41 * シーズン中は楽しめばいい
明けましておめでとうございます。
本年も『どうせなら〜』を宜しくお願い致します。
相変わらず騒がしく強気な性格の人たちに囲まれジュリも同じように爆走する一年を目指します。
クリスマス一色に染まったのはククマットだけではない。今年からはクノーマス領のトミレア地区、中央地区、西地区のそれぞれ大きな地区で同時に『冬マルシェ』が開催されることになった。
出店する屋台は暖かい飲食物だけではなくクリスマスシーズン限定の日用品など様々なものが各地区で用意されている。
この時期は雪に覆われがちなこの一帯もクリスマスというイベントを活用し、雪で雪像を作ったり大きな滑り台を作ったりと、雪を邪魔なものとして扱うのではなく楽しんでもらえるように工夫されている。特に三地区共通で横幅数メートルになる雪の滑り台が作られたけれど、上に登るための階段や側面の回りに色々な彫刻が施されそれぞれ特色ある物になったそうで、それを見るだけでもかなり楽しそう。
ククマット領はとても狭いのでそういった大きなものは作れない。なので至る所に雪像をつくり、公園には山積みにした雪で自由に遊べるようにした。木箱やバケツにスコップなどを置いたのでそれを使って自由にやってくれればいいと思う。
特段目新しい商品は今年はない。ただ各工房が創意工夫してデザインや色を変えて去年のクリスマス限定商品とは被らないように品物を用意してくれているので買う・選ぶ楽しさは変わらないかなと思っている。
そしてものつくり選手権もひっそりとこっそりと去年に引き続き行っている。特設会場に並ぶのは『雪』をテーマにしたもので、こちらも各工房に限らず貴族が満を持して出品してくれている。
そして様々な要因が重なって今年は獣人さんの観光客が一気に増えている。
特に大きな要因となっているのはやっぱり以前グレイが偶然助けた獣人奴隷の件。
ハルトの名前で処理されたものの、事実を知る人たちによってグレイの名前が広がっているらしい。きっかけはどうあれ、あの件が獣人奴隷解放にも少なからずの影響を与えていることから獣人さんたちの間ではハルトと共にグレイは英雄的な扱いになりつつある。
獣人奴隷となった本人やその家族 (主に公爵家)、知人、そして支援する団体などがせめてものお礼としてククマットにやってきて物を買い、お金を落とすという現象が続いている。
そして少し前のイベント、ハロウィーンを訪れた獣人さんたちが見たもの。
動物や魔物の着ぐるみを着てククマットを闊歩する人の群れ。
群れ、と言っていいのかは疑問だけど、とにかくちょっとおかしな方向に爆進中のハロウィーンでのコスプレが彼らの心をさらに掴んだの。『ククマットは獣人を忌避しない』という元々の地域性に加えて着ぐるみが当たり前に売り買いされている事が獣人さんが訪れやすい環境を作った。
「やっぱり転移であっさり来れる人たちって、お金持ってる人が多いわね」
「まあ、能力が高いからな。それだけ活躍の場があるから」
私とグレイの会話通り、ゆとりのある獣人さんたちは惜しみなくお金を使ってくれる。
「馬車による移動にかかる費用がそのまま浮く分富裕層と変わらぬお金の使い方をしてくれる。差別をしない、しにくいというだけでこれだけ違うことを周囲ももっと知るべきだろう」
そうだよねぇ、としみじみと隣で頷いておく。アストハルア公爵領があらゆる国内最大の市場のトップでいられるのはそういう差別を公爵家が代々許してこなかったから。能力の高い、人間よりも強い獣人を人種差別をしない分リスクがあるのも事実、暴力で脅され騙される人間もいるけれどそれを厳しく取り締まることで一定以上の悪質な犯罪が長年起きていないというのが公爵家が治める地域。獣人さん達を受け入れることであらゆる市場が広がりお金が動く。根強い差別含めそれらに対応する大変さはあるものの維持する分だけ恩恵は計り知れない。
