40 * 筋肉筋肉と目をギラつかせる貴婦人たちの後ろで
いやぁ、大盛況。
お腹が大きくなって邪魔なんですと笑いながらも妊娠中のセティアさんが描いてくれた胸板がインパクトあるマッチョな男性の絵とライアスのこれでもかと主張する厳つい字が人目を引く看板を見上げ私は腰に手を当て仁王立ち。
「第二回腕っぷし選手権がハロウィーンより期待されてるのが本当に腹立つぅ」
私の後ろは既にどこから観に行こうか、何時からやるのかとウキウキのご令嬢やご夫人含む沢山の女性たちで賑わっている。
そして。
「しかもハロウィーンと合同で、カオスなこの雰囲気……」
なんとも言い難い異様さを醸し出すククマットのハロウィーンと腕っぷし選手権の合同開催。
こんなつもりじゃなかったの。
私的には女性専用の馬車とか宿とかエリアとか。そういうの準備大変だからハロウィン、クリスマスが終わって落ち着いてからでもいいんじゃない? と考えていた。でも腕っぷし選手権への期待値がカンスト、最早私一人の意見など通らない雰囲気になり、エイジェリン様とルリアナ様に相談、トミレア地区をガッツリ巻き込みハロウィン初日から二日間にぶつけて開催することとなった。元々腕っぷし選手権は男達と中央市場が主導 (前のめり)で進める事になったイベントなので、まあいっかぁと途中から諦めモードに入りライアス達と中央市場組合に任せたら、うん……。
場所の取り合いでまさか屋台を出したいうちの女性陣と省スペースでも出来る腕相撲などの競技を増やしたいククマットの男性陣がバチバチになるとはグレイも想定外のことで、こりゃだめだとすぐさま強権発動でグレイがサクッと場所を割当てたりもした。もうちょっとお互い遠慮して。こっちにも計画と都合ってものがあるんだから。
疲れたよ、丸投げしたはずなのに。
「ジュリ様、お招きありがとうございます」
「あ!!」
その声に振り向くと、そこにはウィルハード公爵夫妻とラパト将爵夫妻が。
「ようこそククマットのハロウィーンと腕っぷし選手権へ!!」
今回の招待客、つまり貴賓にこの人たちも招待した。ローツさんから聞かされた話なんだけど離婚騒動中、私の離婚宣言直後バミス法国では私の保護を名目に新しい夫をあてがう話がでたんだそう。しかも、『大枢機卿の第二夫人』なんて話を出したやつもいると。……アベルさんの第二夫人? 私が? ありえん、いい出した奴ぶっ飛ばす。というドン引きする事が当事者いないのに繰り広げられたと。それを抑え込んだのがこのウィルハード公爵とラパト将爵。そして直後の獣人奴隷解放という大騒ぎが起き、それについてもバミス国内で率先して動いてくださった。
私よりもグレイがこの四人を貴賓として招きたいと強く望んだのよね、そりゃねぇ……私に夫をあてがうなんて話、バールスレイド皇国でもあったけどあれは私がいたから皇帝陛下も出来た話であって、非常にデリケートなことなのに当事者不在でする話じゃないよね。グレイがそれを聞いて。
「……【スキル:神々の祝福】をお見舞いしてくる」
とか言い出す事態になったり大変だったのよ。その【スキル】だめなやつね、広大な更地生み出すからやめようね、と諭して何とか止めたけど。
そんなこんなでお礼をしつつ談笑していると、そこにまた別の貴賓が。
「お招きありがとうございます」
「ジュリ様、ご機嫌よう!」
「おおおおおっ、リウトくーんセレーナちゃーん!」
セレーナ・アストハルアとリウト・アストハルア。ロディムの妹と弟の末っ子三男。公爵夫妻と共にやってきた二人はちょっと恥ずかしそうだ。当然だわ、ガッツリ仮装させられてるし (笑)。というかアストハルア公爵夫妻も仮装してるんだよ、おそろい。そしてそこに走ってやって来る手を繋いでラブラブな二人はロディムとシイちゃん。
「ぶは!!」
思わず吹き出して笑ってしまった。
アストハルア公爵ファミリーとシイちゃん。全員、魔王!!
