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『ハンドメイド・ジュリ』は今日も大変賑やかです 〜元OLはものづくりで異世界を生き延びます!〜  作者: 斎藤 はるき


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38 * 休暇のその裏で

 



 グレイが時折里から外界に出て商売人になったり旅行客になったり、時には冒険者になったりと自在に姿を変化させることが出来るというエルフの一人から突然手紙を差し出された。

「私に?」

「ルリアナ・クノーマスから手紙を託されたんですよ、あなたに渡るようにと」

 グレイと二人で『え』と声がハモった。そう言えばルリアナ様にはエルフのお友達がいるって話を思い出し。

「てか、……アズさんのお姉さん?」

「うふふ」

 私たちなどお構いなしにその人は小気味よい笑みだけ浮かべて颯爽と去っていった……。

「ああいう人なんですよ」

「どういう人……わからない」

 アズさん笑ってるけど、なんか笑えない。


 手紙がエルフの里に届くこと、届くと信じて手紙を託せる、そしてここに来てることを知ってるルリアナ様、あっさりそれを叶えられるエルフ、そしてこんな状況にエルフが誰ひとり驚かない。

 何故。


 ワケが分からず混乱しつつもグレイが開封して便箋を取り出した。サッと目を通すと私にも見えるようにその手紙を傾けて見せてくる。

 手紙の内容はこうだ。

 まずは簡単な挨拶と休暇を楽しんでほしいという言葉。そしてローツさんを中心にククマットは問題なく平和に保てているから安心してほしい、という内容。

 そしてその先話が変わる。


「そんなに今混乱してるんだ?」

「こちらが想定した以上の混乱になっているようだな」

 カッセル国は今、突如として王位継承を巡る王子たちの争いが勃発し大混乱になっているという。

 元王女の父である外商大臣が辞職し王都を一家で捨てて田舎に移り住んでまだ日は浅い。しかしそれがきっかけだったという。まず空席になった大臣の席を巡り有力者たちが対立を表面化させた。元々大臣として有能だったためあらゆる特権が許されていただけでなく手腕を発揮し外商部門の中央での影響力を確立させていた。違法な奴隷商の件を抜きにしても築き定着した外商大臣という地位は未だカッセルでは重要視されたまま、それをそっくり手に入れられるチャンスと踏んだ人たちが今争っているんだそう。そしてそれに参戦する人たちの多くが、王宮の後宮に娘や親戚の女性を送り出したり召し上げられた人たち。となれば、自ずと『継承権のある男子』とも血縁関係になる。

「狙ってる本人もしくは継承順位の低い王子をそこに据えようとしてるわけね、そこから、継承権の高い王子たちも触発されて欲を出し始めた、と」

「王位とはそう簡単な争いで得られるものではないのにな」

 グレイは、呆れたため息を漏らす。

「だよねぇ、蹴落とすために暗殺だってするし、それこそありもしない罪を着せて継承権を奪って追放とかもできちゃうし」

「今の国王が上二人の兄と継承権を正々堂々争って王になったとされているが、私が騎士団長をしていた時代の情報が正しければ毒殺や不慮の事故を装って得た地位だとされている」

「それは争いというよりは狡猾な騙し討ちと言うんですよねぇ」

 今まで黙っていたアズさんが呑気な口調でそう言った。

「現在の王がそうやって地位を手に入れたと知る者は、国内ならなお多いでしょうから……。今の王子たちは父のそんな過去を正当化して、自分も許される、それが継承権争いだと勘違いをするでしょうね」

 手紙にはまさにその事が書かれていた。なんと第四王子が刺殺され遺体で見つかったという。

「第四王子ですか……母親はフォンロン王家の血筋ですね」

「えっ、そうなの?!」

 アズさんの呟きに驚きグレイに目で確認すると迷いなく頷かれた。

「直系ではないから影響力は薄かった。ただ……王子は真面目で学校での成績も優秀だったと聞いている。そこを認められて国王の書記役をしていたな、公の場に出ることも多い役職だから顔を認知されているという面では第一王子とそう変わらなかったはずだ」

「そうですね、優秀な子供とは聞いていました。しかも傍系とはいえフォンロン王家の血を引く母親と、国王の子として継承権が上位となれば……その子に娘を嫁がせても良いと思う有力者は多かったでしょう。なにより、国内で何かあれば脱出先にフォンロン国を選ぶことが出来る、万が一の事態が起こった時その血筋から保護してもらえる可能性が高いというのは、大きな強みでしたね」

