41 * あの人への贈り物、離婚後
新章です。
毎年恒例の誕生日、作品としては目新しいものは出てきませんあしからず。しかしどうしても登場させたい生物? が出せたので作者は満足です。
スカイフィッシュ。それは未確認生物で、高速で飛び回り沢山の羽根を持つ虫のようなもの。
ただし近年それは単に偶然そう見えるように写真や映像に映る虫でほぼ間違いない、という夢もへったくれもないミステリー好きを落胆させるような情報が出回っていたのを何となく覚えている。
「いや、いんのかい」
ついそうツッコミ入れました。
この世界はファンタジー。なのでスカイフィッシュが当然のようにいたんです。自動翻訳さんもびっくりな事実ですね、たぶん。
「そして捕まえてくるハルトにはどうツッコミ入れたらいいの?」
「だってスカイフィッシュだぜ? 地球の未確認生物がこの世界は未確認じゃないんだから見たいだろ」
最近しょっちゅう南方小国群帯に行っているハルトはついでとばかりに現地の人との交流も行っているようで、そこでスカイフィッシュの存在を知ったらしい。
この世界のスカイフィッシュは南方に生息するれっきとした虫。トンボを長く伸ばしそこに十対、二十枚の羽根が並ぶ見た目をしている。因みに体長およそ七十センチとデカい、怖い。オニヤンマですら迫力あると私は思うのに、羽根が二十枚でしかも七十センチの巨体、怖い以外にない。それをこのハルトは無造作に大きな麻袋に三匹も突っ込んで持ってきた、生け捕りで。
「ブンブンものすごい音鳴ってるけど大丈夫?」
「出ようともがいてるだけだろ」
「しかもギチギチって音はなに?」
「威嚇音らしいぞ」
「……一応確認なんだけど、なんで生きたまま?」
「ククマットで飛ばして見ようかと」
「グレイに斬られてリンファに腕千切られろ!」
なんでここでやるんだよ!!
こういう時の男たちってどうしてこう腹立つくらい童心に返るのかな。
ハルトの興味にそそられたのはグレイとローツさんも一緒。そこにロディムやレフォアさん、運輸部門のゲイルさんに自警団の幹部で本日お休みのバールスさんやライアスとその職人仲間まで話を聞きつけてやってきた。スカイフィッシュ自体が珍しいということもあるけれど、彼らは高速で飛ぶ姿を見てみたいというのが大きいらしい。
「男ってどうしようもないわね」
ケイティが冷めた声で吐き捨てた。因みにちゃっかりマイケルもその男たちに混じってます。
そして、男たちの期待を見事裏切るのはスカイフィッシュ。
「ガタガタ震えてる……。虫も、こんなふうに震えるんだ」
マイケルのそんな呟きの直後、三匹のスカイフィッシュは天に召された。
麻袋から出す前から大人しくなっていた三匹は、ククマットの真冬の空気に晒されて直ぐに動かなくなり、そのまま震えだしたそうで。
その哀れな姿に全員無言になり、天に召された後は微妙な空気が流れ男たちが目を泳がせるという奇妙な光景をケイティと二人失笑しながら見ることになった。
哀れなスカイフィッシュはちゃんと土に埋めて弔った。
で、弔う前にハルトが採取したのが羽根。三匹分で六十枚の羽根が私の手元に。
「綺麗だね」
一枚を手に上に掲げて覗き込む。
形状は完全にトンボの羽根で、その巨体を支えるだけの羽根は一枚で長さ四十センチにもなる。そのサイズだけでなく強度もあり、手で曲げて何度か撓らせる位では折れるどころかヒビも入らない。
そして全体的に黒く、光の加減で青紫色にも見える透ける羽根は軽い。
この色味と強度から南方の一部の民族では族長やその夫人の髪飾りに使われていて権力の象徴ともなっているそうな。
「これもらっていいの?」
「おう、その代わりなんか作ってくれ」
「……ハルトの?」
「なんでそんなに嫌そうなんだよ」
「男性小物は苦手なのよぉ」
「そこはホントブレねぇよな」
そんな会話をしつつも考える。
単純に扇子は浮かんだの、もうこれで扇子作って飾り付けたらそれだけで高級な色味と繊細な透け感が楽しめる扇子になるじゃんね。しかも南方でしか手に入らない貴重な物、シルフィ様とルリアナ様に社交界で使ってもらおうそうしよう。そして注目浴びたらハルトを通して素材の確保を考える。南方小国群帯とはほぼ交流がないため取引自体が必ず仲介を必要とするのでそこは信用度がマックスのハルトに任せるしかない。因みに高速で飛び回るため捕まえるのが難しいだけでなく生息する地域が限られるので個体数が他の虫に比べ圧倒的に少ないそうなのでそのあたりもしっかり考えて慎重に対応していこうと思ってる。一つの種を絶滅させた【彼方からの使い】なんてことになるのは絶対に嫌なので。
そして。思考をものつくりに戻し。
ハルトのもの、と考えると手が全く動かない (笑)のでグレイの物を考える。誕生日にスカイフィッシュのこの羽根を使った小物もあり!!
