39 * なんでも貼る
コラージュはパブロ・ピカソ、ジョルジュ・ブラックに端を発するといわれている。主に新聞、布切れなどや針金、ビーズなどの絵具以外の物を色々と組み合わせて画面に貼り付けることにより特殊効果を生み出すことが出来る。後に様々な方向で工夫されて発展し、現在に至る地球のコラージュは、千九百十九年にマックス・エルンストが発案した。
ちなみに、コラージュは絵画と彫刻にあった明確な線引を無くして技法と美術面で可能性と想像性を広げた、とも言われている。
「待って待って、待てーい!! なんであんたはいつもそうやって突然語りだして勝手に納得して終わらせて何事も無かったように別のこと始めるの!!」
シンプルなドレスに合わせたらかっこいいアクセサリーのデザイン始めたらキリアがいきなりブチ切れた。何故。
「何故じゃない!!」
ツィーダム侯爵夫人エリス様が以前デザインしたアクセサリーをいたくお気に召してくれたので新しいのデザインしたいなぁと思ったのに。
「それともう一回。聞き取れなかった部分があるから、メモさせて!」
ええ、面倒くさい……。
面倒くさい顔をしたため、キリアからはその後ブツブツ文句を言われたけれど気にしなーい。
何故突然コラージュについて語りだしたかというと、手元に手帳があったから。手帳を見て思い出したのよ。
『セティアの手帳』なる、周りが勝手に名付けたセティアさん専用の手帳第一号がある。これをセティアさんは有り難いことに愛用してくれていて秘書としていつも持ち歩いているんだけど、妊娠してからは仕事量はセーブしてもらっている。で、気づいたらキャリアウーマンに片足突っ込んでたセティアさんは、近頃暇を持て余すことが増えてちょっと不満げなんだわ。むしろ体調が安定していることもありじっとしていてもつまらないらしい。でもローツさんが過保護全開なので、ね。
そんな彼女に、ならば手帳を自分でカスタムしてみたら? と提案したのが先日。
そこから手帳の新たな機能が生まれれば儲けものだし、可愛くなれば儲けもの、軽い気持ちでやってみなよと色々預けてみたのよ。
そうして見せられた手帳。
見たいページをサッと開くのに便利なインデックス付きの仕切りページ。それを絶賛開発中の色んな紙の切れ端や見本を切って貼り付けて可愛く仕上げてあった。絵のセンスは独特だけど、こういうことでは不思議と可愛らしいセンスを発揮するらしい。
「……コラージュじゃん」
私がコラージュについて語りだした要因はセティアさんにあったわけよ。
コラージュとはと聞かれたら一言でいうと『糊で貼る』。
貼るのは何でもいいのよ、貼れるなら何でも試せ! 何でも貼ってみろ! とピカソが言ったかどうかは分からないけれど、それくらい自由でいい。
現代日本だとプリント技術も最先端、百均で買えるマスキングテープや折り紙、ラッピングシートだけでも相当な種類がある。それこそ植物にボタンに食器に食べ物、乗り物に人物に動物なんでもごされな状態なのでそれらがプリントされたものを好きにカットして貼るだけで簡単に無数のデザインが可能となっている。というかコラージュ用や最適品として売り出されているデザインペーパーもあるので本当に驚くほど自由で自分好みにカスタマイズが出来る。
「こういうさ、型にはまらない自由に楽しめる商品をそろそろ売り出したいよね」
「え」
「え?」
キリアが目を丸くしたので私はそれを見て驚いて目を丸くした。二人でしばらく無言でその顔で見つめ合うという奇妙な時間が流れる。
「ちょ、ちょっとまって?」
「うん?」
「型にはまらない、って、どういうこと?」
あ、そこからか。
基本的に今売り出しているものの殆どは完成品。
そのまま使えるもの。
型にはまらない自由さ、私が言いたいのはそれこそ【ハンドメイド】だ。欲しいものがなければ作ればいい、物足りないならカスタムしてしまえばいい、そうやって自分の持ち物の世界を広げればいい。
しかし。
如何せんこの世界は未熟。
その型にはまらない自由さに手を伸ばす事自体が難しい。
