38 * 物も作らず何をやっているのか
後書きに今後の予定記載しました
「帰って来たと思ったら、今度は妙な計画……」
キリアが唸る。
「……あたし、スノービーとホワイトデッドマムのこと進めたいんだけど」
「キリアならそう言ってくれると思ってたのよぉ! てことで任せる!」
「え」
「リンファが乗り込んでくるから一緒に進めてね」
「待って待って、それ怖いわ!」
「大丈夫、殆どは決まってるでしょ。ただあちらさんはいい取り引きになると喜んでたから財務省のおえらいさん連れて来るって言ってたかな? あ、グレイとローツさんもいるから心配ないよ」
ヒィッ! と変な声を出したキリアはグレイやローツさんに慰められながら、私が押し付けたビーちゃんの目玉とお菊様の仕様書を抱きしめてブツブツ私への恨みを囁いているけど無視する。
君はそろそろそういうことにちゃんと向き合えるキャリアが積み重なってきたんだから心配ないよ堂々としてれば何とかなる (適当)!!
「グレイセル様、ダメですよ、流石にあの適当さは注意してくださいよっ」
グレイがとばっちり受けてた (笑)。
「……本当に、すみません」
「私も、謝らせてください」
私のせいで情緒不安定になったキリアはグレイとローツさんに任せ私は研修棟へと逃亡したら、とても恥ずかしそうな顔をしたロディムとセティアさんがいきなり謝罪してきた。
「ん? なにが?」
訳が分からない私が首をかしげるとフォンロントリオのレフォアさんたちが吹き出すように笑い出した。
「本当によく釣れますね」
レフォアさんの抑えきれない笑い声と混じった言葉にピンと来た。
「あれ、もしかしてすでに詳しく教えろの催促来ちゃってる?」
その質問に羞恥に塗れた顔を手で隠すセティアさんとロディム。
どうせ難航しようが強行突破してやる気満々だったので周囲には話していたし、それを知り合いに知らせても良いと伝えていた。というか主だった付き合いのある富裕層の夫人たちには離婚でお騒がせしましたの手紙からそう間も置かずにこんなん計画してますぅの手紙を出してみたのよ、ずっと騒ぎで暗いギスギスした空気が続いてたからそれを吹き飛ばす意味もありますよ的なことも書き加えて。
筋肉すげぇ。
正式な招待どころか、まだ計画も初期で曖昧な内容だったのに。
ロディムは母である公爵夫人から『資金提供は惜しまない』という手紙と、夫人の穏健派の友人たちから預かったという『招待待ってます』のメッセージカードを山程預かってきていたし、セティアさんに至っては筋肉に並々ならぬ愛を持つ友人から開催を切に願うと共に筋肉が如何に素晴らしいかという内容がびっしり書き綴られた総枚数九枚の手紙を持ってきた。ちなみに二枚目まで読んであまりの筋肉愛にお腹いっぱいになって内容覚えてない、ごめんなさい。
「いやぁ、筋肉見放題で男子禁制タイムとエリア……想像以上の反響だわ」
と若干引きかけたその時。
「ジュリ!」
ドパーン! と研修棟入口を壊さんばかりに勢い良く入ってきたのは。
「面白いことを計画しているじゃないか! 私の知人たちに教えてやったら目をギラギラさせていたぞ!」
「エリス様、扉壊さないで下さいね」
この人、行動力がハンパないのでね、来るかなぁと思ったらホントに来たよ……。
『レディースタイム』や『レディースデー』についてその場に居合わせた人たちに説明する。
私がかつていた日本では、比較的容易に受けられたサービスで、乳幼児、小学生以下対象のベビーやキッズ、ご年配の方々に配慮したシニアやシルバーと言った意図的にその人たちをターゲットにしたサービスがあった。学生、主婦、妊婦さん、お一人様、ミドルにカップル、とにかくなんでもありだったなぁと思い出したのよね。
例えば広告に◯時間限定とかって書かれているだけで、不思議と他の広告よりも目についたこともふと頭を過ったの。
要するに『限定』『専用』って響きがいいんだよね、特別感があるから。
「面白い考えです」
非常に興味深げに話を聞くのはレフォアさん。
「そうかなぁ、使い方次第ってだけだと思うけど」
「使い方、ですか」
「例えばさ、今迄って限定や専用って富裕層の特権みたいなところがあったから、何となくそういうものだと思ってるでしょ。でも、既にククマットでは活用されてるんだよ」
「えっ?」
「ハロウィン限定商品、クリスマス限定商品、宿でも宿泊者専用期間限定メニューを出してもらってる」
あ! と声を挙げたのはレフォアさんだけじゃない、全員だった。
