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『ハンドメイド・ジュリ』は今日も大変賑やかです 〜元OLはものづくりで異世界を生き延びます!〜  作者: 斎藤 はるき


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41 * 頭も体も使って楽しもう

 



 侯爵家が経営する 《ゆりかご》では定期的に乳幼児向けの知育玩具やそんなお子さんがいる家庭で使えるベビーグッズが新商品として販売されている。

「増えましたね」

「ええおかげさまで。ジュリには仕事の合間にアイデアを出してもらったり試作品の安全確認をしてもらったりと随分負担を掛けてしまってるけれど、本当に助かっているわありがとう」

「いえいえ、元はと言えば私が言い出して始めたことなので」

 シルフィ様と共に本日はトミレア地区にある 《ゆりかご》の完成した知育玩具を集め検品する作業場を訪れている。侯爵様がエイジェリン様に爵位を譲る準備が着々と進んでいるため社交界での活動が増えたエイジェリン様とルリアナ様の代わりに最近こうして現場に直接赴き侯爵家の下支えとして活動するようになったシルフィ様。

 目下一番力を注いでいるのがこの 《ゆりかご》だ。

 積極的にご本人が動くことで作る側がいい刺激を受けているらしく、職人さんや内職さんたちとも良好な関係が築けており生産体制が完全に軌道に乗ったと言ってもいい。

 侯爵家の乳幼児商品の開発から販売のその順調さに追随しようと真似する貴族も続々と出てきているけれど、グレイの話ではまずその基盤づくりに掛けた資金の規模が全く違うこと、そして商品に一貫して安全性が求められる基準が設けられて生産していることから、他では正直比べるのもアホくさい程の品質の違いがあるらしい。それも更に 《ゆりかご》の売れ行きに影響して純利益も順調に伸びる要因となっている。


 そんな中でシルフィ様も意見を出し、実際にルリアナ様と孫のウェルガルト君と共に遊んだりして作ったおもちゃをこの度見に来た次第。

 目新しい物ではないけれどと恥ずかしそうにしたシルフィ様。

 でもそれでも自ら意見を出し、孫と共に遊び、玩具の良し悪しを確認するというのは貴族夫人ではシルフィ様くらいだと思う。そこまで真剣に考える事自体が貴族では珍しいことなので私としては凄くありがたいことだと思うし賞賛に値すると言って良い。

「あ、ルート・シリーズのパーツの新作ですね!!」

「ええ、本当に形状やギミックはあまり新しいものはないのだけれど、ちょっと色を入れてみたの」

「へー、これ面白いですよ!! 基本パーツと混じっててもこれなら見つけやすいし、どこにギミックを組み合わせるかのイメージもしやすくなりますね!!」

 それは直線やカーブといった、丸い球がまっすぐ進むだけの基本パーツ以外に鮮やかな色を付けたもの。例えばパーツの中が二股になっていて、球がどちらから出てくるかは運次第というものは赤、螺旋状の滑り台のような大きなパーツは青、球が当たるとくるくる回る歯車が付いている物は緑、といったように、特殊形状やギミックがカラフルになっていた。しかも物によって横にして使おうとすると球が転がらない、勢いが失われる物には『上』『下』と焼き印がされて推奨する使い方が一目で分かるようになっていた。

「これなら組み立てた時に更に立体感も出るし、どこに何を使ったのか一目瞭然ですね、しかも好みで色にこだわって作ったりとか、ただ球を転がすだけじゃない楽しみ方も増えますね」

「まあ、これを見ただけで私が悩みに悩んだ事を理解してしまうのね! これだからジュリには敵わないのよ」

 わざとらしくも楽しげにシルフィ様がそんな事を言った。

「これに関しては自分でかなり手掛けましたから何となく分かるだけですよ」

 そんな話をしながら和気藹々と他の物も見て回る。


 ケイティのアイデアで生まれた布製のふかふかな文字なし絵本は、今では種類が十二まで増え、人気の五種類以外は定期的に内容を変えることになっているそう。ページ数としては僅か八ページでも、色とりどりの布でパッチワークにされた動物や野菜、風景等などは可愛いし、そこに更に動物なら耳や鼻といった立体的なパーツを組み合わせて触って楽しめるようにもなっている。

 そして布絵本は領民講座の短期コースで作れるようになり、しかもその布絵本はクノーマス家が買い取りすることも可能にする計画が進められている。領民講座で縫い物をお金を出して習い、作ったものを買い取ってもらい収入に繋げるという、利益は限りなく少ないもののものつくりに抵抗のない若者を増やしていく基盤の一助になればという思惑もある。