いやもうこれシイちゃんから提案された時に嘘だろ?! とグレイが声をひっくり返したし、衣装製作をすることになった侯爵家のお針子さんも私が渡したデザイン画を四度見したほど。
頭に角が立派なブラックホーンブルの骨を被り、黒いマントと黒い衣装、そして手にはおどろおどろしい魔王っぽい杖。そんなのが六人目の前にいる。以前ハロウィーンで公爵様が魔王というこの世界に存在しない仮装をしたのをみた公爵夫人が衝撃を受けつつもまんざらでもない反応をしたそうで、ならばと今回アストハルア公爵家は魔王で統一したという。あ、シイちゃん普通に公爵家側なんだな、というツッコミをしたらグレイが笑ってた。
「バミス側との対比が凄ッ……!」
そう、対比が凄い。
ウィルハード公爵夫妻とラパト将爵夫妻も仮装してきてくれている。でも今回初ということで、抵抗がないようにとフィンにお願いしてあった。
彼らは姉妹で立派な猫耳と尻尾、公爵様は可愛らしいリス耳とボリューム満点の尻尾、将爵様はスラリと伸びる艷やかな鷹の尾羽根が実に素敵だし、ククマットで獣人を蛮族だ獣だと貶す差別的な人はいないからその魅力を存分に引き立てるようにしてもらった。仮装というより、絶対に普段着ないだろうなという、落ち着いた色味とパステルカラーを取り入れたチェック柄の布をふんだんに使用したカントリー調を意識したものに揃えてある。……フィンにお願いするとき、シ◯バニアファミリーを意識した説明をしたことはナイショで。
おどろおどろしいファミリーとほんわかファミリー。お互い恥ずかしいのかどう褒めたらいいのか分からない様子で挨拶がギクシャクしていたわ。
うん、これはこれで新鮮でいいよね!!
恒例と成りつつあるハルトによるテントやオブジェへのペイント。最早芸術的と言っても問題ないレベルの怖さが伝わる色のチョイスにより今年もハロウィンらしくなっている。本人は至って真面目に『綺麗にカラフルに』とやっていてこの怖さが出せるのは一生直らないんだろうなと思う、そして直らなくていいのかも。
そんなハルトはロビエラム国で小規模ながらもハロウィーンを今年開催することになり、その主催者ということでちょっと顔を出して直ぐに帰って行った。
「後で今年のコスプレ見せに来るぜ!」
と台詞を残して。
そしてお腹の大きなセティアさんはそのハルトと共にペイントが出来ずしょんぼりしてたのは笑ってしまった。あの二人、方向性に類似点があるので来年は二人に完全に任せてもいいかもしれない。ローツさんは頼むから止めてくれって顔をするけどね。
少しでも変化は与えたいという私のこだわりで今年はジャック・オ・ランタンのオレンジ色よりも紫色がメインになるよう考えた。皆の仮装が兎に角バラエティに富んでいるので、ハロウィーンの飾りなどは暗くても問題ないし、ランタンなどの光源でどうにでもなるのでね。因みに着ぐるみは今年も大人気で、去年より増えているので楽しそうな動物や魔物たちがククマットを二足歩行で闊歩する不思議な光景が繰り広げられている。ハロウィーンイコール着ぐるみと勘違いしている人も多そうだわ、来年はもっと多彩なハロウィーンになればいいなぁ……。
テントも黒や紫を基調とした色合いにし、全体がかなり暗く感じるのを補うために、至る所に鮮やかなオレンジ色のジャック・オ・ランタンのオブジェや小物がピンポイントで目立つようにし、そこに案内板や地図を設置して見つけやすく見やすくしてある。特に雰囲気を出すためと夜は冷えるのでその対策にもなるキャンプファイヤーのような大きな焚き火を何箇所かに設置してある特設エリア全てに温かな食べ物や飲み物が買える屋台を数台ずつ出し、簡易的なベンチを並べて休めるようになっている。
今年も吸血鬼の仮装をするグレイの隣、私も魔女の仮装をしてあたりを見渡す。
「予想以上に利用率が高いようだな」
「お陰様で」
アストハルア公爵様がふととある物が通ったのを見つけ、私にそう声を掛けてきた。
女性だけで席が埋まった、ゆっくりのんびり進む巡回馬車。
こちらもハロウィーン限定の装飾が施され、御者さんも仮装していて今日のククマットにしっかり馴染んでいる。
「『専用』や『限定』は人の心を擽るんですよ、地位とか立場関係なく。今後は各地で同じように根付いて欲しいところです。日常に当たり前に溶け込んだら、面白いと思いますよ」
「特権ではなく日常的なもの、か」
「使い方次第ですね。特権と専用や限定は切っても切り離せないものですから。手当たり次第にしても失敗するのは商売の基本と何ら変わりないと思いますよ。どこでどう使うのか、何を中心に考えるのか、それによって変わります。正解は無数にあるはずなので、これからも挑戦あるのみですね」
馬車が止まり、女性が降りてくる。浮かれ高揚する感情を隠しきれず楽しげに身内や友人と語らう彼女達のその雰囲気だけで、市場がいつもより何倍も明るく感じる。
これだけでも十分満足。
でも今年はもう一つある。
「正直このタイミングで見られるとは思っていなかった」
「お蔵入りにするには余りにも惜しい出来ですから」
「公開のために一室改装したそうだな」
「ええ、ククマット・イヤーエッグの所有者は領主のグレイですから、そこは自由にどうぞって感じで。流石に常設の展示室にしてしまうとは思いませんでしたけれど」
雰囲気がガラリと変わる。
私と公爵様が先頭を並んで歩いている後ろに夫人やロディムたちが連なるようにして歩いているけれど、迎賓館に近づくにつれ言葉少なになって。公爵様まで気付いたら顔が険しくなってるけど、一体ロディムはどう説明したのよ?
