40 * 祭りの合間に
吸血鬼と魔女はただひたすら無言でその光景を眺める。
魔王が六人、シ◯バニアファミリーが四人、輪になってイヤーエッグの万華鏡と全く同じサイズの金属のエッグに全く同じ種類のオブジェクトを入れた四季それぞれを表現したサンプル万華鏡を無言で覗いてクルクル回して一通り楽しんで隣の人に渡す、という謎のルーティンは数分前から始まりまだ終わらない。
いつまでこれを見てなきゃいけないのかな?
これ、どのタイミングで止めるのが正解?
そしてこの光景怪しい宗教団体の集まりっぽくてちょっと怖いんですが?
―――約二十分後―――
「想像以上にあの空間きつかった!」
そう叫んだらグレイが実に愉快げに笑う。
「あれと同じ現象がこれからしばらく起ると覚悟したほうがいいぞ」
「無理無理、私案内しない、もう無理、謎の集会見せられてるだけなんて無理」
「まあ、怪しい集団に見えることは否定しない」
直接手にとって見たい、という希望は例外なく全てお断りすることにしている。一度手にとってしまうと欲しいという欲求が膨れ上がる場合もあるしね。その対策としてまずあのディスプレイはお馴染みマイケルによるとんでもねぇ呪詛が発動する強力な防御結界が掛けられているので防犯対策バッチリ、まず開けることは不可能なので防犯としてこれ以上の安心感はない。
「今回はねぇ、無理矢理開けようとしたりガラスを割ろうとした瞬間まずは雷撃による魔法攻撃を受けて失神、ついでにちょっと焼け焦げてもらったその後目を覚ますとそのまま毒でのたうち回ることになるね、一応半日で抜ける毒だけど焼け焦げた体でのたうち回るわけだから、ちょっとしんどいかな?」
それのどこがちょっとなんだとツッコミ入れたグレイが正しい。
そんな鉄壁の守りでイヤーエッグはガラスケースの中鎮座し続けるので、本当に万華鏡なのか確かめようがない!
それじゃ意味ないね、って話になって解決策として、最終サンプルの本物と寸分違わぬそれぞれのレプリカのようなものを見本として公開することになったのよ。
中に入るオブジェクトの色の割合も同じになるよう調整してあり、どんな配色かこれでちゃんと確認出来る。オブジェクトも贅沢に透明度の高い、もしくは純度の高いものばかりなので当然高価なんだけど、それよりも開発面でお金が掛かったのが金属の上に乗せる、金属の質感と光沢を損なうことなく透過させるクリアタイプの塗料。
中でも満足行く色になるまで試行錯誤されたのが茶色。これがなかなかの曲者で僅かな配合の違いで濃すぎたり赤みが強すぎたり黄みが強すぎたりと、深く濃厚でいて柔らかな色味にするのが本当に難しく染料等を専門に扱う工房が毎日夜遅くまで配合に明け暮れることになったのよね。
昨年の青色含めて他の色は開発が早い段階で進められていたんだけど、まさか茶色を作ってくれなんて依頼を想定していなかった工房の慌てっぷりは、うん、鮮明に記憶に残っている。
迎賓館の中には案内役と警護が数名ずつ待機しているので再び展示室に行きたいという魔王一家とシ◯バニアファミリーをそちらに任せて私とグレイは外に出る。
門の所まで来てから振り返ると、二階は貴賓の宿泊のために整えてあり、クノーマス家とツィーダム家の使用人さん達が万全の体制で待機してくれているので窓から漏れる光は明るく窓枠の輪郭がはっきりと見て取れる。
「こうして改めて見ると一階は不気味だわ」
「はははっ、だからこそ展示室が際立つ」
開放されている正面玄関から漏れる光は頼りなく、その傍らにポツンと置かれた『イヤーエッグ展示室はこちら』の立て看板もシンプルなので、本当にここで合っているのかと少々不安になるかもしれない。
「本当にこの先にあるのか?」
