38 * 里の綺麗な廃棄物……?
情報過多な状態に辟易しながらも、その後は普通の観光が出来たので良しとする。
ただ、私だけじゃなくグレイもだいぶ気になっていたようで、確認せずにはいられなかったらしい。それは見上げると大体視界に入ってくる巨木の上で回る光る輪。どうしても知りたかったらしく、情報過多になるのを覚悟でグレイは質問した。
「巨木の上で回転しているあの光の輪は一体何だ?」
「ああ、あれは『エアコン』だね」
「エアコンとはなんだ?」
「室内の温度や湿度を調整する能力を持っているんだよ」
「ほう……」
「本来は室内で使うものらしいけれど、いちいち各家庭に付けるのも大変だからと巨木ごとのコミュニティをまとめて快適に出来るようにしてあるんだ、我々の力を流し込んでいればずっと動いているし、温度も巨木の中にある制御する特別な場所で簡単に調整可能なんだよ」
「それは凄いな、夏には水、冬には火の魔石を用意したり設置場所を考えたりする必要はないんだな」
「魔法はどうしても属性に左右されるからねえ、便利なようで扱い難い。エルフの力はそういう固定されたものじゃないから臨機応変に対応可能だし」
……。
……。
誰だ、エアコンなんて情報をこの里に齎した奴は。絶対に【彼方からの使い】でしょ、しかも全然形違うしエルフの里のは明らかにエアコンより高性能、きっと『こんなのあった』と適当に教えたよね、作れる作れない関係なく絶対に口任せに喋ったよね。あ! だからか?! タイヤがなくて浮いて動く乗り物とか奇妙なものが多いのは!!
アズさん曰く、二百年ほど前にエルフの里近くに召喚されそのまま里に暫く住み着いた【彼方からの使い】の知識とのこと。やっぱり! と叫んだ直後。
「我々エルフから見ても変わった人でしたよ」
「え、そうなの?」
「だって【称号:気分屋】ですよ?」
「……はい?」
「一年経たずに『飽きた』と言って里を出ていってしまって、その後は山で自給自足してみたり貴婦人のヒモになったり、戻ってきたと思えばエルフの里のワインが呑みたくなっただけだと三本空けたら直ぐに出ていって。【スキル】がユニークな物が多かったのにそれも殆ど使わずにいたようですし、何よりとにかく思いつきで何でも教えてくれるんですよ、でも説明の時に描く絵が壊滅的で。苦労してこちらがが完成させたものを見て大笑いして『いいんじゃないか?』というだけの人でした。ジュリさんたちと同じ時代から来ているはずなんですよね、でもこの未発達の世界でも特に不便を感じていないのか本気で何かを開発したりすることのない人でしたよ」
「……本当に【彼方からの使い】?」
「ええ」
常々思う。
神様の【彼方からの使い】を選ぶ基準が、神様によってかなり違うんだな、って。
神様の考えることは、本当に良くわからない。
衝撃の事実に現実逃避したくなったその時。
「ジュリの住んでいた所にも『エアコン』はあったのか?」
「お世話になってたよ、でも私は仕組みが全くわからないので作れません、ご了承ください」
グレイが興味を示したのでぶった切っておいた。私は発明家ではありません。
「あの、楽しみな夕食はいつ食べられるの?」
エルフの里でしか育たない、採れない食材たち。いる間しか食べられないから死ぬほどたべたいのですが、それを沢山用意してくれると聞いていたのですが……。私のぼやきを少しでも解消するつもりなのか、グレイはエルフの里のとっても美味しい柑橘系の果物の皮を丁寧に剥いて、フォークに刺して私の口に近づけてきた。
「ほら」
「『ほら』じゃない! エルフの里の料理は何処に?!」
「それはあと数時間あきらめろ」
「解せぬ、解せぬぅ!」
そしてこの光景、デジャブ。
《ハンドメイド・ジュリ》を開店したころ思い出したわ。私が使えるのではと、使い道がなかった廃棄素材が侯爵家に大量に持ち込まれたあの頃を。
キリア、ロディム。
無理矢理でもあんた達を連れてくればよかった。
部屋一室を埋め尽くす、見たことない素材が私に見いだされるのを待ち構えてた。……これ、一人で選別するの? 無理だって、こんなの。
「ジュリさん、皆がせっかくなので見てほしいと持ってきたんですよ。ほら、まだまだ来ますよ」
アズさんが指差した窓の外、エルフたちが箱や袋を抱えて歩いてくるのが見える。
「……食事を!」
「少し遅れるくらい平気ですよ」
「少しってどれくらい」
「みっ……三時間くらい」
今、三日って言おうとしたよね! エルフと私の時間の感覚一緒にするんじゃない!!
