39 * そもそも宝石とはなんぞや?
図鑑で殴りたいってのは半分本気。昔の知識のまま、それを知ってるからとやたらと態度のデカい宝石商とかいるのよこの世界。見てると腹立ってくるんだよね (笑)。
グレイ以外呆けちゃったので、私はユージンの前にいく。
「でね、ユージンには既に色々お願いしちゃってて、創作活動の妨げしちゃってるなぁっていう罪悪感はあるんたけど、またお願いがあるの」
「ぼ、僕にですか?!」
「今私が集めている原石のデッサンをお願いしたい」
「!!」
「私もするけど、色んな角度から、しかもカラーで。一つの原石で、横、真上、最低でも二枚、物によっては角度を変えるから倍になるものもあるかもしれない。更に言えば、カット後の宝石のデッサンも必要になるから一人じゃ無理なわけ。急ぎじゃないの、寧ろゆっくり進めてもらって構わない、膨大な量になるから慎重に進めなきゃいけないからね」
「僕にそんな、重大な仕事を任せてくれるんですか……」
「うん、お願いしたい」
「……やらせてください!」
「うん、よろしくね」
芸術家としての経験を積ませることにも繫がる依頼になるかな、と密かに思っていたけれど、本人がそのことに気づいてくれたようでやる気に満ちていることに満足しつつ、自分の席にもどり改めて姿勢を正す。
「えー、皆さんの反応を見るに、やらかした感はあるんですが、私の場合今更なので!」
最早ここまで来たら勢いだ。
「ということで、ここにいる皆さんは一蓮托生、ガッツリ巻き込むのでガッツリ巻き込まれてください、宜しくお願いします!!」
だってさ、考えてみてよ。
原石だけあっても意味ないわけよ。宝石それぞれの特性を知ったなら、それに見合ったカットがある。つまり、カットした完成形の宝石も今後は必要になってくる。
そしてそのカット、そう簡単に私の知る水準にいくわけがない! 一体どれだけの失敗を繰り返せば図鑑に載せられる美しく洗練された理想のカットを施したルースに仕上げられるのか。というかですね、研磨盤は最強の物があるのでなんの心配もないけど、カットにも知識が必要なんですよ、単に削れば磨けばいいってもんじゃないんですよ、それ相応の研磨師が育つまで、宝石は無残な姿に成り果てる可能性が極めて高いんです。
いくら金があっても困らないくらいには、莫大な投資をしなきゃいけない可能性がある。
だって私ブリリアントカットとか知っててもその技術ないし。
お金持ちは最初から巻き込まないとね!!
ここでお金の話は流石に無粋なのでしないけども。
気持ちを切り替え、私も手元に紙と筆を用意する。
それをみて皆さんがバタバタと真似るように紙と筆を手元に引き寄せて、背筋を伸ばした。なんか今からテストする学生みたいな雰囲気があるわ、ちょっと面白い。
「せっかくお集まり頂いているので、どういう図鑑になるのか、その触りの部分に当たる話をしようと思います。先にも言いましたが好きな時に質問して貰って構いません、その質問が図鑑に必要な事に繋がったりするので遠慮なくしてください。ただ……時間だけは決めましょうか、忙しい方ばかりですからね」
取り敢えず一時間、と決めてその後はどうするかまた決めることになった。
「えー、今から私が話す内容は私が持っていた宝石の図鑑が基になります。残念ながらその図鑑は召喚された時に一緒には来なかったので、私の記憶だけが頼りで、もしかすると質問に答えられない場合もあります。そういう点は今後 《ハンドメイド・ジュリ》を中心に皆さんの協力の元、研究で解明していける体制を整えられればと考えているので、そのあたりは深く考えず後回しにしてもらえると助かります」
そこまで言って、私は筆を紙に向けた。
そして書く。
そもそも宝石って、なんぞや? と。
息を吸い込み、一瞬だけ息を止めた。
「……宝石の定義、宝石と呼ばれる条件はまずこの世界ではなんだろう、と調べた時に、辞典や図鑑によって曖昧だった。その理由は明白、国によって、それぞれが独自に作っていたから。本の著者に内容が全て一任されていて、世界基準……こちらだと大陸基準になるのかな。それが、なかった。その時点で、地域によって知識どころか技術に偏りが生まれる、故にこの大陸ではカット技術に格差が出ていた。詳しい調査は今後になるけれど、概ね技術力が高いのは中央地域、ベイフェルアの一部を含むロビエラム国周辺のように思う」
頭の中にあることを言葉にするのと、私自身気づいたことを書き留めるため、周囲に気を配る余裕はさすがにない。なので丁寧な言葉遣いはこの場では使わないことにした。
