40 * どうやって活かすか問題
さて。今年のハロウィーンもいい感じに盛り上がっていることに安堵しつつ。
今回正式な招待をしたヒタンリ国の第二、第三王子は明日にはトミレア地区の、クノーマス領のハロウィーンの視察に向かうので今日中に見せたいものがあると事前に伝えていた。迎賓館はイヤーエッグの展示に使っているし二階は宿泊していただくために使うので、往復の手間を掛けさせてしまうけれど屋敷に招くことになった。
ついでにお忍び組も招いてしまおうとグレイと意見が一致した。後から『なんで教えてくれなかったのか』と詰め寄られても困るしね、そしてなにより何回も説明が面倒くさい。
「そういうことは早く言え馬鹿野郎!」
怒ったのはライアス。今回ヒタンリ国王子殿下達にお見せするものの第一号はライアスが完成させてくれたので立ち会って貰うことにしていたの。ヒタンリ国王子殿下たちは知っていたから気持ち的に楽だったけれど、ヒティカ様ともう一人の高貴な方であるテルムス公国のラーゼン前公夫人のティターニア様まで呼んだなんて聞いてねぇ! と現在ブチギレしている。
「二人増えただけじゃん」
サラッと言ったらガッツリ睨まれたけどスルーしておく。
今回、イヤーエッグの展示に拘ったことで迎賓館の一室が展示室に改装された。
その改装に伴い、展示室専用のディスプレイ台とガラスカバーも作った。
それらを引き立てる為にスポットライトも開発した。
ここまでしてふとあるものが私の頭の中に浮かんだ。
今まであってもなくても私は困らないものだったので、グレイとローツさんに共同経営を押し付けた金属専門宝飾店を監修するときにも一度頭を掠めていた物は『無くても困らない』という理由と忙しいを理由に開発から除外していた。そもそもソレは王都の超高級宝飾店にあれば映えるだろうなぁ、というものでこのククマットで売られているものには少々不釣り合いというか、使ってしまうと浮いてしまう。だから急いで開発する必要がなくて、ごめん、今の今までその存在を忘れていたというのが真相である……ということを口にすると皆からまた『まあ、ジュリだから』みたいな微妙な返しが来る気がして何となく腹立つ! と一人でモヤッとしていたことは内緒。
「如何でしたか?」
私の問にヒタンリ国第二王子殿下が少し興奮した様子で直ぐに返してきた。
「素晴らしかった! 明日早朝出立する前にまた見てもよいだろうか?!」
「勿論です、是非見てください」
「イヤーエッグもあの展示室も、なんというか、知らない世界のものに感じて。目にした瞬間のあの衝撃に勝るものは当面出会いそうにない」
「そう言ってもらうと拘った甲斐があります」
この場で誰が一番偉いか、という立場含めてヒタンリ国第二王子殿下は私が正式に招待した後ろ盾の国の王子であるためか、錚々たるメンバーが揃っている中で会話に割り込んでくる人はいない。
今日のこの浮ついた空気の中、急遽この場に更に呼んだ人達がいる。
それはクノーマス家からは侯爵様。クノーマス領のハロウィーンの主導はエイジェリン様が行っているのと、現役引退に向けて表立った動きを減らしつつあって時間が取りやすいということでグレイにお願いしてとっ捕まえて来てもらった。
「何やら面白そうなことを考えているようだから大歓迎だ」
と笑っていいながら、雑に腕を掴まれ転移された事に腹を立ててグレイに膝蹴りを食らわせ、そしてグレイも膝蹴りを返していたのは、見なかった事にする。
そしてツィーダム侯爵様。こちらは最早何かある度に、クノーマス家の次にお声がけするのが当たり前になっているので誰も驚きはないらしい。
で。
とりあえず一息ついて貰うためのお茶で喉を潤して頂き、空気が和んでライアスも慣れてきたところで本題に入ることになった。
トルソー。
主に首から胸部部分のみのマネキンのようなものと言うと分かりやすいかもしれない。
この世界、マネキンっぽいものはあるんだよね、勿論地球の物に溢れた恵まれた環境の日本で見かけるようなものではなくて、木の棒を繋げただけの人体の大まかな関節部分が曲げられるだけの物。これもそれなりに上等な服を仕立てられるお店じゃないと見かけないもので、私にとっても見慣れたものではなく珍しい物という認識がある。 《レースのフィン》で使用しているマネキンは『これじゃないんだよなぁ』という私の拘りから肩、胸部、胴部のなめらかな曲線や腕や足に至るパーツ全てを人間に近づけてあるのでそのマネキンを使って飾られた服は着たときのイメージがしやすいからか人気商品となる傾向がある。