とあからさまに不信感を顔に出してツィーダム侯爵様に言われたくらいには、雰囲気を出すために置き物は勿論家具すら撤去し薄暗い空間はハロウィーンとは別の独特の雰囲気を醸し出している。
中立派筆頭家の特権として毎度クノーマス家とツィーダム家の人達には最優先で新作などを見せたりあげたりしていて、イヤーエッグも例外ではなかった。
イヤーエッグを見せるということはあの展示室も見せることになるわけで、事前に今までなかった見せ方だと思うという旨は伝えていたけれど、その衝撃は私の想像を遥かに超えたらしい。
今日のアストハルア公爵様達のように無言でただじっとガラス越しにイヤーエッグを侯爵様たちも見ていた。
一歩間違えば質素や簡素を超えて単なる手抜きにも見えるあの空間。
でもその一歩を間違えなければ。
「あの展示方法は今後広く普及するだろうな」
「そうかな、そうなるといいわぁ」
人をどう感動させるか。
惹きつけるか。
好みも価値観も人によって違うから、全ての人に受け入れられる見せ方なんて存在しない。
だからこそ、今回のような見せ方があっていいと思う。見せ方には『最良』や『最適』はあっても『正解』はないと私は思ってる。正解を追い求める人もいるだろうからあえて言葉にはしないけれど、私はチャレンジすることに意味があると信じているので、最良や最適を追い求めていきたいなぁ、なんて考えていたりする。まあ、そんなに簡単なことではないけどね。
それと、ロディムは先にイヤーエッグを見ていた事もあって一番冷静に俯瞰的にあの展示室を見ていたのよね。
そこで彼が注目していたのが発光魔石をほぼ筒状のシェード内に嵌め込んだ、所謂『スポットライト』。
そもそも発光する魔石は魔素に魔力を流し込むだけで光を放つのでそれだけで使える物がいくつかある。でも今回使ったのは部屋を明るく照らす魔法付与でその光源をさらに強めたもの。それを敢えて小さな筒状のシェードの中に嵌め込み、ピンポイントで光を当てるだけの小さなスポットライトにした。一般常識から考えるとこの使い方は非常に勿体ないと言われる使い方で、これだけ明るければシャンデリアの光源にするというのが貴族たちの考えだし、庶民なら人の集まる集会場などで使うべき、と言う人も多い代物。
それを、あの暗闇の中で一点のみを照らす光源にするのは贅沢というか無駄遣いというか、人によってはそう捉えるものをあの展示室とイヤーエッグのためだけに使った事にロディムはどうやら非常に興味を抱いたらしい。彼はあの場で唯一、スポットライトの大きさや付けられた位置、そして光の強さを観察していたから。
(ロディムなら放っといても上手くアストハルア領で活用するかな)
そのうちアストハルア領でもあの手の展示室が出来るかもしれない。というか頑張ってやってもらいたいと願う今日この頃。見せ方だって色々あったらいいよね。
なんてことを考えながらグレイと賑やかな祭りの雰囲気を楽しみつつ各所を回っていたら。
「グレイ」
「なんだ」
「見ちゃいけないものを見た気がする」
「気がするだけなら見えていないと同義だ、気にするな」
スンとした顔で隣でグレイが呟いた。
何故だ。
お忍びで来るとは聞いていたけど。
何故ですか、ロビエラム国王女ヒティカ様。
……一緒にいる方、今回来るとは聞いてませんが。
「ロビエラムでも今年はハルトが主催でハロウィーンやってるよね?」
「の、はずだが……」
「何で、王太子殿下が、いるんだろう……」
どうしても見たかったのだと言う。
ハルトから聞かされて居ても立ってもいられなくなりヒティカ様に無理矢理付いてきたんだと言う。
無理矢理。
そっか……無理矢理。
「失礼を承知で申し上げます!! 婚約発表から間もない王太子殿下の身に何かあったらククマットでは責任取れません!! 責任取りませんよ?!」
不敬罪どんと来い、そんなの構ってられるか!!