「何作るの?」
「目新しいものは作らないけど、使い途はあるよね」
「色もいいけど模様もいいよね、トンボの羽根のあの線の入り方がタイルっぽくて好き」
「そうそう、これを懐中時計の文字盤にしようかと思って」
「……あたしも欲しい」
「どうぞご自由に。カットして持っていけばライアスがやってくれるって」
キリアがスッと私の隣に座った。作ることに決めたらしい。
「それだけじゃ面白くないから、バッグフック (ステッキフック)と、スカーフピン、カフスボタンにもしようかと」
「……」
「いいよ、作りな」
無言で『作りたい』って訴える顔してたので笑ってオッケー出しておく。
この透ける黒く角度によって青紫に見える羽根の良さを活かすには、下地の色も重要。
「……銀かな」
「だよね」
色々見比べて重ねてみて意見が一致した。
時計の文字盤はライアスにお願いするので他のものを作って行く。
シンプルな模様一つ入らない銀のカフスボタン。それに合わせてスカイフィッシュの羽根をカットする。普通のハサミでは硬くて刃が痛みそうな強度に驚きつつ小回りの利くニッパーでカットする。パチンパチンと小気味よい弾けるような音を立てながら、大まかにカットしてから今度はヤスリで削る。
「羽根なのにヤスリで削るって変な気分」
ここまで来ると羽根というより金属とか硬いプラスチックだわ、さすがファンタジー、ビバ異世界。
形を整えた羽根をカフスに乗せる。もうそれだけでなかなか良い感じだ。
下のメタリック感が濃い黒の下から透けて、しかも青紫に変色するのがシックでありつつモダンにも見えて個人的にかなり好み。
「単なる正方形じゃ面白くないかも。三角とかどう?」
「いいね、あたしはひし形にしてみよう」
ノッて来た私たちは様々なカフスやスカーフピンと合わせてみる。どれもこれもいい!
「シャレオツ〜」
高揚した声で言ったのはおばちゃんトリオのデリア。
「これ、ボタンに出来ないかい?」
「うーん、そんなに数がないんだよね、どれくらい欲しいの?」
「数個でいいよ、これで大きめのボタンを作って黒や紺のレースのクラッチバッグに合わせたらどうかと思ってさ。クリスマス数量限定の商品にしたいね」
「それ良いね、ボタンなら今あるので十分、どのサイズで形にするかだけ早めに教えてくれれば。二十個は確保するよ」
「よし! 任せときな!!」
ということで、クリスマス特別限定クラッチバッグの販売がその場で決まった。さすがデリア、その行動力は称賛に値します。
「うおおおおおっ、いいじゃん!!」
デリアと入れ替わるように来たのはハルト。試作で作った物を見せれば大興奮。この男もなんだかんだ言いつつ王侯貴族との付き合いで社交界に出入りするのでこういう小物類はよく使うのよ。
仕事の出来る男ライアスはあっという間に懐中時計の文字盤にスカイフィッシュの羽根を貼り付けた物を仕上げてくれた。
そしてシンプルなイヤーカフも側面にスカイフィッシュを使った物を用意する。
「……進化、したと言えば良いのかな」
「多分……」
ハルトもなんとも言えない複雑な顔をするのは、ビジネス風バッグ。これ、開発以降何故かおかしな方向に進化を遂げており、扱っている 《タファン》では知る人ぞ知る商品として奇妙な人気を得てしまっている。
「金属板……入ってるね、しかもいいやつ」
「入ってるな、しかも耐性付与されたやつ」
「まさか本当にこれで人気が出るとは思わなかった……」
「俺さ」
「うん」
「最初の頃は冗談だろ! って笑ってたんたけど、最近笑えなくなったんだよな、なんでだろうな……」
「なんでだろうね……」
ハルトとの会話まで微妙になってしまう、護衛にもってこいの物理耐性付与された金属板入りビジネス風バッグ。
これもグレイ専用にまた新しくしようと思ってたところだったので、これにもスカイフィッシュを使うことにする。
金具の部分に全てスカイフィッシュを使用、そしてそれに合わせて革を縫う為の糸も紫がかった濃い紺色にし、革は敢えて光沢のないダークグレーのツイード生地にした。黒革でも素敵だなぁとは思ったけれど、羽根の光沢を存分に堪能出来る見た目にするのもありだな、と。
「いいな」
しみじみとそう言ってくれたグレイの前で私は胸を張る。
「この辺じゃ誰も持ってないスカイフィッシュの羽根を使ってるからね。ハルトとはデザインが被らないようにしたから存分に周りに自慢してちょうだい」
