40 * 人との付き合いに簡単なパターンなんてない
移動販売馬車の話どころではなくなった、そんなアベルさんにまずは椅子に座って落ち着いてもらうことにする。
「だめですよ、ジュリさんがこれを世に出すのは絶対にだめです」
「ダメってことはないでしょ」
「これの出処が知られた時のリスクを考えて下さいっ!」
「言わなきゃいい」
声を荒げたアベルさんに『まあまあ落ち着いて』と言おうとしたら、ローツさんが私より早くそうきっぱり言い切った。
「……どう言う意味ですか」
「意味も何も、言わなきゃわからない」
「ローツ!」
「俺たちは誰がこれをどこから入手するのか誰にも言わない。だからバレることはない」
「そんな簡単な話ではありませんよ!!」
「いや、簡単なんだよ。だって俺たちは守秘義務の誓約を魔法紙で交わす。絶対に裏切らない、喋れない、そういう契約になるから。『知られたら』というその言葉は、お前だから出てくるんだよ」
キリアはどういう事? という顔を私に向けてきたけれど、特別驚きも困った顔もしていない。
その反対に、顔を強張らせグッと息を詰まらせるようにして言葉を噤んだのはアベルさんだ。
「お前はここで見たこと聞いたこと、必ず法王陛下に伝えるだろう。……その時、一対一、ということは極めて珍しいはずだ。他にも枢機卿はもちろん陛下の側近、法王妃陛下にその側近、酷ければ大臣や官僚やその部下のいる不特定多数がいる場で報告することもある。つまりそのどこからか、お前の伝える事実と共に個人の意見や印象も加わった噂話として広まる下地が出来る。後は時間の経過と共に何もしなくても王宮から広まる。『ご内密に』とお前が言った所でそこに命を懸けた守秘義務が発生していないわけだから話し声が広まるのは当然のこと、そう考えるとジュリの身辺の危険度が増す原因は結局大きな権力なんだ。そこはジュリと魔法紙による守秘義務などの強い縛りがかけられる契約が出来ない、いや、してくれない」
そうなんだよね。
そもそも私の使う魔法紙はマイケル特製。
物騒すぎる契約書は、ほぼ個人間で交わす事になる。そうしないと例えば『商家』で契約したら商家の誰かが一人でも裏切れば全体に呪が発動する魔法紙を使わなければならないから。流石にそこまで鬼畜なことは私も押し付けたくはない。だから個人になるわけだけど、こちらとて安易にその強い縛りの魔法紙を使わなくて良いように努力と工夫はしている。
エルフの里産の物に関してはアストハルア公爵様に『仲介役』という隠れ蓑をお願いした。それは元々公爵様が魔道具の研究のため様々なものを集めている過程で実際にエルフの里産の物をいくつか所有しているから。外界で外貨を稼ぐエルフと会ったこともあると言っていたのでそんな立場と背景を利用させてもらうことになったわけ。勿論無償じゃない、名前を借りる代わりにこちらはエルフの里産のもので利益を出せばその一部をアストハルア公爵様に収めることにし、更にはロディムにその扱いを教えるという契約を交わしてある。そういった契約内容であることはクノーマス家と後ろ盾のヒタンリ国王陛下と位が高く側近としても信用されている第二王子殿下と第三王子殿下にも話してあり、万が一の場合は口裏合わせしてもらえることになっている。
そういった裏話、調整は全て個人。少なければ少ない方が契約に縛られない部分から推測されて私に辿りつくのが難しいものになる。これも私の防衛手段の一つで良い例が先日の宝石に関する図鑑の話だ。
おそらく私が原石をお金を惜しまず集めていることをアベルさんも把握しているし、ウィルハード公爵様達を招いてグレイが張り巡らせた厳重な結界の中で数時間会っていたこともアベルさんどころか法王様や枢機卿会は知っているはず。
でもその内容は漏れない。内容を書き換えない限り私含め誰も『喋れない、伝えられない』から。
魔法紙が剣とも盾ともなるいい例。
そこに、アベルさんは立場上絶対に加わることは出来ない。
何故なら法王様へ忠誠を誓っているから。
嘘偽りない報告をする義務があるから。
それが大枢機卿として法王様を法律で諌められる権力を有する人物の在り方だから。
この人は、私と絶対に個人で秘密の共有が許されない。
だからローツさんが断言した。
―――『知られたら』というその言葉はお前だから出てくるんだよ―――
と。
シン、と静まり返る工房。
キリアは気まずい空気の中、ンンッと咳払いをする。
