5 * ネイリスト
一話更新です
ではさっそく。ケイティ、普段から爪のお手入れしてるね。これはいい、塗りやすい。
そしてこの爪染め、初めて使うけど塗りにくさはない。筆も違和感がないから、かなりマニキュアにそっくりだと思う。
色が透明とピンクと朱色しかないのは、それで十分爪が美しく見えるから誰も新しく開発しようとはならなかったのではないか? というのがルリアナ様の見解。一理ある。今後は染料になるものを探してもいいかもね。魔物素材が含まれるけど、スライム様のようにどんな染料も馴染まない、って訳じゃないようだからカラーバリエーションは多彩に出来るかも。
さて。私ネイルアートには然程執着がなかった。元いた世界では『今回は当たりメンバー集められたらしいよ!!』って友達が興奮して教えてくれた合コンの時とか誰かの結婚式のお洒落の為にとか、そのくらいの頻度。仕事に行くときにマニキュア塗ってたけど、特別拘ってたわけでもないので、その辺はあらかじめ断っておいた。
ちなみにグレイには
「合コンとはなんだ」
と、質問された。ここで答えると大変なことになりそうなのでやんわり回避しておいた。
あ、でも、久しぶりに塗る割には結構いいわね。
ケイティの希望で朱色にまずはラメ。螺鈿もどき、いい仕事するねぇ。
細心の注意を払って、爪先だけに振りかけて。
それを繰り返す。片手五本それが終わるとこれまた希望で花の形の金属パーツを中指にポイントとして乗せる。
乾くまで時間がかかるのでその間にもう片方の手も。朱色の爪染めを塗りラメを爪先に、そして今度は同じパーツを親指にと指定があって、それを二枚。斜めか縦に並べるか迷うケイティ可愛いわ。今回は斜めに置いてみることにしたよ。
先に塗り終わっていた片手がある程度乾いたので、柔らかい刷毛で余分なラメを落としたら透明の爪染めを重ねる。
「あら、重ねて塗るの?」
侯爵夫人が息子を押し退けてずっと陣取っている私の後ろから疑問を。
「はい、こうするとパーツもラメも覆われて剥がれ落ちにくくなりますし、この花は金属パーツですからね、そのままだと服や髪に引っかかると思いますからそれを防止するために。それに塗ることで見た目の一体感も出ます」
「なるほど確かにそうね、ええ、いいわね、それは。直ぐに取り入れられるわ」
どえらい食い付き(笑)
全ての爪にネイルアート? を施しある程度乾いたのを確認すると、ケイティが両手をつきだして上に掲げてめっちゃ感激してくれました。
「素材を見つけた時や商品を完成させたときのジュリに似てるな。異世界の女性はみんなこうなのか?」
とグレイ。そんなことないからね、たぶん。人それぞれよ喜び方なんて。気にしたら負けよ。
「これよ、こういうの待ってたのよぉ! お洒落してますって主張!!」
あ。
抱きつかないで。おっぱいが凄くてびっくりするから。私も日本人にしてはそれなりにある方か? と思ってたけど、このおっぱいは凄い。マジで負けた。完敗。切なくなる。
あれ? ケイティが固まったぞ?
どしたの?
……あぁー。
なるほど。
「お義母様、これは話題になりますわ」
「ええ、そうね。これは間違いなく話題になるわね」
「この『ラメ』はとてもいいアクセントになります、そして、パーツも種類を増やせればもっと楽しめますわ」
ケイティがお二人にそれぞれ片手を握られて爪を観察されてます。
振りほどけないよね、侯爵家の人の手なんて。
なのでグレイに視線を送ってみる。
「母上、そのへんで。ジュリには他に仕事があるんだから。送りますよ、帰りましょう」
ナイス!
