41 * とある人々と高貴な人、陰りを語る
文字数多めです。
二カ国の立場の違う人たちの視点、という感じで読んでいただければ。
―――カッセル国南端のとある街にて、とある館の使用人たちの語り―――
「サリエお嬢様、また徘徊してたんですって」
「おかしな話よね……普段は一歩も部屋から出ないのに」
「ほら……夜だと自分の顔を見られることもないって、無意識にわかってるのよ」
「ああ、そうかもな。あの徘徊だって、本人は覚えていないって話だ」
「明るくて、気さくな方だったのにな」
使用人たちの休憩室となっている部屋で、午後の一息をついていた時、仕事仲間がサリエお嬢様の話を始めた。
(我儘で、気分屋で、大変な事が多かったけどね)
使用人でも男と女でサリエお嬢様はその態度を変えるような人だった。男は若ければ若いほどお嬢様の評価は高め、女は若ければ若い程口には出せないけれど評価は低めというのが私たちの暗黙の了解だった。
ただ、暴力を振るうことはなかったし、寧ろ選民意識が強めで下っ端の私たちとはほとんど接点がない方ではあったので、評価は低いものの特別恨み辛みなんて抱いたことはない。
そんなお嬢様がカッセル王家に養女として迎えられ実家を出られると聞かされた時は内心ホッとしつつ名誉なことだと私も少なからずお祝いする気持ちはあった。
王宮へ入ったらもう会うことはなくなるはずだった。
どこか王家の縁の家や人物に嫁ぐ人。
私たちとは違う世界の人のまま、もうお会いすることはないと思っていた。
「誰か奥様の所へ薬草茶をお持ちしてくれる?」
私たちを束ねる最年長の侍女が疲れた顔をしてやってきてそう声をかけてきた。
「今用意します」
「薬草茶ですね、私持っていきます」
「侍女長も疲れてるよな、少し休んだほうがいい」
「私のことはいいから、奥様は夜明け前からずっと起きててまだお嬢様に付き添ってるの」
サリエお嬢様が連れ戻されてからずっと起きていらっしゃったのか、と一人が呟いて険しい顔をした。
ベイフェルア国から強制的に転移で戻されたというサリエお嬢様。
詳しい話は私たちは聞かされていない。せいぜい噂話を外で拾ってくるくらい。
それでも、共通して聞くのは他国で無礼を働いたということ、王家から見捨てられたこと、そしてカージュ家はその後間もなく全てを売払いこの地に移り住んだこと。
私たち使用人に中心部に戻る余裕なんてないから、このまま私たちもこの地で生涯を終えることになるだろう。
お嬢様の顔を見て、そしてその変わり果てたお姿を見て、どれだけの無礼を働いたのかと戦慄したのは私だけじゃない。
呪いによって刻まれた頭上からまっすぐ胴体に走る赤黒い一本線。
治療が遅れたため、二度と消えないのだという。
たとえ無理に剥ぎ取ったとしても、必ずまた浮かび上がるのだという。
赤黒い一本線を見るたびに絶叫し顔面を掻きむしろうとしたり壁に打ち付けようとするため、館には鏡が殆ど置かれていない。スープに映るぼんやりとしたその姿にすら発狂し、スープはそうならないものを作るようになったと料理人が言っていた。磨き上げられた調度品も、外国から仕入れる高価なガラス窓もダメ。
かつて富と権力の象徴と讃えられたカージュ家の面影はもうない。
お舘様と奥様は度々中央から訪れる人達を追い返す。その顔は今にもその人達に襲いかかるのではないかという、恐ろしい顔をしている時もあると同僚が言っていた。
やり手の大臣として地位も人脈も富も名声も手に入れたお舘様はそれらを捨ててここに居を構えることになった。
時折『後悔している』と呟くのを私たちですら拾う。全てを捨ててきたことではなく、お嬢様を王家の養子に出したことなのだと最近周りから教えられた。
「ねえ、聞いた?」
また同僚が噂をどこかで拾ってきた。
「今中央が荒れてるって」
「そうなの? この前王位継承がなんだと騒ぎになったばっかりじゃない?」
「それだけじゃないって。なんかね、外国から物が入って来なくなって、物凄く物が高くなってるって」
