41 * いつも通りにお金を稼ぐ女たちは本当に逞しい
今年から読み始めて下さった方、それよりも前から、そして連載開始当初から『どうせなら〜』を読んで頂いている読者様。
今年もジュリたちのドタバタな一年にお付き合い頂きありがとうございました。
そして年末に期間限定とはいえ更新ペースが落ちるとご報告させていただきました。今まで通り週二更新ができれば良かったのですが、このままだと不定期で休むを繰り返すことになるかもしれないと思い、踏み切った次第です。
来年、落ち着きましたら必ず更新ペースは戻しますので今後とも『どうせなら〜』を読んでくだされば幸いです。
「いえーーーーい!!」
「テンション高っ」
堪らず二歩後退りすると真顔でハルトが私の肩を掴んできた。
「ドン引きしてんじゃねぇよ、お前もこういうテンションの時あるからな、俺より酷い時あるからな」
なんでこんなにハルトのテンションが高いのかというと、早速この男の考えたナゾナゾや問題が活用されることになったから。
名付けて『クリスマスプレゼント争奪! 謎解き脱出ゲーム!!』。
「ああ楽しみね!! 二部屋改装なんて直ぐに終わるわ安心して!!」
あれ、シルフィ様もテンション高い。
「使えそうな食器や小物、それから家具も今倉庫や地下室からまだまだ運ばせている。追加で好きなだけ使って構わないぞ」
なんと侯爵様までウキウキしている。
「準備が整い次第勿論私たちが一番に謎解き脱出ゲームを体験させてもらうよ」
「今からドキドキしているわ、どんな感じになるのかしら」
エイジェリン様とルリアナ様まで……。
「ふふふふふっ、俺の考えた脱出ゲームで存分に悩むがいい!!」
何のキャラだとツッコミ入れたいくらいにハルトは踏ん反り返っている。……面倒臭い。
只今突貫工事で進められているクノーマス侯爵家本邸に隣接する別館の客室二室。
予定を前倒しして謎解き脱出ゲームのために現在グレイとその直属のコーディネート部門の女性陣が必要なカーテンや絨毯などを選びその配置と必要な小道具の選定にてんやわんやしている。
急遽決まった争奪戦はなんとおばちゃんトリオとロディムを困らせた人たちだけでなく、クリスマス期間中クノーマス侯爵家に招待され滞在する人たちや私が懇意にしている貴族の方々も参加出来るように一斉に手紙を送ってくれたそうな。
この豪胆な判断をしたのは侯爵様。
謎解き脱出ゲームでタイムを競うことも可能だと伝えたら『だったら試しにやってみよう』と言ってくれたのがそのまま実現したわけよ。
しかも欲しい人はもっと沢山いるのに私に煩わしい思いをさせないようにと遠慮してくれていた人達もいるんだから、それならこの際恨みっこ無しの勝負で手に入れてもらったら蟠りも最小限で済むよね。
それに聞けば侯爵様たちもかなりの人たちからその手の相談をされていたのに私が変に気を遣わないようにと完全に止めてくれていたことも発覚。
「争奪戦の結果に文句を言う者も出てくる可能性があるが侯爵家が全て請け負おう。そもそも競うわけだから文句は言わせないし下手に言ってくることもないだろう」
と、全面協力してくれることに。これには正直助かったと胸を撫で下ろした。そしてそこにアストハルア公爵様も協力を申し出てくださったので、争奪戦で納得いかずとも理不尽に私やグレイが責められることはほぼ無くなったからね。
「こちら納めさせて頂きます」
そんな二家には勿論新作のコカ様のキャニスターやクリスマス限定の石鹸にバスボールとバスソルト、そしてブラシやタオルを早速渡したわ。
「こんなものだろう」
「おおおおおおっ、出来る男グレイ大好き!」
可愛くない歓喜の声を上げながら私はその完成した室内をぐるぐる回るようにして歩く。
落ち着いた深い茶色の家具で統一されているものの、所狭しと置かれている小物や飾りが鮮やかな色合いの物も多く、小洒落た骨董品店のような雰囲気がある。本来豪華なカーテンと絨毯が敷かれていたのも今は落ち着きある色で、カーテンは深緑、絨毯も暗めの赤となっている。クリスマスを僅かに意識しつつも謎解きがメインとなるように配慮されている。
古ぼけたランプに奇抜な配色の食器に素焼きの花瓶や色あせた本、そして壊れたオルゴールなどなど気になる小物がいたるところにあるように、 《レースのフィン》の豪華なテーブルクロスやソファにさりげなく置かれたクッションなども室内の雰囲気を損なわないようアンティーク家具に似合いそうなオフホワイトやベージュのものが使われている。
