39 * ドッと押し寄せたのは人ではなく仕事
ハロウィーンを前にして。
ククマット内を走る巡回馬車は大きさが三種類あって、そのうち小さな馬車をハロウィーン期間中は女性専用馬車として運用することになった。それに合わせてクノーマス家でもトミレア地区と中央部にある地区ではそれぞれククマットと地区を往復する乗り合い馬車で一部女性専用馬車を運用するのと、宿泊施設でも女性専用階等を導入することになった。
女性が一人で出歩く事がとても少ないこの世界、それでも確かに需要があることは下調べや過去のイベントから分かっているので、多少の出費は覚悟の上で定期的にイベントと並行して行っていこうという話で纏まっている。
何でもやってみないとね。結果がどうであれ、それはデータとして残せるのだからこの交通機関が未発達な世界でそのデータは決して無駄にはならないと思っている。
急ピッチで進められたのは迎賓館の内装変更。
ククマット・イヤーエッグのためだけの展示室に改装されたそこは現在全面黒寄りのかなり濃い灰色の平坦な壁で覆われ、床は磨き上げられた大理石の板が敷かれた。その中央に置くディスプレイ台とガラスケースは搬入を待つのみ。インパクトの強さを狙い壁は黒系、床は白系としてみた。
グレイが『いっそのこと常設展示室にしてしまおう』と一室潰したのには流石に遠い目になった。その部屋、一階でも特に装飾に拘った部屋なんだけどね、それを迷うことなく潰す男。流石。
恙無くハロウィーンに向けて準備が、と肩の力をぬいたら。
ドッと押し寄せた。
仕事が。
何故……。
「クリスマス仕様のスタンドの存在忘れてた……」
「それどころではなかったからな」
「うん、まあ、そうなんだけどね」
ヒク、と顔が引き攣ったわ。
アフタヌーンティースタンドを手掛けた時に今後は誰かのお祝いにクノーマス伯爵家からのお祝いとして贈る品の一つにしようとなったんだけど、その過程でだったらクノーマス伯爵家で季節に合わせてお茶会を開くこともあるだろうといくつかスタンドを作ることになった。主に使うはずだった私が離婚してしまったのでその話は宙ぶらりんになって。
……なんてことはない。そう、お祝いの品としてグレイが贈ることには変わりないんだからデザインはいくつあってもいいわけよ。
そして、今年のクリスマスはまたホームパーティー風にしようと思ってたからそれに合わせて用意すると言い出したのが私。
工房からデザインまだ来てませんと催促が来てしまった!!
「今年は見送っても構わないぞ」
「いや、それは私が納得できないから」
「そうか……」
その場で突貫工事並みの速さで思いついたデザインを紙に描き、色を塗り、説明書きを付け加え。
「はい」
「いいのか、ものの五分で考えたもので」
「こんな感じにしたいなぁ、というのはいくつか候補挙げてたしね。そのうちの一つよ」
金色の本体はシンプルに定番の三段タイプに。上部のハンドルに工夫を加えてクリスマスリース型にする。そして二本の支柱に金色の柊の葉と実の飾りをつけるだけ。
「如何にもクリスマス、ド定番な感じにしちゃおう、これなら毎年シーズン中使えるし」
こうして直ぐ様工房へデザイン画が回されて、一息ついたら。
「今日はそういう日なのかな?」
間を置かず次の仕事。
お菊様ディフューザーを販売する時に一目で分かるようにするための専用箱の試作が届いた。
「……なんか違う」
茎の部分と葉の部分、それぞれ大きさの違う箱になるんだけど、この箱はバールスレイドからの輸入品になるのでそれが伝わる箱にしたかったのよ。
真っ白の箱に、お菊様の花と葉の部分を簡略化し可愛らしいイラストにしてそれをバールスレイド皇国の現皇帝陛下を示す色である紺と紫で描いてある。そのイラストの下に『雪香華』と文字が入れられた。『雪香華』はディフューザー開発途中で穀潰し様のようにブランド化したら? とアドバイス、それならお菊様は『ホワイトデッドマム』という、物騒な名前なのでそれを抑えられる名前をバールスレイド側に考えてもらった。そして提案からたった二日で出てきたのが『雪香華』。雪の降る土地に咲く花(華)という安直さをリンファは少し不安に思ってたみたいたけど、うちの女性陣には大変好評だと伝えればじゃあそれで、と決まった経緯がある。