「今回のはそれの範囲が広い、イベントそのものでやるってだけなんだよね。だから限定や専用って、開催側のアイデア次第でどうにでも出来ることなのよ。勿論利益を出さなきゃいけないし、ちゃんとルールを作らなきゃならない、下手に曖昧にしてしまうと折角の計画が破綻する可能性もあるから慎重にならなきゃいけないこともあるけど、でも特定の集客をしたいなら有効的ね。今回のは女性をターゲットにしてるけど、機会があれば色んなパターンを試したいかな」
ここで小気味よく笑ったのがエリス様。
「男性限定ではなく、女性限定。この簡単な違い一つで世の中が動く自覚はあるか?」
「勿論ありますよ」
「そうか、それはそれは良かった。私の知人たちが実現するならいくらでも金を出すと言っていてな。その中には前回ここに来れなかった高貴な身分の方もいらっしゃる、状況によっては私がお連れする可能性もあるから聞けて安心したよ」
「えー、いらっしゃるつもりなんですか? 大丈夫ですかね? 警備の面とか」
「安心しろ、ツィーダム家が責任を持つ」
「それなら安心です」
「ちょっと待ってください、夫人が仰る高貴なお方とは、まさか」
ロディムが私達の会話で誰なのか気付いたらしい。サーッと血の気が引いていく。
「ああ、君は知っているか」
エリス様はなんてことない顔してるけどね。
とんでもねえ高貴な方なんだよ。
「あの、差し支えなければ、お伺いしても?」
セティアさんが恐る恐る質問すれば。
「バールスレイド皇帝の叔母、つまりは先の皇帝の妹君でありテルムス公国の三公家の一つゼーレン家に嫁がれたティターニア・ゼーレン様だ。女騎士として名を馳せた方でもあり私の剣の師匠でもある」
先の皇帝が嫁ぐことに最後まで難色を示したほどの剣豪、大陸で一二を争う軍事力と言われるバールスレイドの軍を実力で纏め上げるだけの才能があったとされている人物。ティターニア様が嫁がれたことでテルムス公国で均衡が保たれてきた三公家のバランスが傾くのではと言われた程にカリスマ性があるともされている。グレイが認める数少ない強者に名を連ねていたことで私も名前だけは知っていたけれど、まさかのエリス様のお師匠様って聞いた時は、うん、なんか、妙な納得をしたよ……。
すでにお孫さんもいて第一線を退いてはいるものの、それでも公国の軍事に関して未だ発言力があり、その影響力は衰えてはいないそうな。ぶっちゃけ、一部の王妃や王女たちよりも重要視されているなんてことも聞いている。
「ちなみにロビエラム王女もご招待予定なんですけど、仲悪いとか、ないですよね?」
「うーん? さあどうだろうな、聞いたことはないが。鉢合わせないように予定を調整して構わないと思うぞ?お師匠様は第一線を退いている、あちらはまだまだ表舞台で活躍されているお方だろう、そんな方を差し置いて前に出て来るような方ではないから安心してくれ」
「そうですか、じゃあ招待日の予定調整はこちらでさせてもらいますね」
「そう伝えておく」
「……あのー」
レフォアさんの隣にいたティアズさんが青い顔して手を上げる。
「どちらも大物過ぎて……私、その日はお休み頂いてよろしいですかね?」
「え、駄目だよフォンロンギルド職員はイベント時は実習みたいなものだから必ず参加せよってのがフォンロンギルドと宰相イチトア様の意向じゃん。ぶっちゃけ強制労働だよね? それにその日休めるかどうかはギルドとイチトア様に許可貰わないとそもそもの話無理なんじゃないの?」
ちなみに当然休めなかった彼らはギルド職員でしかもそこそこいい役職という立場を利用され、大もの含む高位貴族夫人達のおもてなし要員として徹底的に扱き使われる話は割愛。
【変革】くるかなー、と思ってたら来なかったのは、まあ、富裕層の特権扱いで限定と専用って多岐に渡って存在してるもんね、と冷静に分析しつつ私は計画書に目を通す。
「ジュリ」
「うん?」
「ティターニア夫人と先に会っておくか?」
「……うん?」
計画書から目を離し、グレイに向ける。
「え、なんで?」
これは聞いておくべきだろうと思わせるグレイの真剣な目。
「今後の事を考えると……エリス夫人を介してティターニア夫人に会っておくのはとあることで抑止力になる可能性があるからだ」
「何に対する?」
計画書をテーブルに置くと、グレイは椅子から立ち上がる。そして書類がびっしり収められている棚で鍵付きの、しかも無理矢理開けるとマイケルの呪詛が発動する強力な結界が施された引き出しに鍵を差し込んで開けた。そこから取り出した袋が見えて私はびっくり。
何故なら。
『ネルビア首長国訪問に関する計画書』が入る袋がだったから。
「ちょーっと、待とうか? グレイ、なんでここでネルビア首長国が出てくるのよ」
「それについて説明する」