「とにかく、アベルさんが心配することなんてないからね。ジュリはちゃんと考えて対策してるから」
「……そう、ですか」
一瞬の間を挟んで納得はしていないけれど場の空気をこれ以上悪くさせないためにアベルさんは頷いて見せた。
ローツさんは冷めた顔してる。その顔でじっとアベルさんを見てる。物言いたげだなぁ……。でも敢えてここではそのことは問わない。話を続けちゃうとローツさんがアベルさんを挑発しそうな気配がするから。
「ローツさん珍しく喧嘩吹っ掛けそうな顔してたよね?」
アベルさんと一通り話をして彼が帰ってすぐに私がわざとらしく大げさに見えるように肩を竦めて笑ってローツさんに声をかけた途端キリアがクワッ!! という効果音が背後に出そうな鬼気迫る顔をしローツさんに詰め寄る。
「ほんとですよ ! 何やってるんですかちょっと心臓止まりそうになりましたけど?! ああいうのはグレイセル様だけじゃないんですか?!」
「グレイセル様だけってことはないだろう、少なくとも俺はそんな方の右腕として必要に応じてやっても問題ないし許されているという自負がある」
「ニヤニヤしながら言うことじゃないですよ! だってアベルさんって伊達に大枢機卿やってるわけじゃないんですよね?!いざという時法王陛下を守れるくらい強いからこそ枢機卿になってそこから上り詰めたんですよね?!」
「んー、まあ、俺一人じゃ確かに正面から戦いを挑んでも勝ち目はゼロだ」
「ほらぁ! そんな人挑発しちゃ駄目ですよ!」
「そこは頭を使ってなんとか」
「え、頭を使えば勝つ自信あるんですか」
「卑怯なことも含めれば」
「……ちょっと、そのへん詳しく。気になります」
なんて会話だ……と、思いつつ私はキリアの肩を掴む。
「まあまあキリアさん、そういう物騒な話を私たちが聞いても仕方ないから」
「気にならない?」
真顔で聞かれてもね。
「とにかく、大丈夫、ローツさんはあの人が絶対に手を出せない事を理解していて、更には今回みたいに時々はっきりと言わなきゃいけないってことも理解してやってることだから」
「へ?」
「バミス法国はね、【彼方からの使い】がいないし、【彼方からの使い】を取り込むことも、【彼方からの使い】の正式な後ろ盾になることも失敗したの。大国として、過程は違えどこのベイフェルア国と同じ過ちを犯しちゃってるからなりふりかまってられないんだよね」
「……それって」
「うん、私のこと。あの人たちは失敗したのよ。……多分、そのきっかけを作ったのは他でもない私」
「え、なんで?!」
「私がアベルさんに友達になろうって言ったせい。あれで明確な線引きをされないと思わせちゃったのよね、友達として優位に立てるし優先されると勘違いさせた」
「それは違うな」
ローツさんは不敵な笑みを浮かべてまたも断言した。
「『勘違いさせた』んじゃない、あっちが勝手に『都合よく解釈した』だけだ。バミス法国はジュリやクノーマス家のやり方を知っている、早い段階でやり方を把握していたにも関わらずな。それだけのことだ。莫大な金が動き、文化に影響を及ぼすものが友情だけで成り立つわけがない、そんなの政治に片足突っ込んでれば嫌でも学ぶことだ、アベルが知らないわけがない」
「ま、ね……ご尤もです統括長」
「だろう?」
そう言ってローツさんはやっぱり笑う。
「変に庇うな、最近のアベルたち枢機卿会は少々こちらの手に余る。ここはご厚意に甘えてウィルハード公爵様とアストハルア公爵様に壁となってもらえばいい」
そこでキリアがうーんと唸る。
「そのあたりの話はいいとして、アベルさん、今日見た物を言っちゃうってことだよね?」
その質問に私もローツさんも迷わず頷く。
「で、エルフの里産の物が手に入ることを知っちゃうわけでしょ、そしてジュリが仲介してくれれば、手に入るってことも。……バミスが面倒なことをお願いしてくる可能性もあるし、何よりエルフはそのへんどう思うんだろ? ってことがあたしは気になる」
「面倒なお願いは断るよ、そんなのエルフの同意がなきゃ絶対に無理なことだろうから。それにエルフは元々人間に対する不信感とか嫌悪感とか、もう種族として固定してるし捨てるにはかなりの努力と覚悟が必要なレベルで。……どうだろう、エルフの長はそんなに優しい人じゃないからアベルさんやバミスの動向次第では、あんまり、ね」
その曖昧な私の回答にキリアは肩を竦めるだけで特に何も言い返したりしてこなかった。
