41 * 雪の降る穏やかな日に
セティアさんの出産にクリスマスシーズンに向けての準備、そして突如決定したクリスマスプレゼント争奪戦の計画などであいも変わらずワチャワチャしているククマットとクノーマス領。
昨日から大雪に見舞われているククマットとクノーマス領は乗合馬車の運行も取りやめになり、いつになく静か……。ということもなく、すでに始まっているクリスマス一色の中央市場周辺は雪かきに精を出す人たちと旅行客、冒険者、働く人々に雪遊びに興じる子供たちでにぎわっている。
「信じられないくらい皆元気だわ」
「ジュリによって冬の楽しみが齎されてから年々冬でも出歩く者が増えているからな。お陰でクノーマス領も含めこの辺り一帯は仕事に困らないし、乗合馬車も雪かきさえ済めば本数を減らしつつも動かせる。それだけ利用客が多いから赤字になることもない。活気があっていい」
「まあ、ねぇ」
私が煮え切らない返事をしたことに疑問を抱いたのか、グレイは首を傾げる。
「活気があるのはいいんだけど……開発地区の更地で雪合戦が毎日開催されてしかも毎日怪我人が出てるのはどうなんだろうと思ってるんだけど?」
「自己責任だからいいだろう別に」
「ああ、はいはい、グレイもそっち側だもんね」
腕っぷし選手権を開催以降何かと力試しをしたがるククマットの男たち。そんなちょっと面倒な奴らから領主のグレイに申請があった。
『開発地区の空き地利用許可』が。その内容が期間限定で雪合戦をするためという、まさかの内容に申請書を見せられた私が二度見したのはおかしなことではないと信じたい。
しかもそこにハルトとマイケルも乗ってきた。面倒この上ない、と私はその時点で一切関与しないことにし、先日から始まった雪合戦を見に行って驚愕した。
「…………何の施設?」
私がためにためて発した言葉。
何故なら、そこには特設の小さな小屋が建てられ、参加者の受付所から待機場所、冷えた体を温めるための簡易風呂や濡れた服を干せるエリアが用意されていた。雪合戦をする場所も雪で小さな城が作られ、そこには旗が立っている。所々に板が立てられそこに身を隠すらしいことはわかったけれど、なんとハサミのような形をした先端に半円が付いている雪玉を簡単に作れる雪玉製造アイテムまであった。考案者はハルトとのこと。100円ショップで見かけた事があるのをロビエラム国の知り合いの工房で量産させていた。
「職人さんは何を作らされたか分かってるのかな」
と、ぼやいたけれど当の本人も腕っぷし選手権推奨派なので私のぼやきは聞かなかったことにされた。
その大掛かりな状況に周辺には暖かい食べ物を提供する屋台もいくつか出ているし、観戦者が案外多いらしく突貫工事でベンチやその上に屋根を掛けるらしい作業まで進められていた。
その本格的な様子に絶句する私の隣で領主は。
「寒さ対策さえ何とかすればこれも婦女子専用の観覧席を設けてもいいかもしれない」
と、笑顔だったのが印象的だったわ。
ということで今日も誰かしら本気を出しすぎて怪我をして救護班に説教されながら治療されているんだろうなぁと遠い目になりながら、私は窓から離れ暖かな暖炉近くの椅子に座る。
「さて、こっちはこっちで暖かな室内で盛り上がろうじゃないの」
私の一言でグレイも私のそばの椅子に座る。
「結構な数が仕上がってきたから驚くよ」
私は今朝届いたばかりの大きな箱の蓋を開けてみせる。
その中にはメッセージカードや封筒と便箋がぎっしりと詰まっていた。
「こんなに……」
「自由に作ってみてってお願いしてたし期限も今年に間に合わなくていいって事にしたのが良かったのかも。締め切りがない分余裕があるからね」
それは全て冬やクリスマスをテーマにしたもの。
押し花を使った便箋や封筒、そしてメッセージカードなどの製作を任せている従業員や内職さんたちは紙、接着剤、ハサミにナイフなどの扱いに長けているだけでなく、普段から何か案やデザインがあればどんどん言って欲しいと伝えてある。そのため割とデザインすることに抵抗がなく慣れている人が最近は増えていた。
ならばと暇な時に冬やクリスマスに使えそうな、似合う便箋や封筒、そしてメッセージカードを好きに作ってみて欲しいと声をかけておいたのよ。
何故あえて冬とクリスマスかというと、結局のところ冬はどうしても外出の機会が減る。それは富裕層も同じ事でその分寒い地域では社交場自体が縮小される。それを補うために手紙やメッセージカードによる近況報告が活発になされるのはどの国も一緒。
前々からこういう便箋、封筒、メッセージカードは貴婦人の品格や立場を示す格好のアイテムでもある認識はあったので、一番利用率が高まる冬向けの物を 《ハンドメイド・ジュリ》から大々的に発信してしまおうと考えている。