そして、目の前の箱。
違うんだよねぇ。
こう、バランスが、微妙に……。
「何がどう納得出来ない?」
「文字がちょっと大っきい。一回り小さくね、これは。そして何より、箱そのものの色が……もう一段白くなるよね? 求めてるのはピュアホワイトで、オフホワイトじゃないのよ、柔らかい感じじゃなく、涼し気で、雪の白さを連想する白。それとせっかくお菊様のイラストが紺と紫でくっきり目立つのに縁取りの銀が太すぎる。細く出来ないならいらないわね。さり気ない上品さと目につきやすくするための銀の縁取りだから」
わかります? こういうのって、拘りだすと止まらないってこと。ましてやブランド化する、ロゴと一緒でそう簡単に変更できるものじゃないんだからとことん拘りたいじゃないですか。
なんて拘り満載な訂正メモをスラスラと書いていたらまた仕事が舞い込んだ。
今度はエルフの里から貰ってきた巨木の枯れ葉とエルフ麦とシジミ貝のそれぞれの試作品品評会。それ、今日じゃなきゃ駄目なの? という私のつぶやきはスルーされた。
今回はキリアではなく白土部門。
「そこに普通にローツさんが加わってるのよね」
そんな呟きも彼に完全スルーされる。
「芸が細かいね、いいねこれ」
まずは葉脈だけが残ったような金属のような枯れ葉を使った額縁。私がスライム様を使って試作したものを参考に白土に応用したとのこと。
白土で土台を作ってから、そこに枯れ葉を貼り付けるんだけど、この枯れ葉、葉脈部分だけということと硬そうに見えてしならせ過ぎるとピキッと簡単に割れるため、真っすぐに伸ばして使うのが難しい。それを解決するためにまずは土台を作ったとのこと。
「それで表面に硬化剤を入れた擬似レジンを塗るんだよ、そしてその上に選別した反りの少ない葉をのせて、重しと厚いガラス板をゆっくり乗せると、殆ど割れないね。割れてもそこから動かさずに固めてしまうから殆ど目立たないんだよ」
ウェラは定番の長方形の他に正方形や楕円の額縁を並べる。
白地に繊細な金、銀、銅色の葉っぱの絵が描かれたようなその見た目はシンプルでありながら華やかさも醸し出していて非常にいい。
貼り方を変えれば色んなパターンのデザインにも出来るのでこれは即採用となった。
シジミ貝は白土部門ならではの使い方となった。私は安易にアクセサリーパーツにと考えていたけれど、ウェラとローツさんと白土恩恵持ち達で色々意見を出し合って出来たのが。
「今キリアが試行錯誤しているコカトリスの骨のランプシェードを参考にしてみたんだ」
白土に黒いその貝殻を規則的に埋め込んだモノクロカラーのランプシェード。これの見た目は非常にインパクトがある。
「これは面白いね、並べ方も色々できるし」
白土も貝殻も光を通さないのでその辺り受け入れられるかどうかという問題もあるけれど、でもこのデザインは他のものにも応用出来そうなのでこちらも試作は自由にしていいよと許可を出す。
問題は、エルフ麦。
パステルカラーの小さな金平糖みたいなその見た目は擬似レジンで固めればアクセサリーやキーホルダーパーツは勿論コースター等にも使えるだろうという話だけをされた。ま、それは私も考えてたことだからこっちもどんどん試作だね、って話をまとめようとしたら。
「ジュリのいた世界では、この見た目の飴だったんだろ?」
ローツさんがこっちこそ本題だと言わんばかりに身を乗り出して来て。
「作り方、知らないのか?」
「えっ、あ、まぁ、知ってるといえば知ってるけど」
テレビで見たことあるのよ、昔ながらの手作業による金平糖は核となるケシの実に何度も何度も飴掛けして完成に至る非常に手間のかかるもの、というのを。
そこからローツさんとウェラと白土部門女性陣、対する私一人、無言で睨み合い。
……金平糖開発してくれってか?
料理は専門外、飲食専門の私に手間隙かかる金平糖開発を薦めろと?