「そりゃ大変だな、なんでそんなことになってるんだよ」
「それなら僕も聞いたな、アルマジュ石が売れなくなったって」
「はあ? 売れないなんてことあるのかよ?」
「他でも産出してるからね、この国の特産ってわけじゃなかったでしょ元々」
「あー、品質が良いのと昔から流通の要として中心にはいたけど、隣の国とか自治区とかも採れるしな」
「この前王家で色々あったらしいじゃない? それを機に外国の取引先が次々手を引いてるって」
「それ本当か?」
「王家直営とか、そのつながりの商家が資金繰りに苦労してるって。おまけにポーションも手に入らなくなったとかで、色々悪循環で物価高とかなんとか」
「お前詳しいな」
「だって王家に卸してた商人って人から聞いたんだもん。その人達もこれはやばいってさっさと中央すててこっちに引っ越してきたって言ってた。ここだと自治区挟んでフォンロン国南部に行きやすいし交易も盛んでしょ、今中央の商家で身軽なところは他に移ってるみたい」
中央にいると王家に搾取されるだけだからとも言ってた、という言葉に私たちは苦笑したりため息をついた。
本当に最近は中央のいい話は聞かない。王子の一人が暗殺されたとか、バミス法国から本格的に圧力を掛けられ始めたとか、王族として嫁いだはずの人達が離婚し行方をくらましたとか。更には民事ギルドで買えるはずのあらゆる特別販売占有権の『最新の大半』が凍結されていてその凍結原因も王家にあるらしいというまことしやかな噂もある。
一部の地域では税金が上がったらしい。そこは奴隷商がいくつかあったけれど今は全てなくなり収益が見込めなくなったことでその負担が住民たちに押し付けられた話は有名だ。
「王弟殿下が思慮深い方って話だ、その人が王になればいいのに」
「でも宰相なんでしょ? 王太子殿下だっているしね」
「継承権はあるんじゃなかったかな。しかも王太子殿下って、他の王子の暗殺が起きてから雲隠れしてるんじゃ?」
「あれ、宰相が身の安全のためって匿ってるって話じゃ?」
平民の、しかも国の南端にいる私たちは、噂によって齎される真実と嘘とが混じり合った不確かなもので日々時間を潰す。
きっと、本当に、心から幸せだったら、不安なんてない未来が想像出来るなら。
こんな話はしないんじゃないかな、なんてふと思うけれど、どうすることも出来ない私たちはやっぱり毎日繰り返す。
自分の姿を映すものが限られているこの広く立派でいてどこか物悲しい雰囲気に包まれる館の中で、人によって運ばれてくる噂話にほのかに期待しながら。
―――ヒタンリ国王宮にて第二王子と第三王子の語り―――
近頃カッセル国王家より兄上、つまり国王陛下宛に頻繁に書簡が届く。
内容は同じで、【彼方からの使い:ジュリ】に特別販売占有権の売買凍結を解除するよう説得してほしいこと、公式に謝罪の席を設けるので仲裁をしてほしいこと、その二点だ。
「兄上、どうされますか?」
「何がだ?」
「陛下が……」
すぐ下の弟である第三王子は言葉にするのを躊躇って、曖昧な笑みを浮かべる。
「カッセル国を見てこようかな、と呟いていたらしいですよ。側近がそれを聞き逃さないで報告に来ました」
私は頭を抱える。
どうしてあの人はいつも。
脱走癖のある国王なんて前代未聞だろう。
ネルビア首長国の大首長もふらりと姿を消すことで有名だが、それでもあの尊い方は余程の理由がない限り必ず側近や護衛騎士を伴うと言われている。反対にこの国の国王は余程の理由がない限りお供の一人も伴わず一人で行方をくらますのだ。
お陰で我々は捜索やらその事実隠蔽やらで胃が痛む。リンファ様が非常に憐れんでくださり、よく効く胃痛止めに特化した、しかも飲みやすく考慮されたポーションを安く売ってくださる。最近はリンゴ味でさっぱりとした酸味と清かな甘みが非常によい。
「縛りつけるぞと脅しておけば一週間位は大人しくしてくれるだろう、あとはリンファ様にご報告を」
「分かりました」
リンファ様には弱い陛下だ、それでさらに大人しくなり我々の胃も少しは保つだろう。
