39 * 話が纏まったなら
この手法は宝石に起こるクラックという欠点をものつくりにも転用出来ないかと考えたもの。
もしかすると地球なら既にその手法は存在しているのかな、とも思っているけれど今更確認はできないのでまあそのへんはどうしようもない。
「エリス様、ちょっとお借りしていいですか?」
「ン? なんだ」
「イヤリングお借りしたいんです」
ネルビア首長国との停戦協議について話し合う室内に堂々と向かい私が借りたのはエリス様のスネークストーンのイヤリング。
本日の石は形成途中でクラックが出来、そこに金属質のものが染み込むことで出来る遊色効果が顕著に現れた、メタリックでオーロラカラーを内から放つものだ。
「ああ、あれをお見せするのか」
「はい、一応きっかけとかそこに至る過程をお話したうえで工程を説明すると想像しやすいでしょうし」
「うーん、あれはなかなかにいいアイデアだからなぁ」
「小さなサイズの試作はするのでそれでよければ卓上サイズですけど要りますか?」
「おっ、それは嬉しいな!」
侯爵様と私の会話を理解しているシルフィ様たちとは対象的にツィーダム家の人たちは疑問符飛びまくりの顔。
せっかくなので皆を集めて説明することにした。
まず、あのクラックに金属質の物が染み込み出来る独特の光沢。地球だとルチルやクロムと言ったものが入り込むことで出来るものと言うことは分かっている。で、それを再現となると、まあ、無理ですよ。意図的にヒビを入れて金属の膜が出来るように人工的にするなんて無理!
じゃあ、それっぽくなればいいんじゃないのと考えたのが、意図的に割って、割れた面にそれらしく見える塗料を塗り元に戻す。ガラスで試した所、勿論砕けて細かな破片は戻せないけれどその部分を疑似レジンで満たしてしまえば空洞は殆ど目立たず絶対に同じ柄にはならないという天然石のような個性ある表情を持つのでなかなか面白いとなった。でもこれには最大の欠点があって、大物はパーツを組み合わせてつくることになってそのつなぎ目ごとに自然な感じを出すのがとても難しく魅力がぐんと減る。
「そこで、考えた……というか、もう一つ似たような手法があるなと気づいてそちらを試してみることにしたんです。それが、こちら。ネオ・ステンドグラスを作る際に使うコパーテープというものがあるのですが、これを参考にした幅広の薄い金属をあらかじめ図面通りにカットした鱗の側面のみに貼り付けるんです」
見本を一つ、ティターニア様に渡す。それよりも一回り小さな見本はツィーダム家の人達へ。
「そして、この側面のみに貼り付けた鱗を図面通りに並べていくと、鱗と鱗の間には薄い金属のみがある、まるで透し彫りのような、ステンドグラスのような、どちらとも取れないそんなものになるんです」
真四角にカットされた鱗の側面に金箔を施したものを四つ、田んぼの田の字になるように重ねて私は目の前に掲げてみせる。
「そして、金属ではなく、側面に施す物を薄く剥いだ螺鈿もどきにしたものが、こちら」
「まあ、なんてこと……」
ティターニア様が目を見開く。
クラックに入り込んだ金属が生み出す遊色効果には遠く及ばないけれど。
薄く剥いだ透けるほどの螺鈿もどきと薄水色の鱗は互いに光を反射し涼やかな煌めきを放つ。
こうして側面を螺鈿もどきで覆ったパーツを隙間なく敷き詰めて、額縁の模様を入れたら面白いよね?
小さなタイルを並べて模様を作るのにも似ているし、ステンドグラスを作る時の手法に似ているし、透し彫りのような見た目もある。多分元から頭の中にある知識を無意識に作りたいものに繋げて今回のことを思いついたのかもしれない。目新しい技法なんて一つもない、でも、工夫はされていると自負がある。
「全て任せると仰って頂けましたが、この作り方なら図面通りに鱗をカットし、螺鈿もどきか金属箔を貼り、型に敷き詰めていく、基本の工程はこれだけです。必ず出来てしまう貼り合わせの隙間は擬似レジンを流し込むことでほぼわからなくなりますので細かな柄も入れられます。なのでもしお好きな柄や取り入れたいものがあれば遠慮なくおっしゃって下さい」
勿論、精密な計測とカット技術を要求される。螺鈿もどきや金属箔を貼るのも空気が入らないようにしなければならないし、見た目の美しさを考えれば額縁外側は金属で覆うことになり、そのデザインもどうするのかという話になる。表面はクノーマス家の額縁のようにスライム様を気泡一つ無い平坦な面になるように流し込んで固める必要があって、誰でもできる訳では無い。
ただまぁ、うちには私が出来なくてもドラゴンの鱗を加工できる人が二人もいる。そして螺鈿もどきの扱いに慣れた女性陣も多いし、金細工職人始め相談先には困らない。しかもライアス先生とフィン先生がいらっしゃる。あの二人がサポートしてくれれば最早怖いもの無し。
ロビエラム王女のシャドー・アート風額縁も今回提案した額縁も、作る気になればいつでも作れるのがククマット。……恩恵にガッツリ頼ってるけども。
慣れてくればそれこそ斜めにカットしたり重ねたりすることで立体感を出せるし、シャドー・アートのようにも出来るはず。技術的なことは時間をかけて試行錯誤するけれど、これはこれでユニークな技法として残せるかもしれない。
クラックがあるからこその遊色効果。
あれを再現できたらなと頭をひねったら色々組み合わさってこれが生まれた。
名前は……なくていっか!