 そしてトミレア地区での領民講座開設の要望が高まっているそうで、現在その調整で侯爵様も忙しく動いている。その後中央地区、西地区でも領民講座を開設しククマット領と合わせて全体的な領民の学力向上、働く場所を増やすなどの複合的な領地改革へと繋げて行くことにもなっている。

「あ!」

 玩具の話から領地改革の話になったところで、私の目に飛び込んで来たもの。

 それは。

 木馬。

 この世界にもあった、貴重な子供の室内遊具。

 しかし、そもそもその作りが無駄に豪華で当然のことながら富裕層のみが手にするものだった。布や革で馬の上半身を作り、そこに蔵を乗せて、短い手綱が付いているという見た目が中途半端に生々しい可愛くない木馬だったわけ。

「……可愛くねぇぇぇぇ……」

 それを初めて見た時の私のその呟き、聞かせたかったわ、ホントに残念で心の底から出た言葉だったから。

 で、ケイティとマイケル呼び出し案件となり、二人の意見を取り入れ記憶の中の木馬を開発するに至った。

「完璧です! そうそう、これこれ、これですよ!!」

 厚みのある白木は角が全て丸みを付けられその厚みを緩和する柔らかさを感じられる。腰掛ける部分は2歳前後の子供でもしっかり座れるよう低めの背もたれがつけられ、足を乗せる棒は太めでしかも楕円になっていて、安定感と安全性もかくほされていた。前後に揺らした時にあまり振れないように底面の湾曲した板の反り具合が緩やかなのも小さな子供に配慮されている。

 一回り大きな木馬は少しだけ馬の形がはっきりした作りになっていて、木製の頭部は高め、座る部分は鞍の形を意識した蒲鉾型になっている。足を掛ける部分も小さい物は前方にあるのに対しこちらは底面の板の上に十センチほど高いところに乗せるところが付けられて、より一層乗馬のスタイルに近いものになっていた。

 どちらも座席部分には分厚く滑りにくい革が貼られ、滑り止めの役割を果たすようになっていてこれは取り替え可能になっているそうだ。

 冬はそれなりに雪が降り凍える日々が続くククマットとクノーマス領。庶民にはまだ手が出せない価格となっているけれどそれでも今後室内で安全に身体を軽く動かせる子供用品として定着させられるのではないかと期待させる。

「それでね、これを今度私とルリアナがお友達をご招待して滞在してもらう時に試しに使ってもらったりプレゼントしようと思っているの。使い心地や改善点があればその場で聞けるでしょ?」

「それいいですね。身体を動かすためのおもちゃなので、使ってみないと安全性は正直はっきりとしないこともありますし。……それと、もし差し支えなければ、その人たちにはあえて販売することは可能ですか? 試作品としてかなり格安でも構わないですし」

「なぜ?」

「リユース品として後日孤児院や神殿に寄付してもらうといいかと。勿論その方たちの家の名前を彫ってもらって構いませんよ、『〇〇家寄贈』とすればイメージもいいですし。それなりの値段がするため一般に普及が難しいので子供が集まりやすい場所に置いて、庶民の中でも余裕のある家庭の保護者が買っても良いと思える機会を増やせたらなおいいかと思いまして」

「それは良い案ね!」

 そこから私たちはそのお茶会に私も参加して説明会を行おうとか、他の玩具も見てもらおうとか話しが盛り上がった。

 盛り上がって少し落ち着いたころ、何か思い出したシルフィ様がハッとした顔をする。

「そうだわ、そのうち相談しようと思っていた事を今してしまおうかしら」


 シルフィ様は以前からルリアナ様と話し合っていたらしい。

 それは。

 冬でも悪天候でも楽しめる室内での催し物。

「女性となると、基本的にお茶会になってしまうでしょ? それに我が家もそうだけど、小さな子供がいるとどうしてもお茶会に集中するのが難しい気質の人もいらっしゃるのよ」

 あ、それはわかる。

 子どものことにはなるべく自分が関与したい、という人がこの世界の富裕層には結構多くて、乳母に任せっきりでお茶会三昧、趣味三昧という人は私が思っていたよりも少ないのよね。ルリアナ様やバミス法国のラパト将爵夫人のリアンヌ様がいい例。

 お二人は教育方針を決めるだけでなくご自身も実際に立ち会い一緒に経験したりする。食事も身内だけなら同じテーブルで食べるし、時間があれば子供と長時間遊んだりもする。実はシルフィ様自身がそうやって子育てをしてきたため、立場的にそれなりの負荷とストレスを生み出してはいたらしいけれど、それはご本人の考えと意思がそうさせるので仕方ないのかもね。