それは今年じゃなきゃいけない、と焦ることでもないので期限を設けなかったけれど、作り手が皆いい人達だし実力もやる気もある人たちなので私やシルフィ様、ルリアナ様、そしてセティアさんが今年の冬から使えるようにと頑張ってくれた結果が箱ぎっしりの封筒と便箋とメッセージカード。
特に開くと立体的な絵が楽しめる飛び出す絵本の派生品でもある飛び出すメッセージカードの数の多さに驚く事になる。
「これはいいな」
「あ、グレイが出しても違和感ないねきっと。かっこいいよこれ」
グレイが一目で気に入ったのは紺色の紙に真っ白なお城が立つ、夜の雪景色のもの。手前の白い部分にメッセージが書き込める様になっているし、端っこに小さく雪の結晶が描かれてるのもいい。
「これは派手だね! でもそれでもちゃんと冬って感じなのが凄い」
クリスマスを意識したのか真っ赤な紙のメッセージカードは開くと冬でも咲き誇るこちらの世界特有の花が花びらを広げるもの。これにはメッセージが書き込めないからかちゃんと小さな紙に同じ花の模様が描き込まれたものが付いている。
そして封筒と便箋もここまで来たかと言うものがあった。
「クリスマスツリーの形をした便箋……」
グレイが目をパチパチさせる隣で私は笑う。
「あったあった、実際にこういうの私のいた世界に売ってたよ。クリスマスツリーに限らず色んなのがあったからね」
少し値段は高くなるけど本当に色々あったよね。私が個人的に買ったことがあるのはフルーツの形をしたもの。リアルなプリント柄もよくて使うかどうかは考えず勢いで買ってたわ。他にも動物とか花とか、食べ物に乗り物、ホントになんでもあったよね。
今回ツリーだけでなくリースや雪だるまもあって、これは子供や女の子に人気がでそうだなぁと思う。
「そのうち魔物の形と絵の便箋を出すのもありだよ」
私の発言に一瞬驚いた顔をしたもののグレイは直ぐに面白そうに笑った。
そして一番驚かされたのが。
「いやぁ、これ思いついた人天才……って思ったらキリアだった。あれ、キリアにはお願いしてないのに。また勝手に参戦してたか」
私が呆れる側でグレイはじっとそれを見つめている。
薄い箱にはハンカチが入っている。そしてその箱は蓋を開けると蓋の内側がメッセージカードになっておりそこに文章を書き込めるようになっている。因みに私もこれは思いついていたけれどこの箱が作るのに手間がかかり高くなるため今まで開発には着手してこなかった。
日本にいた頃に見た事があるのはこのタイプの他に、お年玉袋がお菓子のキッ◯カットと合体しているもの。面白いだけでなくプラスアルファの要素が良いなと思ったことがある。少し話は逸れてしまうけれどお年玉袋も毎年凝った作りのものが売り出されていて、過去に一番驚いたのはレースやビーズをふんだんに使っていてそのお年玉袋だけでなんと三千円という値段がした。これ、買ったら中身いくら入れるのがいいんだろう? と首をひねってしまう程だった。
とにかく、作る気になればこういうレターセットやメッセージカードって何でも有りの無限の可能性が秘められているわけで。
「……これは、メッセージカードなのか?」
ようやく言葉を発したグレイの顔がとても困惑していたので笑ってしまった。
「メッセージカードでイイんじゃないかな。感謝とか気持ちを強めに表すためのものとしてもいいし、実際に私のいた世界にはあってね、面白さとか驚きをプラスしたい人向けでもあるかも。そのまま渡すんじゃ面白くないって人にオススメしやすいかもね」
「なるほど……」
「ただこの手の物は箱が特殊な形で作るにも手間がかかるから採算が取れるかどうかの問題も出てきちゃうからちょっと保留。キリアが残念がるだろうけどね」
難しい問題で、何でもかんでも富裕層なら買ってくれるでしょ、使うでしょ、と安易に作ってしまう訳にはいかないんだよね。爆発的な人気を得るなら良いけれど、採算のためにはある程度の量産が必要だし。だって富裕層って結局のところ一握りしかいないし人と違うものを欲しがる傾向が強い。この辺は避けては通れないことなのでまあ仕方ない。
飛び出す絵本やメッセージカードの開発が進む中で今回こうして季節限定の物を作って貰ったわけだけど、こうしてみると紙の品質向上が如何に重要かを思い知らされた。
ハルトが推し進める印刷や紙の品質向上改革がなければ今ここにはこれほど揃っていなかった。
やっぱり、物を作るにはそれに必要な素材や資材といったものの品質向上が必須条件となる。
品質向上とともにその種類は豊富になりさらに派生品が生まれ、それを基にものつくりが進むし幅が広がる。
