40 * 可能性なんてそのへんにゴロゴロ転がっている
巨大シ◯バニアファミリー (正式名称未定)の製作についての話し合いが一通り済み、それらに携わる人員の調整をして間もなく。
コカトリスことコカ様の骨の名前を決める際、私が『コカ様、コカ様』とうるさいとフィンに呆れられていた事が影響したらしい。『こっちの名称を先に何とかするよ』と周囲から言われた。
「いっそのことジュリがコカ様呼びしておかしなことになっててもそれを緩和出来る名前がいいんじゃないかって話になって」
「かなり酷い理由」
デリアに真顔でそんなことを言われたら真顔で返すしかなかった。
提案された名称の候補から今回は従業員による投票で決定するとグレイが発表して迎えた投票日。
圧倒的多数で決まった。
コカルマ・ボーン。
『コカトリスとトルマリンから文字を取り、そして骨だから』という。
これを提案したの誰、と思ったらメルサだった。おばちゃんトリオはここぞという時に食い込んでくるから凄い。他にも候補はあったものの分かりやすくて良いよね、という事で多くの支持を得たらしい。
コカ様の骨改めコカルマ・ボーン―――この先結局私はコカ様と呼ぶ―――はこうして正式に世に送り出す下準備が整って行った。
「なんでだろうね、なんでこんなにケイティってこういうの似合うんだろう」
語彙力が低下したような言葉が口から出た私の目の前、ケイティは新作カラーである赤紫にラメが入った爪染を塗ったド派手なネイルアートでご機嫌な様子で、コカ様を使ったアクセサリーを身に着けてポーズをキメている。
「これ良いじゃない、あえてシンプルなカット」
ケイティの耳元にはサイコロ状にカットし磨いたコカ様。余計な飾りを一切せずにそれだけが付いたピアスで、イヤリングで丸みのあるデザインが多いこの世界ではかなりのインパクトがある。意図的にピンクの比率が低い緑がメインの部分を使用したので色味としては落ち着いているけれど、ピンクが差し色の役割を果たしておりしかもこの形が目を引くので個人的にはかなり好きな感じに仕上がった。
このサイコロ状の他、トルマリンを意識した六角柱は勿論様々な形にカットしたものをアクセサリーにした試作品が作業台の上にズラリと並ぶ。
「斬新ですわね、でも……私も好きですわ」
しばし一人でそれらを眺めていたのはバミス法国のラパト将爵夫人のリアンヌ様。
何故今ここにいるかというとコカ様の骨を集めるのにとても協力してくれたから。
バミス法国にもコカトリスが発生しやすいダンジョンや魔素だまりが何箇所かあるそうで、そのうちの一つが将爵領にもあると知ってグレイが色々相談してくれてたのよ。
まだ骨の加熱による変色の実験が続いている。フォンロンギルドのレフォアさんたちとロディムが中心となって綺麗なバイカラーになる温度や骨の太さ、今までは綺麗な色ではないと思われてきた赤茶けた変色も加熱時間や温度によってはむらなく透明な赤茶色になることも分かってきて、それらのデータ収集をしている。何度も繰り返されるその実験には大量の骨が必要なんだけど、このコカ様、クノーマス領では極稀に発生するだけなのとベイフェルア国内だとほぼ交流のない領か強権派に発生しやすいときたもんだ。
下手に大量に集めて探りを入れられた挙げ句、捨てられていた骨に急に高値を付けられても困る、ということで他所からの直接仕入れを考えていた。
そうしてこのリアンヌ様が骨集めに協力してくれた。
物理的に。
旦那様のラパト将軍に『やりすぎだぞ』と怒られ耳と尻尾がションボリ垂れるくらいに得意な武器の斧を振り回しコカ様を狩りまくった。
そうして 《ハンドメイド・ジュリ》の実験を担うレフォアさんやロディム達が存分に使えるようになった。
なのでその特権というか、お礼というか、後日実験結果を共有するだけでなくこうしてアクセサリーの試作品品評会に参加してもらったというわけ。