「これは作ってくれた従業員は勿論、コーディネート部門にも臨時ボーナス出さなきゃね」
こんなに物が沢山あるのに何処か落ち着く不思議な雰囲気とその物の多さに導かれるように好奇心が掻き立てられてワクワクするという二つの要素が混在するこの空間は相当皆で意見を出し合ってくれたんだね。グレイが主導しているけれどいずれ部門を任せられるだろう期待出来る人たちが何人もいる。その人たちはきっと積極的にグレイのサポートを、そして任された仕事をきちんと熟してくれたからこそのこの完成度とスピード。
これからもっとこうして働いて実力を発揮して人生を充実したものに出来る女性が増えてくれると嬉しいな。
ちなみに後日臨時ボーナスはあえて皆の前で渡すグレイ。金貨二枚を入れた専用の袋を渡された女性達が歓喜の声をあげキャッキャすることになる。
それを目の当たりにした従業員たちは頑張って成果を出した分だけ現金が手元に入ってくることを改めて認識することになり、頼んでもないのにあれこれ作品を作りあげ、いくつかある倉庫全てがみっちりと埋まる事態を引き起こし、ツィーダム侯爵様に相談してオークションに出したりヒティカ様とティターニア様を筆頭に知り合いの高位貴族の方々に一点物を買い取って貰ったりとその後始末にグレイとクノーマス侯爵家が大いに振り回されることは割愛する。
しかし、皆。どれだけ作れる技術とスピードなんだ。恩恵恐るべし。セラスーン様、恩恵は程々でいいかもしれませんので今後ご検討下さい……。
奇妙な静寂と緊張感。
「わははははっ!」
その奇妙さが面白くて声を出して笑ったら皆に睨まれた。ごめんなさい。
現在クノーマス家には四組のご家族が謎解き脱出ゲーム部屋近くの応接室で待機しているんだけど、その意気込みがホントに笑えるくらいでね。
クリスマスプレゼントをかけた戦いもさることながら、謎解き脱出自体が初めてのことなので好奇心と高揚と緊張で心がゴチャッとしてるっぽい。
邪魔にならないようその場を離れ、私はグレイと共にお店に戻る。侯爵家も初の試みでバタバタしているし私たちも忙しいのでこういうときはさっさと帰るに限るよね。
馬車の中でグレイは今回の謎解き脱出ゲームの概要について書かれた紙を見せてくれた。出来上がるまでお楽しみに! と決めていたのでワクワクしながら目を通す。
室内の家具の配置や使う小物の一覧などはざっと目を通して他のページに移ると今回のテーマというかコンセプトが書かれた紙を見つけた。
『意識が浮上する。瞼を意識的に動かして開くとぼんやりとした光とともに周囲の影が差し込んだ』
「ん?」
なんか、小説? ポエム?のようなものが書かれている。
『どれくらい眠っていたのか、そんな事を考えながらゆっくりと体を動かして掌で顔を拭い、ふと気がついた。私は何故眠ったのだろう? いつ眠りに落ちていたのだろう? と。そして、次第に鮮明に思い出される眠りにつく前の記憶』
「……えーと?」
『おかしい、私は友と久方ぶりの語らいを心から楽しんでいたはずなのに、ここはどこだ? 友は何処にいった? 込み上げる不安と焦燥感に見知らぬ室内を見渡し部屋から出れるであろう扉を見つけ飛びついた。しかし……』
「おう?」
『開かない! 鍵がかかっているのか?! もしかして私は、この部屋に閉じ込められたのか。そんな馬鹿な、何のために私を閉じ込めたのだ。そして友は無事だろうか?』
「ほう?」
『とにかく、ここから脱出しなけれれば。一通り部屋を見れば窓はあったがどうやらここは高所で脱出するには危険だ。やはりあの扉をどうにかしなければ。そうだ、まずは落ち着いて部屋を観察してみよう、何か脱出に必要な物や使えそうな物が見つかるかもしれない』
「ふむ」
ここで謎解き脱出ゲームの名もなき主人公の語りが終わり。
―――さあ、 あなたはこの部屋に閉じ込められてしまいました!! 脱出口はあの鍵がかかった扉だけ、この部屋から出るためには鍵が必要なようです。この部屋のどこかに隠された『扉の鍵』を見つけなければなりません。まずは中央テーブルにある 《謎の書き置き》をみてみましょう。あなたの閃きと観察力が試される時です。ぜひ全ての謎を解き『扉の鍵』を手に入れ脱出してください。きっとその先には……―――
「……」
誰だこの文考えたの。
え、ローツさんの妹さん? 前もこんな事あったよね? 今後もこういうのをお願いすることになった? へぇ……。
「これもまた才能の一つ」
そう呟いていた。