「しかし殺された、か……」

 グレイは暫し思案した。

「大方、王子同士の継承権を巡るいざこざが悪化した結果だろうが……これはこれで単なる王位継承問題では済まなくなるな」

「……フォンロン国の血が入ってるから?」

「ご明察です」

 会話の内容には似つかわしくない笑顔のアズさん。

「『覇王』のことで未だ混乱の続くフォンロンですが……中央部より南、南部では国からの独立を目指す動きがあるようです。となると、南部としては独立に必要な資金やコネを欲するでしょう、南部が一体となって独立を目指すなら問題はないのですがね」

「南部でも分裂する可能性があるってこと?」

「ええ、フォンロンも貴族による領地制度で各地が治められています、独立をするとしても、そこをまとめ上げるのは並大抵のことではありませんから。……亡くなった王子の母親は南部の貴族に嫁いだフォンロン王女の家系。カッセルの王子や有力者は国王の覚えの良い王子が一人脱落したと喜んでいるかもしれませんが、もし、母親がカッセル王宮から脱出、フォンロン国に戻ると話は大きく変わります。……その事を利用して、フォンロンはカッセルに賠償金を求めるでしょう、仮にも自国の王家の血を引いている王子が殺されたんです、それを理由にカッセルの継承権問題に水を差すことは容易です、この問題はフォンロン王家にとっても都合がいい、堂々と復興資金を手にできるかもしれないんですら」

「しかし、そう簡単にいくだろうか? 王子の母親の実家が黙ってはいないだろう、それこそ、賠償金は我が家が受け取るものだと主張するんじゃないか? 南部が独立を目ざすなら尚更、王子殺害への恨み辛みを込めてフォンロン王家の好きにさせまいと動きそうだ。それこそカッセルの混乱に乗じて賠償金は相当な額を要求する」

「だね。どちらからも多額の賠償金を強く求められてカッセルは相当な痛手を食うかもしれない」

 うーん、どんどん話が大きくなってきている。最早私の範疇外、ただただ話を聞くだけよ。

「しかも、第四王子には婚約者がいたはずだ」

「いるねぇ、カッセル国内でも有力な家の娘だったよ」

「その婚約者の家もどう動くか」

「たしかにね、他の王子に鞍替えするか、それとも争いに巻き込まれないよう静観するか、それともやっぱり賠償金を求めるか。動向はかなり注目される」

「……でもさ?」

 つい口を挟んでしまった。そこまで聞いてちょっとした違和感を感じたから。

「それで例えば……王子たちの継承問題が激化するとして、誰が後の王位継承者になるかどうかって、そう簡単に覆る? だって王太子はすでに決まってるよね?」

「決まってはいるが、先日の件で国王への批判が集中している。国王としての素質なし、すぐに退位せよ、そんな声が国民から出始め有力者たちも言い始めた。それを抑え込めなければ間違いなくそう遠くない未来に退位させられるだろう。となると、その嫡子であり、王太子が責任も引き受けることを条件に国王に、と普通はそう考えるが……」

「そう簡単な話じゃないんだ?」

「ああ、国王の弟、王弟殿下が宰相の地位にいる、国王不在時の決定権などあらゆる特権が最も与えられている人物だ。私の個人的な考えにはなるが……王太子がまだ若い状況でその世代の継承争いが激化、現国王の素質を疑問視する声の高まり、その二つが重なるのであれば、現国王が退位した際、事態の沈静化に暫定措置として国民からも人気が高い宰相として重要な立場にいる王弟殿下が王になる可能性が極めて高い」

「……王弟、殿下……」


 どこかで、ちょっとだけ、出てきたような? いつだっけ、曖昧な記憶だけど確かにカッセル国絡みの事だった……。

 私のその疑問を察したのはアズさんだった。

「元は王妃の実家で護衛をしていた男がいます。その者はその腕を買われて王妃やその息女の護衛として王宮務めにまで登り詰めた実力者です。ですが、どういう経緯とやり取りが交わされたのか……。その者は元王女の護衛任務に抜擢されてククマットに入りましたよ、そして王女の命令で自警団幹部の腕を切り落とした張本人です」

「!!」

 そうだ、思い出した。

 元王女、大臣、そしてカッセル王家のことを徹底的に調べてみたら、不可解なことがいくつか出てきたとククマットに戻って間もなく聞かされた時に出てきた単語。

 そう、あの時確かに『王弟殿下』と出てきた。そしてその人物は。

「王妃に対して護衛を貸して欲しい、と言ったのが王弟殿下です」


 いやいやいやいや、ちょっと展開が恐い感じになってきてない?

