39* ジュリの真価
面倒なことは得意な人に丸投げし、やりたいことをやるぞー! と意気込んだのがつい先日。
「そろそろ思い切ってはじめようか……」
この世界に来て、天然石の他に魔石、魔物素材という加工することで美しくなる素材があることを知ってから、ずっとやってみたいと思っていた事がある。
それはいつかお金に余裕が出来たらと漠然と構想を練っていたこと。
「何をだ?」
その問いには敢えて答えずグレイに顔を向ける。
「……そういえば」
「?」
「離婚申し立てから調停期間の間、そんなに長い期間じゃないけど、グレイが慰謝料として魔物討伐で稼いだお金があるじゃない?」
「あるな、ジュリは全く受け取ろうとしないからそのまま私のところに残っているが」
「それって今でも私が貰える? 有効?」
「有効もなにも、ジュリの名義に既になっていると何度も言っているだろう?」
「よし、じゃあそれ遠慮なく使わせて貰っていい?」
するとグレイが笑った。
「良いもなにも、受け取って貰えないと私の気持ちが晴れないから好きにしてくれ」
ということで、買い漁りました。
何を?
原石を。
魔石と魔物素材ではなく。
この世界に召喚されたと同時に与えられた自動翻訳という能力で、地球の言葉がそのまま適用されている原石を。
ダイヤモンドとか、ルビーとか、主に輝石や宝飾品向けの石などね。
まだ手元に届かない分を含めて総数は約百種。
「原石で良かったのか?」
「うん、別に私は宝石が欲しかった訳じゃないんだよね」
そう言うとグレイは訳が分からないという顔をしたので笑ってしまう。いやごめん、こんだけ集めておいて宝石が欲しかった訳じゃないって意味が分からないし説得力もない (笑)。
「原石でも高価な、純度の高いものばかりでこれを元に作ることに意味があるから」
今回我儘を言って本当に質の良い原石を集めて貰っている。この手の事は高位貴族を通すと入手しやすいのでグレイがクノーマス家だけじゃなくアストハルア公爵家とバミス法国のウィルハード公爵家にも打診してくれたおかげでかなり早く手元に原石が届いている。
そして私が高品質な原石を求めていると知り、その三家は非常に興味を持ってしまって、何をするのかと妙な期待をされてしまっている。ついでに言えばそのつながりで情報が漏れないはずもなく、ツィーダム家とバミスのラパト家、そしてヒタンリ国王家もどうやらソワソワしているらしい。
「……期待させて大変申し訳無いけど、加工しないのよねぇ」
私の呟きに、グレイが目を丸くする。
「本当になんのために集めたんだ」
変人を見るような目はやめてほしい。
「忙しい中お集まり頂きありがとうございます」
加工しない、と言うことを知って、グレイだけじゃなく協力してくれた人たちが私の行動に首を傾げることになったので、もういっそのことこれから私が時間をかけて、余裕のある時に、ちょこちょこと進めたい、先の長ーい計画を説明することにした。
この場にいるのはクノーマス侯爵家からは侯爵様とエイジェリン様、ツィーダム家からは侯爵夫妻、アストハルア家からは公爵様とロディム、そのついでにそこにユージンも加えてもらい、そしてウィルハード公爵夫妻にラパト将爵夫妻、うちの重役としてローツさんとセティアさん。
「陛下が来たがったのですが、帰ってこなくなると困るので物理的に執務室の椅子に縛り付けて私達が参りました」
ヒタンリ国の第二王子殿下が穏やかな顔で言うことではない事を言ったけれど、側近の方も後ろで真面目な顔して頷いたので良しとする。
ちなみにセティアさんには書記をお願いしてある。そしてその補助をグレイにお願いした。これについては途中で説明をすることにして、まずは用意したお茶で奇妙な緊張がうっすら見え隠れする雰囲気を緩めて貰うことにした。
今回特に資料は用意してない。というか、無理だったのでね。
忙しいとかそういうことではなく。
そしてその代わり全員に白紙の束を用意してある。
ある程度空気が和んだところで、私はその紙の束をテーブルの下から取り出した。
「うんっ?」
その量に驚いた侯爵様が声を出す。
「ジュリ、それは?」
「メモ用紙です。皆さんにお配りします」
「は?」
「今回資料とか用意してないんですよ、それで私の話を聞いて気になること分からない事があったらそれを些細なことでもいいので皆さんに書き込んで貰おうかと」
そして、その紙の束を分けてから、最もその量が多いのを渡されたセティアさん。彼女とグレイには軽く説明してあるので驚きもなく、紙の束を受け取るとすかさず手に筆を持ち、セティアさんは意気込んだ。
「いつでも大丈夫です」