何故なら、それを可能にする道具が割高もしくは高額だから。ハサミ一つ買うのに躊躇う、そんな環境が当たり前で、価格も種類も豊富なこのククマットが異質といっていい。日本だと百均で日常使いに十分対応できるハサミが買えたし、専門的なハサミはそれなりに高額でもその値段に見合った切れ味で、如何に恵まれた環境だったのかホントに何度も何度も思い知らされてきた。
んじゃあ、それが可能な環境作ればいいじゃん、と思うけれど簡単にはいかないよねぇ。
「だから一人で考えないでよ?!」
あ、ごめん、キリア。
「型にはまらない自由さを、身近にしたい?」
その話をグレイにしたら困った顔をされた。だよね、わかるよ、私が頭を捻ってるのに端的に伝えられた人が分かるはずもなく。
「似たようなところだとパッチワーク、って言えば何となく分かる? あれは初心者なら図案通り、経験積んだうちのおばちゃん達ならその図案すら自由に考えるんだけど……布は好きに選べばいい、好みや目的に見合った物を自分で選ぶでしょ。コラージュの場合、決まり事って極端な話『貼る』ってだけなのよ、それ以外は自由で好きに勝手に作れ〜の代表なんだよね。型にはまらない自由さ、まさにそうでしょ?」
そこまで伝えるとグレイがううんと微妙に唸る。
「難しい気がするが」
「言いたいことはわかるよ、いきなり言われてもどうしていいか分からない、そういう人ばかりってことよね?」
「ああ、少なくともジュリの求める自由さに到達するまでは相当な時間がかかるのではないか?」
「と、言うと思ったのではいこちら」
「なんだ?」
「領民講座の新講座『コラージュを楽しもう』の計画書」
パサッと彼の前に置いた途端。
「ちょっと待て」
「うん?」
「いつこれを書いた?」
「最近」
「……他に、処理すべき書類がそれなりの量あるはずだが」
「それはそれ、これはこれ」
普通に説教されました、はい。
腕っぷし選手権については骨子案さえまとめてしまえば周囲の男たちが積極的に動いてくれるので箇条書きにした紙の束を市場組合に丸投げし、あとは時々確認しながら調整していけばいいので私は私個人でやりたいことを進めてしまおう。
「この量は骨子案とは言わない」
とローツさんや会計士達にツッコまれたたけど気にしなーい。
さて。
コラージュと言われてもわからないとか新しい事に手を出すのに抵抗がある人ってそれなりの割合でいる。
だから身近な物にそれを活かせると知ってもらう必要がある。
そのための領民講座よ。
いや、そもそも学ぶことを目的としてるので宣伝目的なのか?! と言われると耳が痛いなぁって気がするけれどそんなことは名誉学長の権限で何とかなるもんよ。
「ほほう、面白いね」
ニタァ……と、ちょっと不気味さすら滲む笑みを溢したのは白土部門長のウェラ。
「なんだかんだ言いつつゴーレム様が一番臨機応変に対応できるのよ」
「確かにね、これはそうだね」
「それで、ウェラには白土から仕上げとなるコラージュまでを通していくつか試しに作って貰いたいのよ」
「何個作っていいんだい?」
「……その前に、芸術的な物は駄目だからね。そんなのウェラとローツさんしか作れないんだから。とりあえず五個」
「少ない! もう一声!!」
最近は小さなパーツ含めたたくさんの物がククマットで購入できる。
それらを身近にして貰うにも有効なのがコラージュじゃなかろうかと思い至った。
白土をガラスの器や木枠、箱に貼り付け真っ白なキャンパスにしてしまえば、それらはコラージュによって唯一無二の花瓶や額縁、小物入れになる。その上から撥水性のあるニスやスライム様でもいい、塗って乾かせば実際に強度も上がり実用性も上がる。
それだけじゃない、台座に合わせて白土を乗せればペンダントトップやイヤリングのアクセサリーパーツになるし、セティアさんのように手帳が紙と共にもっと世の中に広まればインデックスページやブックマーカー、手帳カバーをコラージュする人も出てくるんじゃないかと期待できる。
ありがたいことに種類豊富に紙をいつでも用意できる立場にある。小さなボタンやカット素材、金属パーツだっていくらでもある。というか布だってそんじょそこらのお針子さんよりもたくさんの種類を用意できる!!