「あの程度なら冒険者にも多くいて、私やグレイセルからすると相手にする価値もない弱者ではありますが、能力持ちが極めて少ないカッセル国では非常に重宝されるだけの実力であることは認めます。そんな護衛をわざわざ王妃やその息女、つまり順位の高い王女から引き離す理由って、何でしょう? 結果論になりますが、その護衛ククマットで問題を起こしましたよね、元王女の命令とはいえ、自警団という治安を守る領の要の重役を切った。何の罪もない、抵抗せず領民の盾に徹した彼を切ったんですよ。それでカッセルに戻ってどうなったか」

「……責任を取らされたんだよね? 確か……王都を追放になった、とか」

『ええ』と、とても穏やかにアズさんが頷いた。

「それで『はいこの件は終わり』となれば良かったんですがね。その護衛のことが王妃や国王にも悪影響を及ぼしてるんですよ。だからその二人の嫡子である王太子にも影響が」

「えっ、なんで?!」

「責任問題だな、たとえ元王女の命令だったとはいえ、外国で罪もなければ無抵抗の一般人を切ったんだ、普通ならあり得ない。もしやるとしてもある程度その地の法令などを把握した上で正当性を確保し全面に打ち出してからだ。それをせず、命令だったからと剣を振り下ろすなんて貴人の護衛としてはお粗末過ぎる、護衛の言動は必ず主に直結するものだと徹底して教わっていればあんな事にはならない。護衛とは、騎士とは、そういう教育は疎かにされていたのかもしれないな」

 グレイ、淡々と言ってるけど、内容が重いわ。

「た、確かに……てことは? つまり、その護衛の教育不足なり性格なりを把握していて元王女に付ければ問題を起こす可能性を分かっていた上で、選ばれた?」

「そうなればいいな、程度だったかもしれないが」

 怖すぎる!!


「で、話は戻りますが、国王はハルトさんとのやり取りで人々の前で責任逃れな発言をしました、そして護衛の起こした問題の責任についてもどうやら責任逃れをしたようで王宮内から追求する声が出始めています。そこに、追い打ちをかけるように外商大臣の席を巡る争いが発端となって王子たちの継承権争いが突如激化して。無傷なのは、誰でしょう?」

「……王弟殿下」

「正解です」

 なんでそんなに笑顔なのよアズさんは。

「こうなると、どこまで王弟殿下が関与していたのか、気になるところですね、グレイセル?」

「そうだな……ただ、今更だな。こちらとしてはもうカッセル国とは取引しないとジュリが決めたから誰が国王になろうと正直どうでもいいな」

「おや、そうなんですか?」

 アズさんがちょっと意外そうに私を見つめる。

「うん、人生でこれ以上ないってくらい迷惑を掛けられたからね、いくらハルトとリンファが私に代わってやり返してくれたもしても、私は私なりにやり返したいと思ってたから。当分はカッセルと取引しない事にしたの。ギルドにはすでに手続きの書類を提出して、カッセル国内では私とその関連の特別販売占有権全部、購入できなくなるようにしちゃった」


 ルリアナ様の手紙の最後にはカッセル国から販売占有権の停止について元に戻して欲しい旨が書かれた手紙が来たけれど、それが酷く遠回しでしかももし取り引継続をしてくれるなら宰相、つまり王弟殿下が主導するので今回のようなことは決して起こらないし起こさせないようにする、というこちらの知り得た情報と合わせるとカッセル国の王位継承に巻き込まれそうな気配がプンプンしたので丁重にお断りした、という事が書かれていた。













 後日譚になるけれど、カッセル国は第四王子が殺害された件でグレイたちの予想通りフォンロン国から莫大な賠償金を請求されることになる。

 そしてさらに、国だけではなく王子の母親とその実家の貴族家からも賠償金を請求され、国王は傍系とはいえ他国の王族の血をもつ優秀な王子を守れなかったとして非難され、その火消しも後手に回り多方面から王としての素質を疑問視される。

 その後、収まる様子のない継承権争いに辟易した国民たちがその収束を期待したのが、宰相である王弟殿下だった。そして間もなく王自らその席を王弟殿下に譲位、暫定とはいえ王弟殿下が国王として君臨する。


 ただ、暫定の新国王の玉座はあっさりと奪われることとなる。

 それは、ベイフェルア国で後に起こる大騒動の元凶となる人物が地下牢でヤケになり、国内外の裏で繋がっていた有力者たちに見捨てられた腹いせにその人たちと共に計画した、行った悪行について暴露することが発端。

 事の大きさ関係なくあらゆる悪事に関与していたことが発覚し、人気も信用も失墜。

 後の大騒動が終息し、落ち着きを取り戻して暫くすると、カッセル国の暫定王の失脚と新国王に王太子が即位するという話が届くことになる。


「だからといって、まだカッセル国は信用しないけど」

 私はその事が書かれた紙をグレイと二人並んで読み終えてからそう呟く。

「権力者なんて心の底から信用するもんじゃないからねぇ」

 その私の呟きに、グレイは同意して頷くだけだった。






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[一言] 荒れに荒れてるねぇ
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