39 * 今更卵の展示で頭を捻る
カッセル国元王女が来てからずっとククマットはざわついて落ち着きがなかったけれど、足早に去った夏の代わりにやってきた秋を強く感じる空気に包まれる今ようやく落ち着きを取り戻したと肌で感じる今日このごろ。
先日の図鑑作ります宣言で一部ザワッとした人たちがいるものの先のながーい話なのですぐに落ち着いて皆さん通常運転に戻った。図鑑については今後も気の向いた時に一部内容を巻き込んだ人たち相手にお勉強会をしながらのんびり進めていこうと決めた。
そしてリンファの催促とか他なるべく急ぎな案件を畳み掛けるように終わらせ、そしてコカ様の骨の事は懇意にしている鉱石や魔石のカット・研磨専門の工房にお願いしてホッと一息。
……とはならないのが私たち。
私とグレイ、ローツさん、キリア、セティアさんにフィンとライアス、おばちゃんトリオとウェラ、そして会計部門長のロビンといううちの重役とも言えるメンバーが勢揃いしていた。
「えー、では緊急会議を始めます。議題は今年のククマット・イヤーエッグをどうするか、です」
セティアさんがカイくんに私の独特な生態とその対応込で秘書の仕事の最たる事であるスケジュール調整を教えながらいつものように調整してくれているんだけど、その調整の中には『保留』も含まれており、これに関しては時々確認するだけで問題ないことなので基本私の頭の中からすっぽ抜けている。
「ジュリさん」
「うん?」
「遅れていた来年のククマット・イヤーエッグの素材が届きました」
「お! よかった、もっと遅れるかとヒヤヒヤしてたから!! 来年のはキリアが責任者になってるからキリアにも伝えてくれる?」
「はいわかりました。あの、それとは別のククマット・イヤーエッグなんですが」
「うん?」
「個人的に気になっていたんです。今年のククマット・イヤーエッグはどうするんですか?」
「……」
「……」
「……」
「……」
「本当にどうしよう」
セティアさんの確認で私はその保留にしていた物を思い出した。
大混乱だった、苦い思い出しか残らなかった今年のイースター。
実は今年、ククマット・イヤーエッグを展示しなかった。それはあの元王女の目に留まったらきっと欲しい寄こせと騒がれるだろう、最悪強引に奪われるだろうという懸念から、ギリギリで展示を取りやめていた。
去年から始めたククマット・イヤーエッグはククマットを象徴するエッグを毎年作って公開していこうと決めたもの。当然のごとくその時最高の技術とアイデアで作って増やしていくことでそれがそのままククマットの歴史になるという意味もあった。
それの展示を二年目にして取り止めたという非常に残念な結果となったわけだけど。
「はい商長!!」
キリアがビシッと音が出そうな勢いで挙手した。
「適当なところで展示だけは嫌です!! ちゃんとお披露目してあげたいです!!」
そう、このお店の主軸であるキリアも同じ考えだったのよ。
理由もまた同じ。
ククマットの象徴としていつか『職人の都』と呼ばれるに相応しい物を作りそして毎年公開しその技術の高さを世の中に自信を持って示す。
『ククマットだからこそ出来るもの』、その付加価値をどうしても下げたくない。
集客に繋がる、そしてククマット全体の利益に繋がる、それは重々承知。現に落ち着いた今になってこの緊急会議を開くにあたって噂 (スパイ情報)を聞きつけた知り合いが、展示しないのかと問い合わせて来ている。
初代ククマット・イヤーエッグの想像を超えた出来に今年も期待していた人は少なくない。
その人たちの為にも展示を、とは何度も頭を過るのにどうにもこうにも踏み切れないのは自分の中の強いこだわりがあるせい。
適当なところで展示するのは、製作に携わった職人さんたちにも申し訳ない。
「その付加価値にこだわりを持ってる奴らが多いからな」
ライアスがちょっとだけ呆れたような小さな声でそう呟いた。
「そうなんだよねぇ、ジュリと物作りするようになって分かったけど、付加価値って大事な要素なんだよねぇ」
おばちゃんトリオのナオもしみじみといった感じでそう言いながら軽くため息をついた。
「となると、その付加価値に重きを置く、そしてこのまま非公開、『幻の二代目イヤーエッグ』とでもするのがいいんじゃないか?」
ローツさんがそう結論めいたことを言ったものの、だからと言ってみんなが納得してオッケーを出す雰囲気もない。
「日の目を見ない、というのは酷な気もしますね」
ちょっとだけ躊躇いがちに言ったのはロビン。