極めて小さなククマット領だからこそ、その恩恵は目に見えて感じられる。
クノーマス家は勿論それに続くようにツィーダム家も積極的に獣人さん達相手の商売などに着手、超長距離転移が可能な獣人さん達を限定的に雇う『合意職務者』を積極的に採用し物流の幅を広げ始めている。
そうやってあらゆる要素を柔軟に受け入れることで独自に繋がりを強化しているクノーマス家とツィーダム家、そしてアストハルア家なので、そこにちゃっかり便乗している私はその分あらゆる素材を入手出来るわけで。名だたる豪商よりも素材入手が楽だし伝手がある。
それをフル活用したことで出来たのが、今回のクリスマスプレゼント。
先日完成したコカ様のキャニスターとマリ石鹸店とのコラボでクリスマス限定にしたライトエメラルド色とパステルピンク色の石鹸、それらに合わせたブラシやタオルのセットは参加賞として今回のクノーマス侯爵家が主催の脱出ゲームに招待された人たちにもれなく配られる。
そして脱出時間の短い順にトップスリーの人たちに後日届くことになるプレゼントがかなり豪華だ。
一位は螺鈿もどき細工でクリスマスリースを模した柄が入った十点セット。ツリーではなくリースを柄にしたことでクリスマス感が薄れただけでなくシンプルながらもバランスのとれた豪華な模様に仕上がっていて個人的に欲しいと思った程。元々はツィーダム侯爵家主催のオークションに出す予定だったものをこちらに回したということで、当然一点物揃いとなっている。
二位は応接間で時間を過ごす人たちも使用する耐熱ガラスのティーセット。侯爵家のものと被らない様に配慮されていて、まだまだ耐熱ガラスが貴重なこの世界なので欲しいと思う人は多いはず。クノーマス家の予備として用意されたけれどこちらも大判振る舞いとして侯爵様が出してくれた。
そして三位、こちらは穀潰し様をふんだんに使ったフィンとおばちゃんトリオの渾身作。
「……三位、これでいいのかな」
「いいんじゃないか? 母上とルリアナの反応もよかったしな」
「でもさ、これ……一位と二位と、ジャンル違い過ぎない?」
「ああ、まあ……」
私とグレイが微妙な反応になってしまったのは何故か。
先日の巨大シ◯バニアファミリーで勢いついた 《レースのフィン》の女性陣。もっと注目を浴びる物は作れないかとあーだこーだと意見を出し合い恐ろしく忙しい時期にも関わらず作り上げていた。
穀潰し様を全体に縫い付けたふわふわモコモコの巨大うさぎのぬいぐるみ。
真っ白な穀潰し様だけを贅沢に使用したそれはそれは触り心地抜群の巨大うさぎ。どこかの家の主になることは決定。
「穀潰し縫い付けたせいでうちの主より重くなったけどいいのかな」
「主だからな、ドンと構えて座っているのが似合う。いいんじゃないか?」
何故コレを三位のプレゼントにしたのか、こんな重い巨大うさぎは一体どんな部屋に置かれることになるのか、貰った人は果たして喜ぶのか、等と疑問はあるけれどクノーマス侯爵家がそれでいいというので深く追求しないことにした。
因みにこのフワモコぬいぐるみも気になる、羨ましいと呟いたロビエラム国王太子殿下の婚約者様のつぶやきを周囲が拾い損ねるはずもなく。
速やかにその話が 《レースのフィン》の主力たちに伝わって、婚約祝とは別にこっそりひっそりと、小さいけれど抱き心地抜群のフワモコうさぎファミリーが婚約者様に届けられることになり、そのお礼として王太子殿下と婚約者様のご実家から貴重な布や糸をたんまり頂くことになる。それらがロビエラム王宮の主となる『プリンス』と『プリンセス』、そしてうさぎファミリーの服として王太子殿下に献上され、そしてまたそのお礼として布や糸が……ということが繰り返されていく話はほぼ私は関与しないので割愛させてね。
しかし『謎解き脱出ゲーム』は面白い。
何が面白いって?
