グレイはちょっとだけ笑った。
「複数の家が集まって移動となればこんなものだな」
「そうなの?!」
「ベイフェルアは王族一人あたり最低でも七十人が同行する」
「はっ……想像つかない。そんなに連れて行っても邪魔だしお金掛かるし意味なくない?」
「まあ、そんな人数で押し掛けられたらたとえ王族といえど迷惑がられるな。騎士団にいた頃護衛として駆り出された時にテルムス公国の公邸の者たちに冷ややかな目を向けられた記憶は忘れられない。威厳を示すためとはいえ、やり過ぎは良くないという例だ」
ベイフェルア、そんな威厳を示すためなんて無駄な出費をする前に財政なんとかしろ。
驚いたりモヤモヤしたり気持ちの変化が忙しい私がグレイの隣で見てもわからないけど取り敢えず聞いておこうと馬車の最終点検を見ていたらローツさんとセティアさんがやって来た。
今回はハシェッド領やヒタンリ国を訪問した時よりも長くククマットを離れるのでローツさんは領主代行として残ることになっている。
その補佐を少しでも出来ればとセティアさんも張り切ってくれていて、息子のリードくんはクノーマス領中央地区に居を構えるセティアさんの祖父母を呼び寄せて子育てに協力してもらっていて、それに合わせて仕事復帰に向けての準備も始めたこともあり、お言葉に甘える事にした。セティアさん、本当にバリキャリ目指して気合い十分なのはいいけど無茶だけはだめよ! 体調管理大事! 健康大事!
「明日は早朝に出発と聞いていたので今日のうちにお見送りの挨拶代わりにお顔を見ておこうかと」
セティアさんはニコニコしながら私の手を握る。
「無事に帰ってきてくださいね、私は……それが一番です、他には何も望みません」
「ありがとう、絶対無事に帰ってくるから」
「はい、必ずですよ?」
「勿論!」
ギュッと握り合った手は温かい。凍える寒さが吹き飛ぶんじゃなかろうかと勘違いしそうなくらいには、心もすごく温かい。
「それにしても、ジュリさんとグレイセル様の荷物専用馬車だけで三台ですか。一台は身の回りのものとして……二台はファーボンボン製品ですか?」
「そうだね、殆ど穀潰し様。ハシェッド領で作られているものを持っていく予定だったのを変えてもらったのよ。あちらは直接私を招く事に意味があるみたいでしょ? それならこのククマットで日々私の目の届く所でおばちゃんたちが自由に作っている物を持ち込むのが意味があるかもってね」
「意味、ですか?」
「ハシェッド領と、マーベイン領も順調に生産体制は整いつつあるけど、今作っているのは私が初期に提案したものと、そこから派生したものが主流なわけね。二領はそこからさらなる商品開発力が出てきたか、と問われるとちょーっとまだ半端な状態で。そんな状況で、大首長に見せるものを作らせるのは私のプライドが許さなかったから。少なくとも人任せで『まあこれでいっかぁ』な作品を堂々と紹介するのは、【彼方からの使い】としても、やっちゃいけないと思ったのも正直なところ。このククマットの物は私の目で見て最高の出来で、そして欲しいと思えるもの。おばちゃん達がその腕に自信があって、誇りを持って作ってくれているものをどうせなら紹介したいじゃない? 大首長も、そういうのを望んでるんじゃないかな、って勝手に思ってる」
『そうですね、その通りです』とセティアさんは穏やかに微笑んだ。
早めの夕食にローツさんとセティアさん、そしてセティアさんのおじいさんおばあさんとリード君も招いた。
最初おじいさんおばあさんはリード君が泣いたりしたらご迷惑だとかなり遠慮し断ってきたけれど、しばらく会えなくなるし賑やかな夕食は楽しいからと少々強引にお誘いした。それにはちょっとした提案というかお願いがあったから。
「ローツ君の補佐を、我々がですか」
グレイからの提案にお二人はきょとん、とした顔をした。
既にセティアさんの実家である伯爵家から出て絶縁しているお二人としてはその意味が分からず、と言ったところかな。
いや、でもね、こちらとしては凄く凄く、お二人がローツさんの補佐をしてくれるメリットが有る。
「表に出て貴族との付き合いをして欲しいのではなく、二人には裏方として定期的に 《ハンドメイド・ジュリ》と 《レースのフィン》関連を中心に顔を出して欲しい」
「顔を出す? そのようなことでしたら構いませんが……一体何故です?」
セティアさんのおじいさんはそれでもやっぱり分からない顔をしているしおばあさんもちょっと困った顔をしているからやっぱり何故そんなことを頼まれるのか分からないらしい。
「ジュリの言葉でいうと、『監査役』というのになるのかな」
「まあ、実際には私のいた世界の『監査役』って内容は結構違うけど、うちの場合は完全に言葉の意味でお二人に監査役をしてもらえると死ぬほど助かる!」
あのね、うちの女性陣はおばちゃんトリオとウェラを筆頭にまあ自由人。商長が自由人だから仕方ねぇな!! とハルトに何度か言われているけどそんな自由人商長ですら持て余す時がある。
「俺一人でアレを纏めるのか」
私たちが揃ってククマットを離れる時のローツさんの口癖にもなってしまった自由オブ自由な女性陣。
そんな彼女達にも気を遣う相手はいる。
今まで見てきて気付いたのは、自分たちより明らかに歳上の貴族の人達に対しては自由度がかなり抑えられるんだよね。
これはご隠居ことナグレイズ前子爵とのやり取りを見ていてグレイが気付いたこと。
そして言われてから観察してみるとグレイのご祖父母、クノーマス前侯爵ご夫妻相手にもその傾向が見られることがわかった。
つまり彼女たちは貴族でも歳上の場合だと色々気を遣う、敬う、という事が発覚。
特にセティアさんのおじいさんとおばあさんに対しては二人がクノーマス領中央区に居を構えた背景も知っている事から、そりゃもう気を遣う。
「監視と査定、略して監査役としよう」
そういうポジションの人が欲しいと思っていたところでお二人が春までククマットにいるというのでね!!
定期的にお店や工房、倉庫などを回ってもらって規定に沿って仕事が行われているか、管理されているかを記したチェックシートに最低一、最高五ポイントのポイントで記載してもらい、そしてコメント欄に良いこと悪いこと何でも良いから書いてもらう。
規模が大きくなって手も目も回らなくなる部分が出て来たし、それを理由に様々な問題を『仕方ない』で済ませてはならない。
丁寧に説明したことで納得してもらえたので良しとする。お二人が今後『監査役』のモデルケースとなるはずなのでデータを集めて将来に活かしたいところ。
気づけば外は真っ暗闇。
雪がまたチラチラ舞っている。
さあ、いよいよだ。
今日はゆっくり休もう。
ネルビア首長国編開始ですー。
ここまで寄り道たくさんしたので長かったなぁ! という作者個人の印象もありつつ、登場人物多くなりすぎて大変だと分かってるのにまだ増えるような設定でゾッとしつつ、ネルビア編も寄り道しつつなので話数多い! 人増える! と失笑しつつ。
とにかく飽きずに読んで頂ければ幸いです。




