38 * どこでも作ります
ピオさんが遠慮がちに私の所へ持ってきたものは、葉っぱのようで、けれどこのエルフの里らしい不思議なものだった。
「これで、金属ではないってのがホント不思議」
「そうですね、見た目は金属ですが間違いなく枯れ葉なんです」
「ホントにねぇ」
指で摘まみ、力を込めるとパキン!! と音を立てて砕ける。その砕け方も小気味よい軽やかな音が出るのでついついグレイと共に指で摘んで何枚も折って遊んでしまっている。
「過去にはこれを何かに使えないかと考えた人はいるようですが、この脆さなのでなかなか思い至らずここまで来てしまったんですよね」
「あ、考えようとはしたんだ?」
「ええ、簡単に入手できますし、何よりこの見た目でタダですからね。軽く洗浄する程度の衝撃には耐えられますから使い途がありそうだと思う者は時々いたようです」
「でも、やっぱり繊細で脆いことが欠点でなかなかアイデアには繋がらなかったんだね」
そう、脆さとは欠点。
その欠点を補える技術もしくは補強材がなければどんなものでも使い途は限られる、もしくは使えない。
地球ならその欠点をカバーできるものは素材によって無数にあった。それは何故か。
魔力なんてファンタジーなものに頼れないから。発明と開発努力が常に求められた環境が今の地球の物の多さを物語り、そして事実として生活を支えている。
反対にこの世界は魔力、つまり魔法で補強や補正と言ったことが出来てしまう。更には魔法付与なんてものまで存在しそれに頼ってきた歴史は比較的浅いけれど、人は楽なことを覚えてしまうとそこからなかなか抜けられない。故にこの世界はあらゆる物の開発が未熟で遅れている。
そんな世界で更に異質なエルフ。彼らの力は『神力』。この世界の中でもさらに特別な力である故に、そう簡単に人のためには使えず、外界に晒すわけにはいかない。
神力を使わず物を開発する、理由は違えど外界の人々同様それは少々難しいわけで。
「うーん、どこでも悩みってのは形は違えどあるものなのよね」
つい愚痴っぽくつぶやいてしまった。地球とこの世界のどっちがどう良いのか悪いのか、全てを知るわけではない私には到底判断なんて出来ないけれど、完璧な世界なんてどこにもないんだなぁ、だってこのエルフの里ですら解決できないことがあるんだから。なんてことを考えてしまいちょっと心の中で苦笑したことは内緒。
そんな妙な考えを振り払い、私は、眼の前の葉の成る巨木のことを思い浮かべる。
「……ピオさん、巨木っていくつか種類があるんだっけ?」
「はい。『星』『太陽』『月』『風』『雨』の五種類あります」
「もしかして……これは『星』?」
私の言葉にピオさんが驚いた顔をした。
「ご存知なんですか?!」
「ううん、そうじゃなくて。もしかして、葉っぱの形がそれぞれの種類を示してるのかなって」
「あ、はいっ、それでほぼ間違いありません!」
「……なるほど、そういうことか。面白いな」
グレイも自分の掌に乗る枯れ葉を指で摘まんで興味深げに観察する。
「ただ大きいだけの木だと思っていたが、やはりエルフの里にある植物なだけはある。あの青青とした葉が枯れ葉になるとこんな変化を遂げるのだからな、実に興味深いよ」
「凄いよね、これ……しかも、面白い」
わたしの呟きに、グレイは目を細め、笑みを浮かべる。
「何か、思い付いた顔をしているな」
その直後、ピオさんは長であるアズさんを突飛ばし踏みつけ部屋を飛び出した。
「友達に声をかけて集めてきます!!!」
そう、いい笑顔で。
「死ぬのは早いぞ? 死ぬなら次の長を決めてからにしないとマズイだろう」
と、グレイは飄々とした顔で、ピクピクと痙攣するアズさんを起こしてあげていた。……あれ、アズさん、里ではあんな扱いされてるの? 下手に突っ込むと愚痴られそうだから黙っておくけども。
そして、それを終始見ていたもう一人。
ガーライムさんという男性エルフの里の入り口の警備の責任者でありアズさんの友人でもある人が。
「あの枯れ葉でも可能性があるのなら、もしかして、と思うのですが……」
やはり、ガーライムさんもピオさんのように躊躇いがちに、ズボンのポケットから取り出した小さな袋を手にして閉じられていた口を開くとそれを手に出して見せてくれた。
「あ」
思わずまた声がでた。
突起がある小さなそれは、パステルカラーでしかもほんのりキラキラとラメを纏ったような輝きを放っている。
「ええっ、金平糖?!」
カラフルな、あの突起が特徴の金平糖そのままのものがガーライムさんの手の上に。
「『こんぺいとう』? ジュリ様がいた世界にもあったのですか?」
「あった!!」
グレイもさすがにそれには驚いたようで、目を見開いてガーライムさんの手にあるそれを眺める。
「これはなんだ?」
「地球にもあった。うん、あったよ。金平糖って言ってね、これは小さい小粒の金平糖と大きさは同じくらい、飴の一種なのよ」
グレイにそう説明したら。
「え?」
「はい?」
ガーライムさんとボロボロのアズさんがびっくりした顔で私を見たのはなんで?