それにしても……。
カッセル国だけではなく、先日のジュリ殿の離婚の件は多方面に影響している。
「それと、これはどうします?」
「来週から視察でクノーマス領に向かうだろう、その時に直接お前の手から渡して侯爵に相談してくれ。私と陛下からも先んじてその旨について一筆送っておく。……可能ならばツィーダム侯爵にもその席に同席してもらえるといいな」
「そうですね、全く……相手にされないからと手当たり次第に繋いでくれる所を探す気持ちは分かりますが、だからといって何の接点もない我が王家にいきなり嘆願書を送ってくる厚かましい者が出てくるとは思いもしませんでしたよ」
弟の呆れた言い方に同意し私は頷く。
「その厚かましさが仇になっていると気づかぬ阿呆だ、こちらも無視して構わない」
先日からベイフェルア国の中立派の複数の貴族家からそれぞれジュリ殿と話をする席を設けられず困っている、どうか仲介してほしいという旨の手紙が届くようになった。
クノーマス家とツィーダム家が率いる中立派の家が、である。
一体なんの冗談かと思った。
しかし、調べてみてなるほどと納得した。
以前からジュリ殿を過剰に『神聖化』しようとする一部の存在があった。それに関して元々クノーマス家が徹底的に潰して来ていたし、我が国が後ろ盾になってからは我が国もそうしてきた。なぜならジュリ殿がそういった動きを嫌悪するからだ。
その嫌悪たるやこちらがその手の話をするのも躊躇うもので、バールスレイド皇国では『うるせぇ黙れ』『二度と【技術と知識】の提供しねぇぞ』『次言ったら無視するからな』とかなりの暴言を吐き散らかして黙らせた、なんて話ももたらされている。
我々も当初は距離感を測るためにそんなことを言っていたが、言われた瞬間のジュリ殿の目は完全に冷めて、笑っていない。そして常に隣にいるクノーマス伯爵はそれを瞬時に察し同じような目をする。その時点で『禁忌』なのだと理解することになった。
我が国があくまで事業展開優先、契約優先による『共闘』に近い関係なのもそれがあるからだ。
ジュリ殿は自分の立ち位置について非常に潔癖な性格なのだ。
そしてクノーマス伯爵と離婚後。
守りが弱まったと勘違いした一部の貴族家がジュリ殿に擦り寄ろうとしておべっかのつもりで言い出したらしい。
『もの作りの女神』
『神の手を持つ【彼方からの使い】』
『技術の聖女』
など。
それで起きたのが、完全拒否だ。
ジュリ殿が一切相手にしなくなったのだ。
今までなんとか中立派同士ということで繋がっていた関係をジュリ殿が自ら断ち切った形だ。
そして当然クノーマス伯爵も。いや、彼の場合今まで以上に警戒心は強くなったように思う。彼女を守るための牙を隠さなくなったのだ。一歩対応を間違えば即座に切り刻まれ、彼の飼いならす魔物の餌にされるだろう。
ジュリ殿が取引どころか交渉の席にもつかず、会話にも応じない。
これはつまり、いくら彼女の特別販売占有権を購入してもその先、その奥にある彼女の目指す芯の部分を知ることが出来ないということだ。
特別販売占有権を購入後、それらを作れるようになり販売にこぎつけたとしよう。
その先には、その品質の維持、そして改良、改善がある。
占有権を登録した者がそれらを再登録したり更新しなければ、購入者が自力で独学でそこまでやらなければならないのだ。
ジュリ殿が登録されているもののほとんどは、登録された当時のままだ。
一度聞いたことがある、『策略として意図的にそうしているのですか?』と。
「……大変、申し訳ないのですが。そんな暇がないんです、ごめんなさい、ホントに、ええ、しなきゃなぁと思うのですが、余りにも多くてですね、初期も初期のスライム様の取り扱いの更新すら最近は、できておりません、なんかもぉ、やりたい人好きにやれやぁ、不良品作らなきゃいいさぁ、頼むぜぇって感じになってしまって。はい、申し訳ございません……」
と返された。
素でそう返された。