このコカ様とエルフの里の巨木の枯れ葉を使った不思議な間接照明ともオブジェともいえるランプはお店の奥、スペースを確保して『オーダー承ります』の札を立てられ飾られることになった。
これを皮切りに、枯れ葉とスライム様を組み合わせた商品を売り出すことも決まった。
金属製のハンドル付きの枠に、枯れ葉をスライム様で板状に固めた物をはめ込んで食器用トレーは三サイズ用意した。
「これは素敵だわ」
試作を見たルリアナ様が目を輝かせて手に取りじっくりとトレーを眺める。
「葉の色のバランス次第で透明でも冬に使えるかなと思うんです。銅色と金色の枯れ葉なら暖かみがある色合いになるので、大きな物ならパーテーションも素敵だと思うんですよね」
「それはいいわ! 透明なパーテーションはガラス暖簾も人気で色合いによって季節問わず使えるもの。あれはそのままオブジェにもなるからいいのよね」
巨木の枯れ葉をバランスよく配置することに気を配れば他にもキャンドルホルダーやランプシェードにも応用出来る。押し花同様使い方次第でどうとでもなるのが強みと言える。
「アストハルア公爵様がジュリの代わりに表立って名前を使わせて下さるなら詮索するような人も出てこないでしょうからそこも安心ね」
ルリアナ様のその言葉に一瞬の間を開けて苦笑を返せば直ぐ様反応し眉間にシワを寄せてルリアナ様が心配そうに私を見つめる。
「何かあったの?」
「実はですね」
隠すことでもないし、そもそも巨木の葉だけでなく今後はアズさん達と相談しながらエルフの里の物を上手く世の中に広められたらと思っているのでアベルさんとのやり取りについて事細かに話せばルリアナ様がはぁ、と額に手をあてがった。
「そう、そんなことが……。大枢機卿のお立場ならば法王陛下に全て報告するのは当然、ジュリがエルフ、しかも長様との交流があることは利用したくなるでしょうね」
「やっぱり、隠すべきでしたでしょうか?」
「いいえ、隠そうとしてもバミス法国はそれなりの数の間者をククマットだけでなくクノーマスにも放っているくらいだから何れは知られてしまうことだったし、何より隠せば更に深く探られてしまうはず。ある程度表に出して正解だったんじゃないかしら。……こちらで預かっているエルフの里からの物を管理する体制ももう一度見直すようお義父様とエッジ様に私から伝えておくわ、それとツィーダム家とアストハルア家にも知らせておきましょう。この手の情報は共有しておくべきでしょうから」
「よろしくお願いします。私からもその相談はもう一度しておこうと思います」
面倒で分散して押し付けたエルフの里から持ち帰った大量の素材。
今となっては分散して正解だったなと思う。
これをもしうちで全て、もしくはどこかの家に全てを預けていたら管理が大変なだけでなくバレる可能性も高かったんだろうね。そして案外堂々とそれぞれの家に押し付けに行ったのも幸いだった。これをコソコソしていたらかなり探られていたかもしれない。私がこの三家に色々と渡すのはいつものこと、中身が見えなければ試作や商品だと思われそこまで警戒されないから。
「バミスはエルフの里の素材を入手するために動くと思いますか?」
「それはどうかしら……【選択の自由】も怖いけれど、他の国の目も今は無視出来ないわ。バールスレイドとの付き合いも公にして、テルムス公国のゼーレン家との繋がりも得た今、バミス法国が取れる手段はそう多くないもの」
「侯爵家にはご迷惑はかかっていませんか?」
「こちらは大丈夫よ、大筋のことが決まればあちらからは枢機卿会の側近の方や文官レベルの方たちが送り込まれて来ているから。逆に大枢機卿はじめ枢機卿会の上層部が頻繁に我が家に出入りするとあちらとしても都合が悪くなることもあるようだし」
どう都合が悪くなるのかは敢えて聞かない。そこはクノーマス家とバミス法国の距離感の問題で私がどうこう口出すことでもないし。
とりあえず、エルフの里では廃棄物だった巨木の枯れ葉はアベルさんとバミス法国の反応を待たず世に送り出すことにする。
外界でも極小数とはいえ実際にエルフとの交流があることを考えれば別に問題にはならないとアストハルア公爵様からも言われているしね。
「……ま、権力者と庶民の感覚自体がズレてるからね。こればっかりは仕方ない」
そんな事をボヤきつつ、広がっていく交友関係と共にその関係も少しずつ変化するのは仕方ないことだと思いながら、巨木の枯れ葉をもっと活用するために色々描くことにするわ。