その結果が面白いのよ。
大人ばかりよりも、子供がいるご家族が脱出に必要な最後の鍵を見つけるまでのタイムが短いという結果だったから。
特に小中学生相当のお子さんがいるご家族ね。
頭の回転の速さだけでなく柔軟さが影響したらしい。ナゾナゾや問題を解くだけでなく、物を探す時の視野も子供たちのほうが広く、大人は引き出しや箱、花瓶と言った目に付きやすいものの中を主に探すのに対して子供たちは絨毯や絵画を裏返したり花瓶の中だけでなく底の裏面を見たり。大人が思いつかない場所を触ってひっくり返しまくったらしい。それが結果に大いに影響したのだから面白いよね。
そんな子供たちには私から特別にプレゼントを用意した。
「これ、贅沢ね」
そうため息を漏らしたのはルリアナ様。その残念そうな顔に笑ってしまった。
「高いものじゃないですし、デザインもそう手の込んだものでもないですよ?」
赤と緑のガラスを使った柊の形のブローチだ。これはツィーダム家が推進しているガラスを使ったアクセサリーをヒントにツィーダム家の職人さんと話し合って完成に至っている。
「参加賞としては妥当なところかなと思っています」
「これだけ綺麗なら売るとしたらいくらくらい?」
「んー、三十リクルですかね。庶民にはまだ高いですが」
「そうね、まだ高いわね……でも、ガラスを使ったら、三十リクルでこういうキラキラしたブローチが手に入るのね」
ガラスの透明度とカラーが豊富になったからこそ可能になったと言って良い。
高いものだけではなく身近な物を少しでも改良するだけでも環境はガラリと変わる。
庶民の購買意欲に賭けたツィーダム家の思惑は成功、現在カラフルな天然石や魔石の代替品としてガラスを使ったアクセサリーが飛ぶように売れており宝飾品の新たな市場開拓を独占している状況になった。
そこにクノーマス家と私も共同で参加、クノーマス家は資金を私はデザインやアイデアを提供しさらなる市場拡大を狙っている。
シュイジン・ガラスは別としてマルシェにもガラス製品を扱う屋台がいくつも出店していて、煌々と周囲を照らすランプや松明の明かりでキラキラと輝き一際目を引き集客につながっている。
「製造工程がもっと確立されればもう少し値段も下がります。そうしたら、もっと沢山のキラキラが出回りますからね、これからが楽しみですよ」
そう言えばルリアナ様が嬉しそうに微笑んだ。
「そうね、きっとそう遠くない将来、そんな日が来るわね」
さて、私は一通りクリスマスの雰囲気をこの目で確認したし、『脱出ゲーム』も不備がないことが確認できたし、後は心置きなく食べたいものを食べてやろうと意気込んだんだけど。
「……呼ばれてないよね?」
「呼ばれてないわね」
リンファがクノーマス侯爵家の脱出ゲーム部屋前でセイレックさんと当然のように待機している。今挑戦している招待客の方々が出てくるのを素直に静かに待っているのは良いけれど。
「なんで呼ばれてないのにそう堂々といるの?」
「そんなのなんとでもなるものよ!!」
物凄い自信と態度は本当に何処からくるのか分からない。
「リンファ様は何時でも構いませんよ」
そう言ったのはエイジェリン様。
「散々迷惑をかけている身です、クノーマス家はどんなことでも受け入れる所存ですから」
「ほらね?」
ほらねじゃねぇよ、とつぶやいた私は悪くない。
「これ、お金はかかるけど富裕層の新しい遊びとしては勿論、場所と資金さえどうにかなれば庶民でも楽しめるんじゃない?」