意図せず彼女は楽して利益だけを得ようと搾取するような者たちを篩に掛けているのだ。
おべっかを使い擦り寄ろうとする者もその手の者だ。
そしておべっかが行き過ぎて、『禁忌』に触れた。
それだけのこと。
それに気づかぬということは、その程度の者なのだ。
「ちなみにですが」
「なんだ?」
「余計なことを吹聴して機嫌を取ろうとしたその者達の一部に突然の経営不振や対人トラブルでかなりの大打撃を受けた所も出始めたようですよ」
「ああ、きっと守護神様が【神の守護】を発動なさったのだろう、当然の報いだ。ジュリ殿が妙な形で神格化でもされると身動きが取りにくくなるだろう、それが【神の守護】発動条件に触れたのだろうな」
私のその見解に今度は弟が同意し頷いた。
どんなに上が優れた為政者だとしても必ずいるのはその輪を乱したり理解せず属する者。
中立派としても頭の痛い話ではあるだろうが、こちらとしては国が違う上に接点もない者の図々しい願いを聞く義理はないので話を通し国内でちゃんと処理してもらおう。
「まったく、本当に理解してませんね」
「何がだ?」
「こちらを頼るということは、ジュリ殿の後ろ盾であるこの国を認めるということですからね。頼れば頼るほど、我々に借りを作ることになります。それを理解しているからクノーマス家、ツィーダム家、そしてアストハルア家は独自のルートを獲得し我が国との交流を深めて行こうと模索しています。頼るのはジュリ殿だけが許されたもの、他は必ず何らかのリスクを背負うということを理解していない家がまだ多すぎます」
「そうだな」
私は顔も知らぬベイフェルア国の貴族の手紙を破り捨てる。
「ジュリ殿のカッセル国への対応をしっかり見ればわかるだろうに……。離婚されたからこそ、どこまでも冷酷無慈悲になれるということを、知らぬ理解せぬ者が多いな。柵を一つ捨てた事で身を守る物を一つ失ったのは確か、しかし、元々神に愛されている、それがジュリ殿を除いた人間にどのような影響を与えているのか、考えてほしいものだよ」
そのうち、中立派の一部の家はクノーマス家とツィーダム家両家から締め出されるだろう。
ジュリ殿に敬遠され、問題を抱えた時点でその家が先に選べる選択肢など限られている。
おべっか等で彼女を安易に讃えてはならない。
何故なら。
神が望みわざわざ召喚してまで寵愛する人なのだから。
浅いうわべだけの言葉など、神にとっては耳障りなだけだろう。
「今後少しずつベイフェルアは荒れるだろう、まあ、我々には関係ないことだが。ジュリ殿と共に成長する、そして助けを求められたら助ける、それがヒタンリ国だ。……ただ、愚かな者があまり増えないでほしいところだ。それはそれで無意味にジュリ殿の周りを乱すしジュリ殿が心を痛めることもあるだろうからな」
我々は国を守る義務がある。
国を繁栄に導く義務がある。
決して私利私欲で動いてはならない。
それが王族に生まれた運命だ。
その運命に抗う、捨てる人生もあるだろう。
しかし。
私は従い務める人生を選んだ。
だからこそ。
静かなようで実は激動の時代に入った今を民を導く事を許された端くれとして選択を間違うことなく生きたいと思う。
その激動の中心にジュリ殿がいる限り、我々は支え共に成長する努力をする。
それが、今代のヒタンリ国王族の国と民の為の信念なのだから。
次回更新2月1日です。
ザマァって感じではないかもしれません。
でも問題を起こした後って、後味悪いことがこう、なんというか、しつこく纏わりつくんじゃないかなと思うんですよね。それをちゃんと解決に導くなり心を入れ替えるなりすると状況がいい方向に動き出す兆しって見えるはずなんですけど、それを怠ったりまだ責任転嫁するようだとジワジワと更に悪いことがやって来て纏わりつく。そして身動き取れなくなって身を滅ぼす、そんな気がします。
ヒタンリ国の王子にはそれが見えている、それがなんとなく伝わるお話書きたいと書いたらこうなりました。もうちょっと上手く表現したいです、ホントに。




