41 * なるほどそりゃ大変だ
アズさんがかなり適当に紹介していたことを聞かされて脱力した私。
「あの男は元々適当な所があるぞ」
「ああ、そうですか……」
ちょっと遠い目になった私を見てカリシュタさんが苦笑する。
「アズに振り回されたか」
「いえ、まあ、はい……」
気を取り直し、カリシュタさんが会いに来た理由を聞くことに。
「我々のことはどこまで知っている?」
「どこまで……と言われると判断に困りすね、はっきり言えることは詳しくは知らない、とだけ」
「そうか、ならばまずは単刀直入に会いに来た目的を言おう。君に我々でも身に付けられる地上用の服を作って貰いたいということだ」
この時私は首を傾げた。だって普通に服着てる。そもそも、髪の毛と目がド派手な色で顔立ちもド派手、そして健康的な肌色という以外は人間そのもの。エルフのように耳が尖っていることもない。なのでカリシュタさんたち四人が身につけている服はこのあたりでも売られているようなごくごく普通のもの。普通の服を着れているじゃんね?
「えっと、どういうことですか?」
「今のこの姿は地上にいる時の姿なんだが、エルフのように完全に姿を変えるということはしていない。見て分かるようにこの髪と目の色が同じこと、肌色が濃いめというのは我々人魚の特徴そのもので変えているのは耳と足、そして腕位だな」
話によると、彼ら人魚は元々人間とはそんなに関わり合いを持とうとする種族ではなく、しかも性格的に強めというか、キツめというか、とにかく悪さをしようとする人間は尽くボコボコにしてきたし時には脅して泣かせて甚振って『人魚は怖い』と思わせることしかしてこなかったので人間を恐れたり忌避したりしないんだそう。それはそれで面倒な人達だなぁ、と思ったことは内緒だけども。
で、そんな彼らは堂々と地上で行動できるんだけど本来ならばヒレのような形をしている部位は耳に、立派な水かきがあるしなるように動かせる足も人間の足に擬態させているんだそう。
そして腕だけど。
「腕には個体を見分けるに便利な髪と目のように普段は鱗がある。これも耳や足のように擬態させているんだが、腕の鱗は我々人魚にとって己を象徴する部位だ。そして力の象徴」
それの何が問題なのだろうと思ったその時。
「見てみる?」
問いながらも答えを待つことなくカリシュタさんの妹さんはその場で腕まくりをして。
「あっ!!」
「まあっ」
私とずっと黙って見守っていたセティアさんが驚きで声を上げる。
「腕の擬態は直ぐに解けるの、そして非常に目を引くでしょ?」
突き出された彼女の右腕。まず爪が急にメタリックな質感になって、そのメタリックな質感は一気に広がるように手首から肘、二の腕半分ほどに到達する。さらに爪先が変色をはじめた。紫色の髪と目の色を少し引き継いだ薄紫色のパールカラーの膜が覆ってそれが先程のように一気に二の腕まで広がった。そして丁度手首の辺りからその二の腕に、宝石かと見紛う程美しい艶めくメタリックな薄紫の鱗が発現していた。
窓から差し込む冬の柔らかな太陽の光でさえ、その鱗をこれでもかと輝かせる。
なんて、神秘的な腕か。
そこに違和感や異質感はない。
それもこれもその華やかな髪や目、そして顔立ちや肌色が負けていないからかもと思えた。
「……ものすごく、綺麗ですね」
自然とそんな言葉が漏れたのは私だけではない。セティアさんも小さな声で『なんて綺麗』と一言呟いてそのまま魅入っている。
宝石とは違う、魔石や魔物素材とも違うこの世界の中でも見ること自体が限られた特別なものに対して思う感情がそこにはある。
「服を着てこの鱗を出さないでいるんですか? もったいない」
私の放ったその言葉に四人が目を見開いた。
カリシュタさんからのお願い、いや依頼はまさにその鱗のある腕に関するものだった。
「袖のない礼装、ですか」
「君の言った通り、この腕の鱗は人魚である証であり誇りだ。しかし、地上では色々と不便だ」
「そうなんですか?」
「まずこの鱗は獣人の鱗を持つ種族のものとは全く違いかなり硬質だ」
そう、私もそのことには直ぐに気付いていた。獣人さんに鱗のある種族もいるけれど、彼らの鱗は皮膚に薄っすらと光るタトゥーが刻まれているような、そんな感じ。手で触らせて貰ったことがあるけれど引っかかるなんてことはなく、まるで滑らかな密着するそういう模様の目立たないボディペイントをしたような見た目。
一方で人魚の鱗は一言で表すと主張が激しい。
魚の鱗よりも遥かにゴツい硬質な鱗で、それが個々に形も色も違う。因みにカリシュタさんの鱗はまさに長にふさわしい、カンゴーム(黒水晶)のような照りと艶の強い黒色でしかも妹さんよりも大ぶりで鋭い鱗が多く厳つい。
「で、この見た目と硬さゆえ、よほど丈夫か耐性付与された布で作った服でなければ直ぐに割いてしまう」
「あ、なるほど理解しました」
要するに気を抜くと腕の鱗が発現してしまうから袖のある服、特に肌に密着するようなデザインのものは発現した瞬間に鱗が布を突き抜けちゃうわけだ。しかもカリシュタさんなんて鋭く厳つい鱗、まあ、袖は無残な姿に成り果てるか。
「今更なんですが、袖無しということは……寒さに耐性はあるんでしょうか?」
「そうだな、このククマット程度なら寒いとは思わん」