アズさんや彼の息子さん、側近さんたちのいい笑顔が腹立つ……。
「美味しいと仰ったものやもっと食べたいという料理は追加でいくらでも作らせますから」
彼のその言葉に絆され先に続々集まる素材たちと向き合うことに。
そして、予想通りですよ、こんなん外界に出せるわけないでしょ!! というものがほとんどでした。
「これなに」
「オーロラを布に落とし込んだものなんだぜ、気温の変化で色が変わるんだ、とても美しいだろ? バミス法国で入手出来るフェファクリュクティクラより綺麗だ」
「却下。こんな神々しい布、てか布に見えないこんなもの出所すぐバレるから。そしてフェ……言えないから、私言えるあなたを凄いと思う」
「……つかぬこと聞くけど」
「はい」
「今、金剛石って言った?」
「はい! 花の種と金剛石を融合させて出来た金剛石花というものです、小ぶりな花しか咲きませんがちゃんと金剛石ですよ!!」
「価格破壊起きて宝石商全部潰すことになるから絶対に無理、外界で売れません」
「これ、金ですよね?」
「いや、太陽虫と呼ばれる虫の羽じゃ」
「……でも素地はどうみても金ですよね?」
「そうともいうかのぉ?」
「なぜ金と認めないんです」
「認めたら素材として扱ってくれんじゃろ」
「へりくつエルフがここにいた」
「これは?」
「聖樹の涙と言います、樹液が固まったものでたくさん取れるんです」
「へー! 小ぶりなビー玉みたいでかわいい! 色もカラフルだし、キラキラしてて、これいいかも」
「ジュリ」
「うん?」
「それなら、ロビエラム国がそれを三粒だけ使用したティアラを国宝指定しているし、保有国もほぼない。あのアストハルア公爵でさえ未だに入手出来ないものとして有名だ」
「あ、ダメだわそれ」
「これ、見たことあるね」
「ドラゴンの鱗ですから。長生きのドラゴンは数百年に一度脱皮するんですよ、『黄昏』の鱗は綺麗ですよね。二体いるうち去年一体が脱皮してたくさんありますよ。ドラゴンの鱗は適度に反っていて皿に適していますが他のドラゴンも立て続けに脱皮したので在庫で倉庫が占拠されて困ってるんですよ」
「ドラゴンの鱗は皿。わかる、わかるよ、良い形してるもんね、私もそう思ったしね……」
「来年あたりまた別のが脱皮しそうなんです、どうにかなりませんか? 倉庫がもう一つ必要になりそうで」
「どうにもなりません。皿いっぱいつくってください」
「各家庭に配ってももういらないと言われてしまって。どうにかなりませんかね?」
「知るか!! 捨ててしまえ!!」
「……」
「ジュリさん?」
「……」
「あのぅ、どうしました?」
「おーい、グレイさんや」
「なんだ」
「この光、なんだろうね」
「……なんだろうな」
「あの、これなに?」
「『神の雫』です」
とあるエルフがそれはそれは無垢で美しい笑顔で説明してくれた。
「「かみのしずく」」
「神からお告げを受ける際に捧げる聖水です。お告げを受けた証として神がこのように変化をもたらして下さいます。神によりこの光は違い、効能もそれぞれ違います。これですと枯れた植物を再生させます、わりと便利でしょ?」
「もはや 《ハンドメイド》関係ない! 素材として逸脱しすぎ!!」
「世界に戦争を呼び込む一品だな」
「グレイ! その冷静さが腹立つ!!」
「ジュリは腹が減ってイライラしているだけだ」
「違うから!!」
次々持ち込まれるものを、次々私が却下していく。アズさんたちの強い、強すぎる懇願で全部数個ずつお土産で貰うことになり、グレイは。
「専用の厳重に保管できる地下室でも作らないとな」
と、乾いた笑い。
「面倒だから公爵様に押し付ける手もあるわよ」
「ああ、なるほど。ロディムを言いくるめてあの家の地下倉庫を増築させるのも有りか」
「管理面倒だからその方向で」
「そうだな、そうしよう」