「ああそうさせてもらおう」
「シルフィ様とルリアナ様の扇子をスカイフィッシュの羽根で作ったのに合わせて侯爵様とエイジェリン様のカフスボタンやスカーフピンを作ったけどそっちとも被ってないから、クノーマス家で社交界をしばらく騒がせるかもね」
「ははは、既に何度となくジュリのお陰で社交界では良い意味で騒がせる事が出来ているのに更にとなると最早怖いものなしだな」
そんな話を楽しくしながら私の誕生日プレゼントの話になった。
「去年の砂漠デート、あれまた行ってもいいかも。結構楽しかった」
「そうか、じゃあ予定を調整しまた連れて行くよ」
「やったね!」
「それと誰を消そうか。今年こそ一人くらい本気でどうだ?」
「……それ、毎年、必ず、そう、必ず聞かれることに慣れてきた自分が怖いんだけど、ド直球に消すとか言うのやめて欲しい」
「不動産も現金もいらないと言われるとなぁ、私に出来る事となるとそれが一番手っ取り早いし確実だからの提案なんだが」
「……追加で図鑑に使えそうな原石買ってください」
不満そうな顔すんじゃねぇわ、宝剣しまえ。
離婚しても結局別れたとは言えないグダグダな私たちなので誕生日も何も変わらない。
リンファからはバールスレイド産の珍しい果物が届き、ケイティは特製のパウンドケーキとパイを焼いてきてくれた。屋敷の料理人は私のためのビュッフェを用意してくれて、使用人さん達と皆で動けなくなるまで食べることになる。
「ジュ、ジュリ様……まだ、食べるんですか……」
誰かが瀕死の状態でそう呟いたらしいけれど、私には聞こえなかったので最後まで美味しいものに囲まれ充実した誕生会となった。因みにグレイは誕生会はあまりいい記憶がない―――パーティーでお見合いとか面倒な挨拶ばかりの記憶が多い―――のでやらなくていいという希望が尊重されており、私の誕生会のついでに一緒に内輪で祝うだけというのも定着しつつある。
「そしてわかっちゃいたけど、うん、ホントに予想はしてたけども」
見慣れたその山に呆れながら私は頭を掻いた。
スカイフィッシュの羽根を使った小物なんてベイフェルアどころかロビエラムもテルムスも、ましてや大国バミスやバールスレイドでも手に入らない。というか知られていなかったので、スパイ達が速やかに主にそのことを伝達してしまい、 《ハンドメイド・ジュリ》には手紙が山程届いた。そしてクノーマス侯爵家にも『どうぞよしなに』的な、私へ作るようお願いしてほしい手紙が届いているそうな。
「乱獲の未来が見える。うーん……ここはハルトにすぐにでもスカイフィッシュが捕獲できる地域の種族の人との交渉をしてもらったり体制を整えたほうがよさそう」
「そうだな、それに南方の少数部族ならば収入にも繋がるからこちらでサポート出来る体制も整えたうえで契約できるようにするといいだろう、あちらではまだ細かな契約に慣れているところは少ないしな」
私たちはこんな感じで呑気にスカイフィッシュの羽根の輸入が上手くいけばいいな、なんて会話をしていた裏で。
多めに作ったカフスボタンの争奪戦が勃発したらしい。
私はグレイとハルト、そしてクノーマス家の分しか作らなかったし、試作は捕獲してきた特権としてハルトに渡したため手元に残ったものというのがなかった。しかし、キリアが己の欲に任せて作ってしまったがためにそれを巡り権力者達が国際問題上等!!の構えで互いに牽制し合うことになり、しかもキリアではそれをさばけないだろうと気を遣ったことで、クノーマス家がその仲裁に駆り出されエイジェリン様が胃に穴が開きそうな目に遭うのはもう少し先の話なので割愛。
「たまーに起きるよね、こういうこと」
「まあ、いいんじゃないか?」
「待てば 《レースのフィン》と 《タファン》で取り扱う事になると思うけど」
「待てるならこういう事も起こらないだろう」
「ああ、たしかに……」
私とグレイの誕生日の頃は、裏で誰かが巻き添えをくらい胃が痛くなることもあるので、来年からはリンファから胃痛によく効くポーションでも買っておこうかと思った。
未確認生物もファンタジーな世界ならいけるんじゃね? という理由から登場決定しました(笑)
ただそれらを、素材として使えるのかどうかと考えると難しいですね……。他に活用できて面白そうな未確認生物いますかね、探してみます。こうしているうちに物語と関係ないことまで調べ始めて執筆が進まないことも時折あるので気をつけます。