この凍える寒さを寒いとは思わないと!! 袖無しで確かにオッケーだわ。
「極地の分厚い氷の上でうっかり昼寝でもすれば風邪を引くこともあるが」
そんなところでうっかり昼寝って普通しない。そして人魚も風邪ひくのか。……わりといらない情報にクスッと笑ってしまったのは許して。
とにかく、人間なら凍死確定の所でも平気な人魚なら袖も上着もいらない。
ここでふと疑問。
「今までノースリーブ……袖無しの服ってなかったんですか?」
「住処で纏っているものは袖がない。だが基本的に皆似たりよったりの簡素なものを身に纏う」
「なるほど……そして、袖無し礼装って、要するに礼装でそういうものがあればってことですよね? つまりはあったほうがいい理由があるのかな、と推測してみたんですが……」
するとカリシュタさんははぁ、と何故かため息を漏らす。
「以前……若いのが人間相手にトラブルを起こしてな。和解はしたのだが、その相手というのが」
「あ、権力者」
「ああそうだ」
カリシュタさんの話では相手の当主が大変寛大な方で謝罪は必要ないと言ってくれたらしい。トラブルになったその当主のお子さんが人魚に遭遇して興味を持った事もトラブルに繋がった要因となっているし、何よりカリシュタさんがわざわざお詫びにと海で採れる希少な宝石『海流石』というものを持ってきた事に対して逆に恐縮したほどで、これを期に寧ろ友好的な関係を築ければ嬉しいと言ってくれたそう。
「まあ、本心としては……人魚相手にトラブルを起こすと後で大変な目に遭うのは人間だとよくよく理解している当主だったんだろう」
グレイがそう結論付けるとカリシュタさんも同意するように頷く。
「ヒタンリ国より更に北にある北方小国群の中で最も小さな国の貴族だから身分や家格にこだわりはあまり無いらしい。寧ろ小国ゆえ攻められたら直ぐに滅ぶという危機感を持っているようだ。我々を上手く取り込んで利用するというよりは良好な関係を築き人魚と敵対することがないようにしたほうがいいと判断したんだろう。頭を悩ませる問題が少なければ少ないほうがいいということだな」
「……こんな言い方失礼かもしれませんけど、そういう考え方をする貴族の方って、珍しいですね」
私が率直に伝えるとカリシュタさんたち人魚が面白そうに笑顔を浮かべる。
「この国で生きる君がそう思うのは仕方ない、この国は腐った考えの王侯貴族が多すぎる。だからこの国に俺たちが来ることは滅多にないな、そのせいで珍しがられて捕まえようとする馬鹿が減らないんだろう」
その言葉に苦笑したのはグレイとローツさん。その環境で育ち少なからずのそんな一面がある国だとその目で見てきたからこそわかっている故の顔と苦笑だとカリシュタさんたちも察したようで、二人のことではないとフォローしてくれた。
そんな人間に対する不信感がそれなりにある人魚ですら友好的に接してもいいと思えたってことはかなりの人格者。しかもカリシュタさんたちが独自の礼装が欲しい理由もその人物が絡んでいた。
「謝罪をした際に今後は良いおつきあいをしたいし、領民も人魚に迷惑を掛けることがないように可能ならその領に数日滞在し自分や領民と親睦を深めてもらえないかと言われてな。もちろん俺たちと親しくなることで海でやんちゃな人魚に船にいたずらされることを防げればという思惑もあると正直に告げられもした。悪意を感じなかったし何より差別的な態度や発言が一切見受けられなかった。ならばその招待を受けようと思ったわけだ」
「招待、つまり」
「その国の王族も招いた晩餐会の招待を受けた」
やっぱり、と自然と呟いた。貴族が招く、といのは基本的に庶民が人を家に呼ぶのとは全く違う。親しい友人を招くだけでもそれなりに体裁を整え招く。そして話を聞く限りではきっと人魚のためにそのご当主は人魚を貴賓として招く気がした。カリシュタさんもそこに思い至ったようで、それで頭を悩ませることになったわけだ。
「我々は人間が開く会に出席することは過去にもあったが、気を遣う必要など感じたことはない。が、今回は別だ。相手に失礼のないようにと思ったし、何よりこれを期に俺たちらしい礼装があっても良いんじゃないかとも思った」
「で、アズさんに話したら私を紹介されたと」
「我々とは別にもちろん後でお礼はすると言っていたぞ」
……エルフの里のもの、もういらない、とは言えずとりあえず笑って誤魔化しておく。
「お礼というより、お代をきっちり頂ければ問題ありませんよ」
悩まずサラッとそうこちらから告げると驚いた顔をしたのはグレイ。
「良いのか」
「うん、ちょっと興味ある。っていうか、もしかすると過去に却下されたデザイン、人魚ならいけるんじゃなかろうかと」
「なに?」
今度はカリシュタさんたちが驚いた反応をした。
そう、実はある。
かつてデザインしたものの斬新すぎるとルリアナ様たちに断られてしまったドレスのアイデア。
「肌の露出、全然気にしないんですよね?」
「そうだな、今日はかなり着込んでいるが薄着だと見ているだけで寒いという人間もいるから気を遣ってやっただけだ」
「なるほど……因みに、斬新なデザインは、抵抗あります?」
「うーん?」
カリシュタさんたちが首をかしげる。
「見てみないことには何とも……」
ならば見せようじゃないの!
