39 * こうやって何かが出来ていく
宝石として人気のあるトルマリンのパーティカラーの中で、その見た目がユニークで原石の状態でも人気があるウォーターメロントルマリン。
キリアとフィンが、輪切りにしただけのもの、表層の白と灰褐色部分をざっくりと削ったもの、そして綺麗にサイコロ状にカット・研磨したものという三つをキラキラした目で眺める。
「綺麗だねぇ、これが骨を熱してできるんだろ?」
「そう、温度や加熱時間にはまだまだ調整が必要になるけどね。でもデータさえ取れれば加工とデザイン、そして販売まで半年以内でいけるかもって期待してる」
「この手のものにしては早い販売にこぎ着けそうだね?」
「そうだね、脆いと言っても研磨やカットには耐える硬さはあるから穴を開けてビーズとしてもつかえそうだから優良素材かも……ただ」
「うん?」
「それだけじゃ面白くないよね」
私とフィンの会話を気にすることなくコカトリス改めコカ様の骨を眺めていたキリアがグンと勢いよく私に顔を向けてきた。
「面白いもの作れたらと思うでしょ?」
そうキリアに問いかけると彼女は何故か絶望し泣きそうな顔をする。
「……」
「何で絶望?」
「だって、スノービーの目玉のこと任されてるし、そこにコカトリスの骨にまで手を出すのは、ダメって言うでしょ」
「うん言うね、半端なことはダメだし何よりリンファが怖い」
あー、とフィンが気の抜ける声を出した。
エンドパーツを活用し天井から吊るすオブジェパーツとしての活用を見出した後、キリアにそれ以外にも何か思いつく事はあるかと任せていたビーちゃんの目玉。
彼女がそのまま活かすなら、と考え出したものはかなりユニークなものだった。
ガラスでまずは底の薄いロックグラスもしくはタンブラーグラスを作りビーちゃんの目玉を挟んで別に作った底面を固定する、柄の部分が紺色で不思議な形をしたスノービーグラスを考案したの。
これがなかなかに面白くそして斬新、でも奇抜過ぎずビーちゃんの目玉の色、サイズや形をちゃんと選別して使えば統一感あるグラスを量産できるとあって、リンファがバールスレイド皇国の皇都のお土産として売り出せるんじゃないかとかなり期待をしている。
スライム様とガラスを上手く組み合わせればグラスのデザインは結構自由が利くし、金属を活用し透かし彫りの外枠などをつければ高級感も出る。そうしてキリアが現状ノリノリで単にデザインするだけでなく価格や使い勝手などを考慮して開発を進めているところ。
そこにコカ様の骨ですよ。ウォーターメロントルマリンのように緑とピンクのコントラストが綺麗でインパクトある新素材が舞い込んだ。
使いたくなるよねえ、分かるー、欲張ってどっちもやりたくなるのは私も一緒 (笑)。
でも流石にね、リンファ個人の希望のように見えて実質バールスレイド皇国からの依頼であるビーちゃんと並行するのはまずい。期限があるわけではないけれど、物事には優先順位がありますからね。
切頂二十面体、または切頭二十面体という。
なんぞや? と思う人も多いかもしれないけれど、実は知ってるものがこの形だったりする。
一昔前の主なサッカーボールがこれを柔らかい素材で作ることで球体に近づけられて作られていた。昨今のサッカーボールは流線が美しい形を組み合わせて作られているものが増えて、切頂二十面体タイプは少なくなっていた記憶があるかな。
「……綺麗な形だね」
キリアがポツリと、たった一言呟いて顔を近づけたまま微動だにしなくなった。
切頂二十面体は正六角形が二十、正五角形が十二の平面で構成されていて、実はコンパス、定規、紙があれば作れる。
コンパスで円を描き、その中に正六角形をつくる。それを二十枚用意する。円の中に六角形が出来ると円線側に余白が出来、その部分を糊代にして二十枚を全て五角形の余白が出来るように接着していけば切頂二十面体は出来上がる。
今回はそれを用意しキリアの前に置いた。
「これを基に作りたいものがあるから、キリアもやる?」
唐突で漠然とした私の問いかけにキリアはなんの躊躇いもなく頷く。
「紙では作りやすさを優先したから外側に円の余白が出てるけど、実際には六角形にカットしたのを接着していってこの形に仕上げることになるから。正確で均一な厚みと角度の正六角形が用意できれば素材は何でも大丈夫だと思う。でも、せっかく面白い素材をグレイが見つけてくれたからそれで作ってみようと思ったのよね」
