5 * 【弓使い】とネイルアート
本日一話更新です。
五章突入です。早いもので気づけば五十話こえてました。
紹介したいから、とマイケルが連れてきたのはなかなか会えなかった人。それがマイケルの奥さん。
その名はケイティ。
おお、会うなりめっちゃフレンドリーに抱きついてきた!!
「会えて嬉しいわ!! ジュリ!!」
うおっ?! おっぱいが。ボリューミー。凄いぞこれは。
それは置いといて。とりあえずなぜこんなに熱烈なのかというと。
「あのコースター!! この世界でもあんなに素敵なものが見れると思わなかったのよ! 感動したわ! しかも作ってくれるっていうじゃない!!」
ああ、そういうことね。そしてこの勢いに流されかけ、おっぱいの弾力に同じ女として敗北感を感じ遠い視線になりかけたその先、マイケルの隣でちょこん、と少し緊張気味に控える男の子。
「こ、こんにちは」
「ああ!? 息子のジェイルくん!?」
「はい、はじめまして!」
かわいい。うん、かわいいぞ!! マイケルに似てるー。
そういえば。私が忘れてました。
言いましたね、つくってあげるって。
そしてサンプルも貸してた。
このマイケルの奥さん、ケイティはなんとマイケルと一緒に召喚された人。そして息子のジェイル君はこっちで生まれたそうで。ちなみにジェイル君、生まれた瞬間から【魔導師見習い】という【称号】持ち。マイケルの話だといずれ成長とともに然るべき時にちゃんと【魔導師】になるんじゃないかという話。凄いね、まだ六歳で確定よ。ちなみにすでに【スキル】もいくつか保有、将来有望な息子を持って二人も鼻高々って感じだね。
そしてケイティだけど。【弓使い】の称号持ってるのよ、元の世界では色んなスポーツが趣味の、スポーツジムでトレーナーの仕事してたんだって!!
その運動能力が称号に影響したんだろうけど、本人もなぜそれが【弓使い】なのか不明らしい。神様の気まぐれなんだろうね、なんて笑ってる。ただし、こちらの世界の【弓使い】とは格が違う。全体的な能力高めだし【スキル】もかなり保有してるとかで、その【称号】を聞いて鼻で笑う奴はもれなくボコボコにしているらしいので怒らせてはいけない。
最近までは知り合いの貴族の家に長期滞在してて、その家の息子の弓の指導をしてたんだって。その子はジェイル君とも年が近くて仲良くなったことと、そのご家族に是非と言われたこともあり長期滞在になってたらしい。
そして貴族の遊びのひとつに狩りがあるけど、上手くなくてもとにかく狩りのデビューだけはしてないと結構バカにされるってグレイは言ってたわ。貴族男性の嗜み、趣味として重きを置く人が多いらしい。侯爵家はそういう教育徹底的にするしグレイは騎士やってたくらいだから得意とするものの一つらしいけど、そういうこと聞くと貴族も大変よねぇ。
で、その息子さんが大分上達したのとマイケルが私のところに様子を見に行くというので息子さんと一緒に遊びに来たって。てゆーか別行動が多いみたいこの家族。マイケルが貴族とか苦手としてるみたいだからそういうのも影響してるんだろうね。マイケルだけはそのお宅にあまり滞在せず適当に色々泊まってたらしいわ。お互い引く手あまただしジェイル君には色んなことを教える意味もあって自由気ままに大陸を渡り歩く、がこの夫婦の在り方。凄いね、ハルトに負けず劣らずの自由人夫婦。
店内で、ケイティが感動してくれたのを見たときは嬉しかった。
この店を見て、元の世界を思い出したらしくて、少し感傷的になって、涙ぐんでいた。
その気持ち、わかるんだよね、私も。
ここは地球じゃない、全く別の世界。
元々死ぬ運命だったとしても、ここに来て新しい人生を謳歌することを許されたことに感謝してても、それでもね。
未練がない、なんてことはない。
捨てざるを得なかったものがあんまりにも多過ぎて。
私がこの店の商品陳列とか、経営方法にこだわってしまうのも、失ったものを取り戻したい気持ちなのかもって自分で思う。
この世界で見つける元の世界のものを手にするたび、食べるたび、使うたびに、ホッとする。
やっぱり私は元の世界が好きだから、元の世界の物が溢れた贅沢な日常で育ったから。それをすべてなかったことには出来ない。忘れられるわけがない。
この世界は寂しすぎる。
それを、少しでも埋めたい。
何とかしたい。
エゴかもしれないけど、私にその力があって許されているなら、変えたい。
寂しいこの世界を。
「こんな風に、買う楽しみを味わえたのは本当に久しぶりね」
開店前の静かな店内。
ケイティはしばし店内を眺めるだけだった。
【彼方からの使い】としてこの世界でマイケルと一緒に活躍してお金には全然困ってないし、不自由もしていないけど、物を買う楽しみはほとんどなかったって聞かされたときは、本当に私は泣きたくなった。
私もそうだから。
ディスプレイしかり、お店の種類しかり、見ていて楽しめる店がほとんどないから。
この店がケイティのそんな気持ちを少しでも晴らしてくれたのかと思うとね、嬉しくて。
《ハンドメイド・ジュリ》、開店してよかったって、心底思う。
感動のあとはこの夫婦のラブラブを見せつけられる羽目になったけどねぇ。
「ケイティは何でも似合うよ」
「そうかしら、でもほら。こっちはあなたが好きそうね、こういう色も、どう?」
「うんうん、似合うよ本当に似合うよ」
「じゃあこっちは? 私の好きな色」
「君が好きなんだから似合うに決まってる」
だって。
途中からやって来たグレイはケイティとも知り合いだからって挨拶して久しぶりの再会を喜んでたけど、このやり取り見て、失笑。
「相変わらずだな、見慣れてるが」
だって。ジェイル君もそれが当然らしく、普通に「お母さん綺麗!!」と笑顔で連呼してたわ。
「私たちも買い物するときああいうやり取りをしようか?」
「嫌です、普通に買い物させてください」
「そうか……」
彼氏、寂しそうにしないでくれる? ちょっとキュンとしちゃったじゃない (笑)。
いっぱい買ってくれました。
特にアクセサリー。ネックレスとブレスレット、それからイヤリング。コースターはレースの入ったものが凄く気に入ってそれがいいって言うからそれをプレゼントしたわ。
ホクホク顔のケイティをみて私も満足よ。
そして、この夫婦は何か私に幸運を運ぶ力でも授かってるのか?
