39* グレイセル、素材について考える
新章です。
久しぶりにグレイセルが素材発見? です。
ジュリはよく食べよく飲む。私はここまで食べる女はジュリしか知らない。
胃袋が特殊な構造をしているのかもしれないと時々本気で思ったりしている。
「え、何急に。ディスる要素今あった?」
「ディスったわけではない。久しぶりにコカトリスが討伐されたそうだ」
「あわわわっ! フライドチキン! 晩御飯はフライドチキンだぁぁぁっ!!」
まだ討伐された、としか言っていないのに。コカトリスと聞いて真っ先に食べる事が頭に浮かぶのはジュリだけである。
「やっぱりサラッとディスるよね?」
「ディスっているのではない、事実を言っているだけだ」
コカトリスとは鳥型の魔物である。大型化しやすく過去には二階建ての民家よりも上に頭が見えたという個体もいる。飛行型ではないので地上を走り回るが巨体で飛び跳ねたり滑空するに耐えうる翼はあるのでその翼を広げて羽ばたくと人間なら吹き飛ばされるし当たれば間違いなく怪我をする。
コカトリスは群れを成すことが多くその危険性から討伐依頼が出やすいが、素材として使える部位が多くその取引も活発なため魔物の中では金になりやすいと比較的冒険者の間では優良魔物として見られている。
ジュリが喜んだように、コカトリスの肉は一般の鳥類と比べても抜群にその肉の旨さが際立っていると言っても過言ではない。ただ、その肉の欠点として『アシがはやい』、つまり劣化速度が速い鮮度が命の肉で討伐から直ぐに血抜きをしてもその旨みが堪能出来るのは僅か二日、それを過ぎるとどんどん固くなり味も一気に落ちてしまうので基本的に地産地消がメインとなっている。しかもクノーマス領、ククマット領では発生しないことからまず滅多に食べることが出来ない。
今日のように討伐された話を聞いてから仕入れるにしても、ちゃんと血抜きされたのか、肉の劣化を遅らせるとある植物の葉で包まれ保管されているか確認する必要がある。そしてそれを直ぐ様輸送出来るかどうかが重要なわけで、私のように転移で取りに行ける者など限られているので手間賃と輸送費を含めかなり高級な肉になるがそれでも買い手は後を絶たないのでそれだけコカトリスの肉が美味いと言うことだ。
「今晩はフライドチキンと、お酒……お酒はなにがいいかな! 辛口のスパークリングワインあったっけ?!」
胸・腹の羽毛は凶悪な見た目とは裏腹に大変柔らかく軽く、防寒着や寝具の詰め物として使われる。逆に翼や背の羽根は硬く大きいこと、そして脱色すると真っ白になり、染料を乗せやすいことから羽根扇子の材料として根強い人気がある。極めて硬質な爪と嘴に関しては武具にもなるし、粉末にして調合・塗布することで強度を上げる強化剤にもなる。
素材として最も人気なのが頭部にあるコカトリス固有の鶏冠だ。
「これ、鶏冠なの? ……どうみても凶器」
ジュリが初めて見たときに若干引いていたコカトリスの鶏冠は、銀色で鋭い円錐形のものが五本突き出たような形状をしており、長寿な個体のものであれば鋼すら容易く貫通する強度と耐性を有している。その鶏冠を一本ずつに分けて加工すれば槍として銛として店頭に並べれると直ぐに売れてしまうほどの人気だ。
「サイドメニューはグリーンサラダでしょ、トマトスープがあってもいいかなぁ。あっ、フルーツ! 口直しのフルーツは外せない!!」
優良魔物として人気のコカトリスだが、その巨体から肉の次に容易く大量に手に入る骨に関しては残念ながら使い途がない。
その体と俊敏さを支えるだけの強度はあるのだが、死ぬとその強度が直ぐ様失われてしまうのだ。
ブラックホーンブルなどのブル種のように焼いて乾燥させると強力な乾燥剤になるということもないし、他の魔物のように粉末にすれば薬やポーションの材料になるなんてこともない。完全に廃棄物なのだ。
そんな知識から私もコカトリスの骨に興味を持つことなどなかった。
だが。
(……気になる点はある)
所謂『視点を変える』である。
ジュリと出会ってから何でもそうして見るようになった。
そして今更だが思い出したことがある。
「炭水化物は無し!! ひたすらチキンを食べようそうしよう!! チキンじゃないわ、コカトリスなら、フライドコカ!! コカコカコーカ、フライドコーカ!!」
ジュリ、だからまだ肉は買えていない。食べられるかどうかは確認してからだ。
「ああそうだ」
「はい?」
「骨は捨てずにな」
我が家の料理人は私の指示に困った顔をする。
「これ、捨てずにどうするんですか」
「ちょっとな。試してみたいことがあって」
解体し終えて綺麗に並べられた大量の肉の乗るテーブルから離れた厨房の片隅を占拠するコカトリスの骨。ルニースは眉間にシワを寄せつつ頭を掻いた。
「お館様、コカトリスの骨なんてデカくて邪魔なだけですよ?」