書き殴りのデザイン画は思いつきで描き始めて途中でやめてそのままというのも含めそこら中に置いてあるので何が何処にあるのか探すのが大変だった。凡そ二十分人魚を待たせてグレイが見つけてくれたデザインに見覚えがあったローツさんが『ああ』と声を出した。
「コルセットをあえて見せるあのドレスか」
そう、コルセット。
あれをあえて見せる、というよりコルセットがドレスと合体しているようなそんなデザインをかつて考えていた。てゆーか日本にいた頃みたことあるんだよね、舞台衣装で『かっこいい』って思ったのよ。
そして男性の袖無し礼装。これは夏の暑い時期にこういうのどう? と提案したもののやはりこちらも斬新すぎるとグレイにすら難色を示され断念したデザイン。礼装の袖を無くした形なので夏でもかっちりきっちり服を着ている貴族にしたら確かに尻込みするものではある。
でもさ、そもそも寒さに耐性があり肌を露出することに抵抗がない人魚なら、着れる、っていうか着ると思う。だって見せた瞬間の目がキラキラしてるもん。
「まあ、こんなデザインはじめて!!」
「あたしこれ好き」
女性陣が途端に饒舌になったのに私も加わる。
「今お二人を見ていて思いついたんですが、正装とは違い厳しい制限はありませんから色もスカート部分のデザインもかなり自由に出来ると思いますよ。さらに上半身はコルセット風で余計な装飾がありませんから腕の鱗の負担にならないような羽織りや首に背中側に流すように長いオーガンジーを結んだり、コルセットの上部紐に大きな花やリボンを飾ったりと独自の特色を出せるかもしれませんね」
そう、実は見落としがちな問題が人間のドレスには存在する。
それは人よりも華やかにするという意味よりも、見下されないようにが優先されてしまう。徹底的な身分制度の中で生まれて定着した価値観と言っていい。ベイフェルア国は特に『派閥』による線引きがはっきりしているため尚更その価値観に拍車を掛けているのではと感じている。
だから起こるデザインを無視した過度な飾りや不釣り合いな宝飾品による『ダサさ』。
過去、その一言で何度グレイを不本意ながらもシュンとさせてしまったことか。
一方で豪奢でも素敵なドレスはある。それらは着る人に似合うよう計算されて製作されているものだから。ダサさとは無縁の豪奢なドレスを着こなせる人というのは本当に少ないけれどね。
人魚なら斬新なこのデザイン、着こなせる。
だって顔が派手だもん、髪も派手だもん、迫力美形ばっかりだもん。
「いくつか追加でデザインしますよ」
こうしてエルフに続き人魚とも知り合った私だった。
因みにある程度話をまとめ、今後ともどうぞよろしくという会話になった後そのまま彼らは帰るのかと思ったら、カリシュタさんがそれはそれは素敵な笑顔でグレイの腕をガシィ! と掴んだ。
「どこかいい場所はあるか? ちょっと腕試しに付き合え」
断固拒否、という顔をしたグレイだったけれどカリシュタさんだけでなく他三人にもがっしり掴まれ、逃げ道を失ったグレイは虚無な顔してドナドナされていった。エルフの里ではドラゴン達に連れ去られたけれど、人魚は人魚が直接連れ去るんだな、なんてことを思いながらローツさんとセティアさんと手を振って見送った。数時間後清々しい笑顔で戻ってきて彼らはリード君を構い倒し帰ったその裏で、グレイが『……面倒な、種族だ』と一言それはそれは嫌そうな顔をして吐き捨てたのが印象的だった。
人魚のお話はとりあえず今回はここまで。また後日登場しますのでお楽しみに。
次回更新日は1月28日です。