宝石図鑑を作ろうと思った時もそうだけど、やっぱり『礎』がなきゃいけない。
何となく昔からあるから、使ってるから、そういうものだから、で済ませちゃいけないんだよね。
明確に『これはこういうものだ』という説明が出来るものじゃなきゃ、いつまでも曖昧なままで出来上がるものにもその曖昧さが付きまとう。
紙を作るために必要な原料、紙にするための原料の加工、紙へと完成にいたる工程、全てがしっかりと理解されそして確立されたノウハウでありきで生産されるからこそ、良品が生まれてそして量産へと繋がる。
手作りだろうが工場製品だろうが同じ。
結局『礎』があるかないかの根本的なことで、それを理解しているかどうかの問題。
「うーん」
「なんだ?」
「道のりは険しい、ってね」
思ったことを聞かせればグレイは肩を竦める。
「物を作る、その改革は始まったばかりだ。ジュリが召喚されまだ数年。……それでも随分マシになったと私は実感している。だがそれで満足してはいけないんだろ?」
「そう、ここからなのよね。実際問題この状況を継続させてなんぼなわけよ。大変だわぁ、【職人の都】への道のりはホントに長くて険しいぃ」
作りやすさと材料費、そして加工賃を考慮して数名の作り手に試作と同じ物を作れるだけ作って欲しいとお願いし、季節のレターセットとメッセージカードの準備を終えた頃。
ロビエラム王太子殿下の婚約祝の品の一部、つまり巨大シ◯バニアファミリーの数点が出来上がったとの報告がフィンからされた。
「……これはまた、ド派手に……」
言葉を失うというか、どう評価すべきなのか迷うというか。
「これだけの物を作ったってことは、一部レースの一点物とか後回しにしたでしょ」
私のその一言に笑顔のまま目を逸らしたフィンだけど、直ぐ様私に向き直った。
「渾身作だよ!!」
「否定も肯定もなくということは、うん、まあ、そういうことなんだろうね。そして確かに渾身作だね、これは」
パッチワーク部門の女性陣が張り切って作ったという主……ではなくクマの『プリンス』『プリンセス』。モノトーン系の布をいくつも縫い合わせたお陰で地味になることなく可愛らしく華やかさもある。瞳はブルーとグリーンの宝石を使い、鼻は黒曜石とのこと。この辺も全て任せたので瞳の色が落ち着きのある色味なのはフィンのセンスと好みが反映されたのかもしれない。
で、ド派手と私が言ったのは、着ている服。
物語で着ていそうな王子様お姫様の服そのもので、キラキラが凄まじい。
「王族ってのはキラキラしてるものだろ?」
何となくズレてるようなそうでないような価値観が反映されたゆえのこのキラキラらしい。螺鈿もどきやガラスパーツに金属パーツをこれでもかと使用し、服だけで何キロになったのか。
そして頭に乗る王冠とティアラは純金と真珠を使った金細工職人ノルスさんの渾身作だそうで。
「うん、皆の『渾身』がよく伝わる……」
褒めるとかよりもその一言が先行する感情に呆れつつも私はクマ二体を上から下までしっかり観察。
「……うん、素晴らしい。ほつれもよれもなく、無駄な縫い付けもなく、バランスもよく。流石だね!!」
結果。褒める以外はあり得ない出来でした。
「あたしの新作使ってくださいよぉぉぉ!!」
コテコテキラキラにデコった白を基調としたメッセージカードを両手で掲げ、キリアが訴えてきた。いつの間に作っていたのか、バリバリにウェディング向けのそれは売るとしたら価格は幾らになるのか、恐ろしい。そして『婚約おめでとうございます』って書いて添えれば良いと半泣きでグレイに訴える姿は、この人はものつくりになると身分とか立場とかという言葉が抜け落ちるんだな、これは一生治らないんだなと変な感心をしてしまった。
一方ですがりつかれるグレイはうんざりした顔で無言。
「キリア、領主としてメッセージカードは勿論書くんだけど……グレイにはこのメッセージカードは似合わないかなぁ、送る側のイメージって大事なのよ貴族は」
するとキリアはハッとした顔をしてグレイから離れた。
「……確かに」
真顔でそうつぶやき、そして彼女は重厚な紺色に銀の雪の結晶が美しいスタイリッシュなメッセージカードをどこからともなく取り出してグレイに差し出した。
「こっちでお願いします」
グレイもキリアもお互い真顔で頷いているけれど、二人ともそれでいいのか、とこちらは苦笑するだけだった。
因みにコテコテの白を基調としたメッセージカードは私が使うことにする。
そして『結婚式の招待状に使えるよね』という言葉は発せず心の中に留めた。きっと聞かれたらまた勝手に量産する未来がやってくるので。
次回更新は12月31日です。