なに、私変なこといってないよね?
「「飴ですか?」」
二人は酷く驚いた顔で。
「うん、飴。砂糖の塊、お菓子だよね」
「「飴」」
うん、だから二人のその反応はなんなの?
「……これは、なんだ?」
私と二人のやり取りに、グレイは何かを察した。どうやら『ズレ』があるらしいと。
「これは、種ですよ」
種。
え、種なの?
「昼食でジュリ様も召し上がりましたよ?」
「え?! どこにもこんなの入ってなかったけど?!」
「いえ、確実に召し上がりました。パンとして」
「ん? パン?」
「はい。これ、エルフ麦と呼ばれる麦です、粉にすれば麦粉です」
……。
なにがどうなってこれがあの普通の見た目のパンになる。
「粉にしますから、見た目は外界の小麦粉とかわりませんよ?」
え、あ、うん、そうだね、粉にするとね。
エルフ麦とは、この里で品種改良された麦で元は外界の麦と一緒なんだって。長い年月をかけて改良し、発酵に必要な菌種など一切必要なく、粉にして水を入れ、捏ねて焼くだけでほんのり甘く柔らかい上品なパンになるそうな。
何がどう、進化すればこの金平糖の形とカラフルさとキラキラになるのか。
意味不明。
とっても美味しくて感動したあのパンが。
これ。
あのカラフルどこに? キラキラどこに?
「ですから粉にしますから、見た目は……粉でしかありませんよ。焼くと普通のパンになります」
ガーライムさん、冷静な説明をありがとう。
「これ、使えますか?」
「うん、これ、使えるかも。というか、使いたい」
「!! 良かった、この里ではありふれた物なのでジュリ様の目には留まらないかと」
ガーライムさんが嬉しそうに笑う。
コロコロ、キラキラした金平糖ならぬエルフ麦。突然グレイはそれを一粒摘まんで口に放り込み、噛み砕く。
「……うん、麦だ」
「やっぱり麦なんだ」
味と見た目のギャップに驚く私を、エルフ二人が不思議そうに見ているのは仕方ない。そして麦を齧ったグレイがお酒で流し込んでいた。麦はそのまま食べると美味しくないらしい。
エルフ麦は実る時点でこんな風にカラフルなので、すべての色が混じった状態で収穫されるとのこと。面倒だけど色を分けてみるかな、と呟いたらガーライムさんがすぐに人を集めてくれて色分けする作業をやってくれることに。私がすぐに作業出来るようにと和気藹々とその色分け作業をしている間、グレイは他のエルフさんの案内で『ゴミ』や『大量に存在するもの』を色々見てきてくれることに。
「ただいま戻りました!!」
と、ピオさんが友人二人を伴い、そしてそれぞれの手に大きな麻袋を抱えて戻って来たんだけど、その三人の勢いが凄くてまたもやアズさんが突き飛ばされ、そして今度はガーライムさんも巻き込まれ共に踏みつけられていた。
「あれ、なんか踏んだ」
「あ、長だわ」
「こっちはガーライムだったわ」
と、三人は平然としていたけどね。二人とこの女性陣は幼馴染ということで、昔からこんな感じなんだって。
この里にもスライムはちょっとだけ発生するそうで、すぐに捕まえてきてもらった。
そしてエルフたちは神力で魔法よりも性能がよい『清浄化』というのが扱えるため、お食事直後で不純物混じりまくりのスライム様を一瞬で綺麗にしてくれた。
プチン、と針で潰し核を取り出し、かき混ぜてムラのないとろみのある液体にするためにかき混ぜているのをボロボロになったアズさんやガーライムさんを中心にピオさんたち集まったエルフたちが興味深い目で見ている。
「これだけ長生きしているのに、これを使って固めるだなんて誰も思い付きもしませんでした」
アズさんの呟きにエルフたちが同じように頷くので私とグレイは笑った。
「エルフの里は独自に進化したものや固有のものがあるから仕方ないのかも。……さてさて、こういうときの為に色々道具を持ち込んでいたわけだけど。どうせなら私がどんな風に物を作るか見てもらうといいかな。枯れ葉とこのエルフ麦は大量に手に入るなら外界でも条件さえ整えば売れるんじゃないかな?」