ククマット・イヤーエッグを事前に見ているし、そして展示室の改装後に展示された状態でエッグを見ているのはこの中でロディムだけ。
「……ロディム、どう説明したらこんなことに?」
「私はただ『覚悟してご覧下さい』とだけ」
「ハードル上げないでくれる?」
苦笑混じりにわざとらしくため息をつけば、ロディムは否定するように首を横に振った。
「何の情報もなく見せられた時の私の衝撃を理解していないからそんな事が言えるんですよ」
逆にロディムに呆れられてしまった、解せぬ。
グレイの案内で先に来ていたウィルハード公爵様達は、私達が踏み込んだ時に鳴った足音にビクリとして勢いよく振り向いた。
今日の迎賓館は入り口から薄暗い。既に真っ暗な外の闇と比べれば十分明るいけれど、一歩踏み込んだらその明るさは人を出迎える明るさではない事が一目瞭然のぼんやりとした心許ない光源しかなく、いつもより歩くペースが自然と落ちる。
そして展示室として生まれ変わったその一室の観音開きの扉は今日は既に開け放たれている。そこに立った時点でその異質さに一瞬立ち止まる人は多いかもしれない。
白味の強い美しく磨かれた大理石の床は、一歩踏み込んだ瞬間から足音を室内に響かせる。この音でウィルハード公爵様達が驚いて振り向いたらしい。それだけ集中して見ていたのかもしれない。
大理石の白さとは真逆の真っ暗な空間。極めて黒よりのダークグレーの壁に覆われた室内は、距離感を掴めず進むのを躊躇わせる。
何より、この室内の光源はたった一箇所。
黒のベルベットで覆われたディスプレイ台を透明なガラス越しに照らす発光魔石は直視すると目がチカチカして霞むくらい強めの光でディスプレイの中を照らす。
無言でウィルハード公爵様達がそのディスプレイ台の正面から離れた事でなお光は強く感じる。
吸い寄せられるようにしてアストハルア公爵一家がディスプレイ台の前に進み、そして場所を開けてくれたウィルハード公爵様達に黙礼をした。
ディスプレイ台の一番手前には今年のククマット・イヤーエッグの名称が刻まれた金属プレートがある。
―――万華鏡・四季―――
これが今年のイヤーエッグ。
エッグは四つ。
今年のエッグは全て万華鏡になっている。
昨年のは中央が開閉出来てその中にある両鏡面に小さく精巧な細工が飾られたものだったのに対し、今年は万華鏡のためそういったギミックはない。
その代わりひと目見て四季を表しているのだと分かる外見になっている。
春はライトエメラルドグリーンとレモンイエロー、夏は無色と水色、秋は朱色とダークブラウン、そして冬は無色と藍色。これらが金属の卵型の表面にそのメタリックさを透過する透明な塗料としてグラデーションが美しく出るように色が乗せられている。
台座は全て同じでクノーマス伯爵の紋章に使われているクレマチスの花の透かし彫りが美しいエボニーと呼ばれる黒い木材が使用され、エッグの光沢と色を損なわない反面その高級感を引き立てる良い脇役となっている。
エッグの上部にはのぞき穴があり、そののぞき穴の周りにも細工が施されている。
春は菜の花、夏は流水、秋は麦の穂、冬は雪の結晶と、のぞき穴を囲むように施された金細工はその部分だけでも価値がある極めて細やかなもの。
万華鏡なので当然エッグの底部分は万華鏡のメインと言って良いオブジェクトが美しく輝くよう光を取り込めるように透明度の高いガラス、シュイジン・ガラスが使用されている。その周囲も金細工が施され、こちらは四季共通でクレマチスとなっている。
オブジェクトも季節によって勿論変えてある。
春は色とりどりのパステルカラー、夏は青と水色に差し色で黄色、秋はオレンジと金色、冬は水色と薄紫に銀色、これらがメインのカラーとなるよう全て輝石や純度の高い金属、そして魔石を小さくカットもしくは形成したものになっている。
この四つが、整然と並ぶ。
これだけが飾られた室内。
ガラスに覆われ、触れることを許さないという意思を感じるような、隔離された極めて狭いディスプレイという空間の中で四つのエッグはたった一つの光源に照らされ、燦然と輝いている。
視覚で得られる情報が限られた空間は、まさしく異質であり、そして異質ゆえに強烈な印象を刻むことになった。
ここまでお読み頂きましたことに感謝申し上げます。
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