ちなみに現在クノーマス侯爵家、伯爵家共に獣人さんの転移能力の高い人を期間限定で雇う『合意職務者』の人数がゆっくりペースだけど増えている。それだけ需要があり、非常に便利な長距離転移者のフリーな働き方はこういう時にも役に立ち、骨の運搬はラパト将軍が当家の今後のデータにもなると取り入れ、今後絶対に必要になる骨の価格と運搬料の計算を積極的にしてくれている。これはこのコカ様の加工をギルドに占有権登録後、コカ様の骨の価格の理不尽な価格高騰を抑制するのにも繋がる。最近はギルドが資金集めのために人気の素材だけでなく安く大量に手に入る素材の買取価格や販売価格を上げていて、多方面から不満が出ているんだけどそれに釘を刺すことにも繋がるので、と将軍はノリノリで情報の秘匿含めて協力的。
ちなみに、そんなに転移でものを運ぶ事になったら今ある運送業が大打撃受けるだろ、と思うかもしれないけれどそんなことはない。
まず転移でものを運ぶ事はそもそもお金を積まなければ出来ない、これは合意職務者への支払いからもはっきりしている。半端なお金で出来る事ではないことをしてもらっているわけ。本来自分と手に持てる範囲の物質を転移させられるだけでも相当な技術だとされるから。
そしてなにより、生きているもの、つまり人間や動物などを転移させることが出来る人は本当に限られているってことなのよ。私の周りが異常なだけで、本来ならそんなことを出来る人と一生出会わずに終わる人が圧倒的に多い。
生体から自然と漏れ出す魔力が転移時に悪影響を及ぼし、座標が大きく狂ったり時には発動すら出来ないというのが転移。魔導具による転送魔法も結構なお金がかかるし生き物は絶対に受け付けないというのはそこ。人間ですら魔力を完全に抑え込む事自体がとても難しいことなので、転移によって人を運ぶ、という事業が一般に定着することはないとハルトとマイケル、そしてグレイが断言するほど。
こういう理由から陸路を使う運送業や冒険者による護衛が今後衰退することはないので、合意職務者がその業界から恨まれるなんてことはない。
魔力豊富な獣人さんたちに向いている合意職務者がバミスから発展させるとよい、という神の声は間違ってないってことね。
おっと話を戻さないと。
リアンヌ様はコカ様のカットと研磨で綺麗になった六角柱のまさしくウォーターメロントルマリンさながらのバイカラーの骨を手に、目を輝かせる。
「これ、何か彫刻にしても面白そうですわ」
「あ、見ますか?」
「え?」
「これこそまだ試作が必要なんですけど……」
大きな骨から削り出したそれを後ろの棚から引っ張り出した箱から取り出しリアンヌ様の前に置く。
それは、キャンドルホルダー。
「大きな骨ならグラスも削り出せるんじゃないかと思ったんですが、流石にそこまでは都合のいいものではなくて、どうしても目視では確認が難しいクラックに水分が浸透しちゃうんですよね、それで諦めたんですがキャンドルホルダーなら大丈夫だろうと」
個体差があるコカ様の骨で中を削り出すような加工に耐えられる物は体感的に半々だとライアスから言われている。そのためアクセサリー用にカットするよりも技術料が嵩むけれど、それでも宝石とは違い大きな素材として扱うことが可能というのは事実なので、このキャンドルホルダーは勿論、色味を活かした置き物の販売も視野に入れている。
「面白いわ!」
「ですよね」
側面は緑、でも底はピンクという不思議な見た目のキャンドルホルダー。
「それ試作品ではあるんですが、もしよければお持ちください、将軍とお嬢様へのお土産にでもしていただければ」
「まあ、嬉しいわ! 遠慮なく頂きます!! お礼にラパト岩塩を後で運ばせますわね!!」
あ、いや、それは遠慮したい。まだまだクノーマス侯爵家の一室を占拠するほどあるので。てゆーか定期的に届くので多分かなりの期間あの部屋は塩部屋のままだわ……。
「気持ちだけで十分です」
「あら、じゃあ今が旬の果物を」
「遠慮なく頂きます」
ケイティ、失笑しないでくれる?