最近のお決まりとなっている、遠出するときの必需品であるお道具箱を開き、ピンセットや小皿の他に使えそうなものを取り出したら作業に入る。
「この大きなガラスの器は?」
「ああ、それはスライム様は数時間で必ず硬化するから無駄にしないようにそこに金属パーツやドライフラワーとか擬似レジンを流し込んでまとめて固めるのに使うの。固まったものは切り分けて穴を開ければ小さなパーツやボタンとして売り出せるからね」
「なるほど」
説明をしながら私は手早くピオさんが集めて来てくれた大樹の枯れ葉を並べていく。
今回集まったのは『星』『太陽』『風』の三種。ちょうど落葉の時期に入った木が三本あって、そこから集めて来たそう。
『星』は楓、『太陽』は蓮のような丸い形、そして『風』は細く螺旋状に緩くカールした変わった形。色は金、銀、そして銅色で、銀色が多い。
平らなガラスの器は四つしかなくて、急遽アズさんにお願いし追加で四つ集めてもらった。なので遠慮なく作ることにする。
「砕けやすいから、どうしようかな?」
枯れ葉は力を加えると多少しなって湾曲するけれど、一定以上に曲げようとするとパキパキと乾いた音と共に割れてしまう。ハーバリウムにしてみたかったけど、口の狭いものでは作れなそうなので今回は断念する。
なので、違うものを。
葉っぱはどれも小さくて、大きいものを無理に作る必要はない。
「口に向かって広がっているガラスのコップ、いくつか借りれる?」
そういって用意してもらったコップにまずは硬化剤のルックの樹液を入れた擬似レジンを少量だけ流し込む。次に固まるまでまとめてパーツをつくる器に自由に枯れ葉を並べたら擬似レジンを浸る位に流し込み、揺すって空気を大まかに抜いて、目立つ気泡は針で潰す。
もうひとつのガラスの器に、金平糖そっくりのエルフ麦を敷き詰め、そこに擬似レジンをやっぱり浸る程度に流し込み、揺すって空気を抜き気泡を潰す。
「さてと」
手を止めず、次々と作業を進める。
「アズさん、何か使ってほしい物はこの中にある?」
「えっ、私がですか?」
「組み合わせによっては色々出来るよ、好きに選んでみて?」
「あ、はい……では、そうですね……」
一瞬迷ったものの、アズさんはすぐに目を輝かせ、私が持ってきたパーツたちを吟味するように眺めてる。
「この、『星』のようなパーツを」
アズさんが選んだのは雪の結晶をモチーフにした六角形に近い形の銀色の金属パーツ。
「それね、了解」
私はそれを瓶ごと手にしてピンセットで一つ摘まみ、ちょっと考えてから枯れ葉を沈めてある器に、今度は偏りある並べ方で置いていく。
「なぜこのように?」
「これは出来上がってからのお楽しみかな。ヒントはパーツにはしない、ってこと」
首を傾げるアズさんたちを笑い、今度はピオさんとガーライムさんにも好きな物を選んで貰う。
ピオさんは白土で作られた小さなウサギ。これは白土部門長ウェラがミニチュアに加えたいと始めた動物シリーズのもので、食べたくなるシリーズ同様最早そのデザイン数が膨大で私は把握を諦めた物のひとつ。
そして。
「これを!!」
と、目を輝かせてガーライムさんが選んだのは、穀潰し様。
既に丸カンが付けられたアクセサリーに仕上げやすいように加工された極小のファーボンボン。
「……これか」
「あ、難しいですか?!」
「うーん」
「あ、いやっ、違うのにします!!」
「いや、これでいいよ」
「しかし!!」
「ガーライムさんは奥さんもお子さんもいるよね?」
「は、はい」
「ガーライムさん用にはならないけど、奥さんとお子さんにはウケそうなものは作れるかな」
「!! それでお願いします!!」
ということで、一気に作っていきましょう。
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