強いて言うなら組鱗細工。
……可愛くない、やめとく。いや、でも放っておくと『シマダ細工』とか言い出す人が出てくる可能性があるから組鱗細工でいいや。
「よくこのような手法を思いつくものだわ……」
少々呆気に取られているティターニア様がちょっと面白いと思いながら、私はエリス様から借りたイヤリングを見せる。
「こういった石をアクセサリーにできないか、とエリス様から相談されたことがきっかけですね。全く同じは無理でも、試行錯誤すると思わぬ副産物にたどり着くこともあります。これがいい例でしょうか。エリス様が立役者といっても良いかもしれむせん」
すると目を見開き、今度はすごく驚いた顔をして。
「……あなたがアクセサリーや芸術品の役に立つとは。それを知れただけでもここまで生きた甲斐があるわね」
「私を何だとお思いですか、師匠」
「社交界の無法者」
「……こう見えて侯爵夫人としての歴は長いのですがね」
「歴だけでしょ」
物凄く真面目な顔をしたティターニア様にそう言われたエリス様は無言で遠い目をしていた。すみません、笑いこらえるの大変なので師弟関係によるコントじみたやり取りはやめてください。
「クノーマス伯爵、ジュリさん」
ヴァリスさんだ。
あの後ティターニア様とは少しだけお話し、互いに引き止めたり長引かせることもなく今後ともよろしくとさっぱりとした挨拶で別れた。ティターニア様は何だかんだと忙しい方なのでうちのお店を見ることもなく帰路についた。まあ、転移で帰ってるので長旅ご苦労様、ってこともないしハロウィーンの時もお忍びで来るしその時はお店にも立ち寄ってみると仰ってたのであまり気にしないでおく。
見送ったあと、皆で一息つこうとしていた所で私とグレイが二人きりになるのを見計らい彼は近づいて来た。
「……母が」
そこまで言って彼は物凄く、物凄く申し訳無さそうに顔を顰めた。
「いつも、いつもいつもいつもいつもいつもっ、本当にいつもっ、ご迷惑をおかけしています」
うん、いつもが強調されていてヴァリスさんの心労が伺えるわ。
「今回のことは母が役に立ったのでしょうが、こんなことは滅多にないと息子の私が断言します。なので本当に、ご迷惑をおかけしています、そしてこれからもかけると思います。申し訳ございません、今のうちにして謝らせて下さい」
そう言われると笑って『大丈夫ですよ』としか言えないけれど (笑)。
「そして、額縁の件ですが。費用について私にも協力させてもらえませんか」
「え?」
ヴァリスさんは静かにその理由を語った。
「ご存知の通り我が家の環境は奇妙なものです。あの二人の間に私と弟が生まれたのが奇跡と思えるほどには、父と母の間には愛情というものはありません、あるのは戦友のような、家族愛とは程遠いものなのでしょう」
「ヴァリスさん……」
彼はふっと穏やかに微笑んだ。
「そんな環境も影響しているのでしょうね、母は私に強くあれ、と物心がつく頃には既に何度も言い聞かせてきましたよ。母の数少ない意地なのかもしれません、父の婚外子には決してツィーダム家を継がせるつもりはない、お前か弟が必ず継ぐのだと、そのために強くあれとどんな環境でも生き残れとずっと。……幸か不幸か、私は母よりも剣と相性がよかった。けれど、言われ過ぎたのでしょうか、剣を握るのは好きではないのです。伯爵を前にして失礼を承知で申し上げます、私は例え自分の命が脅かされる瞬間であっても、剣を握ることに躊躇うでしょう、私は、その瞬間に陥っても人を斬ってまで生き延びようとは考えず、迷い己の命を危険に晒す。それはきっと、愛する者を失う絶望と喪失感を背負わなければ、変らない気がしています。そんな情けない男なのです私は」
そして彼は微かに俯きながらもやっぱり優しげな表情をする。
「そんな私に、停戦協定に加われるチャンスが訪れました。……戦争を止める。血で血を洗う醜く禍根しか残さない争いを止める瞬間に立ち会えるかもしれない、そんな奇跡のような場に立ち会える機会を頂けた」
彼はぐっと握り拳を作った。