「で、勢いついちゃって全種類作ったと」
「あははは! 栞作りもなかなか楽しかったよ、普段紙は扱わないけどたまにはいいね!」
思いつきで言ったものから五つ作ってとお願いしたはずが工房の作業台にはウェラの作った物と途中から参戦? したおばちゃんトリオたちの物も含めて隙間なく並んでいる。
なんとも壮観な眺めでございます。
布やボタンをうまく組み合わせまるで服のようなデザインになっている花瓶に、紙だけをハサミで切ったり手でちぎって貼った切り絵に仕上がった額縁、異素材をこれでもかと集めたかのような、全てをまっすぐ一直線に並べてストライプ風になっている小物入れ、根気よくカットしたであろう小さな紙と布を貼り合わせインパクトある色使いに仕上げたペンダントトップ等。
……この時点で店頭に並べて売り出せちゃうクオリティなんだよねぇ。凄いねぇ。
あ! ちなみに先日バールスレイドで授かった恩恵だけど、あんまり役に立ってない。よく考えると私デザインしたりアイデア出した後はキリアとフィン、おばちゃんトリオ、ウェラ達に丸投げしてるんだよね、使う機会がそんなにないという……。まあいっか!!
という状況になるのは彼女達がいてくれるおかげなので恩家も宝の持ち腐れで終わる可能性が出てきたけれど気にしなーい。
「この中で作りやすいな、手を出しやすいなってのはどれ?」
数多ある出来立てほやほやの作品達の前、ウェラにそう問うと、彼女は迷わず手に取った。
「これだね。小物入れ」
「……額縁じゃないんだ?」
「額縁でもいいんだよ、ただ自分で作るとなると抵抗ないのは小物入れじゃないかい? 額縁は居間に飾る人も多いしそもそも壁に掛けるから、人が訪ねてきて目にすることもあるじゃないか。それだけ人の目に付くから失敗したくないとかセンスとか気にするだろ。でも小さい箱だとどこにでも置けるし使い途もあるし」
「なるほどね、だとすると……小箱を基本の短期講座にして試した後に、中長期講座でいくつか作れるコースにして、作れるものを選べるようにするのアリかな」
やっぱりさぁ、こうして話し合うって大事だよね。
私は額縁が良いと思ってた。小さな額縁なら貼る面積も少なくて仕上げも楽だから。でもそれはあくまで私の感覚で、実際に作りそれを使う人がどう思うかは十人十色。特に私は売る側で目につきやすいインパクトがあるものはどういうものかと考える機会も多いからどうしても『見える・見られる』を基準に考えることに偏る傾向がある。
さりげない可愛さ、落ち着いた雰囲気、柔らかな印象、それらを大事にしつつそれでも『見える・見られる』が最前提にある私。
見られたくない人もいるよね……。
反省反省、視野は広く持たねば。
「何が違うんだい?」
フィンの素朴な疑問。
「違う? なんのこと?」
「ほら、講座ではウッドビーズやククマット編みのブレスレットを作れるけど、あれは大人気で今でもキャンセル待ちがあるほどだけど……ジュリはこのコラージュ体験はお試しならいいけど長期でやる人は少ないかもって。どっちも好きに、自由に作れる物だし、使える物を作るんだし、そんなに差は出ない気がすると思うんたけど……」
「ああ、それは自由度の違いだよ」
「自由度?」
「うん、確かにねウッドビーズのブレスレットは好きな色や形のビーズを選んで好きに並べられる。ククマット編みも糸の色は勿論質感や些細な違いでも糸の太さすら選べて好きに編める。でも、形状が固定されてる部分が多いんだよね。ビーズは最終的なバランスを考えて大きさはある程度決まったものになってるし、ククマット編みも編みやすくて失敗の少ない基本的な編み方から選ぶ。自由度が高いのは色、形、質感だけ。ウッドビーズは特にわかりやすいよ、奇抜な色合いや並べ方に偏りがあっても仕上がった時の形はビーズの大きさはある程度揃っていてバランスが取れてるように見えるし長さとか留め具が統一されていて失敗感が少ないのよ。反対に……コラージュはキャンバスや額縁、いろんなことに応用して楽しめるんだけど、作り出したらその先は完全自由、『基本、見本』が物凄くアバウトでその人の美的感覚頼りで個性は勿論技術的な差も強く出やすいの、貼り付ける素材の大きさ形も自分で決めてカットするんだから。もしウッドビーズのブレスレットでコラージュ程の自由度を取り入れるとなると、ビーズ一個一個作る所からになるよ、それくらい自由度が高いんだよね」
「なるほど……となると、確かに一回試しに作って見て、思ってたのと違うものになってしまって誰かに見られたくないって人も出てくるね。しかも長中期コースになると、お金も掛かる、躊躇う人は多くなりそうだね」
「そういうこと。お試しは人気が出ても中長期のコースには行かない、どうせなら他のにするって人は多い気がするのよね」
そんな話をしつつ、『自由に』をモットーに掲げ、新規講座開設を目指そうと思う。