コカ様の骨を加熱によってウォーターメロントルマリンのような変色を起こさせた後、五ミリの厚さに輪切りにする。骨の太さにより色合いに誤差が出るのでその違いを楽しむかどうかで使う部分も変わってくる。今回はなるべく緑とピンクの割合が近いものを用意した。
それらを全て六角形に形を揃えた。
「ガラスと一緒でね、コパーテープを使えばハンダコテも使える事がわかった。一度加熱した骨は変色しにくいみたいだから。キリアはネオ・ステンドグラスで立体にするのにも慣れてるからいけると思うわけよ……これで切頂二十面体を作ったらどうかなって」
音を立てず、静かに工房に入ってきたのはグレイ。
キリアの背中を見つめ、わざとらしくため息をつくと、飛び跳ねんばかりに体を反応させて彼女は椅子に座ったまま勢いよく振り向いた。
「うあっ?! びっ、びっくりした、グレイセル様いたんですね!!」
「今来たばかりだ」
そしてグレイはわざとらしく時計を指さした。
「勤務時間」
「うおっ?!」
今度は勢いよく立ち上がり全く可愛げのない妙な声を出す。
「ジュリもだぞ、その前にちゃんと商長として部下の勤務時間は管理しないとダメだろう」
「だははははっ!」
笑って誤魔化そうとしたら普通にキリアと共に5分間説教された。長引かなかったのは説教すればするほどキリアの帰る時間が遅くなるからです、多分今日のことは二人で後でみっちり説教されます。
キリアが『お先でーす!』と出ていった後、作業台の上の物を見てグレイが苦笑した。
「なによ?」
「次から次へと……ジュリもキリアもアイデアが尽きる事がないなと思ってな。これじゃあいくら時間があっても足りなくなるのは当然だ」
「そんなの今のうちだけだってば。いずれは頭打ちになるからね? 新素材が見つかるかどうかに影響されるし、私の知識だって限界があるし」
「分かってるよ、それでもスノービーの使い方の提案をしてから間もないのにまた新しい物の使い方をこうも簡単に見せられると、な。作り方や取り扱いを理解しようと必死に追いかけるこちらとしてはゆっくり覚える時間を下さいと頭を下げる日が来るんじゃないかヒヤヒヤさせられるよ」
「……そんなグレイに言うのは忍びない気がしてきた」
「なんだ」
「お菊様専用の、ディフューザーポットのデザインを新しく考えたから白土部門と、ガラス工房、木工品工房にデザイン画をもう渡しちゃってて、近々試作がたんまり届くからそれから商品化する物を選ぶのと、 《タファン》の店長オリヴィアさんからうちのお店限定の化粧ポーチの試作品を持ってきてプレゼンしたいっていう要望があったからそのための日程調整と、エリス様のアクセサリーが出来上がってそれのシリーズもののデザインも仕上がったからそれを確認してもらってデザイン料の金額決めと契約手続き、ヒロインステッキに比べてヒーローステッキはデザインが少ないせいで追加のマントとかベルトが用意できないとおばちゃんトリオから突き上げ食らってるからそれら諸々の新規デザインの話し合い、そしてここに来てアフタヌーンティースタンドの発注が急に伸びててクノーマス領の工房を圧迫し始めたから金物職人さんを貸してくれないか相談するかもという情報をルリアナ様から貰ってるんだけども」
「……それらは、期限は?」
「なるべく早く」
「……そこに、スノービーの眼球を使ったグラスのデザイン提出とバールスレイドとの素材とエンドパーツの取り引きに関する書類作成、今回のコカトリスの骨の安定生産体制を整える話し合いも入るのか?」
「入るね」
二人でしばし無言で睨み合い。
「……投げ出したいな」
「投げ出しとく?」
「それが許されるのか?」
「許されない」
また二人で無言で睨み合った。
「離婚騒動と休暇の取りすぎのツケか……私のせいだな、何とかする」
グレイが頭を抱えた。私は今更なので笑っておいた。
キリアがハンダコテとコパーテープで組み立てたコカ様の六角形の綺麗な板。
まだ半分にも満たない組み立てで未完成にも関わらず、試しに置いた光源となる魔石から放たれる光が板を透過し、意図して空けられている五角形の部分からは直接光が漏れている。