ようやくありつけた食事に大変感動しながら、そんな身勝手極まりない会話をして一息ついてから、再び私はまだまだある素材たちと向き合う。
「やっぱり無理でしょ!!」
と、叫ぶようなものしか運ばれてこないことに落胆する私に、アズさんの側近の一人である女性エルフのピオさんがおどおどした、とても躊躇いがちな様子で布で包んだ何かを手に、している。
「あのぉ、ジュリさんはキラキラしてる、色が綺麗、そういうものならなんでも良いのですか?」
「うん、素材になるならなんでも。高価もしくは貴重なものはダメ。素材の値段だけで買える人が制限されるようなものはうちでは扱いが難しいし、その手のものは大概加工技術自体が一から勉強が必要なんだよね。だから正直この里のものはほぼ無理かも」
「その、間違いでなければ、ジュリさんは廃棄されていただけのものを素材にしたものがいくつかあると」
「うん? 基本そうかな? 安く仕入れるとなると、外界ではそうなるから」
「……では、その」
「ピオさん?」
「これは、どうでしょう」
恐る恐る、ピオさんは手に握っていた布を私とグレイの前で広げてくれた。
そこには小さな葉っぱのようなものがあった。
「えっ」
つい、そんな声がでた。
「これ、可愛いね?」
そう、可愛い。
親指と人差し指で作れる丸、その中に収まる小さなそれは、楓の葉の形。
けれど、その様は、私の知る葉っぱとはまったく違う。
形は楓だけれど、それは葉脈だけが残ったような、そんな繊細な見た目。しかも、その葉脈は金や銀、銅の極細の針金のような金属質に見える。
「う、わぁ。なにこれ、不思議」
手に摘まんでみると、その不思議さが更に伝わる。本当に葉脈らしきそれは金属質で硬く、けれとその極細さとは裏腹にとても固い。
「え、これ、何?」
「この里にいくつもある、巨木の枯れ葉です」
……枯れ葉。
これが?
「え、つまり?」
「ゴミです、大地への還元も時間が少しかかるんですよね、なので焚き火で焚べるくらいで使い途はないんですよ、見た目は金属質でキレイなんですけどね」
これが、ゴミ。
マジですか。
「これ、金属では、ないの?」
「違います、見た目は金属ですが、間違いなく大樹の枯れ葉なんです、ですからほら」
「あっ」
ピオさんが葉っぱを指で摘まみ、力を込めるとパキン!! と音を立てて砕けた。
「硬くて軽いのでこうして集めるくらいならできますが、ほんの少し力を込めればこんな風に簡単に割れます」
手渡されたそれを私も試しに指で摘んだ。するとピアさんが言うようにさほど力を込めず私でもその枯れ葉はペキッと音を立てて割れてしまった。綺麗でもこんなに脆ければ確かに使い途はなかなか思いつかないかもしれない。
白土の食べたくなるシリーズでよく使われる砂糖の結晶がパステルカラーカラーになったようなスタンラビットの角も元は色は綺麗だけれど脆さと粒の小ささゆえに使い途がなくてずっと廃棄素材として扱われて来た。それとこれは似ている。
「……これが、ゴミ」
「はい、ゴミです」
「これ、一回でどれくらい集まるの?」
「そうですね、意識して集めたことはありませんのではっきりと断定はできませんが。……うーん、巨木は常に古くなった葉をこうして落としているんです、家の前を掃除するとちり取りに必ず混じる程度には。そして年に一回、派手に落葉するのでその下に住む者が魔法を駆使して数日間掃除に追われる程度には大量に集まります」
あの巨大な山みたいな、巨木。
アズさんの追加情報として、その掃除が面倒だという人が結構いるくらいには、大量に集まるのだと。
枯れ葉なのに肥料にも向いておらず、焚き火で焚べるしか使い途がない、と。
「芋は焼けますけど、そんなに焼かないですよね、竈門で焼いたほうが綺麗に焼けますし」
そんな情報いるか? と思いつつ。
この細い針金で精巧に作られたような葉脈が美しい枯れ葉を手に、私の顔はジワジワとニヤけ始めていた。