「ええ?」
計画書の内容に関することでは無いという。でも私がネルビアに行くのなら知っておくべき事でそして早い段階で接触しておくべき人物であることは間違いないという。
「単刀直入に言おう、ティターニア夫人はネルビア首長国の将軍、あのビルダ将軍の剣の師匠だ」
「!!」
「短い期間とはいえ、れっきとした師弟関係がある」
「あ、本当に強い人ってことだ」
「『国のために本気で命をかけるという馬鹿は嫌いではない』と国籍問わず将来有望な者を弟子にするで有名なお方だったそうだ。私が十代の頃にあのお方は一線を退いたが、師弟関係になった者とは別け隔てなく今でも交流されていることも周知の事実、エリス様は特に数少ない女性騎士ということで可愛がられている事はその筋では知られているが……ビルダ将軍はティターニア夫人から剣を贈られた事で知られている。あのお方が剣を贈ったのは僅か二人、その一人がビルダ将軍なんだ、しかも師事した期間は情報が正しければ僅か二ヶ月でそれで剣を賜っている、余程気に入られたか、その腕を買われたか。……とにかくネルビアでその地位が確立されているビルダ将軍と外部から接触が可能な手段を持つのがティターニア夫人だ」
「……それって間違いなくアドバンテージだね」
「いざとなれば、ツィーダム家がネルビア訪問に介入できる理由付けにもなる」
私は緩やかに握った拳でトントン……と額をゆっくりと突く。
「……グレイの意見を聞きたいんだけど、やっぱり、クノーマス侯爵家とマーベイン辺境伯爵家だけでは防御壁として限界がある?」
「ある」
「余計な家は関わらせたくない。特にアストハルア家は、大首長に近いし穏健派筆頭家、他の穏健派がしゃしゃり出てくる要因は限りなく避けたい。」「ヒタンリ国としても、私の後ろ盾がクノーマス家である限り他の派閥が外交に絡んでくるのは避けてほしいと思ってるんだよね。……だったら、ネルビア内部からもそれを望んでる事を公言してくれる味方が欲しいって話になったよね?」
「ああ」
「それが、ビルダ将軍って話だったよね。グレイから見て軍の影響力が強いネルビアで将軍の発言力は無視できないって」
「既に現場復帰していて影響力は全く衰えていないし、あちらは未だ『覇王騒ぎ』の時の件で私への恩を返していないと明言している。それを利用することは可能だが……あくまでも個人的な恩だろ? どこまでこちらに協力してくれるのかは未知数だ。ならばいっそのことビルダ将軍に直接影響力を持つ人物による口添えが欲しい。それが可能なのがティターニア夫人だ、エリス夫人とジュリの関係性ならこちらの意を汲んだ交渉の場を設けてくれる可能性は高い」
私は二つの計画書を見比べる。
いやぁ……落ち着いたと思ったらこれだもんなぁ。
「エリス夫人はもちろん……ツィーダム侯爵様交えて話したいね。エイシェリン様、と侯爵様とシルフィ様にも加わって貰えるかな? マーベイン辺境伯爵家とのやり取りは侯爵家だけど、ティターニア夫人とのやり取りはツィーダム家になる。場合によってはツィーダム侯爵様の息子さんたちにも同席してもらうことになるかも。……事が事だからね、半端な情報共有はしたくない、この際先の事を考えて派閥内の交流はしておきたいかも」
「先に現状の確認をしてすり合わせしておきたい、そういう事か」
「うん、早いほうがいいね」
「手配しよう」
「そして」
「なんだ?」
「離婚しても変わらないところは全く変わらないよね、全然貴族とか王族と縁がきれないんだから。……てゆーか、前よりややこしいことに、首突っ込んでるんだけど」
グレイは私の愚痴めいたその言葉に笑った。
「ものつくりよりそういうことばっかり私を悩ませるのよ、どうにかならないものなの?」
「どうにもならなそうだ」
「だよね……今更だよね、最初から貴族とか巻き込んでるもんね、私自身がね。社交界から足を引っこ抜いただけでも良しとしないと駄目ってことね」
うん。
休暇終わった途端これですよ。
はぁぁぁ、ネルビア首長国訪問は避けられないのはわかってたけど、面倒なんだよね!!
でもここで先延ばしにすると怖いとは思いはじめてたところだからタイミングとして良かったのかもしれない。グレイはそれが分かってたんだよね、流石。
よし、下準備など面倒なことはグレイとローツさんに任せて他のことをしよっと!
そうじゃなきゃやってらんねぇわ!!
◇お知らせ◇
次回8月24日から3日間連続で夏休みスペシャル更新します。時間は通常通り10時からです。
その後作者お休み頂き、本編再開は9月7日(土曜)を予定しております。よろしくお願いします。