これが完璧に組み立てられ、中に発光する魔石を中心に来るように入れた時、そこから放たれる緑とピンクの独特の光と光源の黄みがかった柔らかな光のコントラストがどれだけインパクトがあり、そして綺麗で、魔物素材はまだまだ期待できるんだぞ、という好奇心を駆り立てること間違いなしだろうという妙な自信はギチギチの予定なんてなんてことないと笑い飛ばせる程にはワクワクさせてくれる。
「綺麗だよね」
「そうだな」
「まだまだ魔物素材も面白いものが眠ってるよね」
「きっとな」
「だから諦めて! アイデアが出尽くすまでブラックまっしぐらってこと」
「それとこれとは別問題にしてくれ、商長」
何かを嗅ぎ付けたかのように、ハルトがやってきた。
「図形ってのは次元で分類出来るんだけど、まず埋め込み可能なユークリッド空間の次元で分けて、次に位相次元で分類することになる。たとえば、球面は三次元図形で位相次元は……―――」
紙で作った切頂二十面体を手に乗せて、何か語りだした。こういう話をしたかったらしい。
こうなるともう止めようがない。グレイとローツさんを前に講義する教授みたいな感じになっているし、巻き込まれたはずの二人もまんざらでもないのか真面目に話を聞いている。
領民講座に空き教室あるからそっちでやってほしいわ。
「面白い物を見つけたわね」
「グレイがね。本当に感謝よ」
ケイティがコカ様の骨の話を聞きつけて遊びに来た。興味深い目をしながら指でつまみ、荒削りし円柱に近い形になったウォーターメロントルマリン風コカ様の骨を光にかざし角度を変えながら見つめる。
「骨自体が大きいから……色んな形はもちろん大きさも自由にカット出来るわね」
「そう、しかも骨のサイズも大小様々だし、色合いも加熱次第で変わる、二色のみと限定されちゃうけど……それでも、カット次第で緑だけ、ピンクだけにも出来るし二色の割合も変えられる。さらには角度次第で印象も変えられる、本物のトルマリンでは出来ないカットに挑戦が出来るんだよね」
「ああ、何て言ったかしら?」
ケイティがふと考える仕草をした。
「えーっと、宝石ってカットしやすい方向とかあるのよね確か。無理にしようとすると破損の原因になるし、耐久性にも影響するんじゃなかった?」
「うん、『劈開』」のことね?」
「そうそうそれ!」
「ケイティって割とそういうの知ってるよね」
「ジュリと一緒にしないでよぅ、私の知識なんて微々たるものよ、そういう事があるって知っててもじゃあどうやって活用するんだって聞かれても答えられないし」
「でもさ……」
「なに?」
「触りだけでも知っているかそうでないか、その差って凄く大きいのよ。説明するときのスタートラインが違うから」
「まあ、それはそうね。何となくでも知ってれば理解するまでも短縮になるし、言葉そのものの説明はいらないしね」
「結構その『差』に私は何度も悩まされてるわけよ」
そう言うとケイティは苦笑する。
「仕方ない、で済ませたくない感じ?」
「うーん、どうだろうね、首を突っ込み過ぎても手に負えなくて自爆する気がする、現にリンファと進めるリハビリ関連の事業だって行き詰まってる感は出てきてるし、抱えすぎて全部が半端になるのは良くないって分かってはいるつもりなんだけどねぇ、でもねぇ、もう少しどうにかならないのかよ?! と思うことは多いわけよ」
「そうやって考え込んで結局手を出すことになるのよ、ジュリはね」
からかい混じりでそう言われ、私はため息。
「……だろうね、そうなるんだろうね」
「深く考えないの。やりたいことをやりなさいよ、あなたの周りには手助けしてくれる人は沢山いるでしょ。もちろんそれ相応の見返りを期待されちゃうけどね」
「ああ、だね」
悩んでも仕方ない、やりたいことはやろうと結論に至り二人で笑った。
「まだいた」
ハルトがグレイとローツさん相手にまだ語ってた。
そして図形の話をしていたはずが、何故か宇宙の始まりがどうのこうのという話になっていた。
「なんでそんな話になったのよ」
「ジュリの胃がブラックホールに繋がってるんじゃないかって話から」
「繋がってねぇわ、ふざけんな」
ケイティが体を捩らせて笑ったけれど、私の胃は至って普通のアラサーの強度 (自己評価)なので、そんな話は普通に止めてほしい……。




