41 * 準備も楽しくなりそうで
冬だねぇ寒いねぇ家でのんびり過ごそうか、というわけにもいかないのがククマット。
ハロウィーンの準備が万全になったその裏では既にクリスマスシーズンの準備の最盛期に入っていたので、うちの従業員たちはもちろん関係各所がハロウィーンの賑やかさを堪能しつつもクリスマスに向けて動いていた。
クリスマスシーズンに突入し彩られたククマット領内は準備万端おばちゃんたちを中心に領民が暗くなりがちな冬を混乱もなく明るく賑やかな場所に変えてくれている。
「上出来!! これは綺麗だね、想像以上に透明感も色も素敵」
私は目の前の箱から取り出したものを手にし浮かれた声でそう言うと得意げに胸を張ったのはライアス。
「削った後の磨き次第でこうなるんだよ。手間は掛かるがその分磨き上げた後の達成感はなかなかいいな」
「いやぁ、ほんと、これはすごい。蓋もピタッと嵌まる……これ単に磨けばいいわけじゃないでしょ、ピタッと嵌まるように微調整しつつの仕上げでしょ?」
「まあな」
それは色合いがクリスマスにピッタリなのでは? と以前からその活用方法を考えていたコカ様。加熱によってウォーターメロントルマリンのようなバイカラーになるコカ様の骨は、本体が巨大故にデカい骨が多く。なので活用の幅に期待が出来る素材としてキリアだけでなくライアスにも預けていた。私がアイデアを出して以降キリアはアクセサリーの種類も増やしたいと頑張ってくれているし、薄く切り出したコカ様を立体的に貼り合わせたランプシェードの開発と改良にも積極的。一方でライアスはというと何かと忙しい人だし気が向かないと素材自体に興味を示さないこともあるためそのうちアイデアを出してくれればいいなぁと思っていた矢先。
「お前、キャニスターがもっと増えたら良いって言ってたろ。それで思いついたんだよ、コカルマ・ボーンなら骨が太いから小型の物なら作れるんじゃねえかってな」
なんてことを言いながら、ざっくりと切り出しただけのコカ様キャニスターをぽん、と私の手に乗せたのよ。
で、今に至る。
コカ様の外側が緑、内側がピンクになるバイカラーをどう活かすかは作り手の感性で大きく変わる。キリアは特色であるその二色を如何にバランスよく見せるかを重視するのに対して、ライアスはコカ様の骨としての性質を利用することを重視する。
その結果が目の前に。
「鉱物と違って劈開もないし加工自体も難しくない硬度だから出来ることよね、これは」
私が一番最初に作ったコカ様のキャンドルスタンド。あれは単純にくり抜いてコップの形にすればいいし、あえて磨かず少し曇ったマットな質感がすりガラス風になっていて自然な風合いが出ているものになっている。磨く手間を掛けるとその分価格に反映されるのであえてそのままで格安で売り出している。
ライアスは劈開が不明瞭な翡翠のようにどの方角からもカットと研磨ができるし硬度がそれなりにあるため複雑なカットにも耐えうるその性質から、キャニスターにも出来るだろうと試作をしていた。
キャニスターとは蓋付きの小物入れの事を言うけれど、地球で『キャニスター 可愛い』などと検索するとよく出てくるのがガラス製だった気がするのよ。その話を伝えていたからか、ライアスは磨いて透明度を活かすことにしたらしい。
しかも、キャニスターの形になる前の切り出しただけのコカ様も面白い。
骨を真上、真横、そして斜めからと切り出す方向を変えたのよ。
そうすることで緑とピンクの配色が面白いことになって、しかもそれを磨いたためバイカラーが色んな向きで楽しめることを存分に発揮してくれるものになっていた。
どの部分に緑が多めになるか、ピンクの配色の比率がどれくらいになるか、それこそコカ様をカットする人次第になるので一つ一つ表情の違うものになる。完成品がズラリと並べられたらその中から好みの配色を選ぶ楽しみもできそうだよね。
しかもライアスはキャニスターの蓋にも拘った。研磨によってサイズの微調整が出来るため本体と蓋に隙間がほぼないピッタリと嵌まるように仕上げることで傾けた時のズレやその時に出る音を無くした。これって結構凄いこと。型取りするわけではなく一つ一つ切り出し削って磨いて仕上げる工程を考えると誤差のないピッタリと嵌まる本体と蓋って作るのが難しいんだよ、ホントに。まさしく職人技ってやつ。……ライアスは金物職人なんだけどなぁ。なんかもう何作っても完璧に仕上げてくれるからこっちの感覚が麻痺して『当たり前』と思ってしまう時があるから怖い。気をつけないとね。
今回このコカ様のキャニスターは試作品なのでまだ販売予定はない。そもそもライアスのようにここまで綺麗に仕上げられる職人さんがそういないのでまずはその人材確保から始まり生産体制を整えてようやく、という話になる。
でもせっかく気分が乗ってこんなに沢山作ってくれたので、これに関しては私が全て買取し、クリスマスに活用しようと思う。
「これに入れてプレゼントにするのもありかな」
「何をだ?」
「マリ石鹸店でクリスマスに合わせて石鹸作ってもらってたのよ」
エメラルドグリーンとパステルピンクの小さな石鹸はガラスのビンに入れて屋敷の使用人さんたちや友人知人へのクリスマスプレゼントにしようと思っていたもの。石鹸の大きさは一週間お試しセットなどに入っている短期間で使い切れるサイズのあれを参考にしてあって、それを数個ビンに入れたら可愛いかなぁと考えていたところにこのコカ様のキャニスター。これに入れてレイス君で包んでリボンを掛けたらいいんじゃない?