謎解きそのものよりも室内に配置されたオブジェや家具を見るのに忙しかったですよ、とセイレックさんに教えられた。二人はかなり早い段階で脱出の鍵を入手するところまでいっていたらしいけれど、参加賞以外の賞品を手に入れてしまうと顰蹙を買うからと遠慮してくれたらしい。
「そうだね、それこそクリスマスのような長い期間イベントをやる時に特設で用意できたら最高よね。いずれは一人十リクル位で挑戦出来るのが理想かな」
二人を誘い屋敷に戻ってそんな話をしながら私はクリスマスディナーを爆食いし、他三人は適度に食べながらお酒を飲む。そこにルフィナを連れてやって来たハルトも加わって賑やかなクリスマスディナーとなっている。
「ハルトは私より堂々とクノーマス家に出入りしてるのね」
「まあな、喉元過ぎればなんとやら、ってやつ。いつまでも引きずってたってしゃーない。反省してるならそれでいいじゃんって考え。なんだかんだ言いつつ今回みたいに面白い事はジュリがクノーマス家優先でやるしな。俺としては怒ってばっかりよりは楽しめる環境を維持することで俺の心も余裕が出るっていうのもある」
そんな話を聞いて苦笑するのはグレイ。この二人が過去のことは過去だと割り切ってくれていることにこの上なく感謝をしているからね。
「いちいち過去の話を蒸し返して揉めても時間の無駄だよね」
「そうそう、そんな事に時間を使うほど人間って寿命が長いわけじゃねぇし。ギクシャクしてるけどそれでもお互い努力して信頼取り戻そうとしてるんだからそれでいいかなって。今更クノーマス家がジュリに迷惑を掛けることもねえだろ、後はお互い譲歩して擦り合わせて、戻れるところまで戻って出来なかった所はまた別のことで埋めりゃいいんじゃん。そこを見極めて俺たちも適度に関わり直せばいいんだよ」
そこまでハルトが言ったらセイレックさんが口に付けていたグラスを離してテーブルに置いた。
「……ハルトはそういう事も言えるんですね」
物凄い真顔で言ったもんだから私たちは大笑い。
「ぎゃははははっ! わかる! セイレックさんわかるよ!!」
グレイは飲んでいたワインで噎せて笑って大変そうだしリンファは陽気な高笑いだし、ルフィナなんて笑いすぎて呼吸困難でおかしなことになっている。
「……俺って、普段そんなに酷い?」
遠い目になったハルトを見てさらに笑った私たち。
報告によれば、連日クノーマス侯爵家の謎解き脱出ゲーム部屋は招待客たちが入れ替わり立ち替わり脱出までのタイムを競い、参加賞だけでなく豪華賞品もあると知り本気で挑む姿が見られるとのこと。
子供たちは新しい室内の遊びに喜び楽しむ反面大人が妙に真剣に取り組みドハマリし、そのあまり見ない姿に子供が驚いたり笑ったりしているそうな。普段なら寝なさいと言われる時間にも関わらず『今日だけよ』『特別だからな』と大人たちが言っているそうで、そんな姿にも子供たちは大人の後ろで笑っているらしい。
「おっと、けっこう雪が降ってきたな」
手にグラスを持ったまま窓に近づいたハルトがガラス越しに空を見上げた。
「こっちだとホワイトクリスマスが当たり前だもんな」
「そうだね、そしてここにいるってことは明日の朝雪かき要員だからよろしくね」
「げっ、マジか」
「チート能力でなんとかなるでしょ」
そんな会話を交えながら、クリスマスプレゼント争奪戦が子供たちが限界を迎えて眠った後も続きそうだと思い、クノーマス家の人たちはシーズン中大変だなぁと憐れむことになった。
作者も子供とゲームをやって時間がものすごく経ってることに驚いたことがあります。そして目がショボショボして大変なことになったりもします。
次回更新は1月14日です。