「僕、立場上完成品を見せてもらう機会に恵まれますが、あれがそのまま非公開となるのは勿体ないと素直に思ってしまうのはやはり見る側だからでしょうか?」
「その気持ちわかります、私もそうですから」
セティアさんがロビンに同意して二人で頷き合う。
そこからしばし似たような会話が続き、私はあることに気づいた。
「そういえばさ、ククマット・イヤーエッグの所有者ってグレイなんだからグレイが決めればいいわよ」
言い切った直後全員の目がグレイに向けられる。グレイは目をパチパチさせ、私を見る。
「……そういえば、そうだな」
言い訳させて下さい。よくある事なんです、私とグレイにとってはさっきのやり取りが本当によくある事でして。
例えばグレイとローツさんがオーナーの金属専門の宝飾品店、あそこはデザインの段階では決定権が私にあり、でも商品化するとそこからはグレイとローツさんに決定権がある。そういう契約になってるのね、そうしないと細かいデザインの選定や調整にグレイとローツさんの承認も必要になって時間がかかるから。イヤーエッグもそう、デザインや製作の全決定権がこの私にあり、そして都度関わる職人さんたちと相談役としてライアスにも製作工程での決定権が一部認められていて、その後イヤーエッグそのものはククマット領の領主であるグレイが所有権とその扱いの決定権を持つ。お金出すのグレイなのでそこは当然といえばは当然なんだけども。
面倒なんだけどね、でもそうすることで都合が良いこともあるのでこのやり方は当面変えることはないと思う。
「すっかり忘れていた……」
信じられない、と顔に書いてあるようなそんな表情で驚嘆するグレイ。
「そして前例がないな、どうするのが最善なんだ、難しすぎる」
グレイの口から『難しすぎる』とか聞くとウケる……。こんなこと普段言わない人だから、見てる私の口元がニヨニヨしちゃうのは許して。
「どのタイミングで展示するかは……最短で良いイベントがあるな」
「ハロウィンね、それは賛成。ただ、どうやって、だよね?」
「イースターで展示できなかったから、と簡単に展示するのは違う気がする」
そうなんだよね、キリアも声高に言ってたけれど単に『あの時しなかったので今します』というのがちょっと嫌だと思ってしまうのがククマット・イヤーエッグ。
クリスマスツリーをひな祭りで飾るような、そんな感覚があるのよね。
そして何よりイヤーエッグはククマットのものつくりの象徴、【ものつくりの祭典】を目指す私にとって重要な位置付けとして扱っていきたい。
ハロウィン独特の雰囲気にイヤーエッグをそのまま展示したくない、イヤーエッグは特別なのだと分かるそんな展示をしたい。
……普通に難しいなぁ。
そもそもイースターとハロウィンって、雰囲気がまるで違う。
どっちもこのククマットの農地に囲まれた土地柄に合っている祭事なのにね。
特別なものだからそこだけ浮いててもいいんじゃない? というのも受け入れがたい。浮くくらいならいっそのことそれがメインじゃないのかと思えるくらいに主張激しいほうがまだマシと言う人もいるかも?
うーん、となるとバランスの問題になってくる。
難しいのよね、人によって受け止め方って千差万別でしょ。私が良いと思っても他人はどうでもいいとか嫌いとか意見が分かれるのが当たり前、完全一致なんて奇跡的なことだよね。
さて、どうしようかな。
なんてことを考えていたら。
「……そっか、『異質』でもいいのかな」
「なに?」
ふと思う。
美術館ではその作品の良さが存分に伝わるように美術品以外のものがない。ディスプレイ棚なども、装飾はなく単なる箱に透明なカバーがあるだけ。
特別感を強調するならば。
異質な空間にそれが一つあるだけでもいいのかもしれない。
「グレイ、迎賓館の一室を、一切何も無い、そして模様の全く入らない壁に出来る?」
「何も無い、壁の部屋?」
「そう、改装の必要はないよ、単色で今ある部屋の壁と天井を一室丸ごと覆ってしまうのでもあり。床は……板張りか、無地の絨毯。模様は一切入れない。そしてその中央に、真っ白なディスプレイ、箱のような簡素なものでいい、それを置くの。そこにエッグを置く」
想像したらしいグレイは口元を手で撫でながら僅かに眉間にシワを寄せる。
「あまりにも……殺風景ではないか?」
「それでいいの。ハロウィンから完全に切り離された、エッグのためだけの、異空間と思えば良い。特別な唯一無二の空間よ」
窓も壁で覆ってしまうのもアリだ。エッグ一つを照らすのは発光魔石による光源のみ。煌々とした灯りではなく間接照明のようなぼやけたいくつかの光が室内の一点、ディスプレイの上のイヤーエッグを照らすのはどうかな。