さて、ローツさんの妹さんが才能を発揮した文が書かれた紙をさらにめくり、今度は室内に散りばめられたヒントや問題に目を通していく。
「あ、如何にも『扉の鍵』が入ってる箱は敢えて目立つところに置くんだね」
「箱に入れないと部屋中を隈なく探されて問題も解かずに見つけられちゃって意味ないだろ? だから敢えて鍵の入った箱は出入り口のすぐそばのチェストの上に置いてもらった」
「この箱を開けるための別の鍵を探す事になるわけだ。手当たり次第に探して鍵を見つけても扉は開かないし、何より鍵も三種類あって、謎解きを順番にしていかなければ鍵が入った箱を開けられない」
「ほほーっ! 手が込んでるね!!」
争奪戦は『扉の鍵』を入手できた時間を争う単純なもの。今日から次々と侯爵家にやってくるお貴族様達が順番に二つある謎解き脱出ゲーム専用部屋で頭を悩ませることになる。公平さを期すために全く同じ部屋となっている。全員が同時に出来ることではないので答えを教えて貰う人が出てくるんじゃないか、後からする人が有利になるのではと心配したけれど、それについては侯爵様だけでなくグレイやローツさんが大丈夫だと言い切った。
「絶対にプライドが許さないだろう、『あの人は自分で解けなかった』と後から言われることになるんだから」
ああ、なるほど……。と、笑顔だけ返しておいた。
謎解き脱出ゲーム部屋ばかりに注目しそうになるけれど、クノーマス侯爵家屋敷全体がクリスマス一色となっている。
特に主にお客様が過ごす事になる談話室、客室、そして小さなお子さんも遊べる遊戯室は手の込んだ非常に豪華なクリスマス装飾で彩られた。
「凄い頑張ったね」
「そうだな、実家とはいえ正式な依頼として受けたからには責任をもってやるのが筋だろう。それに従業員もこの屋敷のことを把握している者も多かったから準備もスムーズに進められたのも大きい。お陰で余裕をもって手直しや追加も出来た」
「……慣れてる従業員とはいえ、庶民が侯爵家の屋敷を把握してるって、今更だけどかなり特殊だよね」
「そうだな」
グレイは面白そうに笑ったけど、ホントに凄いことよ。本来なら外から眺めるだけの貴族の屋敷の室内をうちの従業員達が把握しているんだから。フィンとライアスなんて倉庫の鍵の場所まで知ってるのよ。
そんな驚きを感じつつ、一際豪華な室内に足を踏み入れ私は感嘆の声をあげる。
「うおおっ」
可愛げがない声で申し訳ない。
でも素のそんな声が出るほどの素晴らしい室内だった。
窓越しに差し込む太陽の光を浴びてキラキラと光る大きなクリスマスツリー。透明ガラスとスライム様をフル活用して作られた飾りは留め具が全て金色で統一されキラキラと輝く。その根元にはリボンが掛けられた箱やサンタとトナカイのぬいぐるみ、そしてランタンなどが置かれている。暖炉やチェストの上にさりげなく飾られたリースやガーラントもツリーと統一されており、見る角度によってキラキラの加減が変わるのを楽しめる。
この装飾に合わせて布類はオフホワイトに銀糸の刺繍で統一されている。特にテーブルクロスの雪の結晶が散りばめられた刺繍は圧巻だ。
その上に乗るカトラリーもスライム様を使った透明な柄の物と、耐熱ガラスのティーセットなど、これでもかと透明感を意識したもので揃えられている。こうなると寒々しい感じがしそうだけれどそこは金箔を入れたり金縁にしたり、そしてワンポイントで柊の柄を入れるなどして緩和されている。
「しかしまぁ……私が言うことではないけれど、皆よく作るね」
「本当にな」
私とグレイからは乾いた笑いが自然と起こった。
通常業務としてお店で販売するものの他にクノーマス家は勿論クノーマス伯爵家の屋敷と迎賓館の装飾品もこのククマットで作られているのに、皆『忙しい!』『時間が足りない!』と騒ぐ割には間に合わないなんてことは一切ないんだよね。
この意欲は何処から来るのかなんて話を先日していたら通りすがりにおばちゃんトリオのナオがニカッ! とそりゃもう素晴らしい笑顔を向けてきて、無言で人差し指と親指の先をくっつけて輪っかにして『お金のため』と教えてくれた。
「小金持ちババアたち、最近隠さなくなってきたわ……」
「裏表のない意思表示でこちらとしても分かりやすくて楽だ」
「まあ、ね。良いもの作ってくれるなら文句はないわ」
「逞しいことだ」
クリスマスにお金の話で盛り上がるのは何となく違う気がしたのでそのあたりの話はそれ以上やめておいた。
次回更新日は1月7日です。
それでは皆様良いお年を!!
来年もドタバタなジュリたちが待ってます!!