「まあそうなんだが……取り敢えず、フライドチキンの仕込みが終わり次第手伝って欲しい事がある、いいか?」
「はい、わかりました……」
あれから一時間後、この量の肉を全部フライドチキン用に仕込んだのか、と私が少々唖然とする傍ら、『ジュリ様からの指示でお知り合いにおすそ分けする分がほとんどですよ』と笑う料理人は、揚げるだけになった大量の肉を保冷庫にしまい終えると今度は私から受けていた指示通りに準備を始める。
まずは特大の鍋に湯を沸かし、オーブンにも火を入れる。さらにまだフライドチキンを揚げるわけではないが油も温めてもらい、厨房に面する中庭で焚き火を起こす。
私はそれを横目に綺麗に肉が削がれた特大の骨をひたすら折っていく。
「お館様、準備が整いました。それでどうするんですか?」
「まずはオーブンで焼いてくれ、時間がかかるだろ?」
「骨を……焼くんですか?」
「ああ、それと揚げてみてくれ。湯が沸き次第茹でるのも忘れずにな」
「はあ」
この人は何を考えてるんだ、と顔に書かれた料理人を笑いながら一本骨を手に立ち上げる。
「私は焚き火で焼いてみる。火が通ったら教えてくれ」
コカトリスの骨には唯一便利な点がある。
それは、火が通ったかどうかの目安がその骨で判断できるからだ。
ただし、小骨ですら私の親指よりも太いので骨付きのまま調理する事は稀なのだが。
野営の多い冒険者もそうだが、私もこのコカトリスの骨で火が通ったかどうかの確認はしたことがある。騎士団にいた頃は戦闘経験を積むだけではなく野営で長期間生活する訓練も当然ながらあり、そのときに体調不良の原因に繋がりやすい食事の管理も徹底して教育する。食べてはいけない野草や肉を覚えるのは勿論だが次に大事なことは腹を壊さないよう調理することだ。そのためあらゆる肉を焼いて食べる経験をする。煮てもいいのだが水がいつでも用意できるとは限らないという危機管理もあるために焼くことをまずは覚える。
そんな中でコカトリスは覚えやすい。
コカトリスの骨は熱を加えるとその内側が『変色』するのだ。
表面はくすんだ灰色で、部分的に血色が混じるよくある骨の色をしていて火を入れると白っぽくなる。
所が内側は魔物によくある『固有の特色』が見られる。コカトリスの場合、透明なのだ。
だから私がさっき折った骨は全て内側が透明である。
それが、熱が通ると変色する。
ふと思ったのだ。
変色することは知っていた。だが、どう変色するか? までは気にしたことがなかったな、と。
「……ふむ、これはよく見る色だな」
焚き火に放り込んだ骨は、瞬く間に色が変わっていった。表層は白さを通り越し焼けて斑に灰色になり、その内側は透明な部分との境界線も灰色ににごり中心に向かって熱が通り始めると透明部分は緑色を帯びて一気に濃くなり、さらにそこに赤みが混じり始めみるみる赤茶けていく。
新人騎士に焼きを任せると時々『どうしてこうなる』と説教するほど肉を炭にし、骨をこの赤茶けた色になるまで変色させることがあった……。良い肉とは言えあそこまで炭になった肉は流石に誰も食べたくない。今となっては懐かしい思い出でもある。
「ん?」
思い出に浸ったのもつかの間、とある違いに気づいた。
太い骨は、やはり火の通りが悪いらしい。細い骨は一気に芯まで赤茶けたのに対して、太い骨は、赤茶けたが内側に向かってグラデーションがかかっている。
「……ピンク、色?」
こんなにまじまじと見るのは初めてだ。
「内側は初期加熱の際の緑色にならずに、赤茶ける前の赤味がそのまま出るのか? どういうことだ?」
熱いままそれを地面の石畳に打ち付ける。ぱん! という甲高い音を立てて割れた中から濃いピンク色の部分だけを摘みあげた。それなりに熱い、ある程度は熱が加わった証拠だ。
厨房に戻り料理人に声をかける。
「どうだ?」
「あ、素揚げしたものがこちらです。まだ熱いので気をつけて下さい」
「これも……」
そこには、焚き火で炙った骨と同じ変色をした細い骨と太い骨の欠片があった。
「オーブンはもう少し待って下さい、こちらは火が通るまで少し時間がかかりますから。で、今茹でてるものを出しますね」
湯切り網でさっと取出した骨は。
「あれ、コカトリスの太い骨ってこんな変色起こすんですね。あんまり扱わないから初めて知りました。不思議な変化ですね」
「……」
ホカホカと湯気を立ち上らせる骨。
小骨は、表層がくすんだ灰色になり、内側は赤茶ける前の濃い緑に変色していた。
大きな骨は。
白と灰色の表層と透明で薄っすらと赤茶けた部分とが混じり合う数ミリの層を境界線に、緑色の縁取りがあるピンクの中心部、という不思議な変色をしていた。
「だひゃひゃひゃ!!」
ご乱心とはこのことだろう。
私の腕より太い骨を両手に、それを掲げて大笑いしている。私は何を見せられているのか。
「グレイ凄い、凄いわよ!」
ジュリが満面の笑みで叫んだ。