 そんな富裕層のご夫人たちの悩みはやはり滞在先での子供を同席させられない長時間拘束されるお茶会。乳母を連れていけるならいいけれど、全ての夫人が他家に連れて行っても問題ないマナーや教養が備わった乳母をいつでも連れて歩けるほど余裕があるとは限らない。まして貴族ではない富裕層となると専属の乳母自体がいないことも多く、そのため幼いお子さんがいる夫人の行動は自然と制限されがち。

 そんな人たちが子供同伴で大人と共に過ごせる空間が作れればと頭を捻るものの、思いつかずずっと悩んでいたらしい。


 何かいい案はないかと聞かれてふととある事を思い出す。

「もしかするとうちでやるより部屋の確保などを考えると侯爵家がやるといいかも、というのが一つありますね」

「あるの?!」

「はい。常設じゃなくていいんですよね? ご招待したお得意様達がテーブルゲームをする感覚で家族で楽しめる室内のゲームなら……『謎解き脱出ゲーム』はどうですか?」

「……謎解き脱出ゲーム……?」

 すっっっっごい疑問符飛びまくりの顔された……。

「お子さんと共に楽しめる簡単なものと、大人がじっくり考えて進める難易度の高いもの、二つあればいいですね。簡単に言うと、何らかの理由でその部屋に閉じ込められてしまったという基本のストーリーがあって、まぁ、なくてもいいんですがとにかくその部屋から出るために鍵を見つけるゲームです。部屋中に鍵にたどり着くための問題が隠されていたり、部屋に置かれている家具や小物そのものが問題を解くヒントになっていて、それを簡単な計算や文字並べなど思考や知識を駆使して問題を解くんです。そしてそれら全部の答えから導き出される最終問題の答えが部屋から脱出できる鍵を入手する場所を指し示していて、それを見つけたらゲームクリア、とか。場合によっては解けずにリタイアする人もいるはずなのでリタイア用のドアは別に作る必要があるので、一つの部屋に鍵がないとあかない扉といつでも出られるけれど出たら戻れない扉という二つの扉がある奇妙な部屋を作る必要が最前提になるんですけど……何となく理解してもらえました? 言葉で全体像を説明するのがちょっと難しくて」

 私の最後の問いかけに、シルフィ様が見せた表情は面白かった。

「……理解の前に、ややこしくて、頭の中を数字と文字が飛び交っているわ」

 完全に混乱させてしまったらしい、しかめっ面になっていた。すみません。

「んー、どうしましょうか? 簡単なものを試しにやってみるのもアリだと思うんですよ。その後に手応えを感じてもらえたら、部屋を一室扉を追加するなどの改装してもらって本格的な謎解き脱出ゲーム部屋にしてしまう、とか。問題やアイテムは考えたり用意するのが大変ですけどね」














 そして私は遠い目をすることになった。

 あんな事を提案してしまったら聞きつけたハルトが黙っているわけがないと気づいてしまった。

「よっしゃまかせろ! 簡単な問題はもちろんストーリーに至るまで俺がプロデュースしてやる!!」

「ああ、うん、そんな気がしてた、うん、頼むね

 、よろしく……」

 ウキウキというより気合十分な雰囲気でしかも目をギラつかせているハルトにドン引きするのと同時に。

「ああいうのは初級中級上級とあるといいね。どうせクノーマス家がやる催し物なんだからお金なんて気にしなくていいからね、そのへんは僕から提案するよ」

「マイケルまで……?」

 ニコニコと、そりゃもう怖いくらいの笑顔でハルトの隣に立っているマイケルにもドン引きさせられた。

 やる気に満ちた二人。

 この二人にプロデュースさせるのはいいけれど、怖いんだよねぇ、二人とも元々頭の回転が速いタイプだし、何より地頭が良い。果たして小学生低学年前後の子供も一緒にキャッキャウフフ出来るようなナゾナゾや問題が作れるのかどうか……。


 因みに、概要をきいたグレイとローツさん、ロディム、そして子育て真っ最中のセティアさんまで食いついてきた。

「ワクワクしますね!」

「セティアさん……。あの、一応聞くけど、まだ職場復帰はしないよね? 無理だよね?」

「流石に無理です」

「だよね!」

 ホッとしたのも束の間。

「リードならジュリさんが開発してくださった肩掛け抱っこ紐がありますから。一緒に謎解き脱出ゲームに参加できます!」

「参加する気満々だった!!」

「状況次第では予定より早く復帰するのもありです」

「えぇぇぇ……」


 とりあえず、まだ首も座っていないリード君を連れ回されても困るのでセティアさんにはちゃんと完成したら参加してねと念を押しておいた。子供をおんぶしてでも仕事をするバリキャリウーマンになりかけていて、ちょっと怖い。


 不服そうな顔をするのはやめてください、セティアさん。







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