「カンベンしてくださいよ! それでなくとも今年はテルムス公国ラーゼン公家のご一家がお忍びですでにいらっしゃってるし、ヒタンリ国は公式訪だけど第二第三王子殿下ご夫妻が揃ってるし、バミスからは公爵家と将爵家が揃ってる所に枢機卿会も来てて空気微妙だし! ホントに勘弁してください!!」
心の底から叫んでました。
こういう所が王族なんだろうな、と思わせるその雰囲気に最早取り繕うのが面倒になってしまった私は不敬承知で項垂れる。
「直ぐに帰るよ、イヤーエッグを見たかっただけだから」
ロビエラム王太子殿下はにこりと微笑んで私の肩をポンポンと軽く叩く。
「それから私から助言を。今日ここに素性を隠して訪れている王侯貴族に対してジュリなら『迷惑なのでお忍びやめて下さい』と言っても誰一人咎めることはないよ」
「えっ?」
王太子殿下の思わぬ助言に私が目を丸くすると面白そうに笑った。
「もう少し自分派に対する王侯貴族からの評価を見直すといい。確かにジュリに対して色々と圧力を掛けたり妨害したりする権力は少なくないが、それ以上にジュリ自身がそれに対抗しうる力をすでに身に着けていることを自覚するといい。ジュリの公開、提供する【技術と知識】と秘匿し守る【技術と知識】の絶妙なバランスによってすでに沢山の王侯貴族がその掌で転がされている、かく言う私もその一人だ」
実に愉快げに王太子殿下は笑った。
「ジュリの真価を知る者は、そのこともちゃんと理解している。だからその物を作る手が不本意に止められてしまわないようにするためにも、もう少しわがままになっていいと私は思う」
「王太子殿下……」
「自分でするのが難しい、大変だというならハルトを通して私に教えてくれて構わないよ、ロビエラムから出来ることもある、遠慮なく相談してくれて構わない。イヤーエッグを観に来たとは言ったものの、今回はそのことを伝えたかったのと、お礼をしたくて」
「お礼、ですか?」
私が首を傾げるとそれはそれは優しい、笑顔になった王太子殿下。
「婚約者がとても楽しみにしているんだ、デザイン画を毎日眺めているよ」
「あ……」
「私の婚約者として色々我慢させているし大変なことも多く、時々疲れた顔を隠せない事が多くなっていた。でも今は楽しみで仕方ないと専用の部屋を自分の手で片付けたいと言い出して侍女たちを青ざめさせて振り回している」
「そうでしたか、良かったです。気分転換になっているんですね」
穏やかに微笑みながら王太子殿下が頷いた。
「本当はサプライズにしたいとハルトから言われていたんですが、なにぶんあのサイズで量も多いですから流石に事前に許可が必要だろうと提案したんです。デザイン画をお渡しして良かったです、王太子妃殿下となられる方のお役に立てているなら光栄です、職人たちも喜びます」
本当にそのことを伝えるのが目的だったらしい。イヤーエッグを見てから、王太子殿下は護衛騎士たちと共に直ぐ様転移でロビエラムに帰っていった。
ずっと私たちの遣り取りを静かに見守っていたティヒカ様は殿下の姿が見えなくなるとあからさまなため息を付いて苦笑した。
「まったく、あれくらいのことなら私を通して伝えれば良いことなのに。直接伝えたいくらい余程嬉しいのでしょうね、あなたからお祝いが貰えることが」
「だと嬉しいですね。でも良かったです、婚約者様との関係が良好で」
「そうね、私も一安心だわ」
一瞬表情が柔らかくなったものの、直ぐにヒティカ様がまたため息をついてしかめっ面になる。
「それにしてもこの私にまで釘を刺すとはいい度胸だわ」
「はい?」
「お忍びでククマットに入るなと言うことね。公式訪問は手続きや礼儀だと面倒は多いけれど、問題が起きると厄介なのはお忍びの時だから。釘を刺した本人もやっている時点でどうかと思うけれどね……それでも直ぐに帰ったことは、評価すべきだし他の王侯貴族に対しての牽制にはなったでしょう」
「はぁ、なるほど……」
そんな意味があったのかと、ちょっと驚きと感心の混じる不思議な気分になりながらも何故か笑いが込み上げた。
王太子殿下の私への助言はきっと他のお忍びの人達の側近さんやスパイさんたちが聞いていたはず。ロビエラム国の次期国王が私にそういったからには、他の人がそれを無視するのもおかしいことだし難しいことになる。
ある意味私が利用されたと言ってもいい。これはこれで私のロビエラム国への印象が良くなったとなればロビエラムにとってはアドバンテージになると踏んでいるんだろうし、ヒティカ様からの依頼の国王陛下即位記念の贈り物になるシャドーアート風額縁と王太子殿下婚約お祝いの巨大シ◯バニアファミリーは堂々と私の【技術と知識】であると全面に打ち出して公開するはずだから、そうすればハルトと私の良好な関係が周囲に伝わるし、国として後ろ盾じゃなくてもお付き合いがあることも示せる。
「こういう形で利用されるのは好きじゃないでしょう?」
「好きとか嫌いというのはありません、むしろ私にとって不利益にならない、立場が悪くならない利用のされ方は断る理由も避ける理由もありませんので」
「そう?」
「お互い様ですよ、持ちつ持たれつなら、問題ありません」
大丈夫、私も保管が面倒になったものはハルトを通して永久保管先としてそちらに押し付けるつもりだし! というのは口にはせず笑顔で返しておいた。