ここまで話しただけで、驚いた顔をした人は多い。特にヒタンリ国第二王子殿下とその側近の方は素早く書き取り視線を走らせ、険しい顔をしながら重要な部分と感じた所に線を引いている。
カット技術の格差、そのことを今知ったと認めざるを得ない、私には殿下の反応はそう感じられた。
「それを踏まえて、やっぱりちゃんとした定義があるべきと思った。宝石の定義、何を持ってして宝石というのか。ここではあえて魔石、魔物素材、そしてこの世界特有の鉱石は含めず地球と共通の物に適用する。魔石等については図鑑の制作の目処がついた頃にどうするのかを決める。……では、地球の宝石とは、宝石の定義とは」
美しさ、希少性、耐久性を兼ね備え、そして装飾品として加工された鉱物などのこと、と一般的には定義されている。そのため、よく見かける原石をそのままインテリアとして飾っている場合、それは本来宝石とは言わない事になる。ただ、インテリアとして考えられた向きや大きさに拘った美しさは個人的には宝石として見ても問題ないようには思っているけれど、それだと綺麗だけど脆くて加工が極めて難しいため原石のままインテリアにされているものも宝石、となってしまうためやはり四つの要素を満たした物を宝石である、とするのがいいのかもしれない。この世界では魔石などを含めた時の事を考えて、もしかすると地球の定義にさらなる基準を追加で設けたほうが、明確な線引きが出来て分類しやすくなるかもしれない。
「そしてその宝石は大きく分けて無機質と有機質の二つに分類される」
ここでセティアさんの手が止まる。というか、皆の手が止まった。
『無機質、有機質』。この単語、概念がこの世界にはないため、自動翻訳が通用しない。なので私の発した音しか聞きとれず言葉でそれに該当する単語が無いため皆の手が止まってしまった。
「セティア、『む、き、しつ』だ」
「……はい。では、もう一つは『ゆう、き、しつ』?」
「ああ。わからないところは飛ばしていい。とにかく聞き取れる範囲で書き起こすことに集中してくれ」
「わかりました」
不思議なことに、私のことに関して超人的第六感が働くグレイは私の日本語による単語を聞き取る能力がある。神様による恩恵か私の【核】から作られた【称号】の影響かと。
グレイが書きなぐってセティアさんに見せたこちらの基本文字による『無機質』とそこに更に書き加えた『有機質』をグレイは皆さんに見えるように掲げた。
「グレイありがとう」
「気にせず話してくれ。わからないところは空白にする。後で確認し埋めれば大丈夫だろう?」
「うん、じゃあ、続けるね」
「頼む」
さて。
宝石には無機質と有機質の二種類があるけれど、無機質は有名なものが多いのでわかりやすい。代表格は当然ダイヤモンド、そして私が違和感を感じるきっかけとなったルビーやサファイアなど、いわゆる鉱物由来と言われるものだ。地球誕生から長い年月をかけて地上から下の奥深くで育まれてきた鉱物は何百種類とあるけれど、宝石の定義を満たすものは実は少なく希少性が高い。ゆえに自然と価格は高くなる。……一方で有機質の宝石は生物や植物由来、真珠や琥珀がその代表格となる。そして有機質な宝石の特徴として全般的にデリケートなものが多いので紫外線はもちろん汗や熱、乾燥に弱いものもあるので取り扱いに注意が必要。ただし、無機質の宝石と違って真珠は養殖によって美しく形の綺麗なものが作れるので環境さえしっかり維持できれば枯渇する事態に陥る可能性は低い。
ここで一息。呼吸を整えている間に質問されるかな、と思ったけれどそんなこともなく。なのでこのまま続けることにする。
「じゃあ、そんな定義と大まかな分類で宝石とされるものたちの価値はどうやって決められるのか。価値を決める要素は大きな括りだと七つ。まずわかりやすいのが『色』『内包物と傷』『カット』。この三つに関してはアクセサリーになったときの見た目そのものに大きく影響するため購入する時の重要な要素にもなる。そして残り四つは『輝き』『サイズ』『産地』『処理』、特に後ろ二つの産地と処理は肉眼では判断が極めて難しいため、偽装による悪質な売買の原因となりうる。それを防ぐために『鑑別書』が宝石に付けられる事が多い。……価値の七大要素の詳細は別途まとめる、と」
「あの、ジュリ様」
ここで躊躇いがちに手を挙げたのはウィルハード公爵夫人のアティス様。
「『処理』とは、なんですの?」
来た。