今年はクリスマスカラーのふかふかフェイスタオルと白木に柊の模様を入れたヘアブラシも用意してある。他にもバスボールやバスソルトもクリスマス仕様で作っているので、アメニティセットにしてしまおう、そうしよう!
「ほう、良い色だな。あそこはもうすっかり安定して品質も維持されているから人気が衰えないのも納得だ」
「マリ石鹸店は元から良いお店だったからね。今はバスソルトやバスボールの販売も任せられるようになったし、従業員が増えてもご夫婦でしっかりまとめてくれてる。もっと規模が大きくなっても安心なお店の一つよ。ククマットはそういうお店が増えてきたから本当に先が楽しみだよね、皆が先を期待する、それに関われる土地になるってそうよくあることじゃないから。大事にしていかないとね」
すると何故かライアスは驚いた顔をする。
「なに?」
「お前はそういうことをいつも考えてんだな。少しは自分本位になってもいいんじゃねえのか?」
「わりと自分本位な考えだと思うけど」
真面目にそう返せば変な顔をされてしまった。
だってそうしないと自分の欲しいものが世の中に溢れないわけよ。私転移が出来ないどころかスライム様をプチッとするしか出来ない激弱人間だからククマットから出るのが難しいわけよ。
それなら自分の周りを充実させるしかないじゃない!! という。
それがプラスに働いてるだけのことなので、褒められたり心配されたりすると罪悪感が芽生えるのでやめて欲しい (笑)。
クリスマスといえばもう私がどうこう指示を出さずともククマットは市場組合 (プラス小金持ちババァとその候補たち)が率先して動いてくれるまでになったので、こちらは期間限定で出店する屋台で売るものは何にするか、場所はどこを希望するか、他にはグレイや私個人でどれくらい寄付をするか、今年は何を追加して何を無くすかなど、どちらかというと裏方の仕事を中心に進めることになっている。
そしてフィンに関しても 《レースのフィン》では何を売るか去年は決めていたけれど今年はそれらを精査して許可するかどうかを決めるだけにしてもらっている。そろそろ後輩たちが責任を持って『買ってもらえる物』を作ることを意識出来るようになってきたので、そんな人たちをもっと増やす機会がクリスマスなどの大きなイベント。一点物や特注はフィンやおばちゃんトリオがやらなければならないことは変わらないし、まだまだそれらを任せられる人が不足している中、意見を出し合いそして新しい技術を身につける意欲となりやすい、あまり気負わずに出来るものが屋台で出す低価格のもの。そこで自分が提案したものが売れたら確実に自信につながる。その回数が増える分意欲も技術も上がる。
特に、恩恵ではどうにもならないのが意欲。
いくら技術があっても意欲が持続しなければ結局作る機会が少なくてせっかくの恩恵を無駄にしかねない。
……気分で物を作るか作らないか、ライアスがいい例なんだけどね。あの人は気が向かないと金属以外の加工を全くしないから。気分が乗らないと大体納得いかないものが出来上がるかららしいけれど、その極端さは他に類を見ないレベルなのであれはもう性格も影響しているんだと思うことにしている。
クリスマスホームパーティの準備で休日を潰そうと決めてグレイと共にその話をしながら朝食後のお茶を飲んでいたら、使用人さんが来客ですと伝えに来た。
「お休みなのに急に押しかけて申し訳ありません」
ロディムは申し訳なさそうにそう頭を下げ、その後ろでおばちゃんトリオも困った顔をして同じように頭を下げてきた。
わざわざ休日の朝に訪ねてくるのだからそれなりの理由だろうとグレイが四人を直ぐに応接室に通して話を聞いて、私は天を仰ぎ両手で顔を覆った。
「あー、ついに……」
いつかはなるだろうな、と思っていた事がある。
それは、クリスマスプレゼントについて。
私が用意するものは基本的に友人知人、そして使用人さんたちへ。他の身分の高い人たちとは別物にしている。普段使い出来るものがほとんどでしかも貰っても困らない気後れしない低価格に抑えるようにしていて、特別感といえばそのためだけにデザインしているということ。