腕を曲げたり顔や足に動きがある形にして服を着せているから目立つ、というのも大きいのかも。
そんなマネキンとは違い、トルソーは首下から胸部の、しかも鎖骨などの骨格を省いた滑らかな流線型の、シンプルな形をしている。
アクセサリー店で見かけるトルソーはその形によって存分にネックレスの良さが強調され、何より視線を下げずに見れるため、お店にとってはなくてはならないものだったなぁと今更思ったりしている。
この世界の場合、宝飾品の展示方法は全て平置き。指輪は辛うじて円錐形のリングスタンドなどを使っている店があるものの、それは本当に高級店のみで基本は指輪すら平置きで売られている。なので私がハルトからルフィナへのプロポーズに使いたいと依頼を受けた際に作ったジュエリーケースの中に指輪を立てて収納出来るようにしたのを見たシルフィ様とルリアナ様のその驚きたるや凄かった、という裏話もある。 《ハンドメイド・ジュリ》や侯爵家直営の嗜み品専門店 《タファン》で販売されているジュエリーケースが全て指輪を立てて入れられる仕様になっているそれを初めて見る富裕層の方々が未だに驚愕するのも頷ける、というくらいには実は『品物を飾って見せる』と言うことが未発達で無頓着な世界なの。
で、今回。展示に拘った開発が進められた中で今後は必要になってくるだろうとようやく私が目を向けたトルソー。
グレイにライアスの試作品を見せた時にされた顔がなんとも印象的だった。
「……なんで」
「うん?」
「なんでもっと早く開発してくれなかった?」
「あんまり必要なかったし、忙しくて後回しでいいと思ったし、何よりちょっと面倒くさいと思ってたから?」
私のその発言に、非常に達観した顔になってたのはなんでだろう、未だによくわからないけど気にしなーい。あ、ローツさんと共同経営の宝飾品店で使えたか!! あ、なるほどねそういうことね。
そんなグレイをちょっとセンチメンタルな気分にさせたトルソーを皆さんの前に置くと一様にきょとんとされた。
分かる。これだけ見せられても『なんだこれ?』だもんね。
だから、私のネックレスをすかさずスッとそこにかけた。
瞬間、声を出しかけたのを咄嗟に止めたヒティカ様の呼吸音が響いた。
ライアスに苦労したと言われたのが、トルソーの滑らかかつ、違和感のない首と胸部のバランス。現物が一つでもあれば参考になって直ぐに形になったんたろうけどね、流石に私もトルソーは持ってなかった。
形自体は木材から削り出し、それを基に型取りしてしまえば量産可能なんだけど、横幅や胸部の傾斜のバランスってかなり大事なんだと試作の過程で痛感した。
こういう時にものつくりの難しさを改めて認識させられるわ。
そんな苦労ありきで完成したオフホワイトと黒のトルソー。
オフホワイトの方には白金の細い鎖にアクアマリンのペンダントトップというじつにシンプルなネックレスを、黒のトルソーにはドレス着用時に身に着けられる金の細工が綺麗なエメラルドとダイヤモンドが散りばめられたネックレスを。
「トルソーと言います。このようにネックレスを飾り見せるのに非常に適したものです。オフホワイトと黒ではだいぶ印象が変わりますので敢えて分かりやすいようにタイプの全く違うネックレスを掛けましたが、これは好みやお店の雰囲気でもどちらが良いかは変わってきますので必ずしもこれが正解というわけではありません。そして今までの平置きと違いトルソーは作る手間が掛かるのと、これ自体が場所を取るため、陳列そのものを見直す必要があり、トルソーをどう活用するか店ごとに考えなくてはなりません。……ただ、今回イヤーエッグの展示をご覧いただいたと思いますが、あの展示方法とこのトルソー、組み合わせたら面白いのではないか、と思って今回お呼びした次第です」
トルソー開発に踏み切った要因がもう一つある。
それはトルソーに使われたベルベット質の魔物の皮の存在。
ヒタンリ国では固有の魔物が発生するダンジョンが多く、その素材が武具の他ポーションにも広く活用されている。その裏で、使えない廃棄素材も同じだけ存在する。
今回使用したベルベットのような皮もそう。これは手触りも艶も本当にベルベットそっくりなのに耐久性が低く衣類や小物に適さないという欠点があった。他の布に貼り付けてからなら多少使えるけれど、表面の耐久性そのものが上がるわけではないので価値はかなり低い。
ヒタンリ国はルリアナ様のご実家が革製品の扱いに長けた領だと知り、最近になってルリアナ様にこの皮を持ち込んで使い道はないかと相談していたの。流石に耐久性がないものは難しいという話になって、私の所へ回ってきたという経緯がある。