「そんなに気合い入れなくていいから。セティアさんはお腹の子を優先してあげて」
「大丈夫です、きっとこの子も頑張れ!って言ってますから」
あれ、セティアさん変なやる気出してる。最近仕事セーブしてて暇を持て余す時があるって言ってたからなぁ、もしかして案外ストレスが溜まってたのかも。
「じゃあ、お言葉に甘えてセティアさんには頑張って聞き取りしてもらおっかな」
「はいおまかせ下さい!」
「グレイはフォローよろしくね」
「ああ、任せてくれ」
この会話からも今から何が行われるのかまだ誰も理解していないので、とても不思議そうな顔をしたり険しい顔をしていたり。
特に険しい顔をしているのはロディムだ。
「今からそんな構えてたら疲れない?」
そう声をかけると紙の束を受け取りながらロディムが何故かムスッとした顔をして睨んで来た。
「……何をするのか、まったく予想出来なかったんです。少なくとも、ここにいる中では私が一番ジュリさんの物作りに近いはずなのに」
おっと、なんか可愛いこと言ってる! こういうところがロディムってあるから面白いんだよね。
そしてその隣、高位貴族が揃う中で緊張しているユージンにも紙の束を渡す。
「あ、そうだ」
「はひっ?!」
「ユージンは……聞くだけでいいよ」
「へ?」
「多分、というか確実に後日手伝って貰うことになるから」
「は、え? 僕が、ですか?」
「うん、それと……話聞きながら、ユージンは原石眺めててもいいよ?」
ごめんなさい、今のやり取りだけで更に皆さんを混乱させてしまった……。
「じゃあそろそろ始めますか。あ、セティアさん、まだ書かなくていいよ、とりあえず何をするか説明を先にするから」
頷くセティアさんとその隣で共に待機するグレイ。反対隣にいるローツさんにもグレイから軽く説明してもらってはいるけれど、彼もまだどう始めるのかは想像出来ないらしく少し気難し気な顔になっている。
「えーと、まず。原石の購入にご協力いただきましてありがとうございます。おかげさまで純度の高いもの、粒の大きいものが揃いつつあります。……今回、先に申し上げておきます、原石は加工しません、あくまで品質の良いものを収集するのが目的でした。なので何か作るのかと期待させてしまっていたら申し訳ありませんがこの段階でその可能性が全く無いことを宣言させて頂きます」
「質問いいかな?」
私の話が呼吸のために一区切りされたのを見逃さず、声をかけてきたのはウィルハード公爵様。
「はい」
「まだ話は続くだろうから、簡潔に。加工しないことに意味がある?」
「そうですね、現段階では加工しないものが必要だから、です。あるがまま、そこから話が始まることなので」
「そうか、ありがとう」
「いえ、こちらこそ良いタイミングで質問していただけてありがたかったです。これから私の計画の大筋を話した後、とあることについて一気に話そうと思っています。その間、質問を受け付けるつもりだったのですが、自分でどこで区切っていいのか分からないので、今のように遮って貰えたら助かります」
「え、ジュリ? 遮っていいのかい?」
今度はエイジェリン様。
「はい、全然構いませんよ。というか本当に一気に記憶してることを話すので非常に話が飛ぶ可能性があるんですよね。なので止めてもらいながら私はセティアさんが聞き取りして書き取ってくれたことを見ながら答えたり話の軌道修正したりするのが良いと思うので」
記憶していること。
この一言に、全員の目の色が変わったように思う。
記憶、つまりは私が地球にいた頃知り得た【技術と知識】だと気づいたのかもしれない。
「いずれ、加工した物も必要になりますが、私がしようとしていること、作りたいものには大前提として原石が必要なんです。そのために集めています。……最初の疑問は『ルビー』と『サファイア』が完全に別物として扱われるのはどうしてなんだろう、って事でした」
「え?」
誰の声かは確認しない。
「それから、クノーマス侯爵家にある辞典や、グレイに取り寄せてもらった図鑑を見て、出来る範囲で自分でも調べてみて、わかったんですよ。この世界にルビーとサファイアが『同じ物』という事実……研究は勿論考察すらないって。完全なる別物として扱われている事に違和感を感じたんですよね、それがきっかけと言えばきっかけなんです。ちなみに、ルビーとサファイアについては後でお話しますので取り敢えず今は何をしようとしているのか、それを話します」
シン、と静まり返る室内。
この事実についてグレイには以前話しているし、今日この場でこの話を詳しくすることも昨日しっかりと説明しているので驚きはない。セティアさんとローツさんにも、宝石について私の知識を披露することは説明していた。