「剣を必要としない戦い。無血の戦い。時代の節目となるでしょう、そこに立ち会えるかもしれないのです。……父だけじゃないんですよ、私にも失ったものがあるんです。学友でした、男爵家の三男で、ほとんど平民と変わらぬ生活をしていた友は、武勲を、功績を挙げてみせると国境戦の争いに身を投じました。物言わぬ体となって帰ってきたのは一ヶ月後、腐敗が酷いからと顔を見ての最後の別れすら出来ない悲惨な状態で、あっという間に墓地に葬られ。その後も、共に未来を、平和な夢を語り合った仲間が、同じように命を落としました……嫌なんですよ、もう、そんなこと」
切実な訴えにも感じた。
穏やかに微笑むその顔とは裏腹に、声には妙な力が籠もっているように感じた。
「それでもその醜い争いはなくなりませんよ」
グレイだった。
「あまり気負わず協力していただければと思います」
「伯爵……」
「人間とは愚かな生き物で、たとえ悪行とわかっていてもどこかで誰かが何度でも過ちを繰り返す。我々はある程度諦めを持ってその事実と向き合うべきです。向き合い、そして事実の中にあるいくつか存在するであろう選択肢から進むべき道を決めればいい。あまり最初から理想を持って挑んでしまうと、その理想にそぐわない事実にぶつかった瞬間に身動き取れなくなりますから。剣を握らぬ戦い、私には出来ません、ツィーダム卿とは真逆の生き方が染み付いたこの身では、今更卿のようには生きられない。羨ましく思います、ジュリも卿のように、命をかける戦いを好みませんから。同じ方向を向いて生きられたらと今でも思いますが、決して無理なのです。だからこそ、気負わずに常に俯瞰的に見るようにしています、出来ないからとそれを最初から前面に押し出しては、その時点で他の選択肢を潰すことになりますから。ツィーダム卿、今後卿はこの国では重要な立場となるはずです。剣を握らず戦うということを、この国で先頭に立ち実行していく非常に舵取りが難しい立場に。……だからどうか、いつでも自ら立ち止まり視野が狭まってないか、一つのことに拘り過ぎてはいないかと確認してください。卿の想いと理想は、未だ古いやり方に拘る者にとっては時として亀裂を生み出すし、ご自身の命を脅かす。……拘り過ぎて、命を落としては本末転倒、そしてご両親が、一族の者皆が悲しむ。これからを担う卿は、ツィーダム家を背負う卿は、決して絶望や喪失感を与える側になってはいけません」
ハッと小さく息を吐き、目を見開いたヴァリスさん。
「……ご忠告、ありがとうございます。少し、浮かれていたのかもしれません」
そう言って今度はへニャリと表情を崩して少し恥ずかしげに笑った。
「戦争を無くしたい、それに固執してはいけませんね、本当だ……周りが見えなくなって自分に何かあっては、意味がないですね」
「差し出がましいとは思いましたが、しかし、ご理解頂けて良かった。……卿に加わってもらえると助かるのはこちらです、今後長い時間を必要とすること、私としては次世代に引き継ぐその時まで卿にはご健在でいてもらわなければ困ります。兄だけでは心許ない大きなことを成し得ようとしているのですから、是非とも末永いお力添えお願いします」
その後やっぱり自分も額縁の費用を支払うと譲らなかったヴァリスさんのお言葉に甘えることにして額縁のことでも定期的に連絡を取り合う約束をしこの日は別れることになった。
「グレイにしては珍しく他人にまともなアドバイスしたわね。普段ならそこまでしないでしょ」
「そうだな、だがツィーダム卿が今後必要不可欠なことは事実だ。剣を持って戦う事がない、しかも自衛のためにも剣を持つ気がないというなら、もう少し自分を大事にしてもらわないとな。戦争を無くしたいという理想は、今のベイフェルア国では危険な思想と言ってもいい。兄上が派手に動けなかったのは反発だけでなく命の危険に晒されることも考慮してのことだった。さっきも言ったが……命あってこそ出来ることだろ?」
「確かに」
人それぞれ、思惑とか目的はどこかズレはあるものの、ネルビア首長国行き前に出来たら良いなと思っていたことを進められたので良しとする。