「耐久性がない……耐久性がなくても使えるもの、ってあるかなぁ?」
という私の呟きと重なったのがイヤーエッグの展示。
実は展示質のディスプレイ台はこのベルベット質の皮が使われている。真っ黒のベルベットの上に乗せるだけで高級感が出せるから不思議よ。
「殿下、この使い方なら耐久性を気にしなくていいと思います。そもそもネックレスを掛けるだけで、丈夫な本体さえあれば何度でも貼り付け直せますので劣化や耐久性も気にする必要はないかと。そもそも定期的に交換することは見た目の良さだけでなく清潔さも保てますからこの皮を活用するという意味では宝石を飾るためのトルソーは理に適っているのかな、と思います。どうでしょうか? 皮だからと身につけるものや日用品に無理に応用せず、耐久性がなくてもいいよう敢えて活用する方向で使ってみませんか? とりあえず 《ハンドメイド・ジュリ》としては……平置き含め小物やアクセサリー販売専用のトレーやケースのシートとして、迎賓館の常設展示質のディスプレイ用として皮を定期的に仕入れたいと思いますが」
第二王子の目を見てそう伝えると、殿下は隣に座る第三王子と目配せしあい、互いに深く頷いて笑顔を浮かべた。
「是非ともその取り引きに関する話し合いを進めたいと思う」
劣化が早いならそれに見合った使い方すればいいんだよ!
という強引な考えは未だに劣化を遅らせる素材が見つからないクラーケンの甲から来ている。透明な伸びるテグスの代用になるかと思えばこれも劣化が早くて日常使いには向かないので用途が広がらない物の一つ。
「ディスプレイを目的とするなら摩擦などは気にする必要がありませんからね。これが例えば帽子やカバンに、となると私もお手上げです。欠点含めて活かせる環境を探してみるって大事なことなので、今回のことはいい勉強と経験になりました」
そんな私を見てティターニア様が苦笑する。
「皆があなたのような考え方なら……。先人を含め我々はあまりにも人として未熟なのでしょうね。だからどうしても頼ってしまうのでしょう」
その言葉に、私は喉に何か引っかかったような僅かな不快感が芽生えて。それをなんとか飲み込んで笑顔を貼り付ける。
「私の生まれ故郷には『勿体ない精神』という言葉があって、まあ、便利な世の中になって使い捨てのものが溢れてその言葉も少し薄れた中で私は育ったので、そんなに胸を張って言えるわけではないのですが……地球で培われた感覚から『捨てよう』の前に『勿体ないよね』って言葉が時々私の中から出てくるのは間違いないんです。それが私の原動力の一部を構築しています。色んな経験と思い出ありきの知識には、そういうことも含まれているのですが……。私はそんなに出来のいい人間ではないので失敗もするし後悔もするしで、結構遠回りしてたりしますが、それでも、私のそんなごちゃ混ぜの考え方で世の中を面白くさせる、キラキラさせる、そして廃棄される前に少しでも役立つ物が生まれるならこれからもその考え方を曲げずに四苦八苦しながらやっていくつもりです。そんな私の考えにほんの少しでも賛同してくれる人がもっと増えてくれたら、この世界の『仕方ない』の一言で見向きもされない廃棄素材は減るし開発努力の大変さや大切さを理解してもらえる気がしていますが、どうでしょう?……現状と過去を嘆いても、変わらないんですよ、結局は行動しなければ何も変わらないです。これから誰かが、本気で動かなきゃ、私一人がやったところでそう簡単には変わらない事がとても多い気がしますが……」
ティターニア様達から笑顔がスッと消えて、そして真剣さが浮かんだ。
あえて問いかけるような言い方をした。
話の軌道を少し逸らして、防御線を張る。
私を褒める、称える、どうぞ好きにしてくださいと思う。そしてそんな事をされても私の出来ることは限られているし、過度な期待をされても応えられない。
結局のところ、そう思うならばこの先努力をしてもらわなければ何も始まらないってこと。
何回でも言う。私はただの平凡な人間で寿命があるし【技術と知識】も与えられる限界がいつか必ず来る。
無い物ねだりな言葉をおべっかと共に並べるだけでその先は私頼りなんて困るし、迷惑。
私は私のやりたいようにやらせてもらうつもりだから。
「これからは……私がやっていることを『面白いことをしている』と思った人が本気で勇気を出して柵を無視して好奇心を隠さずに立ち上がってくれるかどうかの問題なんです、きっと」