「解せぬ」
グレイが珍しく腹を抱えて笑ったのは、何だかんだ言いつつ情報を丁寧に文章に起こし、金平糖を作る際に必要な回転する大きな機械の絵を覚えている範囲という非常に曖昧な記憶を頼りに描いたから。
「そんなことで絆されてどうする、そのうち別のお菓子を開発してくれと言い出すかもしれないぞ」
「無理だから」
ホントに無理、しんどいからハルトにも助言を求めることにして侯爵様とシルフィ様を巻き込もう。本格的にエイジェリン様に爵位を譲るために少しずつ仕事や社交を減らしているので余裕があるはずだし。
ちなみに金平糖は『面白い!』と興味を示した侯爵様が私財を投資してあっという間に完成させ、その摩訶不思議な形の飴は綺麗な瓶に入れ可愛らしくラッピングしたものがクノーマス侯爵家と伯爵家に滞在した人への帰りに渡すお土産となり、王族までも魅了する逸品となる。
作り方を知るのは私とハルトとそれを伝授された職人さんたちだけ、というその時点で非常に特別な金平糖は、後にハルトからの依頼でロビエラム国王太子殿下ご成婚の際にクノーマス家が特別誂えで作るんだけど、招待客に引き出物として配られることで祝福のお裾分けという縁起物扱いになり、富裕層の間でその存在はますます人気を博するとこになる。
「腐らないことをいいことに転売する人も出てきたわね。この時点で祝福なんてお裾分けしてもらえないと思うけどね」
そんな事を冷めた目をしながらつぶやくのは数年後。
それにしても今日はただひたすらに舞い込む仕事を片づける一日だったわ。
「いやぁ、参った参った、今日は何にも作ってない」
……あれ、口に出して言ったら、なんかストレス。
無性に手が動かしたくなった。
「それでこれを? 意味がわからない」
グレイが非常に困った顔をしている。
うん、今やってることって内職さんに委託してることだからね。
「初心忘れるべからずよ」
かじり貝様の内側、螺鈿もどきを粉末にすべく私はすりこ木でゴリゴリし、篩に掛けてを繰り返す。キメの整ったキラキラの螺鈿もどきパウダーが出来上がればそれをプチッとしたスライム様に投入、そして空気が入らないように丁寧にゆっくりとかき混ぜる。
「後は型に流し込んで、残りはまとめて固めて、と」
久しぶりに作ったパーツが固まるまでグレイと二人夕飯とお酒を楽しみゆったりとした夜の時間を過ごす。
日付が変わる前、確認すると固まっていたので、オーバル型を一つ手にとって……。
「……あー……」
私が非常に情けない声を出したので、寝る前なのでランタンの光源を弱めていたその作業をやめてグレイがすぐさま私の手元を覗き込むため近づいて来た。
「そうくるかぁ……」
再び情けない声を出して、私は硝子の型から簡単にコロンと外れたそのオーバル型のパーツをグレイの手に乗せた。
「……ジュリ」
グレイの口元がヒク、と一瞬ひきつった。
「この輝きは」
「見覚えあるよねー」
螺鈿もどきのオーロラパールの柔らかな輝きとは全く別の、神々しい光の粒が弾けるような輝きを放つソレ。
「グレイ……【解析】してみてくれる?」
「残念ながらどんなに調子が良くても私は【神具】と【空の神具】は解析できないぞ」
物凄く作りたい! という欲求と、その欲求を満たすために話しかけられても気づかない位に集中し、そして不純物が一切混入していない魔物素材で作ったものは時々魔法付与が出来るものに仕上がる。しかも、魔物素材の特性や付与率を完全無視した強めの補助系魔法が付与できてしまうものに。
今回単体の型に入れて仕上げたのは十八個。
内一つが、私とグレイを黄昏させた。
「これ、どうしようか……」
「アズに譲ったらどうだ」
「そうしよっか」
ちなみに残り十七個も、本来なら付くはずのない中レベルの補助系魔法付与ができることが判明した。
こちらはどこかのタイミングで賄賂に使えるので良しとしよう……。
うん、凄いものを作れると誰にも自慢できなくても自信が持てるようになったけどね、でもね、こうも簡単にできてしまうと自分の事なのにドン引きしてしまう。
「ストレス発散にものつくりするのは、ダメだね」
キリアやおばちゃんトリオがストレス発散で作品を大量生産し置き場に困るのも考えものだけど、私のこれも考えものだわ。
「じゃあストレスはどう発散するんだ」
「暴飲暴食」
「それは止めてくれ」
とりあえず、考えることを放棄して寝ることにした。
仕事とものつくりは計画的に。
「ジュリが言っても説得力はないぞ」
うるさいよグレイ。