「ねぇジュリ」
「ん?」
「ネイルアートって、出来ないの?」
ん?
今なんと?
「ラメがあるし、この小さいパーツなら爪に乗せられるでしょ?」
ほら、ってケイティが工房で大量のパーツや道具を見学してから、テーブルのちいさなトレーに出していた型抜きされた金属のとてもちいさな花を指で摘まんで自分の爪に乗せる。
「マニキュアもどきがあるの知ってる?」
それは知ってる。侯爵夫人とかルリアナ様がつけてるから。
「色の種類は少ないのよ、あれもお高いものだから売ってる地区とか町は限られてるしね。ねぇ、マニキュア買って来たら、私に試してくれない? ただ塗るのはつまらないって今までさびしい思いしてたけど、これでネイルアート出来たらちょっとお高くても私、昔みたいにやりたいわ」
きた。
きたぞ!
雑貨に拘ってたから気づかなかった!
きたーーー!
ケイティ様!!
勢いよく振り向いたら、グレイが薄く笑って。
「母とルリアナから爪染め借りて来るよ」
出来る彼氏素敵!! 大好きよーーーー!!
来たよ、やっぱり。
グレイが愛馬で侯爵家に向かってくれてしばし、ちょっと冷静になった私。
「来るよね」
「だろうな」
ハルトもそしてマイケルも同意。なにがって?
侯爵夫人シルフィ様とルリアナ様。
普段は押し掛けるような暑苦しさのないルリアナ様もちょっと今日はそわそわしつつ前のめりなのは、許す、可愛いから。
ここまで馬をのんびり歩かせて往復するのに一時間半ほどかかるんだけど、この人たちと一緒で二時間で戻ってきたのよね。
どれだけ侯爵家がバタバタしてこの二人の身支度させられ、マニキュアかき集めさせられ、そしてグレイのおそらく来なくていいという言葉を押し退けて、馬車を爆走させて来たかが想像出来る。
グレイの顔が物語ってる。
今日は人が多いから、二階も無理、工房も人の出入りがあるし無理。
と、言うことで。
「お邪魔するわね、ダッパス」
「はい、どうぞ、こちら使って下さい」
侯爵夫人、権力使ったわ。ギルドなら必ず空き部屋の一つくらいあるしうちが言えば貸すわよって先頭立って乗り込んで。
「寄付とかしてるしな、大丈夫だろ」
ってグレイまで。
「それにダッパスはうちの女性陣が苦手と来ている。絶対逆らえない」
ああ、それが大いなる原因かと。このダッパスさんの腰の低さと緊張は。
てなわけで。
まず初めは発案者のケイティということでご了承頂いた。当然よね、グレイが来るまでにお店で使えそうなパーツを選別したり準備をしてくれたし、このククマット唯一のちょっとお高めのバッグとか帽子を取り扱っているお店でも数本だけ、稀に買う人がいるってことでちょうど取り扱ってるのを買ってきてくれたりしたので。
「ふーむ、色は透明、ピンク、……赤じゃないね、朱色かな?」
この世界のマニキュアは『爪染め』って呼ばれてて、案の定そのマニキュアっぽい液体もちょっと質が違う。なんでもこれはこの大陸でも限られた土地に自生している木の樹液に何やら魔物の素材を加えたものだとか。
武具の光沢を出すために当初開発されたらしいけど、欠点が。
一週間から10日位でポロポロと剥がれる。
それは意味ないね。武具に使えない。
そして、たぶんね。
【彼方からの使い】だと思う。
これを爪に塗りだした人がいたんだって。
それで、高級品だけど貴族とか金持ちの間で流行して定着したと。
マニキュアこと爪染めの液体に浸かっている細い筆、これが見たまんまマニキュアのもの。絶対【彼方からの使い】が提案したな、これ。
ライアスがそれ見て、
「いいもの使ってるな。爪染めというよりこの筆が高いぞ、ここまで細く仕上げるには毛も使える種類は限定されるだろうしな」
と。たしかにこの細くて毛先の整った筆はこの世界だと作る人が少ないだろうし、瓶も比較的透明度の高い、小さい洒落たものだ。
筆と瓶はこちらの世界でも使い捨てになるって言うから、言われてみれば納得。
改善の余地あるわね。
そして、色々と試す価値もあり!!
真夜中に爪のお手入れをしながらネタの考案をしていて思い付いたお話です。
異世界人の知識と物に溢れた日常で生きてきた習慣、それに対する餓えから思い浮かべないだろうか? と考え、それに合わせてケイティの登場が決まりました。
ケイティは別のお話に絡めるつもりでしたが、何かと便利な人なので早めに登場させようと決まった経緯があります。
めっちゃ派手なネイルアート施した手でかっこよく弓を構える女性の姿、なかなかいい! と思うの私だけでしょうか(笑)。