そう、そのためだけに、というところに目をつけている人たちが結構いることは把握していたけれど珍しい素材を使うわけでもなく難しい技法で作るわけでもないため私個人としては『気にすんなよ』と思いながら無視し続けていた。
ただ、グレイからは言われていた。『そろそろ欲しいと言い出す気がする』と。
「一応、遠慮というか互いに牽制し合ってて誰も口にせずにいただけってことよね」
私がため息混じりに言えばお怒り気味のおばちゃんトリオのナオもため息を盛大に吐き出した。
「困ったもんだよ、そんなに欲しいならちゃんとジュリかグレイセル様に言えって話なんだ。なんでコソコソとこっちに言ってくるのかさっぱりわからないよ。誰にあげるかなんてジュリが決めることなんだから」
懇意にしている富裕層の人達が増え続けている現在、私に限らずフィンやおばちゃんトリオも自然とそんな人たちとの接点が増えている。その期間が長くなり心の何処かで『優遇してもらえる』『話を聞いてもらえる』という期待値も自然と高くなっているのかな。
どうやらその人たちが私が個人的に用意するクリスマスプレゼントを入手出来ないか、と彼女たちに打診してきているらしい。そしてその被害を最も受けているのがロディム。
「数日前に、母の姉妹……私の叔母から手に入らないかという手紙が来ました。母が諌めたそうですが既に時遅く、それを皮切りに次々と私に手紙が届きまして……」
そう言ったロディムの顔のなんと面倒くさそうなこと (笑)!!
私が駄目なら身近な人たちに直接交渉、ってことかぁ。妥当な考え方というか、小狡いというか。
おばちゃんトリオは勿論庶民なのでそういう対象になりうる。ロディムもまだ爵位はなく彼になら言いやすいという身内や知人も多いんだろうね。
実際問題、かつての学友から頼まれたという。その学友はおそらく親から頼んでみろ的なことを言われたのではないかと本人が推測していた。
「まあ、そうだろうな」
そう笑ったのはグレイ。
「私も卒業以降一切会っていなければ連絡すら取らなくなっていた学友から何度か融通を利かせてくれと手紙をもらったことがある」
「伯爵はどのようにそれをお断りしていたんですか?」
「ん? 普通に殺されたいのかどうかを問う手紙を送るだけだ」
ロディムもおばちゃんトリオも無言。
分かる、分かるよ。非常識な返信を本当にするのか疑うし信じられないよね。
でも本当に書くんだぁ、そして出しちゃうんだぁ、その手紙。厳つい字で。
「そうしているうちにパタリと手紙が来なくなり、私の学友と呼べる人物はほんの数人になったな」
笑って言うことではないよ。
さて、そういった問題はどう解決しようか。
価格は大した事ないけど、希少性という点に重きを置いているわけだ。
庶民が持っててなんで自分たちが持てないんだ、ってね。
欲張りだわぁ、そのうち売り出すから待ってれば良いのに。
「……それなら、いっそのこと争奪戦でもやらせてみる?」
私の発言に全員が『は?』と言いたげな顔をした。
特別な素材を使ってるわけではなく、単にクリスマス限定しかも私が贈る相手を限定しているだけのプレゼント。
用意するのは実は難しくないわけよ。
でもさ、日頃の感謝を込めて贈るもの。『俺は偉いんだ、だからよこせ』『私は優先されて当たり前なんだけど?』なんて態度の人にあげるために用意するわけじゃないことくらい理解しとけよと思う。まあ、分からないからこんなことになったんだけども。
(ホントに待てば手に入る物なのにね。バカバカしいったらありゃしない)
そんな事を考えながら私は宣言する。
「そんなに欲しいならくれてやろうじゃないの。ただし欲しい人たちで正々堂々戦って、戦利品として手に入れてもらうわ」
おっと、ちょっと楽しくなってきたぞぉ?
忙しいけど、『クリスマスプレゼント争奪戦』の開催急遽決定、の予定。
先日のお知らせ通り、週一更新期間に入らせて頂きます。
次回更新は12月24日です。