していたけれど、それでもローツさんとセティアさんも瞳を揺らし、息を呑む。
「私、図鑑を作ろうと思います。宝石の図鑑を、この世界用に私の持つ知識で作りたいんです」
私の感じていた違和感。
それは、宝石の加工はそれなりに出来るのに、何故かそれに付随すべき知識が全く無いこと。
おかしなことに、カット技術は中世ヨーロッパよりも少し進んだ、近代の飛躍的にカット技術が進むよりも手前辺りの時代のものであるのに、知識はまるで皆無と言って良い。
調べれば調べるほど、その乖離に驚かされて、そして一つの結論にたどり着いた。
【彼方からの使い】によって、宝石のカットや名前がある程度伝えられ、それが定着したものの、宝石とは何なのか、そういった基礎的知識はこちらの世界のままだという事実。
なんというか……【彼方からの使い】の知識が良くも悪くも受け入れられてこちらの常識や知識に混じって定着してしまっていた、といえばいいのかな。
私とリンファの【技術と知識】もそうだけど、こちらの世界にない画期的なものだと驚くほど寛容に安易に受け入れられてしまう傾向がある。だから私とリンファはそれぞれ独自に自分の言葉で出来る限り詳しく、そして間違いがないようにマニュアルやルール、そして注意事項、禁止事項を残すことを心がけている。そうしないとどうしても楽な方、便利な方へと舵取りされてしまって、大事な部分が抜け落ちる可能性があるから。
そして、魔導師の【鑑定】や【称号:鑑定士】の限界を実感させられた。
【鑑定】を持つ魔導師よりも、【称号:鑑定士】はその能力は高いことが殆どだけど……。
私はハルトとマイケルの【鑑定】と【大解析】を知っているしお世話になっているから【称号:鑑定士】たちの能力は『それでも地球の知識に遠く及ばない』と、その事実に気づくまでかなりの時間を要してしまった。
宝石の鑑定をすると、世の中に知られている事実しか出てこないの。
要するに、今知られていること以外、出てこない。
これについてフォンロン国のヤナ様にも手紙で確認している。
ヤナ様曰く、私たち【彼方からの使い】の場合鑑定系の能力を授かると地球基準の知識が適用・追加されているのではないか、という。本人が知っているかどうかは関係なく、神様からの恩恵の一つとして与えられているのだろう、と。勿論鑑定系には魔力を使うため魔力量に比例して鑑定出来る内容に誤差は出るかもしれないけれど、とも書かれていた。
そして考えた。
正すところは正さないと、永遠にこのままじゃないのかな。
それって、結局発展の妨げになるんじゃないかな。
だって、半端なままで、わからないことはわからないから仕方ないって諦めて、結果、魔物の理不尽さのように『こういうものだから』とか『不思議なもの』で済ませることになって。
少なくとも、私の知る範囲でその理不尽さは無くしたい。
だって知ってるから、違うって自信を持って言えるから。
「何年かかるかわかりません、そもそも私は 《ハンドメイド・ジュリ》の商長として作りたいものを作りたい、その欲求が一番にあるので、最優先されるのはものつくりになります。なので、気の向いた時、余裕のある時、そういう時にしか進められないと思います。それでも、いつか完成させようと思います」
深い、深い息を吐き出したのはラパト将爵様だった。
「ジュリ様、我々は、その場に立ち会ってよろしいのですか。聞いて良い話でしょうか、ジュリ様が作ろうとしているものは、きっと……宝石を扱う全ての職種の今を、在り方を、覆す」
「ですね」
私があまりにもサラッと答えたからか、グレイ以外の全員が『え?』とか、『は?』とか、目をまん丸くしたり白黒させて反応した。
「先日グレイセル・クノーマスには話したのですが、私の知識は小出しにしていくのがいいのかもしれないと今の状況では思っています。でもいずれそれらがはっきりとした形で一つに纏まってるべきだろうと思うこともあって。まあ、なにが言いたいと問われたら、結局は自分がやりたいことを後世にちゃんと残すには小出しにするのも一つに纏めて出すのも、法律で規制されてるわけでもないのでどっちも勝手にやっちゃっていいよね、小金持ちバハアになるついでに一冊立派な物を世に送り出して世の中ギャフンと言わせてから死んでやろう、宝石業界半端なことして満足してふんぞり返ってる人多いみたいだから図鑑できたらそいつらの頭を図鑑で殴ってから死ぬのもありだな、ってのが答えかと。私内容によっては過激なタイプですので」
ちなみにグレイは物凄く達観した顔で遠くを見つめていた。