「トルマリンのウォーターメロンに似てる!!」
ジュリ曰く。
「この世界だとトルマリンって緑色とピンクのそれぞれ単色のものだけでしょ? 不思議だよね、私の知るトルマリンってバイカラーやトリカラーもよく産出される鉱物ってイメージが強いんだけど……魔素やファンタジー要素の影響なのかな、微妙に違うのって」
ジュリはそこで一度言葉を切った。
「それとね、これ、ちょっと重要な話かもしれない。…濃いピンク色のルベライトと独特の暗さを持つインディゴライトも、トルマリンなのよ」
「えっ」
私の反応にジュリが苦笑する。
「この世界の物を自動翻訳してくれてる恩恵が私にはあるじゃない? 私が知る言葉そのものも変換されて理解出来る物って、実は地球のものとほぼ同じもしくは完全に同じだかららしいの。そう考えると、二つとも私の知る見た目をしていて、名前がそのまま使われていて私が理解してるから、地球のものと同じものなのよ。だからルベライトとインディゴライトは間違いなくトルマリンのカラー違い」
「……知らなかった」
「成分を調べたりする技術力がまだないし、【鑑定】もそこまで万能じゃないみたいだし。こればかりは仕方無いと思う」
私が驚愕する眼の前で、ジュリは静かに語りだす。
「せっかくだからちょっと教えちゃおっか。淡く明るい水色のアクアマリン、エメラルドと同じで含まれる成分で色が違うの。鉱物としては同種なのよ」
「そう、だったのか……」
私が困惑しているのを見て取って、ジュリは静かに笑う。
「ただ、あんまり広める知識ではないと思ってるの、それはグレイも何となく気づいてるんじゃない? 【解析】で詳細が見られた時の情報量が【鑑定】を遥かに上回るっていうなら、既に気づいてるよね、図鑑にも教科書にも載ってないことがまだまだあるってこと」
「……そうだな」
ゆっくりと頷き肯定する。
ハルトから押し付けられた【スキル:解析】。
普段は使い勝手が非常に悪い。
しかし、発動が上手くいった時。
知らない情報が含まれていることが多い。
多すぎるのだ。これには些か私も戸惑うことが多く、それが【解析】を無闇矢鱈に発動させない要因になっていたりする。
「グレイが【解析】を得てからかな……私の役割がまた少し分かった気がするの」
「役割?」
「多分、小出しにする役割があるんだと思うのよ」
「……は?」
また突飛なことを言い出したな。
「ものつくり以外、【変革する力】以外の、役に立つかどうかは別として、知ってる知識を小出しにするのが役目の気がしてるんだよねぇ。今言った宝石のことだって知らなくてもこの世界の人たちは全く困ってないんだよね、現状。でも私のいた世界では知らないと困る場合が多かった。主に商売する側だけどね。それは多分発達した技術力によって模造品が作れる環境があって、宝石も例外ではなかったから。……でも、この世界の場合、今は知らなくても困らない。だって模造品を作る技術力がないから。【鑑定】で事足りちゃう現実。そこに私の今の知識をぶっこんでも混乱させるだけじゃない?」
「……確かに」
「だから、時々、適当に、ちょっとだけ『自慢する』形で知識を出す。小出しにすることで『ジュリのいた世界はこんなにも発展していたのか』って驚いて貰いつつ、興味を持ってもらってそこから成長してもらう。そういうことを私はするためにいるんじゃないかな、なんてね」
面白そうに笑ってジュリは背伸びした。
「この話はまたそのうちに。今はこのコカトリスの骨がウォーターメロントルマリンに似た素材として扱えるかどうか、だよね」
「そうだな」
「硬度にもよるけど……凄く面白い素材になるよきっと。く、くくくっ……あははは!」
この奇妙な笑いが起こる時。
間違いなく素材として今後活用されていくはず。
ふとそんなことを思いながら、骨を抱きしめて笑うジュリを眺め吹き出すように笑ってしまった。
「骨を抱きながら笑う女……ジュリだけだぞ!」
「はーはははは!」
ああ、面白い。
「どうしたの、顔怖いよ?」
「……新しい素材が見つかり喜ぶべきところだが。本当に探しているものは見つからない」
「何が?」
「金と銀のスライム」
「……無理はしないでね、いたらラッキーくらいの気持ちでいいから」
「こうなったら、呪縛の渓谷、西の迷宮林、幻夢の砂漠にでも足を運んで」
「それ止めて、ハルトも行きたがらないところでしょ!」
「だがプチッとしたいだろ?」
「グレイの中では私のスライム様に対する価値観が狂ってる……」
コカトリスに期待する裏でこんなやり取りがあったとかなんとか。
ここまで読んで頂きありがとうございます。
感想、イイネ、誤字報告、いつもありがとうございます。
好みのジャンルだな、続きが気になるという読者様は是非お気軽に☆をポチッとしていただけると嬉しいです。作者の励みとなります。