そう、処理。
これについては正直今話せることではない。
というか、秘匿案件……。
なので。
「『処理』については、ほかの要素とともに後で纏めます。これは地球で行われていた加工の一つで、こちらの世界ではまだ確立された技術がないんですよ」
「まあ……」
「図鑑自体……いつ出来上がるかわかりません、それに合わせて進められたらと思っていることです。多分ですね、まだこの世界にはない概念や技術が今から話すことにも含まれるので、勿論質問してもらっていいんですが、説明が難しいことに関しては今後ゆっくり皆さんにわかりやすいようにまとめてから都度お伝えしますね」
誤魔化しつつも、内心ため息だわ。
だってね、今挙げた七つの価値を決める要素、これをちゃんと説明するだけで結構時間が必要。それを書き取らせるほど私は鬼畜じゃないんですよ。
こうして話してるのも言葉にすると不思議と思い出す事があるからなのよ、一人で書こうとすると抜けちゃうことって案外多いからね。省いても問題ないことは省いて時間短縮。
「……わかりましたわ」
うん、ちょっと納得してない顔してる (笑)。
それは皆同じだよね、わかるよ。
でもね。宝石で一部、加熱で色が変えられるものがあるとか、傷を目立たなくさせるためにオイルなどを染み込ませる含浸という処理方法があるとか……そんなんこの世界だと最早革命レベル。それをサラッと流して話せる内容とは思えない。処理はこれから実験を繰り返す事でようやく技術として表に出せることだしね。焦ることでもないし。なのであやふやにしておくことも大事!
「さて」
気を取り直し。
「価値を示すのに役に立つ鑑別書、この他に『鑑定書』というものもある。この鑑定書はダイヤモンドのみに発行されるもので国際評価基準の『4C』が記載される。ちなみに『色、重量、透明度、カット』の四つの事で、米国宝石学会によって確立された評価になっている。そして価値の他に、宝石にはそれぞれの特徴を表すものがある。主な特徴として『鉱物種、化学組成、モース硬度』、それから『結晶系、劈開、屈折率』なども挙げられる。……図鑑を作るにはこれらの特性の記載も重要となるため、こちらも別途詳細を纏める」
ここまで一人で喋って気づいた。
この世界にない言葉がじゃんじゃん出てくる……今更だけど、これ、一個一個の説明が必要になるなぁ。気の遠くなることやろうとしてるよ、私。そして、皆さんが混乱してる。うん、一回ストップしよう
「……すみません、わからない単語ばかり出てきてますね、えーっと、せっかくなので、ルビーとサファイアの話をします」
咳払いをしてから、私は手元にある原石二つを手に取った。
「これ、ルビーとサファイアの原石です。赤い石と青い石、この色の違いから同じものであると判断するのは難しいです。私も子供の頃は全くの別物だと思っていました。でもこれ、含まれる成分の微妙な違いでこれだけ色の違うものになります。さっきも出ましたが宝石の特徴を表すものとして鉱物種というものがあります。ルビーとサファイアの鉱物種は『コランダム』、同じ物です。ちなみに、エメラルドとアクアマリンは『ベリル』という同じ鉱物種ですね」
「え」
声を出してハッとしてつい口に手を宛がったのはラパト将爵様。
「エメラルドと、アクアマリンは、同じ物なんですか?」
「同じですよ、単に色を決定付ける微量な成分が違うだけです」
「そう、だったんですね……」
驚くのも無理はない。色が違うと同じだと思うのは誰でも難しいし、その事実がこの世界ではずっと知られていなかったんだから。間違っているんじゃなく、知られていなかった、ただそれだけ。
なんだかショックを受けているようにも見えるけど、こればかりは私も仕方ない、としか言えないよね。
「ベリルについてはまた別の機会に。まずルビーですが、一言に赤いと言ってもその色の幅が広いことは皆さんご存知ですよね、暗い色味や薄く淡いもの、紫味があるものなど。この色の違いでも価格に差があるのは地球も同じです。地球の場合だと、ピジョンブラッドと呼ばれる透明度が高く明るく冴えた赤味の、紫味が殆どないものが最高品質と呼ばれます。こちらの世界だと、あくまで私の感覚ですが色味よりも大きさが考慮されている気がしますね……―――」
このあたりから完全に私は教壇に立つ先生と化していた。
説明がちょっと楽しくなっちゃって結局丸三時間喋り倒したおかげで口が相当乾き、夜の晩酌がすごく美味しく感じたのは言うまでもない。