「私もほしいわぁぁぁ」
後ろから抱きついてきたケイティ。
「勿論ケイティには用意するよ、広告塔してもらってるしね」
「広告塔……」
リアンヌ様の不思議そうな顔にケイティが笑う。もしかして、『友達だからね』と言うと思ったのかな? それはケイティも同じだったらしい。
「あなた達もしてるじゃない」
「えっ?」
「娘さんはヒロインなりきりセットを身に着けてお茶会に参加させてるし、あなた自身、エリスと同じシンプルでタイトなドレスを着て社交界に出てる。ジュリから色々享受していると感謝ばかりの関係じゃないでしょ? この店の商品の広告塔として役に立ってあなたとラパト家は技術や情報を先んじて入手してる。広告塔は立派なビジネスパートナーよ。私は完全に私的におねだりする事が多いけどね」
リアンヌ様は目をパチパチさせる。
色々と小難しい契約内容で互いを縛ってはいるけれど、ケイティの言うように契約内容に気を取られがちで忘れがちなのが私たちはお友達であり関係良好なビジネスパートナーであるということ。
先日の図鑑作成の件も然り、良好なビジネスパートナーだからこそ巻き込めるし、情報を渡せる。
「広告塔ケイティには色々アイデア貰ってるから。これくらいは当然でしょ」
「そういう太っ腹なところ大好きよぉ」
「この程度で太っ腹なの?」
「こーんな面白いもの、普通プレゼントしないわよ。それこそ周りが気付き始めるまでは秘匿するわね、体制が整ってからと言っても簡単に占有権に登録して情報とレシピ公開するジュリは変人レベルよ?」
「おおう……変人なの? そうなの? ちょっとショック」
そんな会話をしつつ、私は試作のキャンドルホルダーを数個別の箱に入れ直し、それをリアンヌ様に差し出した。
「まあそういうことで、お友達だしビジネスパートナーでもあるリアンヌ様にはこれくらいは当たり前に差し上げますよ」
「ドレスも大変好評です、私達と同年代の方々からの注文が殺到したのですが、今は上の方々からも。当家とウィルハード家が抱えるお針子や仕立て屋は現在てんてこ舞いですわ」
「嬉しい悲鳴というやつですね」
「はい、おかげさまで。真似する所も直ぐに出てきたのですが、そちらはまだあのシンプルなドレスのバランスに四苦八苦していますわね。思った仕上がりにならなかったと仰る夫人の話を耳にしますし」
エリス様をきっかけに開発されたストレートタイプのシンプルなドレス。ケープスリーブという画期的な上半身のデザインは直ぐに真似できるので想定はしていて驚きはない、と思っていたら意外な驚きが齎されている。
それはシンプルゆえに、袖の長さ、裾の長さ、ドレスの色、布の質感が非常に着た人の印象に強い影響を及ぼすという点。
私が拘ってデザインしたのはエリス様、シルフィ様、ルリアナ様、そしてここにいるリアンヌ様とケイティのもの。ミドル世代のエリス様とシルフィ様の物は艶はありつつ光沢は少し抑えられた質感の布、ルリアナ様とリアンヌ様のは光沢強めの布となっている。そして単にケープスリーブにするといっても身長の高いエリス様と華奢なルリアナ様とではケープの長さ、幅、そして揺れ感がかなり違う。その人にあった物にしないと服に着られている感が出てしまいがち。これは服装一つで立場に影響を及ぼすこともある社交界に生きる貴族にとっては死活問題といっていい。そのため一センチ単位での調整はもちろん、中に布を挟んで厚みを出し揺れ感の調整もされている。
作りやすくて早く納品できるから儲かる! なんてことはない。
「正直、着る人の体型や姿勢もねぇ」
ケイティがそう呟くとリアンヌ様が苦笑する。
「特に姿勢ですわね。若い方が特にそうですが疲れて猫背になりがちな方がお召になっていると、ドレスもご本人も魅力は半減しますわ」
「あー、たしかに」
「私もエリスも、そしてリアンヌも戦闘民族じゃない? 体が鍛えられているから長時間の立ち姿には自信があるのよね」
……戦闘民族って。どっかで聞いたフレーズに吹き出して笑いそうになりながら私は誤魔化すように笑い頷いておく。
「確かに、スタイルより姿勢が大事なドレスと言えますわ。でもご年配の方にも好評で。やはり今までと比べてはるかに軽いですから、元々マナーに厳しく姿勢にも気を配られていた方は普通に着こなしておりますわね。それにシンプルなので、お持ちの宝飾品がよく映えるとも仰る方も多いように思います」
そんな話をしながらのんびりと過ごしているうちにあっという間にリアンヌ様後が帰る時間に。
「本日も楽しい時間が過ごせましたわ」
「こちらこそ楽しかったです、また遠慮なく来てくださいね」
「ええそうさせて頂きます。もしよろしければ今度は我が家へお越しくださいませ、娘がジュリさんにとても会いたがっていますから。存分にモフモフして頂いて構いませんわよ、あの子供時代の柔らかな毛は今だけですし」
「行く、絶対行きます!!」
クワッ! と目を見開いた私。ケイティが頭を抱えた。リアンヌ様は楽しげに軽やかに笑った。
「可能性を、決して見逃さないのですね。……それも才能なのでしょう、物を作るだけでなく、そこに繋がる全ての事から小さな可能性を見つける。そして何より、それが当たり前のことだなんて驕った考えなど持たないからこそ、今のククマットを、築いた。何人たりとも、その道を邪魔することがないよう祈るばかりですわ……」
グリーンとピンクの独特なコントラストがユニークなキャンドルホルダーを手にリアンヌ様がそんな事を呟いたなんて私は知るよしもなく、いつも通り私はツヤツヤフワフワの美しい毛並みをモフモフ出来る日を想像して不気味な笑い声が止まらずその夜グレイが苦笑した。