グレイがそう言ってその場を納めてくれたものの、納得はしないよねぇ。
ケイティだけってのはねぇ。
なので、同行してきた侍女さん二人にラメとパーツをいくつか渡した。爪染めも借りたのは返して、侍女さんたちも前のめりになりたい気持ちを抑えて私の作業をガン見してたから、それなりにやってくれるでしょう。
帰ったら早速やるんだろうなぁ。
そして、こういう時侯爵様とエイジェリン様は残念ながら扱いが疎かにされるんだろうなぁ。
オリジナルのブックバンドが欲しいみたいだから、後で作ってあげようかな……。
「新しい職業には、ならないだろうか?」
グレイはずっと、考えていたみたい。
「貴族や裕福な者と限定はされるが、あの爪染めをするのは女性ばかり、髪結いも女性の場合女性がするものだ……爪染めも侍女がしているが、見る限り得意とする者とそうでない者がでてくる作業ではないか? ならば職業として見なしてもいいのでは、と思うのだがどうだろうか?」
その通り。
少なくとも私は元の世界ではマニキュアを塗ってたし、ネイルアートを多少楽しむ機会はあった。
「なると思いますよ、職業に。実際ネイリストは元の世界でも立派な職業でしたから。ただ、知識だけではどうにもならない職業で、美容師や髪結い師さんと一緒で、センスも非常に必要なので、筆記試験とは違う『感覚』の部分の合否をどう線引きして資格にするかちゃんと考えないとダメですね」
「そうねぇ、パーツもたくさん乗せればいいってわけじゃないし。センスも問われるし客の好みを表現できる想像力と繊細さも必要よね。そういう意味では日本人のジュリには向いてると思うわ、私が通ってたネイルサロンも日本人が経営してて人気があったのよ。そのサロンのネイリストもその経営者が直接指導をした子だからどの子にやってもらっても安定した仕上がりが良くて通ってたっていうのもあるし。人の体に触れる職業だから、資格取得の基準は厳しくていいと思うわ、今まで無かった職業だしね。ただねぇ、ジュリの言う通り、感覚の部分をどうやって教えるか、そして資格取得の基準をどの程度にするのか、大変だと思うわ、だって爪染めしかないんだから。マニュアルを一から作ることになるのよね」
そこよねぇ。
基本マニュアルなるものが定着していないこの世界だから、職人に付いてしっかり学んだ弟子じゃない人が世に送り出すものは結構出来に差があって、『そんなもの』、という価値観だから私が内職さんに徹底的にその工程、道具の使い方を書いたマニュアルを渡しただけで喜ばれるのは常だ。
安心して従えるマニュアルって大事だと思うの。何でもマニュアル化するな!!って説いてた上司がいたのをふと思い出したけど、最低限のことはマニュアル化しておかないと会社が回らねぇわ!! って言ってた上司が出来る男だったな。懐かしい。
マニュアルは必須だよね。
この世界でネイルアートのことをどこまでマニュアル化するか? って問題がでてくる。
てゆーか。
私か? 私がやるのか?
教える時間なんてないし、マニュアル作るのだって無理だし。
「……ケイティは、副業に興味ない?」
「ないわね」
あ、はい。
了解です。
となると、ここはやはり侯爵夫人とルリアナ様にご相談。
とりあえず、お二人の侍女さんの出来映えに期待しつつご自身の体験談の感想を待つとしますか。
あれから二日後。
グレイにお願いして侯爵夫人とルリアナ様との面会時間を作ってもらった。
工房に来てもらってもいいけどゆっくりと話すにはどうしてもこちらから伺う必要がある。有難いことにこの家の方々は私の訪問を歓迎してくれるので非常に助かる。
当然手ぶらでは伺いませんよ。色付きのスライム様のグリーンスライム様が先日入荷したのでそれと螺鈿もどきを使ってちょっと面白いものを作ったのでそれを持参。
会ってすぐ、挨拶も済まないうちに急に手を差し出してきたお二人。
「あ」
私もつい、無礼と知りつつその行動にあいさつそっちのけで反応してしまった。
二人がちょっとふざけてるようにも見える差し出してきた手を見て、私は二人が早く見せたかったことをすぐに察するものを目撃。
ラメ入の爪染め。
上からラメを振ったのではなく、直接混ぜたあの均一にキラキラ輝く爪全体を被うマニキュアと遜色ないものが、そこにはあった。
「混ぜたんですね?!」
「ええ、やっぱりわかる?」
「こういうのありましたよ、元の世界で。むしろこういうラメ入のものが種類が豊富だった気もします。凄いですね、よく気づきましたね?」
そしてもう一つ。
とてもきれいに塗っている。
もしかすると侯爵夫人とルリアナ様の侍女は爪染めのセンスがあるのかも。
爪染めにラメを入れて独自のカラーを作り出したこと、そしてこの綺麗な仕上がり。
相談しに来た甲斐がある。
まあ素敵!!
と、二人が同時に声を上げてくれたのは、今日の手みやげを見たからだ。後ろに控えている侍女さんたちも気になってソワソワしてる。
「こんなに小さいもの、作るの大変でしょうに」
侯爵夫人の感心する声に私もちょっといつもより自慢したくなる。
これね、ホントに我ながらよく作る気になったな、と。
とっても小さな花型で抜いた螺鈿もどき。それを極細の針金でグリーンスライム様を使って葉っぱを描いてその上に乗せた。ネイル専用のパーツを作ったのです、私。あまりにも小さいから紙に並べて、挟んでそりゃもう無くさないように気をつけましたよ。
いつも以上にちまちました作業を見て、おばちゃんたちが笑ってたけど、その笑う息で飛んじゃうから止めてって何度か怒りました。
「そういえば、グレイセルからは相談があると聞いたわ」
あ、よかった。
夢中で次のネイルはどうしようかってお二人で盛り上がりかけてたから。
では、本題。
「実は、この爪染めを専門にする職業を元の世界では『ネイリスト』というんですが、この世界でもそれが職業として、せめて副業として成立しないか……挑戦しようと思います。それでお二人にご協力いただければ、と思い伺いました」
グレイと少し話し合った。
中途半端に広めるくらいなら、いっそのこと『ネイリスト』をこのクノーマス領から輩出してネイルアートを世の中に広めるつもりでやってみよう、と。
ネイルアートはジュリの考えるハンドメイドとは違いますが、綺麗なもの、可愛いものに飢えているジュリなら飛び付くだろうと思い書いたお話です。
ちいさなパーツを爪に乗せたり、模様を描いたり、限られた面に美しく仕上げてゆくネイリストの皆さんのセンスと器用さには私もいつも感心します。