もしかすると黒でもいいかもしれない。
白とは対象的に、煌々とした光源を一つだけ、イヤーエッグに向ける。
どちらにせよ、ポツンと中央に鎮座するイヤーエッグの特別感と、外の豊穣に感謝する賑やかで明るい雰囲気とは完全に切り離された異質さが演出出来るんじゃないかな。
時として異質さは良い意味でインパクトをあたえるんじゃなかろうか、という思いつき。
美術館にはその日常からかけ離れた何かがあったことは確か。それが異質さなのかどうかは別としても、あの感覚は非日常であることは間違いない。
ハロウィンが日常の延長にある催しものなら。
季節も違う、そして特別感の強いククマット・イヤーエッグはその非日常でお披露目するのもアリだよね。
こうなると試してみたくなるのが私たち。室内コーディネート部門の拡大を目指すグレイとしても気になるらしい。白と黒の布をありったけ集めてきた。
せっせと白い布を室内に張り巡らせ、そして真ん中に台を置き、白い布を被せる。
同じように黒い布でも試す。光の加減は白の時はぼんやりと、黒い布の時は一点から強く。
光源の位置や高さなどは調整が必要だしその見た目にも拘る必要があるけれど、布の張替えという大変な作業をしてもケロッとしているグレイは実際にどちらも試し終えてしばし無言になってしまった。
「感想は?」
問いかけられてようやくといった感じにため息をつく。
「……そうだな、何と言えばいいのか。まず、もしこの部屋に何も知らずに入ったら何も無い、平坦さと言うのかな、それに驚かされる」
「布だからまだマシだよ、壁もディスプレイ棚も布のような柔らかさがないから、もっと平坦に感じる。私のいた世界ではそれを『無機質』な感じと言ったりもしたのよ。柔らかさや温かみがない、極端に言えば生命を感じない」
「生命を感じない……無の極致だな」
「あはは、そうそう、あながちその考え間違ってないかも。で、そこに一つだけ置かれたイヤーエッグ、どう見えた?」
「あれだけ……浮いて見えた? いや、違うな……つまりあれか、『異質さ』か。しかしどこかでこの感覚は……」
「クリスマスのエボニー・ネオステンドの特設ステージ」
「それだっ」
納得した顔で勢いよく振り向き後ろの少しはなれたところにあるイヤーエッグをその目で捉えた。
「そうか、あれも」
「周りに余計なものを置かなかったでしょ、勿論冬をテーマにした物を展示した会場の一画を使ったわけだから、嫌でも他のものが視界に入ってくる状況だった。でも、あれも専用の光を当てて、展示品たちから離れた所に設置した。そうすることで、視覚に余計な情報が入らずにそれだけを見やすくなるんだよね」
「すると、ここを白か黒の壁で覆い、絨毯も無地にして、光源も限られたものにすると……」
「イヤーエッグ以外、視覚に情報として入らないよね。それしか存在しない、特異な空間になるはず」
この展示方法はイヤーエッグを観覧に来た各国の貴賓により、後に特別なものを展示する方法として大陸に広まっていく。
贅の限りを尽くした室内に合わせた美術品、もしくは美術品に合わせ作られた豪華な室内、それが当たり前だった世界に齎されたこの展示方法は、ヒタンリ国の私が献上したシュイジン・ガラスのペアの酒盃を皮切りに、光を当てることでその美しさ、煌めきが際立つ小さな国宝やそれに準ずる美術品の展示方法として定着していくことになる。
そして後にククマット領の隅っこに私とグレイが気まぐれに集めたものを展示するために勢いで作ることになる『ククマット美術館』は存分にその方法を取り入れた大陸初の美術館として注目される。
領の隅っこというだけでなく、勢いで計画した故に建物自体が小さいので、正直美術館と名乗るほどでもないよなぁ、でもいっか! なんて笑いながら安易に決めてしまい、後にグレイと二人でまさかここまで注目されるとは思わなかった、規模に相応しい名称にすればよかったと後悔する話はまだ先のことなので割愛。
今回はものを作ったらその後どうするか、の選択肢の一つである展示に焦点を合わせてみました。
ジュリの感覚はあくまで彼女の感覚、人により美術館や博物館の展示方法がどう見えるかは違うと思います。
作者的にどうしてもエジプト展、国宝展などの展示の仕方がインパクトがあり、その時に受けた印象を取り込んでしまいました。暗い中で鈍い金色が浮かび上がる感じ、たまらなく好きですwww
読者の皆様はどんな感じが好きですかね……。




